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やはり別人だったのだろうか。
翌日、学校でアイザック・ヴェセリーを見て首をかしげる。
朝っぱらから、教室の真ん中で友人たちに囲まれ、大きな口を開けて笑っている。
とても昨日あんなに禍々しい気を放つ悪夢を見ていた人間のようには思えない。
こちらは依頼の夢以外にも入って、時間がかかり寝不足だというのに。
廊下側の端の席から楽しそうな彼の姿を見つめ、内心で八つ当たりをする。
「はん。落ちこぼれはクラスの人気者に無謀な恋をしているのか」
上から降ってきた声にびくりと肩を震わす。
「カルロス兄さん…」
廊下から教室に顔を出して、私を見下ろすのは、親戚で一学年上のカルロスである。
私と同じ水色の髪と瞳が嫌でも血縁関係を感じさせる。
「本家のくせに落ちこぼれで、教室でも隅にいるお前があの男に」
「そんなんじゃありません」
アイザック・ヴェセリーを意味ありげに見たカルロスに首を振る。
私やカルロスの家系は代々『夢わたり』をしている。
眠りにつくと、夢の中を自由に動き回ることができ、他者の夢に入ることも可能である。
その能力を活かして、悪夢を見るという依頼者の夢に入り、悪夢を取り払うという家業を行っている。
そして大昔の家系図により、私のレアリゼ家が本家で、カルロスのソメイユ家が分家となっている。
私からすれば、やっていることは同じなので、本家だろうが分家だろうが関係ない。
しかしそれは私が本家だから思うことのようである。
私が本家にもかかわらず、落ちこぼれのせいで、ソメイユ家にはずいぶんバカにされてきた。
なかでも年が近いカルロスには特に。
さらに3年前のある事件からますます目の敵にされている。
「どうだか。まぁ我らが本家のフィル・レアリゼ様に幸あらんことを」
わざとらしく丁寧にお辞儀をして、カルロスが去っていく。
その姿は嫌に様になっていて、それも腹立たしい。
「私だって好きで落ちこぼれなわけじゃないのに」
カルロスの後ろ姿を恨みがましく眺めながらつぶやく。
わたしの家族もカルロスたちも、みんな『夢わたり』をしても、翌日にはなんの影響もない。
それなのに、なぜか私は夢わたりをしている時間が長ければ長いほど、自分の睡眠がとれていないことになり、翌日は眠気がある。
そのため可能な限り、夢わたりをする時間を短くしなければならない。
それなのに、いつもどんくさくて、手間取るから落ちこぼれという不名誉な称号が与えられているのである。
ちらりと教室の中心にいるアイザック・ヴェセリーに視線をやる。
彼みたいな人間は落ちこぼれという言葉から最も遠いところに位置しているだろう。
明るくて、運動神経も良くて、頭も良くて、優しくて、いつだって人に好かれて囲まれている。
うらやましい。
悩みなんてなさそうだ。
…そう、昨日までずっと思っていた。
と考えながら、見つめているとアイザック・ヴェセリーとばっちり目があった。
茶色のアーモンドの形をした瞳に見つめられ、慌てて目を背ける。
本当に恋とかそういうのではない。
クラスメイトだが、まともに話したことはたったの一度だけだし…
ただ昨日の夢が気になるだけで。
いや、目をそらすのは感じが悪かったか。
でも微笑むほど仲良くもないし。
どうしたらよかったの。
もう一度、そうっと視線をやると、もう彼はこちらを見ていなかった。
ほっとしたような、残念なような…って、そもそも目があったというのも気のせいかもしれないのに。
意識した自分が恥ずかしくて、うつむいた。