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『夢わたりの掟』
一、夢わたりで知り得たことを口外してはならない。
二、依頼者以外の夢に干渉してはならない。
三、決して正体を知られてはならない。
このすべてを破ったものには裁きが下される。
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どこまで続いているかわからない宇宙のような空間を歩く。
その空間には数多の入り口が浮いている。
入り口の先は何も見えない。
入り口がただただ存在している。
あふれんばかりの輝きを放っている入り口もあれば、小さな輝きを放っているものもある。
それ以外にも静かでなんの動きもない入り口や、暗く、まがまがしい入り口もある。
その入り口の間をひたすら歩き、目的の場所につく。
黒い入り口の淵だけが青白く光っている。
青白い光は依頼人の夢である証拠だ。
「ここだね、依頼主の夢は」
私の言葉に反応するように、隣にいるマリムゥが揺れる。
マリムゥは私のパートナーである。妖精ともいう。
手のひらサイズの小さな雲に猫のような黒い三角の耳。そしてしっぽが生えている。
そっと黒く歪んだ入り口に手を伸ばすと、水面に手を入れた時と同じように波紋が広がる。
そこにマリムゥと共に入っていく。
「うぅ、今回は虫か」
中に入ると虫が複数うごめいている。
極力見ないようにするが、羽音がどうしても耳につく。
歪んだ空間の中心には一人の女性が立っている。
虫から目を背け、必死に頭を振っている。
念のため、マントのフードを深くかぶり直し、彼女に近づく。
「いくよ」
マリムゥに告げ、手に持っていた自分の背丈よりも長さのある、白銀の杖を空間に突き刺す。
リーンッ
と高く鈴の鳴る音が響く。
杖の先についている大きな輪の中は花のような模様をしており、そこから細い銀細工がぶら下がっていて、シャラリと揺れる。
呪文を唱えようと、口を動かした瞬間に虫が飛んでくる。
「ひぃ!」
思わず悲鳴を上げ、刺した杖を引っこ抜いてよける。
「ごめんごめん。つい」
私に抗議の目を向けてくるマリムゥに謝る。
まぁ抗議の目といえ、つぶらなぬいぐるみのような黒目なので、全く怖くない。
しかし言葉も発さないのに、私に怒っているとは通じるのだから不思議なものである。
体勢を立て直し、杖を握り直す。
一回でバシッと決められない。
こういうところが落ちこぼれって言われるのだ。
意地悪な親戚たちを思い出し、ため息をつく。
もう一度、深々と杖を突き刺す。
「彼の者に救いを。安らかな眠りを与えよ。アトラップレーヴ!」
ゴウッと風が吹き、杖の銀細工がシャラシャラと音を立て揺れる。
淡い青色の光を放ち、女性のもとへ飛んでいく。
すると女性のもとにたどり着いた光は徐々に大きくなっていき、空間全体を光で包む。
そして空間をうごめいていた虫は塵となって霧散していく。
両手で顔を覆い、恐怖に震えていた女性は顔を上げ、その光景を見つめた。
そして完璧に虫が消えたことを確認すると、徐々に安堵の表情に変わっていく。
その様子を見て、私もほっとする。
「ふぅ、依頼完了」
突き刺していた杖を引っこ抜く。
すると上体が後ろにそり、フードが取れそうになる。
自分の水色の髪の先っぽが見えて、慌ててフードをかぶり直す。
これ以上、ここにいる必要はない。
さっさと帰ろう。
入ってきた入り口から外に出る。
振り返ると入り口は行きと違って、静かで白い入り口になっていた。
やはり無事に解決できたようだ。
安心して、元来た道を歩き出す。
「今回はスマートに終わったし、ぐっすり眠れそうだね」
一度杖を抜いたことは記憶の端に追いやり、隣にいるマリムゥに話しかける。
返事はないが揺れているので、マリムゥもご機嫌のようである。
「ふふ」
尻尾も動いている、その愛らしい姿を見つめて和む。
あと少しで、この空間を出るというところまで戻ってきた時だった。
「ああぁぁぁあ!」
突然、空を切り裂くような悲鳴が聞こえた。