第6話
翌日 午後7時 俺と美咲は銀座の高級寿司店にいた。ここは日本コンピューター社 前田太一社長の行きつけの店だ。
1時間くらい経った頃、前田社長が店に入って来た。前田社長は連れの男とカウンター席に座った。
(カウンター席か少しやりづらいな。食事が終わるまで待った方が良いな。)
食事と酒がある程度進んだところを見計らって、俺と美咲は丸井准教授の時と同じ要領で近づいた。
やはり美咲の美貌の威力は絶大とみえて、前田社長は誘いに乗って来た。
前田社長をお店に連れて行くと、ママは丸井准教授の時と同様にVIP待遇でもてなしてくれた。
頃合いを見計らって俺はIT業界とAIの未来について質問をしてみた。
しかし、前田社長の意見は丸井准教授とは全く違うものだった。
「AIが人類の脅威になるなんてSFの世界に過ぎないよ。そんな風に皆を脅かそうとするオオカミ少年はいつの時代にもいるものさ。」前田社長は全く意に介してないようだった。
「そうですよね。私も話が飛躍しすぎじゃないかと思ってるんですよ。」俺は話を合わせた。
「大体、そこまで人間は馬鹿じゃないよ。それなのに脅威論をばらまく大学教授やその話を真に受けて規制に動こうとする議員がいたりするんだよ。全く困ったもんだ。」
「なるほど、大変勉強になりました。この後も楽しんでいってください。」そう言って俺は席を離れた。
その後も前田社長は女の子に囲まれ楽しく過ごしているようだった。閉店時間になり前田社長が支払いをしようとしたので、俺は支払いを断った。
「前田社長、今日は私がお誘いしたのでお支払いはサービスさせていただきます。その代わりと言っては何ですが、これからもうちの店を使ってやって下さい。」
前田社長はご機嫌だった。「本当に今日はタダでいいの?悪いなー。じゃあ、その代わりにこれからはちょくちょく使わせてもらうよ。女の子はみんなかわいいし話も面白いしね。本当にいいお店だよ。」
「ありがとうございます。それじゃあ、若い社員さんなんかも連れて来てくださいよ。お安くさせていただきますから。私はこう見えてコンピューターやAIの話が大好きなんですよ。特に生成AIなんて、どんな仕組みになっているのか、すごく興味があるんですよ。」俺は生成AIを開発したという多田一郎の話が聞きたかったのだ。
「へー、意外だねえ。分かった、次はAIに詳しい奴でも連れてくるよ。」
「よろしくお願いします。」
前田社長をお見送りして、今日の仕事は終わった。
次の日 俺は店には出なかった。今日は悪魔からの連絡がある日だからだ。それに頭の中を少し整理したかったのだ。
2人の話を聞いてみて、何となくだが11人の関係性が見えてきた。
AIを開発している会社の4人、AIの進化に警鐘を鳴らす大学教授が3人、AIを規制しようとしている国会議員が4人。おそらくそんなところだろう。つまりこの11人は利害の反する者同士だという事だ。しかし、分かるのはそこまでだ。だから何だと言うんだ。これだけでは悪魔とAIの関係は見えてこない。
やはり、俺が11人と仲良くなり、その後で悪魔が行動を起こすまで謎は解けないだろう。もう、この事について考えても無駄だろう。悪魔に聞いても何も答えるはずもない。兎に角、仕事を終わらせればはっきりとするんだ。今は急いで仕事を終わらせるしかない。
午前0時 俺のスマホが鳴った。
「もしもし」俺はもう吹っ切れていた。
「どうだ?仕事は進んでいるか?」悪魔の恐ろしい声にも慣れてきたのか、俺が吹っ切れたのか、あまり恐怖を感じなくなっていた。
「ああ、かなり順調だ。日本コンピューター社の前田社長と七倉大学の丸井准教授とはかなり話をすることが出来た。これからもちょくちょく会っていく予定だ。」
「そうか。では他の9人もその調子で頼むぞ。では、またお前の口座に1億円を入れておこう。どうだ?それで間に合うか?」
「ああ、大丈夫だ。他の9人もなるべく急いでやるつもりだ。」
「よし、では7日後に連絡する。」悪魔がそう言うといつも通り電話は切れた。
俺は早くこの仕事の意味が知りたかった。その為にも明日からは仕事のピッチを今以上にあげなければならない。
翌日の午後1時 俺は第一探偵社に行き、ホストクラブとカジノの店の件を依頼した。更に俺は張り込みの件も依頼した。やはり特定の人間に張り付いていては効率が悪い。今日からは複数のターゲットに張り付いてもらい、情報が入手でき次第ターゲットに接触する方法に変更した。探偵社に複数人を見張ってもらい、俺は店で連絡を待つことにした。
午後8時 俺のスマホが鳴り情報が入った。デジタル大臣の矢後昭信議員が行きつけの料亭に入ったという事だ。
個室は少々面倒だが仕方がない。1日でも早く11人と親しくならなければ謎は解けない。今日も俺は美咲を連れて料亭に行くことにした。
俺は美咲と個室に入り、担当になってくれた仲居さんに多めのチップを渡し矢後議員の部屋の場所を聞き出した。それから、今日は美咲に活躍してもらわなければならない。
1時間後、美咲は部屋を間違えたふりをして矢後議員の部屋に入っていった。
「あれ?すみません、私、部屋を間違えてしまったみたいですね。すみません、少し酔ってしまったみたいで。」
「いいんだよ、お酒の席ではお互い様だよ。」やはりどんな男でも美人には優しくなるもんだ。
「あれ?失礼ですが矢後議員ですか?」
「ほう。こんな美人さんが私の事を知っているなんて光栄だね。」
「ええ、国会中継で拝見した事がございます。今はデジタル大臣でいらっしゃいますよね。」
「ほう、勉強熱心だね。その通りだよ。」
美咲は名刺を差し出した。「私、銀座のラ・フェリアで働いております、美咲と申します。お近くにお越しの際は、お寄り下さい。それでは私これで失礼いたします。」
「そうですか。では今度是非寄らせていただきますよ。」
「よろしくお願いいたします。失礼いたします。」
美咲はそつなく任務をこなしてきた。やはり美人というものは得な生き物だ。
俺はすぐに美咲を連れてもう一度、矢後議員の部屋を訪ねた。
「失礼いたします。先ほどはうちの美咲が大変失礼いたしました。」そう言って俺はすかさず名刺を差し出した。
「へー、銀座のクラブのオーナーさんですか?いえいえ、まったく気にしていませんからお構いなく。」
「大臣、この後のご予定は?」
「そろそろ、家に帰るつもりだが。」
「でしたら、どうでしょう。このあと少しだけでもうちのお店にお寄りいただけませんか?お詫びもかねてサービスさせて頂きたいと思うのですが。」
「いやいや、お気になさらないで下さい。私は気にしていませんから。」
「そうおっしゃらずに、ほんの少しでもいいのでお寄り下さい。ほらほら、美咲さんもお願いして。君が失礼したんだから。」
「本当ですね。先生、是非お寄り下さい。私もきちんとお詫びしたいですし。」さすが美咲。これで落ちるだろう。
「そこまでおっしゃるのなら、ほんの少しだけ行ってみますか。」美人の力は偉大だ。
「ありがとうございます。では一緒に参りましょう。」
(よし、これで3人目だ。)
矢後議員をお店に連れて行くと、ママはいつも通りにVIP待遇でもてなしてくれた。矢後議員は女の子たちと楽しそうに話し始めた。
少ししてから、俺はAIの規制について質問をしてみた。「大臣、AIの規制というのは本当に必要なのですか?」
意外にも矢後議員はよく分かっていないようだった。「うーん。正直なところ私にはよく分からないんだよ。ただ、脅威論の大学教授たちが規制が必要だと迫るもんだからね。まあ、官僚と相談して、それらしい法案を作らなくてはいけないのかな、とは思っているけどね。何?君はそんな事に興味があるの?」
「ええ、私も生成AIを使っているものですから、少し気になりまして。いや、気になさらないでください。興味本位なだけですから。ほら、みんな、先生のグラスが空いているよ。」
「あら、先生、失礼しました。お話に夢中になっちゃって。先生のお話は面白いから。」女の子たちは何とかその場をごまかしてくれた。矢後議員も気にした様子は全くなく、その後も女の子たちと楽しそうにお酒を飲んでいた。
(矢後議員はAIに全く興味はなさそうだな。ただデジタル大臣という立場だけか。)
それから30分くらいしてから矢後議員はお帰りになった。矢後議員をお見送りした後、俺もすぐに部屋に帰った。
(うーん、議員連中はあんなものかもな。法案を作る立場にいるというだけだな。)
つづく