第8話 かつて最強と呼ばれた男
「入れ」
という男の声が聞こえると、部屋の中から侍女が扉を開いた。
その声の主こそこの城の主であるシュブルその人だった。
そこには玉座に座るシュブル...ではなく、ベットで2人の女性を両脇に抱えるシュブルがいた。
2人の女性はふわふわした感じの淡い色のドレスを着ている。
服を着ていて一安心だ。
ベットの上には赤と金の刺繍で飾り付けられている天蓋があり、ベットの前には豪華な食事が机の上に並ぶ。
鳥の丸焼きのようなものにパン、スープ、ワイン、果物。
ん〜、そっちだったかぁ...。
無礼は百も承知、でも残念としか言いようがない。
今まで会ってきた人達と比べてしまうからだろうか。
いや、期待していた俺が良くなかった。
しかし、部屋はそれはもう豪華だ。
人生で見てきた部屋の中で一番派手で豪華。
部屋の横には数人の侍女が立っている。
おそらく食事を運んできたのだろう。
俺とヤブラが入ったためワインを注いだりする役目を一度止め、定位置についているといった具合だ。
なんて仕事ができる人達なんだろう。
流石はお城だ。
ただ、城主が...。
ん〜〜〜。
こんなことを口にした日には即刻で死刑だろうが、第一印象は物語でよく見る太った王様という印象。
物語とかでよくいる駄目な方の王様。
厳密に言うと、このシュブルという男は今の王の叔父なわけだが...。
ん〜〜なるほど〜〜〜。
いや、でも見た目で判断するのはよくない。
とてつもない人格者なのかも。
きっとそうに違いない。
「聞いたぞ?お前達2人はあれだろ?恋仲だとか?夜は大人しくしておけよ」
そう言ってシュブルは笑った。
ん〜〜〜〜〜。
なるほどぉ?
そういう感じね。
寝室で、女の人を2人脇に抱えながらベットから話してるんだ。
人格者なわけがなかった。
ん〜〜〜〜。
なるほどぉ〜。
「お戯れを」
ヤブラはいつも通りヤブラだ。
肝が据わっているというかなんというか。
とにかく頼もしい。
「良い女じゃないかぁ。握った手は離すなよ?奪われないように」
「肝に銘じておきます」
俺は笑顔で答えた。
もうすんごいなさっきから。
前の世界じゃ中々いなかった。
いや、ここまでは初めて見た。
世界が違えば時代も違う。
そういうことなのだろう。
こういう人もやっぱ世の中にはいるんだ。
物語の中にしかいないとすら思ってた。
さすがは城主。
城主ともなればもう怖いものなんてないんだろうな。
きっと。
シュブルは上半身が裸だが下は履いていた。
先程からシュブルの右脇にいる女性は刃物でシュブルの髭を剃っている。
ここからでは髭が生えているようには見えない。そのせいでただ刃物を肌に擦り付けているように見える。
こまめに剃っている...いや剃らせているのだろう。そういう細かいところに気を使っているのが妙に金持ちっぽい。
これが城主か。
なんか現実を見たって感じがする。
「それにしてもそんな魔力だだ漏らしにしながら俺の前に立つなんて。君、やる気だねぇ」
空気が少し変わった。
なんか不味そうだ。
「いや、そんなつもりは!魔力の抑え方を知らないんです!申し訳ありません!」
俺は急いで頭を下げた。
魔力って抑え込めるの!?
知らない知らない知らない。
初耳だよそんなの。
誰か教えてくれよ。
「抑え方を知らない?ほぉ、なるほど?自然にそんだけの魔力が溢れてると、そういうこと?中々度胸あるねぇ」
「いや決してそのようなことは...」
俺は頭を上げず地面を見ながら答えた。
なんか不味そうなんだけど。
誰か助けて。
本当に。
頭を下げながら、隣のヤブラを見た。
助けてほしいという思いを込めて彼女に視線を送る。
ヤブラは顔を動かさずに目だけをこちらに向け、少しだけニヤッと笑みを浮かべた。
味方無し、四方八方敵だらけ。
そんな俺の心境に構うことなく、シュブル様はとある人名を叫んだ。
「バトリー!!バトリー!!」
すると、1人の中年の男が急ぐ様子もなく歩いて部屋に入ってきた。
ハッチさんより少し年上だろうか。
整った髭、鋭い目つき、短髪で真っ黒な髪をした男。
見ただけで分かる。
只者ではない。
こんな人を前の世界で見たことがない。
殺気というか、戦いのオーラというか、何かものすごい重圧を感じる。
「なんでしょう」
バトリーと呼ばれる男は跪くことなくそう答えた。
「今から御前試合を開く。暇だっただろ?久々の戦いだ、存分に楽しめ」
少し間を置き、バトリーさんが口を開く。
「相手はどちらに?」
「名前、なんて言ったっけ?」
「トーチです」
頭を上げることなく、地面を見ながらそう答えた。
あぁなんかマズいことに。
体は動くようになったが傷はまだ軽く痛む。
大丈夫なのか、これ。
いや、絶対マズいよな。
「顔を上げろよ。俺とお前の仲じゃないかぁ。なぁ?」
仕事についたら多分こんな感じなのかな。
上司とか。
世の中の理不尽な上司を持つ人達に心の底から伝えたい。
ご苦労様です、と。
「外に出るぞ。準備しろ」
シュブルが侍女達に命令する。
さぁ地獄の時間が始まる。
ーーー
シュブル様は服を着て、城の外に出された豪華な椅子に座っている。
先程とは別の女性に挟まれて...。
さっき城の門に馬車から出てきた女性達だ。
娼館から連れてきたのだろう。
きっと寝室にいた2人の女性もそうなのだろう。
城の中で働く人が全員大きな庭に出て来た。
みんな女性だ。
男の人は俺とバトリーとシュブル様の3人だけ。
その時、リスキーさんがやって来た。
リスキーさんは肩に腕を回して話しかけてくる。
「流石だねぇ。バトリーさんとやるんだって?本当トーチには敵わないな」
楽しそうだ。
所詮は他人事だもんな。
「助けてくださいよ」
「嫌だよ。見てたいもん。バトリーさんの戦いなんて、今じゃもう中々見れないんだから」
正直者だ。
「そんなすごいんですか?バトリーさんって人は」
雰囲気からそういう感じはしてたけど、リスキーさんの話しぶりからしてかなり大物そうだ。
「そっか記憶無いんだもんね。助言してあげるよ。あの人、バトリー・ダックラーって言うんだけどね。滅茶苦茶強いから。気をつけな」
「1番強いとかそういうことですか?」
「いや、今最強の魔術師って呼ばれてるのはレドバドって人。じゃ、応援してるよ。頑張って」
リスキーさんは言いたいことだけ言って去っていった。
あれを助言とは言わないだろ。
相手の弱点とか、戦う時のアドバイスとか、そういうのを期待してた。
あれじゃただの脅しだ。
それでその反応を面白がってる。
まぁ今、最強なのはレドバドって人らしいけど。
怪我をした時に運んでくれたことを感謝しようとしたけどやめた。
絶対言わん。
あぁなんか緊張してきた。
不意にヤブラの方を見た。
するとヤブラは笑顔でこちらを見て、笑顔のまま視線を逸らされた。
完全に楽しんでるね。
「ほらほら早く始めて」
シュブル様が急かす。
まだ心の準備が。
魔法も使えないのにどう戦えっていうんだ?
激しく動けないし。
「えっと名前なんだっけ?」
シュブル様が見下ろしながら声を張って呼んできた。
彼の座る席は少し高いところにある。
「トーチです!」
声が届くようにこちらも少し声を張り上げて答えた。
「さっきリスキーから聞いたんだけど。魔法使えないんだって?」
「はい。使えません」
それ伝えてくれてたの?
やっぱ優し...いや、違うな。
ただ戦いを見たいだけで行動したな、あの人は。
「召喚魔法は使えんだよね?」
「魔法陣を見せて頂ければ、なんとかできると思います」
「スィア」
シュブルがヤブラの近くにいたスィアさんを呼んだ。
「えぇ〜私ぃ?」
スィアさん、なんて無礼な態度なんだ。
らしいと言えばスィアさんらしいけど...。
スィアさんは右手で頭を掻きながら左手をこちらに向ける。
すると薄紫色の魔法陣が地面に現れた。
かなり大きい。
「なぞっちゃっていいからぁ」
魔法陣ってなぞれるんだ。
リスキーさんはなんでそうしなかったんだよ。
リスキーさんの方を見ると、何も考えてなさそうにこっちを見ている。
はぁ。
「トーチお前は召喚獣を召喚するだけでいいからなぁ」
「はい!分かりました!」
体のこと気にしてくれたのかな。
「そんな貧相な体じゃ死んでしまいかねないからな」
悪かったな貧相で。
そりゃあアンタから見たら貧相だろうよ。
特に腹とか。
「バトリー。お前は召喚獣と戦え。バトリーの召喚獣も俺は見たいなぁ」
「お戯れを」
バトリーは顔だけをシュブル様の方へ向け、至って冷静にそうに答えた。
「それじゃあ始めろ」
シュブル様の掛け声で試合が始まる。
さて、何を召喚しよう。
ティラノサウルスは駄目だ人を食べかねない。
ハッチさんは個人的な印象は捨てれば平気みたいなこと言ってたけどまだできそうにない。
となると草食恐竜だな。
スィアさんは欠伸をしながら魔法陣を出し続けてくれていた。
俺はスィアさんが出してくれた魔法陣の上に魔法陣を展開して叫ぶ。
「トリケラ!!!」
白い光が一瞬煌めき、2本の長い角から段々と姿を現していく。
召喚してみて分かる。
やっぱりちょっとデカすぎる。
多分実物はこんなにデカくないだろうな。
観戦してる人達が騒めいた。
無理もない。トリケラトプスなんてまず見ることはないし、絵とか彫刻でも目にする機会はないだろう。
シュブル様は体を前のめりにしている。
気に入ってくれたようで何よりだ。
スィアさんは驚きながら左手を下ろした。
ヤブラのあの目はおそらく驚いている目だろう。多分。
リスキーさんには特に驚く素振りがない。
そして驚く素振りを見せない者がもう1人。
対戦相手であるバトリーさんだ。
バトリーさんは武器を持っていない。
おそらく魔法だけで戦うのだろう。
バトリーさんは静かに立っているだけで微動だにしない。
よし、まずは先制させてもらおう。
...どうやって?
俺は今になって気付いた。
トリケラトプスで戦うのは無理がある、と。
突き刺せば殺してしまうし、何より大きさの問題で角は人間の体に当たりそうにない。
じゃあ他にトリケラトプスは何ができる?
答えは1つ。
何もできない。
尻尾を使おうにもわざわざ背中を向けてからじゃないと戦いにならないし、尻尾を使うならもっと打って付けの奴がいる。
完全に俺の選出ミスだ。
スィアさん!!!もう一回お願いします!!
「え...?ま、まぁ分かった、出すよ〜」
どうやら呆気を取られていたようだ。
我に帰ったスィアさんがまた魔法陣の見本を地面に映し出してくれる。
俺はその魔法陣の上に魔法陣を重ね、再度叫ぶ。
「アンキロサウルス!!」
観戦している人達は皆が目を見開く。
今回は先程あまり驚いてなかった人達も驚いた様子だった。
シュルブ様は女性そっちのけで子供のようにはしゃいで喜んでいるし、スィアさんは開いた口が塞がらない。
ヤブラも今回ばかりは完全に目を見開き、リスキーさんは興が醒めたかのような呆れた顔をしている。
バトリーさんも今回ばかりは口が一瞬だけ半開きになっていた。
神が生き物にハンマーを無理矢理くっつけたかのような尻尾に、何個もの刺が突き出した荒々しい背中。
背中の大きさはまるで船のようにでかい。
背中はまるで盾のようだ。
しかし、やはりこれもまた実物を目にしてみるとちょっと違う気がしてきてしまう。
いかにも危険そうに尖った棘に、なんでも壊してしまいそうな尻尾のコブ。見るからに堅牢そうな背中はまるで岩のようだ。
ちょっと怪物じみている。
いや、アンキロサウルスは実物もこんなものか。
そもそもどんな恐竜も怪物みたいなもんだ。
強そうだし格好いいからそれでいい。
敵は俺に攻撃してはこないのだから構えて待っている必要はない。
俺はトリケラトプスの頭を下げさせ、短い角に跨った。
トリケラトプスは、今は俺と一緒に見学だ。
アンキロサウルスには挨拶代わりに、大槌のような尻尾をバトリーさんに向かって大きく乱暴に振り回させた。
バトリーさんは見えない何かでアンキロサウルスの尻尾の勢いを殺す。
スドォンという鈍く大きな音と共に、そこから発生した強い風が城の庭にいる者達を襲った。
その風の強さが攻撃のぶつかり合いの激しさを物語っている。
バトリーさんが使ったあの魔法には見覚えがある。
風魔法だ。
しかし、俺が見たヤブラの熊に向かって使った風魔法の威力とは比べ物にならない。
リスキーさんが強いと言っていたのは嘘じゃなかった。
別にそこまで疑ってたわけではないが、リスキーさんだ。
嘘の可能性も捨てきれなかった。
アンキロサウルスがそのまま上から叩きつけるように尻尾を振り下ろすと、バトリーさんは瞬時飛び退く。
地面を叩きつけた衝撃が風ではなく、今度は振動として伝わってくる。
あれ当たったら俺は死んじゃうな。
見てるだけでもゾッとする。
バトリーさんは右手を上に掲げると、掲げた手の先に大きな水の玉が現れた。水の玉がある程度まで大きくなると突如として分散し、アンキロサウルスの体の上に回転しながらの円を形成した。
「水よ、凍てつけ」
すると、空中の水の輪がところどころで分裂し、ナイフのような刃となって凍り始める。
刃の大きさは俺の出したアンキロサウルスの棘と同じか、それより少し大きいくらい。
それが20本。
上空で円状に列を成し、全ての刃が平行に並ぶ。
バトリーさんは右手を勢いよく振り下ろす。
「Payris・XX」
その瞬間、全ての氷の刃がアンキロサウルスに狙いを定め、次の瞬間には一斉にアンキロサウルスを襲った。
轟音と共に凄まじい砂埃が巻き起こる。
俺は両腕を目の前に構え、砂埃が消えるのを待った。
砂埃が晴れ、アンキロサウルスの姿が見え始める。
アンキロサウルスは無傷。
存在は感じていたため、倒されて消えてないのは分かっていたが、無傷で済むなんて予想だにしていなかった。
バトリーさんはそっと両手を上げる。
降参の合図だ。
「えぇここで終わり?お前も召喚獣出せよぉ」
「酒の席じゃない」
バトリーさんはシュルブ様の言葉を冷たくあしらった。
酒の席なら出すのかな、召喚獣。
一発芸とかそういう感じ?
俺はアンキロサウルとトリケラトプスに触れて2匹を消した。
大収穫だった。
草食恐竜の安心感たるやこの上ない。
勝手に襲う心配はなし、それにアンキロサウルスがあそこまで丈夫だとは。
俺の間違った想像力のせいか、アンキロサウルスが本当に硬いのか。
答えは分からないが、おそらく前者だろう。
そのまま試合はお開きとなる。
シュブルの無茶振りを無事に乗り切ることができた。
シュブルは残念そうに城へ戻り、彼を追うようにバトリーも戻っていった。
バトリーはシュブルの護衛なのだろう。
試合後、大勢の人があの戦いのことを話題に盛り上がっていた。
その話の中には、
「カッコよかった!!」
だとか
「あの子、案外悪くないかも〜!」
という侍女達の言葉も聞こえてきた。
顔が熱い。
多分俺の頭は真っ赤になっているだろう。
「いやぁすんごいねぇ!」
真っ先に声をかけてくれたのはスィアさんだった。
「どうも」
俺は照れながらそう答えた。
「魔法陣、ありがとうございました」
「あれくらい、いいよぉ。私と君の仲でしょ?」
本当に良い人だ。
ヤブラは右手を口元に当てながら城へ戻っていく。
なにか考え事をしているようだった。
召喚獣についてなにか考えているのだろう。
リスキーさんは試合の後にはもう見当たらなかった。
試合を見る時だけ顔を出して終わったらすぐ帰る。
なんとも彼らしい。
ーーー
「バトリーさん。魔術院は貴方が戻ってくるのを待ってますよ?なんで貴方ほどの力を持つ人がここにいるんです」
御前試合の後、バトリーが1人になるところを待ち伏せしていたリスキーがバトリーを呼び止めた。
「お前が代わりにここに残るか?」
「嫌ですよ、僕は。あの人を守るなんて」
「話は終わりだ」
話を切り上げ、バトリーは再び歩き始める。
「でも貴方がやる必要もないでしょう?」
バトリーが歩きを止めたのを確認し、リスキーは続ける。
「他の魔術師に頼んでもいいじゃないですか。今魔術院は人手不足なんです。どうにかなりませんか?」
「なら俺の代わりを見つけてから来い」
リスキーは食い下がる。
「正直護衛する必要なんてないでしょう?あの人のために命張るなんて無意味ですよ」
「好きでやってるわけじゃない。見張ってんだよ。話は終わりだ」
バトリーは一瞥もすることなく歩き去った。
残されたリスキーは1人呟く。
「代わり...ですか」




