第40話 運命の地
水が流れる音の中に、木剣が激しくぶつかる音が響く。
石畳が敷かれた美しい中庭の中心には、綺麗な水が湧き出る泉水。中庭に泉水以外のものは何もない。
中庭の周りにはいくつもの城を支える石柱があるが、石柱から泉水に至るまで無駄な装飾は一切ない。その無駄のない造りがある種の神秘さを放っている。
いつもは水の音しかしない静かな空間だが、今だけは剣の稽古場として使われていた。
戦っているのはロンカの霊廟で墓荒らしをしていた青年ドルーと、長い白髪に黒い肌をした中年の男。2人は石柱の間を縫うように動き回りながら木剣を交わせる。
小柄なドルーが機敏に動き回るのに対し、千鳥足になりながらも余裕ある動きで攻撃を捌く白髪の男。実力差は圧倒的だった。
激しく木剣をぶつけ合った後、ドルーは白髪の男と距離を取り、動きを止めてから呼吸を整える。白髪の男の倍は動いているので無理はない。
その間、白髪の男は柱の影に置いていた酒瓶を拾い上げ、幸せそうな顔で酒を飲み始めた。
「いやぁ、強いね〜。おじさん参っちゃうよ」
「ふざけんな」
肩で息をするドルー。汗の量も尋常ではない。
それでも戦いを続けようとするドルーを、中庭にやって来た死霊使いのレドバドが止める。
「一旦終わってくれ」
「なんでだ」
見るからに不服そうなドルー。
「クライに客人が来てる」
「俺に?そりゃ珍しい」
白髪の男は酒の入った瓶をその場に置いた。
戦う相手を失ったドルーは不機嫌な顔をしながら剣を下ろす。
「悪いね邪魔しちゃって」
そう言ってその場に現れたのはオーネスだ。ドルーは一瞬だけ目を合わせたがすぐに目線を逸らし、取り敢えず彼に会釈をした。
「見違えるほど逞しくなった...」
オーネスの言葉通り、ドルーの体は墓荒らしをしていた頃よりもがっしりしていた。昔とは違い、今では食べ物に困っていないということもあるが、大きな要因はレドバドの下で鍛錬を積んでいるからだろう。
「ども...」
「お久しぶり」
目を合わせることなく、小さな声で返事をするドルー。
オーネスはそんなドルーにも丁寧に挨拶をする。
「あ、まだ訓練があるんで、それじゃ...」
もちろんオーネスと目を合わせることはせず、早口でそう告げたドルーは背を丸めながらその場を去っていく。目線はずっと下を向いたままだ。
それでもオーネスは去っていくドルーの背中を眺めながら彼の成長を実感していた。
オーネスは隣にいるレドバドに呟く。
「ロンカの時とは別人だな」
オーネスの言葉にレドバドがすかさず反応する。
「甘やかさないでください」
「相変わらず厳しいね」
オーネスは優しく微笑みながらそう言った。
「本当のことを言ったまでですよ」
「成長したのも嘘ではないよ。ロンカで出会った時は怯えているだけの少年だった」
「今でも少年でしょう」
「...たしかにな」
オーネスとレドバドが話しているところに、少しよろけながらクライが近づく。
「客人ってのはアンタだな?」
「すまない、自己紹介が遅れた。私はオーネス・エンビネル。貴殿がダークエルフのクライ殿かな?」
「いかにも。俺がクライ・サザンクロスだ。アンタの活躍はよく聞いてる」
クライの言葉に心当たりがないオーネス。
「活躍?」
「野次を飛ばし合うだけの魔術院で話をまとめあげれるのはアンタしかいないって、みんな言ってる」
そう言い終えると、クライは酒を一口飲んだ。
「そう見えるのかもしれないが、魔術院には国のためを思う者達が集まっているんだ。今回はたまたま私の意見が目立っただけだよ」
クライはオーネスの話を聞き、ぼんやりした様子で静止した。
少し沈黙が流れた後、唐突にクライが口を開く。
「シュブルを魔術院に引き戻したってのを聞いた時は、やっぱ只者じゃないなって思ったよ」
この場に妙な緊張感が走った。
嫌な予感がしたレドバドは、クライを止めるために口を挟む。
「酔いを覚ましてこい」
クライを睨みつけているレドバド。
しかし、そんなことなどお構いなしにクライは続ける。
「それも王族を憎むアンタが言い出したとは恐れ入る」
「よせ!クライ!」
クライを止めようとするレドバド。しかし、クライは止まらない。
「それもアンタの息子を殺した男をだ。息子を殺した奴をよく許せるな」
クライは真剣な眼差しをオーネスへと向けた。その目には涙が溜まっている。
オーネスはクライの眼差しから目線を逸らし、呟くように話し始める。
「許すも何もない。息子は決闘で死んだんだ。シュブルを憎めば息子の名誉を汚すことになる...」
「そうか...」
そう呟くとクライはオーネスに背を向け、酒瓶を拾ってから歩き出した。
「どこへ行く」
クライは一度足を止め、振り返ることなくレドバドの問いかけに答える。
「水を被って酔いを覚ます」
クライは再び歩き始め、その場を後にした。
クライが去った後、レドバドは言い訳をすることもなくオーネスに頭を下げる。
「すみません」
「なぜ謝る?そんなことより、急な訪問に対応してくれてありがとう。感謝している」
返す言葉が見当たらないレドバド。すると、すぐにオーネスが別の話題を振った。
「彼はなんでわざわざ水を被りに行ったんだ?」
「酔いを覚ますためでしょう」
「いや、水場ならすぐそこにあるだろう?」
そう言ってオーネスは中庭にある水場の方に視線を向けた。
「あの水はミコンハーゴで暮らす人々が使うものです。我々が使っていい水じゃない」
「顔を洗うくらいは...」
「駄目でしょう。我々は水の番人としてここに来ているのですから」
食い気味に答えるレドバドに気圧され、オーネスは口を閉ざす。
「町に流れるんです。我々が汚してはいけない」
「その通りだな...」
オーネスがそう呟くと、つい先ほど去ったばかりのクライがずぶ濡れになって戻ってきた。
もちろん酒は持っていない。
濡れた髪の毛や服から滴った水は、彼の通った石畳を濡らす。
オーネスの目の前まで来ると、彼は突然頭を下げた。
「すまなかった」
クライは頭を上げることなく言葉を続ける。
「辛い決断だったことは容易に想像できる。本当にすまない...」
「よしてくれ...」
珍しく本当に嫌そうにしているオーネス。しかし、すぐにオーネスは気持ちを切り替え、本題へ移ろうとする。
「そんなことより本題に入りたいのだが...」
ようやく頭を上げたクライ。しかし、オーネスは水びたしのクライが気になってしまい言葉を詰まらせた。
「...着替えなくて大丈夫か?」
少し困惑した様子のオーネス。
「問題ない」
クライは堂々としている。
「ならいいんだ」
「...その前にちょっと失礼」
そう言ってクライは近くの柱の影から瓶を拾い上げた。これを見たレドバドは半ば呆れながら注意する。
「おい、もう酒はよせ」
「水だ」
クライはそう答え、瓶の中身を飲み始めた。
喉を鳴らしながら豪快に飲むクライ。
「っはー!げぷっ...」
「酒だろ」
幸せそうな顔でげっぷをしたクライに対し、レドバドは怒り心頭といった表情を浮かべていた。
そんなレドバドにクライは真剣な眼差しを向ける。
「いや...水だ」
自信満々な様子のクライ。
そしてクライは力の抜けた満面の笑みを浮かべた。
「本当にすみません」
レドバドはオーネスに謝った。
「なぜ謝る?」
オーネスはオーネスで、レドバドが謝罪している理由が純粋に分かっていない。
「いや、酒を飲んでていいのならいいのですが...」
「雑談をしに来たようなものだから問題ないよ」
「無礼にあたるかと...」
「いや全く」
「...そうですか。それでは部屋にご案内を」
「いや、ここでいいんじゃないか?」
「よろしいのですか?」
「彼が水びたしだし...」
「オーネスさんがよろしければいいのですが」
「問題ないよ」
「分かりました。それでは私はまだやることがあるので、ここら辺で」
「忙しいのにわざわざありがとう」
「何かあればすぐに駆けつけます。では」
そう言ってレドバドは去って行った。
酒を飲みながらクライがオーネスに話を切り出す。
「それで、有名人のアンタが俺に何の用だ。わざわざ雑談をしに滝の町まで来たのか?」
「ダークエルフについて知りたくてね」
「...それは俺が何かされるのか?」
「いや、私が知りたいのは、今ダークエルフがどこにいて何をしているかだ」
オーネスが聞きたいことの方向性を理解したクライ。
「あぁそういうことか...。アンタは何を疑ってる?」
「最近、マーロンの敵はパオットだけではないと思い始めていてね」
「それで人間でも魔族でもないダークエルフを怪しんでいると?少々安直じゃないか?」
「正直に言うと切羽詰まってるんだ。あらゆる可能性を探ってこのホワイトキャッスルまで来た」
「なるほど...。まぁ自分で言っちまうが、俺を頼ったのは正解だろう。それも、アンタが知りたいことってのがトーチ・アザーレって召喚師の件ならなおさらだ」
「本当か!?」
オーネスの目の色が分かりやすく変わった。
「思い当たることがある。あくまで予想だが、いい線はいってると思う」
「ぜひ聞かせて欲しい」
クライは酒を一口飲んでから話し始める。
「竜導って知ってるか?」
2人が話す間にも水は湧き出し続け、中庭にある泉水を満たす。そして、泉水から溢れ出た水は導水路が城の外へと運んでいくのだった。
人が暮らす家のすぐ隣を小さな川がながれ、ところどころにある小さな滝が川のせせらぎを優しくかき消す。
透き通った水はこの町に住む人々がいかに大切に水を使っているのかを物語り、町の外へとながれてゆく。
水がどこから来たのかを辿れば、いずれ町の真ん中にある丘に行きつくだろう。
その丘の上には、ホワイトキャッスルと呼ばれる城が町を見守るようにして静かにたたずみ、名前の通り真っ白なその城は、日の光を反射してその大きさ以上の存在感を放つ。
人が栄える遥か昔から存在する小さな滝と、人が暮らすため徹底的に整えられた水路が複雑に絡み合う水の都。
滝の町ミコンハーゴ。
人々はこの地を楽園と呼ぶ。




