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恐竜の召喚師  作者: 南雲一途
第三章 雷霆
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第39話 運命の正体

 ヤブラがいる独房の前でシュブルが立ち止まる。


「誰です?」


「そりゃねぇだろ。シュブルだ」


 表情には出ないが、驚きで一瞬固まるヤブラ。

 前会った時の面影がないその姿に言葉が出ない。

 しかし、ヤブラはすぐに平静を取り戻した。


「このことは誰か知ってるんですか?」


「魔術院の命令だ。トーチを調べるのに協力してほしい」


「そのトーチとの関係を疑われて私はここにいるんですが...」


「疑いは晴れた。愛しのトーチを探しに行かなくていいのか?」


 シュブルは揶揄うように笑みを浮かべてそう言った。


「...私と彼の関係はご存知でしょう?」


「そのことも含めて色々と聞きたいことがある」


 ヤブラは言葉を発することなくシュブルに視線を向ける。

 しかし、そんなヤブラの視線を気にすることなくシュブルは話を続けた。


「明日には出発する、準備しておけよ」


「出発?どこにです?」


「ロンカだ」


 ヤブラは真剣な眼差しでシュブルを見上げる。




 ーーー




 王都から最も離れた町、ロンカ。

 そのロンカから少し離れた場所には霊廟があり、霊廟から少し離れた場所に一つの小さなお墓のようなものがある。

 植物が鬱蒼とした森の中だが、その周りだけは綺麗に整えられていた。

 木漏れ日に照らされた墓の前で、剣を腰に差したプルガーが手を合わせている。

 そして、プルガーはしばらくしてから立ち上がった。


「またな、アカシア」


 墓参りを終え、帰路につくプルガー。

 町から離れた山道のため、人が通ることはほとんどない。

 そのため、道には踏まれた様子のない落ち葉が敷き詰められていた。

 プルガーが歩みを進める度、落ち葉が小粋に音を鳴らす。


 山道を歩いてから間もなくすると、2つの人影がプルガーに向かって近づいて来た。

 シュブルとヤブラだ。


 道を譲るか譲らないかの距離まで近づいてようやくシュブルだと気がついたプルガーは、急いで頭を下げて道を譲る。


「おいおい、いいって。プルガーだろ?傷はもう癒えたのか?」


 頭を下げたままプルガーが答える。


「はい。かなり良くなりました。お気遣いありがとうございます」


「頭を上げろって。俺はもうただの魔術師なんだから」


 プルガーは様子を伺いながらゆっくりと頭を上げる。


「それにお前の父、フェールには世話になった。それと話は変わるが、栄誉魔術師になるって話を断ったんだって?」


「そこまでの力は今の私にはありませんので」


「謙虚だなぁ。それじゃフェールによろしく伝えておいてくれ」


「えぇ必ず」


 再度頭を下げ、道を譲るプルガー。

 その横をシュブルとヤブラが通り抜ける。

 ヤブラはプルガーの前で軽く頭を下げた。

 その瞬間、突然シュブルが立ち止まる。


「念のため聞かせてほしいんだが。霊廟には行ったか?」


 プルガーは再び頭を上げ困惑した様子でシュブルの質問に答える。


「いえ、行ってませんが...」


「じゃあこんなところで何してたんだ?」


「この道から少し逸れたところに仲間の墓があるんです。墓とは言っても形だけで、そこに眠っているわけではないんですが...」


「そうだったのか。ごめんな、時間取らせて」


「いえ。お気をつけて」


 シュブルとヤブラは再び霊廟に向かって歩き出した。

 プルガーが見えなくなると、ヤブラがシュブルに質問をする。


「彼、栄誉魔術師の話を断ったんですか?」


「みたいだな。それでもあの魔力量で上級魔術師に昇級したんだ、父親に劣らず化け物だよ。まぁその父親はこれを機に隠居することにしたらしいが...」


「そんなことが」


「まぁ魔力量の話をしたら、お前の方がすげぇもんな。なんたって栄誉魔術師だ」


「私は運が良かっただけです」


「でもなったのは事実だ」


 ヤブラは黙り込んだ。


「...さて、着いたな」


 2人の目の前には屋敷のように大きな霊廟があった。


「え...。壊れたはずじゃ...」


「俺が魔法で直した」


 ヤブラはそれを聞き、シュブルの耳に届くかどうかくらいの声で呟く。


「相変わらずですね...」


 そして2人は霊廟の中へと歩みを進める。


 近くで見ると壁や屋根の至る所にヒビがあり、壊れていたことが事実だと分かる。

 いつ崩れてもおかしくはない。

 2人は霊廟の中心部まで歩みを進めた。


 窓穴から入った日光が霊廟内を優しく照らす。

 中心に近づけば近づくほど建物の損壊は酷い。

 霊廟の中央の床には、大きな魔法陣と思われる黒く焼け焦げた跡。その魔法陣を中心に、柱や壁、天井に抉られたような跡がある。


 シュブルは魔法陣の跡を見ると、感心した様子で呟く。


「何度見ても立派な魔法陣だ」


 静かな霊廟内にシュブルの声が響いた。


「さっき直したとは言ったが完全じゃない。ゼノとかいう魔族との戦いで崩れたのを少し組み直しただけだ」


 ヤブラは霊廟内を見回しながら呟く。


「充分でしょう...」


 そんなヤブラにシュブルが質問を始める。


「お前が死にかけのトーチを、俺のいるキント城に連れて来た時のことを覚えてるか?」


 ヤブラは霊廟内を見回すのを止め、シュブルの方を向いた。


「俺はあの時、お前にキントから突然姿を消した死霊使い(ネクロマンサー)達の真相を聞いた」


 ヤブラが小さく頷く。


「その時に聞いた話じゃ死霊使い達は魔法陣の暴走のせいで死んだってことだったが、ここには死体どころか、血の跡すらどこにもない」


 シュブルの言う通り霊廟内の至る所が傷ついていはいるが、血の跡のようなものはない。


「死体は簡単に隠せるが、敷石に染みついた血はそうはいかねぇ。なのに血の付いた部分を削った跡もなければ、敷石を綺麗にした様子も見当たらない。こりゃあどいうことだ?」


 沈黙を続けるヤブラ。


「じゃあ話を変えよう、魔法陣の暴走についてだ。魔法陣の暴走ってのは言わば魔法陣の不具合のこと。不完全な魔法陣の中で、他人同士の魔力がぶつかり合うことで起こるんだ。暴走が起きる魔法陣ってのはどっかしら乱れた部分があるんだが、この地面に残った魔法陣の跡は美しいとしか言いようがねぇ」


「魔法は失敗していないと?」


「おいおい。それを聞くのは俺の方だろ?」


 ヤブラはまた黙った。


「これは俺の興味で聞いてるだけだ」


 それでも口を開きそうにないヤブラ。

 それを見たシュブルは一度地面に座り、リラックスした状態で話し始める。


「この魔法陣を考えたのは少し変わった人だったろ?ハッチさんと同い年か、それより少し若いくらいの男。名前はカヴェータ・エクスプロラッド」


「...苗字があるんですね」


「あの人は死霊術(しりょうじゅつ)にも詳しいってだけだ。死霊使いの話に入り込む時は死霊使いになりすます」


「なるほど。...やけに彼に詳しいんですね」


「俺に魔法を教えてくれた人だからな」


 それを聞き、ヤブラは納得した様子を見せる。


「その人から死者を蘇らせる魔法を作ってるっていう話は聞いてた。俺はその結果を知りたいだけだ」


「...死霊使い達が何をしようとしていたか知ってたんですね」


「だから聞いたんだろ?死霊使い達がなぜ消えたのか」


 飄々とした態度を改め、いつになく真剣な表情のシュブル。

 シュブルは見上げるようにしながらヤブラの目を凝視する。


「本当は成功したんだろ?」


 一瞬の沈黙。

 そして、ヤブラは目を逸らすことなく、重々しく口を開いた。


「...おそらく」


「おそらく?」


 シュブルは再び立ち上がる。


「魔法陣が暴走したのは嘘じゃない。魔法陣が暴走して、柱や壁にぶつかって...その間に死霊使いが消えていくのを私は見ましたから。そのあと、私は爆発に巻き込まれて、気がついたら目の前にトーチが...」


 シュブルは目を見開く。


「トーチ?トーチってあのトーチ・アザーレか!?」


 ヤブラは頷く。


「あのトーチが......。そういうことだったのか。どうりでトーチの説明が漠然としてたわけだ。となるとあれか。死にかけで運ばれてきたのはこの魔法の影響か?」


「いや、あれは彼が自分で召喚した召喚獣に...」


「そうだ。そういやぁそうだった」


「いきなり現れた時は傷どころか、赤ん坊の肌かと思うほどに綺麗な肌でした」


「肉体を新たに作り上げたってことか?」


「分かりません」


「そうか...。前に言ってた記憶がないってのは本当なのか?」


「それについてもよく分かりません。ただ彼が言うには、こことは別の世界から来たんだとか...」


「別の世界?死後の世界か?」


「いや、そういう話ではなさそうでしたが...」


「どこから来たのか、か。...興味深いな」


 シュブルはそう言いながら魔法陣の跡を眺める。

 シュブルからの質問が止まり一瞬の沈黙が流れた後、今度はヤブラが質問をする。


「あの、トーチが魔法から出現したことは知っていたんじゃないんですか?」


 呆気に取られた様子のシュブル。


「......いや初耳だ」


「え...。彼の正体を探るためにここに来たのでは?」


「いや、全く。ここに来たのは死霊使い達が作った魔法について聞きたかったからだ。まさかトーチ・アザーレの正体に繋がるとはなぁ。はっきり言っちゃうが予想外だ」


「え...」


「いや、もちろんトーチってのが何者なのかを探ろうとしてた。この後にな。この後にトーチについて知ってることを洗いざらい吐いてもらうつもりだった」


 無表情のままヤブラは息を吸い、吸った息を吐いた。


「どうした?」


「彼との秘密だったので...」


「そうだったのか。随分と大きな秘密だな」


 ヤブラは小さく頷く。


「分かったよ。俺もこのことは絶対に他言しねぇ」


 ヤブラは疑うような視線をシュブルに向ける。


「そんな目で俺を見るな。絶対に言わねぇって」


「まぁ私の落ち度ですから...」


「そんなに信用ねぇのか俺は...。だがまぁ状況は分かった。やっぱこの魔法は成功してる」


 そう言ってシュブルはまた魔法陣に目を向けた。


「この魔法陣の跡を見て何か分かるんですか?」


「分かる部分もある。だがほとんどは見当もつかない」


「分かる部分っていうのは...」


「まず分かるのは、使われた魔力の量。これだけの焼け跡が残るくらいだ、かなりの魔力を魔法陣に込めたんだろう。ここまで焼け焦げた魔法陣は見たことがねぇ」


「他には?」


 シュブルが魔法陣の跡の一部分に指を差しながら説明を始める。


「例えばここの部分。召喚魔法の魔法陣に使われているのと同じものだ。これは召喚魔法を使用した者が扱う言語の知識を召喚獣に与える働きがある。召喚獣が人の指示を聞けるのはこの部分の影響だ」


「そんなものが...」


「召喚獣の動きを常に想像して操り続けるより、命令通りに動いてくれた方が楽だからできた。初期の召喚魔法には無かったもんだ」


「人間を蘇らせる魔法陣になぜこんな魔法を?」


「俺にも全く分からねぇ。死者がマーロン語を話せなと思ってたとしか...」


「やっぱりこの魔法は、人間を召喚する魔法だったってことでは?」


「いや、それはないだろうな。召喚魔法は頭の中にある記憶を形にする魔法だ。複数人の記憶が混ざれば成功はしない。だから召喚魔法は必ず1人で魔法陣を作るんだ。それにトーチにはしっかり魔力がある。魔力を魔法で再現することは不可能だ」


「ならこの魔法は何だったんです?」


「想像もつかねぇよ。死んだ肉体を蘇らせているのか、生前の姿そっくりの肉体を新たに作ってるのか、はたまた全く別の手段で蘇生させているのか、俺には全くもって分からねぇ。ただ、二度とこれが成功しないってことだけだは分かる」


 ヤブラは疑問の眼差しをシュブルに向けた。

 シュブルが答える。


「この魔法陣には、とある仕掛けがされてるんだ。ほら、ここ」


 シュブルがしゃがみ込み、魔法陣の縁の線を指差す。

 しかし、ヤブラにはシュブルの指し示す部分を見てもよく分からなかった。


「これが、なんですか?」


「魔法陣の縁があまりに太い」


 シュブルの言う通り縁の線だけは明らかに太かった。

 魔法陣の中の模様の線にも細い部分や太い部分はあるが、そのどれよりも縁の線は太くくっきりしている。


「おそらく魔法陣の縁となる円を何重にもしたんだ。線が太いのはそれがくっついたせいだろう」


 シュブルは立ち上がり、話を続ける。


「魔法陣の縁となる円を複数重ねた場合、その魔法陣は重ねた枚数分浮き上がり、それぞれが勝手に動き出す。勝手に動き出すのは、流れる魔力の偏りが生まれるからだ。一つの魔法陣を作るために注いだ魔力が、複数の魔法陣に分散するせいでバランスが崩れる。お前が魔法陣の暴走と勘違いしたのはこの現象だ」


「なるほど...」


「これが起きると、普通は魔法陣は互いに干渉...ぶつかり合って魔法は失敗する。それなのに、この魔法はなぜか成功してる。意味が分からねぇ」


 シュブルは話を続ける。


「起きたことだけを考えれば、魔法陣が複数枚出現し、それぞれの魔法陣が動き始め、互いにぶつかり合い、奇跡的に別の魔法として効果を発揮したことになる。まぁ、あの人ならそんな運任せの魔法陣を作ってもおかしくはねぇが、そんなもの成功するわけがない」


「でもトーチが現れた」


「奇跡としか言いようがねぇ...。カヴェータさんも驚いてたろ」


「いや...分かりません」


 ヤブラの様子を見てシュブルが口を開く。


「...そういや、死霊使いが消えたって言ってたな。消えたってのはどういうことだ?」


「そのままの意味です。服だけを残して姿が消えました」


「服はどこだ?」


「分かりません」


「ゼノって奴が奪った可能性は?」


「おそらくないかと...」


 少し考えるシュブル。


「死霊使い達が消えた時のことをもっと詳しく教えてほしい」


「魔法陣のぶつかり合いが始まった頃、その中心から光の輪が色んな角度で広がり始めたんです。そしたら次第に人が消えていって...」


「光の輪に触れたら消えたのか?」


「触れても何ともありません。少なくとも私は何も感じませんでした。柱や天井にぶつかると、ぶつかった部分が抉れましたが、人の体は通り抜けました」


「触れたのに無傷か?」


 ヤブラは頷いた。


「無数に現れたので、みんな同じくらい触れているかと」


「立ってた位置はどうだ?」


「関係なく消えていきました。私が残ったってことは魔力量も関係ないかと」


「性別や身長、体格はどうだ?」


「......年齢」


 ヤブラはそう呟きながら考え込む。


「...年齢は、あるかもしれません」


 シュブルは嬉しそうな表情を浮かべる。


「歳か!お前の次に若いのは?」


「トーチを省けばカヴェータさんです。他に若い人はいません」


「なら、服が消えたのはカヴェータさんのせいだろうな。あの人のことだ。どうせ残った服を持ち去って、どっかで服だけが残った理由とか調べてんだろうよ」


「そうですね」


 ヤブラはほんの少し微笑んでそう言った。


「俺にも秘密を知った責任がある。トーチについては俺に任せてくれ」


 ヤブラは頷いた。


「ありがとうございます」


「いや、お礼を言うのは俺の方だろ。今日はありがとな」


「私も色々知れましたから。トーチについて」


 微笑みを浮かべるシュブル。


「そうか。ならよかった」


 シュブルは魔法陣に背を向け、霊廟の外へと歩き出す。

 ヤブラもそれに合わせて歩き始めた。


「まぁ今じゃアイツは強大な力を持つ怪物だからな。今どこにいるかは知らないが、必ず表舞台に現れる」


「魔法によって生み出されたかもしれませんが、彼は1人の人間ですよ。1人にできることなんて...」


「もちろん分かってる。だが、奴は力を持ってる。世界が揺らぐほどの力を」


 ヤブラは何も言い返さなかった。


「それに、奴は恐竜の召喚師だ」


 出口に近づくに連れ、外から差す光が強くなる。

 今まで暗い場所にいた2人にとって、外の光はその明るさ以上に眩しいものだった。

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