第35話 風雲地
パオットで2番目に大きな町キヤから、ニワーカーブ攻略を目指す魔族の軍が出撃。
先頭で立派な馬に跨ったデゼル・クラウドが大軍を率いてニワーカーブ攻略を目指す。
ラプンテでニュクァスと会っていた時とは違い、今はしっかり全身から魔力を放っているデゼル。
肌は薄いピンク色になり、白目が黒く変色している。
デゼルが率いる一団は丘を越え、川を渡り、森へと入った。
細い葉をつけた背の高い木が生い茂るだだっ広い森だ。
初日こそ凛々しい姿で馬に騎乗していたデゼルだったが、森の中の変わらない景色を退屈に感じてきたのか、時折欠伸をしながら手綱を握っていた。
デゼルの顔からあらゆる感情が無くなってきた頃、ようやく森を抜け出した。
森の中ではよく見えなかった空が顔を出し、太陽の光が魔族達を照らす。
真っ青な空には真っ白な雲が浮かび、その中を1羽の大鷲が翺翔する。
魔族達の目の前には見渡す限りの広大な大地が広がり、至る所に残丘が聳え立つ。
その荒々しい表面とその大きさは、自然の壮大さを物語る。
この光景を見たデゼルの目には輝き戻っていた。
「これがゴールドバレー...」
思わず感嘆の声を漏らしたデゼルだったが、すぐにうんざりした表情でため息を吐いた。
ニワーカーブの東側に広がるゴールドバレー。ニワーカーブの町は近い。
「チランジア」
ため息の後、少し思考を巡らせていたデゼルが、ショートヘアの魔族の女性の名前を呼んだ。
チランジアは鋭い目つきでデゼルの方を向いた。
鋭い目つきではあるが、決して睨んでいるわけではない。生まれつきである。
「ここに馬具を置いていく。こっからは歩いてニワーカーブに向かおう」
「分かりました」
そう答えたチランジアは、他の魔族達にデゼルが言った通りの指示を出す。
指示を聞いた魔族達は一斉に馬から降りた。
すると、つい先ほどまで魔族達が乗っていた馬が蜃気楼のように消え始め、馬具だけがその場に音を立てて落ちた。
魔族達は補給班と馬具をその場に残し、唯一馬に乗っているデゼルを先頭にしてニワーカーブへと歩き出す。
荒野をしばらく進んだところで、突然デゼルが右手の拳を顔の横に上げ馬を止める。
デゼルの合図を見たチランジアはその場で後ろを向き、大声で足を止めるよう指示を飛ばした。
デゼルの前の方には大きな岩山が聳え立ち、魔族達の行く手を阻む。
「迂回しますか?」
デゼルのすぐ後ろにいるチランジアが尋ねる。
「いや」
デゼルはそう言いながら岩山の上の方に視線を向ける。
すると、岩山の上に逞しい体つきの人影が一つ。
「シュブル...」
そう呟くチランジアは、驚きを隠せずにいた。
そして、それに続くようにして、シ前方の魔族達がざわめき始める。
しかし、デゼルに動揺している様子は見られない。
「戦闘準備に入ってくれ」
デゼルらしい軽い口調だが、デゼルはシュブルから目を離すことができずにいた。
デゼルの言葉を聞き、チランジアが再度大声で後方の魔術師達に戦闘の準備を命じる。
「足場が思ってたより悪いな...」
そう溢すデゼルの表情は、どこか苦々しい。
シュブルが立っている岩山以外に、丘などの遮蔽物となりそうなものはない。
列を成していた魔術師達は地形に邪魔されることなく思い思いに広がり、臨戦態勢を整える。
デゼルは馬から降りると、近くにいた女性の魔族を手招きした。
髪を一つ結びにした若い魔術師が駆け足でデゼルのもとへと向かう。
「この馬でいち早くキヤに戻ってくれるか?シュブルが戦場にいたってことを伝えて欲しい」
「了解です!」
「あ、あと、俺が戻ったらそれを伝えた時の周りの反応も教えろよ。絶対だぞ」
「...は、はい!分かりました!ご武運を!」
「どうも〜。じゃ、気をつけて」
「はい!」
若い魔術師を送り出したデゼル。
「いやぁ〜こりゃ想定外の事態だ。気ぃ引き締めろよ」
そうは言うものの、普段のデゼルの口調との違いはなく、全く引き締まった様子はない。
一方シュブルは岩山の上で魔族達の戦闘準備が整うのを待っていた。
「すみません、遅れました」
シュブルの背後からハッチが現れる。
その後ろには大勢の魔術師が待機していた。
大勢の王国魔術師達は、不自然にできている大きな岩の壁を背にしてシュブル達の方を向いている。
魔族達とは違い、魔術師の中に女性はいない。
シュブルは後ろを振り向くことなく口を開く。
「ご苦労様です、ハッチさん」
「本当にいいんですか?せっかくの地の利も生かさず真正面で待ち受けるなんて...」
ハッチはシュブルに近づく途中で歩みを止め、シュブルと一定の距離を保つ。
「いやぁ、それが奴ら止まったんですよ」
「貴方がそこに立っているからでは?」
「いや、その前に足を止めたんですよぉ。それもこの距離で。オーネスさんじゃあるめぇし...」
「裏切り者ですか?」
「それはないでしょう。この岩山に来たのは今朝の俺の気まぐれですから」
「...」
シュブルは能天気な様子でハッチの質問に答えると、足場のすれすれまで歩みを進める。
シュブル目線の先には魔族の大軍。
「さてぇ、新しい魔法のお披露目といこうじゃねぇか」
シュブルは片膝をつき、地面に右手を当てる。
「俺の力の全てを使い、全てを飲み込め」
地面についたシュブルの右手から鈍く光る魔法陣が広がり、魔法陣の円と模様が絶え間なく動き始める。
大地から見上げている魔族軍からはシュブルの姿しか見えない。
しかし、何かを察知したデゼルはチランジアに指示を伝える。
「シュブルの後ろにいる魔術師達は無視していい。シュブル1人に狙いを定めろ」
「え、後ろに魔術師...ですか?」
「あぁ数もまあまあいるけど構ってられそうにねぇ」
「了解しました」
そして、チランジアが声を張り上げ指示を飛ばす。
「狙いはシュブル!構え!」
チランジアの指示に反応し、魔族達は両手に炎を生み出す。
人によって炎の大きさはまばらだ。
そんな様子に目をくれることもなく、シュブルは魔法に集中していた。
「放埒、倨傲、不遜、貪婪」
シュブルが言葉を唱える度、右手で触れている魔法陣の模様が組み変わる。
「貪り狂う砂嵐。暴れ尽くせ。Carpe diem」
全ての言葉を唱え終わると、シュブルの背後から地響きのような轟音と共に大きな砂嵐が現れる。
雲が地面を這って包み込むように砂嵐はシュブルに近づく。
「撃て」
「撃てぇ!!!」
デゼルの言葉を聞き、チランジアが声を張り上げる。
その瞬間、砂嵐がシュブルを飲み込んだ。
シュブルの姿はもう見えない。
砂嵐は瞬く間にシュブルが立っていた岩山まで飲み込む。
魔族達の目の前に迫るは、雲を飲み込むほど高く巨大な砂塵の壁。
それでも魔族達はシュブルがいるであろう方向に炎の塊を放った。
無数の炎の塊が砂嵐の中に消える。
実際、砂嵐の中で炎は吹き消され、シュブルの元に辿り着くことはなかった。
砂嵐は止まることなく魔族達に迫る。
近くに風を凌げそうな場所はない。
逃げ場のない魔族達。
「盾を構え砂嵐に備えよ!!!」
チランジアの叫びにも似た指示が飛ぶ。
背中に背負った盾を地面に突き刺し、姿勢を低くして砂嵐に備える魔族達。
迫るほどに大きくなる風の音が魔族達の心を削る。
盾を背負っていないデゼルは口元を布で覆い、姿勢を低くした。
右手をついた地面から魔法で1人分の壁を出現させ、その壁に寄りかかる。
その後、右手を地面につけて目を瞑るデゼル。
デゼルは砂嵐が到達するまでの間、できる範囲で魔族達の足元の地面を少しだけ盛り上げたり、平にしたりして味方の足場を補強する。
足場が悪いせいで姿勢が苦しかった魔族達が、これにより幾分か楽な姿勢になれた。
そして、砂嵐が魔族の大軍を襲う。
吹き飛ばされそうになる盾を必死で掴み、その場で踏ん張る魔族達。
周りは何も見えず、聞こえるのは強い風の音だけ。
魔族達は互いに声を張り上げ、お互いを鼓舞する。
デゼルは寄りかかっている壁から体が離れないよう、足に力を入れて必死に壁に張り付いていた。
前に進むことも、後ろに退くこともできずにただ耐える続ける魔族達。
強化魔法で身体能力を向上させ、とにかく耐える。
砂嵐が治る気配はない。
時間にすればシュブルが魔法陣を作っていた時間にも満たないが、耐えている身からすれば時間の流れは雲泥の差。
魔族達は一刻も早く砂嵐が治ることを祈りながら、歯を食いしばって必死に耐える。
魔族達が砂嵐に苦しむ中、先に砂嵐から解放されたマーロン王国の魔術師達が動き出す。
背後にあった壁で風を凌げたためか、疲れている様子はない。
マーロン王国の魔術師達は前線を上げると、指揮官の掛け声で魔族達がいるであろう場所に魔法を撃ち込んだ。
撃ち込まれたのは石でできた塊や刃。
その中には氷でできた塊や刃も多少入り混じる。
勢いよく放たれたこれらの魔法攻撃は、砂嵐の風で消えることなく魔族達に届く。
何も知らず、ただ砂嵐に耐え続ける魔族達。
そこへ、なんの前触れもなく石や氷の魔法が襲いかかる。
正面ではなく、上空から降り注ぐ魔法攻撃。
砂嵐に耐えるので必死なところを狙ったその攻撃は、強風で体力が削られていた魔族達に深刻な被害をもたらした。
さらに、一度降り注いだ石や氷の魔法は地面にぶつかった後も風に乗って魔族達に襲いかかる。
突然の痛みで盾を手放してしまったら最後、風に乗った魔法攻撃を一身に受け、風で飛ばされる。
攻撃を受けなくても、体力が限界で盾を飛ばされる者もいた。
風で飛ばされてきた味方が盾にぶつかると、風除けの盾が急激に重くなり、盾を抑えている者の体力はさらに削られる。
盾を手放すことがなくても、風に乗った石や氷の刃が皮膚を裂く。
魔族達は孤独だった。
砂と風で周りは何も見えない。
悲鳴と強風の音だけが聞こえ、風で飛ばされたもので皮膚が傷だらけになる中、ただひたすらに強風に耐えて砂嵐が過ぎるのを待つ。
どれだけ時間が経ったのか、今どこにいるのか、いつ砂嵐が終わるのか。
何も分からないまま、ただ耐えた。
砂嵐が去った。
しかし、魔族達に休む暇などありはしない。
次は数多の炎の塊が上空から魔族達を襲う。
魔族達は力を振り絞るようにして盾を頭の上に構えて攻撃を受け止める。
魔族達から聞こえるのは攻撃を受ける衝撃に苦しむ声だけ。
デゼルは頭を抱えて丸くなり、地面に伏せて攻撃が終わるのを待っていた。
風を凌ぐための壁が崩れると、デゼルは目の前に転がる多数の人間の白骨に気づく。
状況が全く飲み込めないデゼル。
「......え?」
盾を構えながら炎の塊を放ち迎撃する者もいるが、絶え間なく撃ち込まれる魔法は魔族達に退却する隙も与えない。
魔族達は完全に心が折れていた。
ただ1人を除いて...。
1人の勇気ある魔族の男が、後方からパオットの旗を掲げ最前線まで駆け上がる。
炎の塊がいくつ降り注ごうと男を止めることはできない。
全ての攻撃を避け、魔族達の先頭に立った男は旗を地面に力強く突き刺す。
「まだ終わってねぇだろうが!!!」
男の視線の先にはマーロン王国の魔術師達。
そして、男の背後では地面に転がっていた白骨が人の形となり立ち上がる。
男の名はゼノ。
パオットの魔術師...というわけではない。




