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恐竜の召喚師  作者: 南雲一途
第三章 雷霆
33/39

第33話 前兆

 食事を済ませ、メラカル城に戻っていたトーチとゼノ。

 2人は、かつて戦闘の訓練で使われていた空間の地べたに座り、思い思いの格好で寛ぎながら会話をしていた。

 城に戻ってきてもなお、2人の会話は止まることがない。


 足を伸ばしきって座っているゼノは、後ろに手をついた。


「もうそろそろ日が暮れるな。そういや、リプンの夜は夜で面白いぞ。綺麗な服着たお姉さんがうろつき始める」


「なんの規制もなけりゃそうなるのか...」


「美しさも生きてく上での武器だからな。行くか?」


「いや、俺はいい」


 それを聞いたゼノは意地悪な笑みを浮かべる。


「ヤブラちゃんがいるからか?」


 揶揄うようにしてそう言ったゼノ。


「えっ、なんで知ってんの?」


 トーチは少し驚いた様子だ。


「そりゃあ、あの時、あの霊廟で必死そうに叫んでたし」


「よく覚えてるなぁ...」


「もう結婚はしてるの?」


「いやいやいや、そんなまさか...」


「あぁじゃあ、まだ恋仲ってところか」


「いや、その...恋仲...う〜ん...」


「あ!愛人か!」


「違うわ!なんでそうなるんだよ」


「あっ違うんだ」


「まぁ恋人のフリをしてる...みたいな。そんな感じだよ」


「それバラしていいの?」


 笑いながらゼノは言った。


「別にいいよ。どうせ国に戻れそうにないし...。元々いた場所に戻れる魔法とかないの?踵3回鳴らせば家に戻れる魔法の靴とか」


「なんだそれ。神器かなんかか?」


「思ってたより魔法って不便なんだよなぁ。でもそんなこと言うのはさすがに欲張りか」


「あっ」


 何かに気がついたゼノ。

 ゼノの視線が動いたことに気が付いたトーチは、ゼノの目線の先を向く。

 そこには、会議を終えたミモザの歩く姿があった。

 ミモザの腰の左側にはリスキーから貰ったトーチの刀がある。


 ミモザはトーチと目が合い、気まずそうに声を上げる。


「あ...」


 ミモザが続く言葉を探している間にトーチはすかさず言葉をかける。


「ミモザさん!」


 トーチはそう言ってすぐに立ち上がった。

 再会を喜ぶような声を上げるトーチに、ミモザは一瞬驚いた様子で固まっていた。

 しかし、腰に差してある刀を渡すためトーチに近づく。

 それを察したトーチはミモザの元へ駆け寄る。

 ミモザはトーチの顔から視線を下に外し、腰に差してあった刀をトーチに手渡しながら重い口を開く。


「あの、これ。ごめん、トーチ君...私...」


「刀、持っていてくれたんですね。ありがとうございます」


 優しい口調で発せられた予想外の言葉に、思わず顔を上げてしまうミモザ。

 トーチと目が合ってしまう。


「いや、私、トーチ君を...」


 自然と視線が下がるミモザ。


「ゼノから聞きました。ミザさんのおかげで僕は殺されないでいるって。本当にありがとうございます」


「...え?」


 ミモザがゼノの方を向くと、ゼノは座ったまま手を振り、普段通りの抑揚のない声で返事をする。

 相変わらず感情が読めない。


「どもー」


「ど、どうも」


 そう言ってミモザは、取り敢えずゼノに微笑みながら小さく手を振った。

 そんなミモザをよそに、トーチは続ける。


「それで、僕を攫ったのも僕が殺されないようにするためだったってことですか?」


「...ん?」


「え?」


「その...トーチ君は何を聞いたの?」


「ミモザさんは僕の命の恩人だって」


 ミモザはすかさずゼノの方を見る。


「ん?どもー」


 今度は笑顔でゼノが返事をする。

 笑顔ではあるが、単調で気の抜けた声は先ほどとあまり変わらない。


 状況が少しだけ飲み込めたミモザ。


「ゼノ君に何を聞いたか分からないけど、全部私のせいなんだよ...。こんな場所にいるのも、魔法を使えないようになったのも全部...。だから私は...」


「でも、それのおかげで僕は生きてるってことなんじゃ...」


 トーチは不安そうな表情で、自分が言った内容を確認するためにゼノの方を見る。

 ゼノは黙ったまま大きく首を縦に振った。

「ほら」と言わんばかりにトーチはミモザの方を向く。


「え、いや...」


 ミモザは困ってしまった。


「本当にありがとうございました」


「いや、違うよ!私は感謝されるような立場じゃなくて...」


「え、でもミモザさんのおかげで僕は...」


「いや、そうじゃないよ。悪いのは私で」


「ミモザさんは悪いことなんて何もしてないじゃないですか」


「ちょっ!いや、本当にやめて!本当にいいから!」


「え?」


 トーチの反応を受け、ミモザは右手で目元を隠すようにして頭を悩ます


「もう、本っ当に君は...」


 トーチの様子に困り果てたミモザは、必死に言葉を捻り出す。


「よ、呼び方がまた戻ってるから!」


「よ、呼び方?」


 突然のミモザの発言に今度はトーチが戸惑う。


「ミザでいいって言ってるでしょ!」


「いや、ここはマーロンじゃないですし...」


「うるさい!もう本当に君も君だよ!もうわけわかんないじゃん!私はずっと引け目を感じてるのにさぁ!お人好しにも程があるでしょ...」


 ご立腹の様子のミモザ。

 トーチは眉間に皺を寄せて首を傾げ、さも困ったかのような顔をしてゼノの方を見る。


「お前わざとやってんだろ...」


 ゼノはミモザに聞こえないような小さい声でそう呟いた。


「引け目とか、そんなの感じる必要ないですから」


 トーチの言葉を聞いて何か言いたそうにしたミモザだったが、諦めた様子で渋々言葉を飲み込んだ。


「いやぁなんか丸く治って良かったね。本当」


 本当にそう思ってるのか思っていないのか分からないような口調のゼノ。


「あっ、そういえばマチスさんが探してたよ。玉座の間の方にいると思う」


「ん?あっ、了解です。それじゃ、トーチ。またな」


 ミモザの話を聞いたゼノはそう言いながら立ち上る。


「色々ありがとう」


「そんなんいいって。それじゃ」


 そう言ってゼノはその場を去った。


「ここの場所のこと、ゼノさんから聞きました。規則も法もない場所だって。攫われたのも力不足、それが嫌ならやり返せってのがこの場所のやり方なんだってことも...。なら、なんでミザさんは僕に謝るんですか?強い人が好き勝手するのを良しとする集団に、なんでミザさんがいるんですか?」


 ミモザはいつになく真剣に答える。


「私は、マーロンじゃ魔術師になれないんだよ」


 優しく微笑んだ顔でそう答えたミモザだったが、その表情はどこか憂いを帯びていた。


「少し長くなるけど大丈夫?」


「僕は全然」


「じゃ、場所変えよっか。そろそろ暗くなるし」


「分かりました」


 トーチはミモザについて行く。




 ーーー




 ミザさんが扉を開く。

 そこは至る所に無数の蝋燭が並んでいる広い部屋だった。

 大小さまざまな蝋燭がこれでもかというほどに敷き詰められており、物音一つしない静かな空間。

 蝋燭の優しい光が部屋の中を包み込む。

 無数の蝋燭で部屋は明るいはずなのに、どこか暗く感じるのは前の世界で明るい場所に慣れてしまったからだろう。


 木できた長い椅子が真ん中の通路を開け、列を成して並ぶ。

 その独特な雰囲気は、祈りを捧げるための神秘的な場所に思えた。


 部屋の奥では、腰の曲がったダークエルフの老婆が蝋燭に火を灯している。


 扉が閉まると、部屋に扉が閉じた音が響き、蝋燭の火が揺れる。

 老婆は扉が閉まる音が聞こえると蝋燭に火を灯すのを止め、扉の方へゆっくりと歩き出した。

 扉の前にいる俺はミザさんと一緒にそれを黙って見守る。

 老婆が扉の前まで辿り着いたので、俺は部屋の扉を開けてあげた。

 老婆は深々とお辞儀をして部屋を出る。

 下を向いたままの老婆とは目線が合うことはなかった。


 俺は扉を静かに閉めた。

 扉付近にある蝋燭の火が小さく揺れる。


「一番前、座ろっか」


「分かりました」


 ミザさんを先頭にして真ん中の通路を歩く。

 部屋には自分とミザさんの足音だけが響き渡る。


 最前列にある椅子のところに着くと、先に座るようミザさんが促してくれた。

 ミザさんに会釈をし、通路の右側にある長椅子の真ん中に座った。

 椅子に座ってから、左手に持っていた刀を抱き抱える。

 自分が座った後、ミザさんは左隣の通路側に座った。


「ここ、すごい綺麗ですね」


「そうでしょ。この城の中で私の1番お気に入りの場所なんだ。出入り自由だから暇な時はここで時間潰してる」


「そうなんですね」


 場所のせいもあるのか、ミザさんの口調がいつもより優しく聞こえる。


「なんかさっきと雰囲気違くない?」


「さっきまで少し気を張ってて...」


「え、なんで?」


 少し笑顔でそう聞いてきた。

 興味津々みたいだ。


「朝からずっと何が起きてるのかよく分からなくて」


「そうだよね...」


 ミザさんは申し訳なさそうにそう言った。

 優しい人だ。

 こっちが申し訳なくなる。

 いや、俺が言葉の選択を間違えたせいか...。

 ミザさんが負い目を感じるのも分かる。

 分かるが、ミザさんに負い目を感じて欲しくないし、負い目を感じる必要もない。

 多分ミザさんの方が苦しみ悩んでいただろう。

 気にしなくていいのに...。


「でもミザさんと会えて少し安心しました。知らない人ばかりだったんで」


 俺の本音だ。


「ゼノ君とは知り合いじゃないの?」


「ロンカの一件で一度戦ったことがあるんですけど、知り合いってわけじゃ...」


「えっあれってゼノ君だったんだ」


「みたいですね」


「でも仲良さそうに話してたじゃん」


「すごい話しやすいです。話しやすい方なんですけど、まだどこか気を抜けなくて...」


「あ〜そうなんだ。まぁ只者じゃないみたいだしね〜。ここに来てから日が浅いのにもう名前広まってるし」


「なにかあったんですか?」


「遺産争いで圧勝したんだよ」


「遺産争い?」


「リプンじゃ金を持ってる人が死ぬとそれを取り合うんだよ」


「取り合う?」


「規則も何もないから家族の括りとかも決まってないんだよ。あくまで財産は個人の所有物。財産を持つ人が死ぬとそれは誰のものでもない。だから取り合う」


 そうか、結婚とか家族とか年齢とか、そういうのも全部ここでは曖昧なのか。


「まぁでも勝ってそれを独占すれば人から恨まれることになるから、多少は取り合った人達にも分け与えるんだけどね。特にその遺族には、恨まれないよう細心の注意を払った方がいいんだけど...」


「でもそれを分けるも分けないも勝った人の自由なんですよね」


「そうだよ。勝ち取った時点でその人のものに変わりはないから。生前に財産を渡しておいたり、一緒に住んでたりすればいいんだけどね。一緒に住んでたらそれは自分のものって言い張ればいいわけだし」


「なるほど」


「それでも奪おうとする人は余程の命知らずだと思うよ。自由だからこそ強い人の有利が顕著に現れるけど、結局は敵を作らないのが1番」


「どこでも同じですね...」


「ね。...まぁとにかく強さが全てのここじゃあ、どんなものでも自分の力で手に入れなければならない。言い方を変えれば力さえあれば、ここではなんでも手に入れられる。金も、立場も、自由も」


「力...」


「死の魔女って知ってる?」


「死の魔女?」


「少し前に活躍してた死霊使い(ネクロマンサー)で、マーロン王国の英雄的存在。その人本当にすごい強くて、魔術師で強いのは男だけっていう常識を壊したんだ。...私、その人に子供の頃から憧れてて、死霊使いを目指そうとしたことがあったんだけど、家族に止められちゃって...。前例はあっても、まだ女の魔術師っていうのはあんまり受け入れられてなくて、それが家柄とか絡むと余計面倒で...。好きな人がいても家が決めた相手と結婚しなきゃならないとかさ、女は女らしくとか、身分がどうこうとか...」


 ミザさんは言葉を詰まらせた。


「...やっぱり私、わがままなんだろうな...。いつも自分のことばっかり」


 開き直ったような口調でそう言った。


「そうですか?」


 俺は間を空けることなくそう返した。


「みんな自分に与えられた役割を果たす。私は何も果たしてない」


「でもおかげで僕は助かりました」


「え?」


「ミザさんが命令通りにしてたら僕は死んでました。ミザさんのおかげで僕はまだ生きてるんです」


 ミザさんは優しく微笑む。


「...ありがと。相変わらず優しいね」


 俺はとりあえず苦笑いをした。


 その時、ミザさんの後ろ、人影通路を挟んだ向こう側の椅子に悪魔が座っているのが見えた。


 え、なんでアイツがここに?

 いつからだ?


「どうかした?」


「え、いや」


「色々ありすぎてまだ疲れてるよね。長々と話聞いてくれてありがとね」


「いやいやそんな。僕から聞いたことですから」


「ゆっくり休みなよ。ここじゃ好きな場所使って好きなところで寝ていいんだから」


「ありがとうございます」


「それじゃ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 ミザさんは部屋から出ていった。


 気を遣わせちゃったな。


 沈黙が部屋を包み込む。


「なんでここにいる?」


「どこにいようと勝手だろう。彼女が言ってたように、ここは自由。全ての行動が自己責任だ」


 ...。

 返す言葉が見つからない。


「そうだったな。邪魔して悪かった。それじゃ」


 俺は刀を左手で持って椅子から立ち上がった。

 近くの蝋燭の火が揺れる。


「忘れるな。ムィレフの命か、大勢の命か。まぁ今のお前さんには何をすることもできねぇか。自慢の召喚魔法も使えねぇんだから。一体お前さんに何ができる?」


 小馬鹿にしたような言い方をする悪魔。

 俺は通路に出て悪魔の方を睨みつける。

 一方で悪魔は椅子に座ったまま視線をこちらに向けるだけだった。

 悪魔から視線を外し、扉の方を向く。


「反論することもできねぇか」


 そう言って薄笑いを浮かべる悪魔。

 俺は立ち止まって下を向いた。

 刀の鞘を握っている左手に力が入る。


 座ったままの悪魔が、右斜め上を見上げてこっちを見てくる。


「力がないお前さんにもうできることはない。お前さんはあの時1人の剣士の命を救ったんだ。それで充分だろう」


 俺は足を止め、右下にある悪魔の顔を睨みつける。


「充分?」


「1人助けた。充分だ」


 俺はいつの間にか完全に体を悪魔の方に向けていた。


「そのせいで俺は多くの命を危険に晒すことになったんだぞ。自分の責任から目を逸らすなんてできない」


「後悔してるのか?あの時の選択に」


「してない。ただ、俺にはあの時の契約で犠牲になる人達を黙って見捨てるなんてことは絶対にしない」


 俺はそう言いながら刀を抜き、悪魔の顎下に刃を当てる。

 悪魔は余裕そうな笑みを浮かべると、首元に当てられた刀を左手で握りながら立ち上がる。


 力が強過ぎる。


 俺は両手で力の限り刀を押し付けるが、悪魔は左手一本でそれを止める。

 刃を握っているというのに痛がる素振りもなければ血が流れる様子もない。

 悪魔は首元にある刀を容易く遠ざける。


「お前さんは人を助けるだけ。だから不幸が終わらない」


「何が言いたい」


 どれだけ力を入れても刀が全く動かせない。

 老人の見た目に似つかわしい怪力だ。


「人助けってのはその場しのぎでしかねぇって言ってんのさ」


 悪魔が突然俺の首を右手で掴み、左手で握っていた刀を自身の首元にまた当てた。

 蝋燭の火が照らす中、俺は悪魔を睨みつける。

 悪魔の澄まし顔は変わらない。


「契約は消えないが、俺を殺せばこれ以上俺が好き勝手することはない。ただ、お前さんも死ぬことになる」


 俺は必死に刀を動かそうとするが刀は微動だにしない。


「何かことを起こすには代償がいる。何かを得る時もだ。お前さんは何も考えず人を救い満足感と達成感を得るが、それはお前さんが払った代償に釣り合うか?」


 く、苦しい。


 俺は両手で持っていた刀を離し、悪魔の腕を掴もうとした。

 その瞬間、俺の首を掴んでいた悪魔の手が離れる。


「カハッ。ゴホッゴホッ。ハァ、ハァ、ハァ...。俺は...。俺は人を見殺しにしたくないだけだ」


「あぁそうだったな。人の命を助け、戦争をなくす。それがお前さんの正義だった。くだらない」


 馬鹿にしやがって...。


 悪魔は刃を握ったまま刀を差し出してくる。


「いいねぇ。人を守るため、救うためってだけで自分の行動に迷いがなくなって」


 俺は差し出された刀の柄を奪うように掴み取った。

 それでも悪魔に怪我をしたような様子がない。


 俺は刀を鞘に戻し、扉の方まで早歩きで向かう。

 扉に手をかけると、悪魔の声が聞こえてきた。


「ここは王国とは違う。気をつけろよ。規則が守ってくれないここじゃあ、自分を守れるのは自分だけだ」


 俺は振り向くことなく扉を開けた。

 また蝋燭の火が揺れる。

 部屋を出て扉を閉めようとした時、部屋の奥に座っている悪魔と目が合った。

 俺はすぐに目を逸らし、何も言わずに扉を閉める。

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