第32話 戦議の間
リプン最大の建造物、メラカル城。
その城内で玉座の間に次いで大きいのが戦議の間である。
部屋の中心にある大きな机には立体的な地図が彫られており、周辺の国や町が一目で分かる模型のようになっている。
トーチとゼノが食事をしている頃、メラカル城に残ったサラマンダーは戦議の間へと赴き、そのもとにリプンの五大召喚師達が集う。
トーチの侍女をしていたミモザ・イゴンソイ。
マーロン王国王都でトーチを襲撃した魔族マドロ・イニツリ。
先ほど、サラマンダーに負けたトーチを町まで運んだマチス。
マドロとマチスは魔力を抑えており、肌や目の色に変化は見られない。
戦議の間に集まった魔術師達は、地図が彫られた机を囲んで話を始める。
「ニュクァスの婆さんとガウラは?」
マドロがそう言った瞬間、清楚な身なりをした女性が部屋に入ってきた。
真っ直ぐで美しい赤みがかった茶色い髪は肩下まで伸びている。
白と赤褐色を基調とした服に派手さはないが、控えめに施された金色の刺繍が上品さを醸し出す。
「あ、ガウラ!」
ミモザは嬉しそうに声を出した。
「すみません、遅れてしまって...」
申し訳なさそうにするガウラ。
それを見たミモザは眉間に皺を寄せて顔を横に振った。
「ちょうど今集まったばっかだから、そんなんいらない、いらない」
今度はガウラが眉間に皺を寄せ、小さく首を横に振る。
それを見たミモザは、呆れた様子で微笑んだ。
「それじゃあ始めようか」
眠そうな目つきをしながら、のんびりとした口調で会議を始めようとするマチス。
その様子を見ていたミモザが呟く。
「すごい眠そう」
「ん?普段通りだ」
「そうなんですか?」
ミモザの質問にマドロが答える。
「今日は元気な方だな」
「あ、なら良かった。...ところでニュクァスさんは?」
マチスが答える。
「あの人は今ラプンテにいる。それも含めて今から話そうと思う」
マチスは目の前にある地図に目を落とす。
リプンの町を中心とした森林地帯、パッキンプーン。
パッキンプーンから見て北側では、マーロン王国とパオットが滝の町ミコンハーゴを境してぶつかり合う。
現在滝の町ミコンハーゴを有するマーロン王国は、ミコンハーゴから西側を支配しており、滝の町より東側には魔族の国であるパオットが広がっている。
マチスは滝の町ミコンハーゴの北北西に位置する町ニワーカーブに指を差し、話を始める。
「先日のニワーカーブ襲撃で、叛逆者と5属性の魔術を操る化け物がパオットを離れている間、パオットの魔術師だった俺と師匠は国を裏切りラプンテを乗っ取った」
マチスはパッキンプーンの北東に位置し、パッキンプーンから最も近いパオットの町、ラプンテを指差す。
「これで今年の冬を越す食糧は確保はできた。ただ、問題はラプンテの乗っ取りに気がついたパオットの報復。現在ラプンテにある我々の戦力だけじゃあ少々心許ない。叛逆者と化け物、そのどちらか1人が来るだけで壊滅させられるだろう」
「婆さんが現役だったらな...」
そう呟くマドロを横目に、マチスは続ける。
「そこで我々の中から数人ラプンテに向かってもらいたい」
「私行くよ。久々にラプンテ行きたいし」
そう答えたのはサラマンダーだ。
サラマンダーは1人、机の中心から最も離れたところにある椅子に座り、肘掛けに右肘をついている。
そんなくつろいでいる姿勢もどこか美しい。
「他に行きたい者は?」
周りを見るマチス。
「なら私が行こう。それでよろしいでしょうか?サラマンダー」
「もちろん」
肘をついているサラマンダーは優しく微笑み、小さく頷きながらそう言った。
「さて、ラプンテの件が片付いたのでここから本題に入る」
マチスは、机に掘られた地図を使いながら現在の状況説明を始める。
「まず、我々の目論見通りパオットとマーロンは戦争状態になった。その間にラプンテを占領。ついでに恐竜の召喚師も我々のもとにいる」
マチスは一瞬ミモザに視線を向けた後、目線を机に彫られた地図に戻す。そのままパオットの町を指差しながら、地図に書いてある通りの地名を読み上げる。
「現在、ラプンテを失ったパオットが持つ城塞都市は、キヤ、トーポ、プッチス、ガダクイ、ピケン、ヨモウィンカの6都市」
次にマチスはマーロン王国の方に指を差し、先ほどと同様に地図に書かれた地名を読み上げる。
「対するマーロン王国は、リマウンクージュ、キント、ランブモ、リゴンバーグ、グラロッセン、リグマー、ロンカ、ニワーカーブ、リボシンキ、ミコンハーゴの合計10都市。俺としてはマーロン王国側の戦力をもう少し削ぎ、パオットがマーロン王国を攻めやすくなる状態にしたい」
「都市の数が戦力と結びつくんですか?」
「たしかに。戦力で見れば魔族の方が圧倒的に強い」
ガウラの質問に続き、マドロも発言した。
「それでも魔族の方が人口は少ない。2人が言っている通り、都市の数が戦力に直接結びつくわけではないし、戦力で見たら魔族側に軍配が上がるのも事実。だからこそパオットにマーロン王国を攻めさせたい」
マチスが地図と、魔術師の軍を表した木の人形を使って説明を始める。
「パオットがマーロン王国へ侵攻し、パオットの陣地が広がればその分パオットの戦力は分散する。そっちの方が我々にとって都合が良い」
机の縁に両手を置きながらマドロが口を開く。
「なるほど、狙いは分かった。それで具体的にどうやってマーロンの戦力を削ぐ」
「栄誉魔術師を減らす」
「なるほど」
マチスはミモザに視線を送る。
「...え!?」
「この中じゃあ栄誉魔術師について1番詳しいだろ?俺は名前が分からない」
「あぁそういう。栄誉魔術師だけでいいの?」
「頼む」
「分かった。えーっと、まず栄誉魔術師っていうのは、その功績に応じて王から貰える称号みたいなもんなんだけど、栄誉魔術師って呼ばれるような魔術師はその力で1つの都市と同等の戦力を持つって言われてる」
「まぁ実際その通りだしな」
ため息をつくようにしてマドロがそう言うのを、サラマンダーは少し面白そうに眺めている。
「それで、今のところ実際に動ける栄誉魔術師は、死霊使いのレドバドと、召喚師のハッチ・ビーバッチ、あと最近トーチと一緒に栄誉魔術師になったヤブラっていう死霊使いの3人。ヤブラは事実上死霊使いだけど、武器を使った戦闘が秀でてるらしい」
ミモザの話を聞いていたガウラが問いかける。
「バトリーって人は?」
「バトリー・ダックラーは基本的にキントを離れないから、戦力としてはそこまで考えなくてと思う。ちなみに、パオット側で有力な魔術師は誰がいるの?」
「叛逆者、5属性の魔法を使う怪物、師匠の孫、自由人の4人」
「...え?」
「俺が代わりに説明する」
マチスの説明に呆れた様子のマドロが改めて説明を始める。
「まずムィレフ・シュヴァルツ。君も知ってると思うけど、2つの意味で叛逆者って呼ばれてる、ハムサとも肩を並べるくらいの実力者。業火の魔術師って呼ばれるくらい炎を使った魔法で有名」
ミモザが呟く。
「ムィレフ...」
「それでその次は、パオットで最強...いや、魔族最強の男ハムサ・サンクエル。天、地、火、水、風の全5属性の魔法を使いこなす正真正銘の化け物。その上で、自分の優位を広げていくような堅実な戦い方をするから本当に厄介極まりない」
「パオットの戦神って呼ばれてるのも?」
「ハムサで間違えない。あと、婆さんの孫で新進気鋭の若手召喚師クジャスタ・ヤロビャーク。婆さん譲りの豪快かつ繊細な水属性魔法とその見た目から、パオットの女傑ニュクァスの再来とまで言われてる。本人はそう呼ばれるのをよく思ってないみたいだけど。まぁそういうところもそっくりなんだよな...。それと、地属性魔法の技術なら他の追随を許さない、魔族一の自由人デゼル・クラウド。デゼルは鷲を召喚することでも有名だな」
マドロの話を聞き、マチスもデゼルについて言及する。
「地属性最強の魔術師だった男が死者の町に閉じ籠った今、間違いなく彼が地属性魔術師の頂点だ」
ガウラが続く。
「彼は昔から、技術だけなら文句なしの1番なんですよね」
「まぁ相手が相手だから」
ミモザは仕方ないといった様子でそう言った。
マチスとガウラの発言した内容には、ミモザも納得のようだ。
「本当はニュクァスの婆さんとマチスの2人もパオットでは名の知れた魔術師だったんだけど...まぁ2人は元々こっち側だしな」
「なるほど...」
ミモザがそう言った後、眠そうな口調でマチスが再度口を開く。
「話を戻すが、栄誉魔術師を1人でもいいから潰しておきたい」
「でもそれは難しいと思う。大抵、栄誉魔術師っていうのはいつも転々としてるから」
「そうかぁ。なら町を攻撃しよう。被害を出すだけでも王国の戦力は削げる」
マチスの提案に、この場の全員が納得する。
「どこの町にするかだが...」
マチスはミモザに視線を送って意見を求め、ミモザはそらを察知する。
「ニワーカーブはすでに壊滅状態だし、単純にここから1番近いリボシンキはどう?私のせいで少し警戒されてるかもだけど」
そう言ってミモザはパッキンプーンの西北西に位置するリボシンキを指差す。
「私のせい?」
マドロが尋ねる。
「私が近くの町を襲ったんだよね」
「やるなぁ」
マドロは関心している様子だ。
そんな中、サラマンダーが珍しく問いを投げる。
「リボシンキ以外は?」
「以外ですか?ん〜以外となると...」
ミモザは思考を巡らせる間、マチスが案を出す。
「死者の町」
この発言にマドロが冷静に答える。
「キントか...。面倒なことになるぞ」
マチスが疑問の眼差しをマドロに向けた。
それを感じ取ったマドロが続ける。
「王叔がいるところだろ?そこを攻めればバトリーとも戦うことになる。できればキントの中で大人しくしといてもらいたいね」
「最強の死霊使いと肩を並べた男...か。たしかにな。なら、最近ここに来た魔族の死霊使いに好きなところを襲撃させよう。どれだけこちらに協力的かもそれで見極める」
ミモザの方を向くマチス。
「墓場が近くにある町は?」
「マーロン王国の町なら、どの町の近くにも霊廟があるよ。死霊使い時代の名残で、まあまあな数の死体が残ってるはず」
「詳しいな」
マドロはミモザの方を向いてそう言った。
「私、死霊使い目指してたんだよね。ま、家に止められちゃったけど」
「...そうか」
マドロは静かに呟いた。
「霊廟があるなら問題ないな」
「私も良いと思います」
マチスの言葉をミモザが肯定すると、それに続くようにマドロ、ガウラの2人も賛成した。
サラマンダーも静かに頷く。
「あの死霊使いには俺から伝えておく。それじゃ、お先に失礼するよ」
そう言ってから歩き出したマチスを、みんなが見送る。
部屋を出る際、サラマンダーに軽くお辞儀をするマチス。
サラマンダーは肘をついていたのを止め、ゆっくりと瞬きをしながら小さく首を動かしてそれに応えた。
会議が終わり、ミモザ達のおしゃべりが始まる。
五大召喚師などと呼ばれ、リプンを動かすほどの力を持った者達だが、政治を行っているわけではない。
そのため、会議が終われば仕事もなかった。
マチスが部屋を出てすぐ、ミモザは地図のマーロン王国とパオットのさらに北にある、高低差が少なく色も特についていない部分を指差す。
「ここら辺って何かあるの?」
その質問に、近くにいたガウラが優しい口調で答える。
「そこには砂の民が住んでいるらしいですよ」
「へぇ。砂の民って、エルフのことだよね。こんな北に住んでるんだ」
「おとぎ話の世界ですけどね」
「砂っていうくらいだから、ここは砂漠が広がってるってことなのかなぁ」
「どうでしょう。でも、大昔、初めて雪を見た人が雪を白い砂だと思い込んで、そこに住む人達のことを砂の民と呼んだっていうのは聞いたことあります」
「えっ!なにそれ」
横でそれを聞いていたマドロが話に入る。
「俺が聞いた話じゃ、北では竜が火を吹いて暴れ回ったせいで砂漠が広がってるらしいぞ」
「竜って本当にいるんですかね」
「おい!」
マドロがそう言うと、ガウラとそれを聞いていたサラマンダーが笑った。
「いや、気になるじゃないですかぁ!」
「お前、ふざけるなよ」
至って真剣に質問してるかのように振る舞うミモザに、マドロは笑いながら突っ込む。
笑いが落ち着くと、ミモザが素朴な疑問を口にした。
「エルフかぁ。本当にいるのかなぁ?」
「ダークエルフがいるからなぁ。まぁでもダークエルフが他の種族の混血さ耳の特徴が消えるみたいだからなぁ。人間とエルフが混じってエルフの特徴を持つ者が消えたって話はあながち嘘じゃないのかもしれない」
「魔族も同じ運命なのかも...」
机の縁に両肘を乗せ、その両手に顔を乗っけたサラマンダーがそう吐露した。
「あれ、ガウラも魔族なんだよね?」
「そうですよ」
ミモザの質問にそう答えたガウラは、目だけを変色させてミモザに見せる。
ガウラの白目が黒くなり、瞳は黄色く光出す。
「え!目だけもできんの!すごいんだけど!」
「魔力を出す部分だけ色が変わるんですよ」
ガウラは目から出していた魔力を抑え、目の色を元に戻しながらそう説明する。
「へぇ。一部だけから魔力出すなんて難しいのによくできるね。私もできるけど」
「できんのかよ」
マドロが冷静にそう言うと、ガウラとサラマンダーが笑った。
「私、家じゃそんなことばっかり練習してたんで。魔族として生まれてたら良い魔術師になれてたんだろうなぁ」
それを聞いていたマドロが笑う。
「何で笑うんですか!」
「いや、だって素直に魔術師をしてる姿が想像できない」
「いや、できますよ!私だって魔術師になれてたらなんの文句もないんですから!」
「そうですか?」
「ガウラまで!?」
「どちらかと言えばアジュガっぽいもんな」
「アジュガ?」
マドロの口から出たアジュガという名前が分からないミモザに、ガウラが優しい口調で説明する。
「刀を持たずに戦う珍しいダークエルフです。なんでも鉤爪みたいなものを身に付けて戦うとか」
それを聞いたミモザから素直な感想が出る。
「なんか変わってる」
マドロからも素直な感想が出る。
「そっくりだな」
「どこがですか!?」
「でもダークエルフじゃ1番強いらしいぞ?」
「え?だからなんなんです?何の慰めにもなってないですからね」
サラマンダー、マチス、ガウラの3人は思わず笑い出す。
この時、刀の話で自分の腰に差したトーチの刀を思い出したミモザは、無意識に左手で刀の柄と鍔を触った。
少し離れたところにいるサラマンダーはそれに気がついたが、そのことについて触れることはなかった。




