第28話 雲行き
今では二百人近い魔術師が会議に参加する魔術院。
飛梁で無駄に屋根を高くしていることもあり、マーロン王国王都リマウンクージュでは国王が住むリマウンクー城の次に目立つ。
魔術院から続々と魔術師が出てくる中、魔術院から出たオーネスは城の方を見上げる。
魔術院を睨みつけるようにリマウンクー城は王都中心の丘に聳え立っていてるが、聳え立っているだけに他ならない。
城の上には今にも落ちてきそうな分厚い灰色の雲が空を覆う。
オーネスは一つ溜め息を吐いた。
人混みの中、城の方を見上げて一つ溜め息を吐いたオーネスの背中を見つけたリスキーは、深呼吸をしてからオーネスに近づく。
リスキーの気配を感じたオーネスは目だけを動かしてリスキーを確認してから口を開いた。
「嫌な雲だな」
「ですね。それで、話があるっていうのは何の話ですか?」
オーネスはリスキーと歩きながら話を始める。
「最近消えたトーチ君の話だ。彼が国家転覆を考えてるだたなんだと騒がれてはいるが、お前さんはどう見る。私よりも彼には詳しいだろ?」
「トーチですか」
「私には、どうもそういうことを企てる男には見えなくてね」
「たしかにそうですが...」
「何か気になることでもあるのか?」
「僕が知ってる彼はたしかに国に反旗を翻すような男ではないですが、それは僕が知ってる記憶喪失の彼であって...」
「彼の記憶が戻ったということか?」
「可能性の話ですが。でも何にせよ目的は分かりません。同時期に消えたイゴンソイ家のミモザのことも考えると余計何を考えているのか...」
「なるほど」
「ま、僕はミモザの方が断然怪しいとは思いますけどね。冗談抜きで」
今までの口調とは違う明るい口調でリスキーはそう言った。
リスキーの冗談にオーネスは少し笑みを浮かべながら返す。
「彼女ならやりかねないな」
「まぁでも本当にありそうなんですよね。駆け落ちとか」
リスキーは落ち着いた表情で真面目にそう語り出した。
「駆け落ちする理由がないだろう?栄誉魔術師で国有数の召喚師との結婚だぞ?イゴンソイはそれを狙って娘を彼の元に差し向けてるっていうのに」
「ミモザは家柄とかそういうしがらみを嫌ってますから。2人で自由に、なんて考えてもおかしくはない」
「彼女はそうでも彼には相手がいるだろう」
「あの死霊使いですか。彼女には気の毒な話ですが、ありえない話でも...」
「正直それが事実だと1番ありがたいんだが...。本当に何が起きてるんだか」
「オーネスさんはこのままどこへ向かわれるんです?」
「死霊使いのヤブラの元に向かう。情報を集めたい」
「情報収集ですか。でも本当に気の毒ですよね...」
「あぁ」
ーーー
リスキーと別れたオーネスは、リマウンクー城の地下に来ていた。
王宮の中でも一際静かで薄暗い。
オーネスの歩く音だけが響き渡る。
少し歩き、地下とは思えない温かい明るさに包まれた空間が目に入るオーネス。
オーネスは急ぐことなく歩みを進める。
「やぁヤブラ」
「どうも」
独房の中、椅子に座っているヤブラ。
足には壁と繋がれた枷がつけられている。
地下牢にしては綺麗に整えられており、ヤブラの身なりも普段と変わらない。
貴族が使うような上品なベッドや椅子、机も用意してあり、机の上の蝋燭台には3本の大きな蝋燭が火を灯している。
壁にも松明が灯され、一般的な独房とは少々異質な雰囲気だ。
オーネスは檻の前にある椅子に座り、ヤブラと向き合って話し始める。
「申し訳ない。君を檻の中に入れてしまうことになってしまって」
「貴方のおかげでこうして何不自由なく過ごせてるんです。謝罪なんて。トーチが名家のご令嬢と失踪したんです。魔術院がトーチと近しい私を危険視するのも分かります」
「その件なんだが、彼はそういうことをする男なのか?」
ヤブラは小さく首を傾げた。
「トーチとは何者なんだ?どこから来た?」
ヤブラは臆さず答える。
「彼が元々何者で、どこから来たかは私にも分かりません。ただ、トーチが王国に敵対するとは思えません」
「彼に剣を教えていたプルガーも同じことを言っていたよ。私も同意見だ」
「駆け落ちは知りませんけど」
真顔でそう答えるヤブラを見て、オーネスは一瞬固まった。
「...。君がそれを言うのか?」
「冗談ですよ。実際どうかは知りませんが。それより今、魔術院ではどんな話を?」
「魔術院は今大混乱だよ。魔族への奇襲作戦が失敗し、逆に我々が魔族からの奇襲を受けてニワーカーブは半壊した。魔術院の中に裏切り者がいるのだと皆んなが疑心暗鬼になってる中、さらにこの事件が...。本当に困ったものだ」
「私はここから出られそうですか?」
「出られるだろう。きっと時間もそうかからない。ニワーカーブ襲撃の時、魔族の召喚師2人に対抗するのに栄誉魔術師が4人も必要だったんだ。トーチ君が消えた今、戦力となる魔術師をこれ以上失うわけにはいかない」
オーネスの目つきが鋭くなる。
「ところで、君はトーチ君が心配じゃないのか?」
ヤブラ動じることなく即答する。
「心配ですよ」
ヤブラの反応とその言葉に、オーネスの表情は和らいだ。
「本当に君は表情が読めないな」
ヤブラは小さく微笑んで応えた。
「君はトーチ君は敵ではないと思ってるわけか」
「彼にはこの国を敵にする理由がないですから」
「なら失踪ということか?」
「それもないかと。彼が仮に行方を晦ましたかったとしても、彼には行く場所がない」
「なるほど」
「ただ、消えたのが彼だけでなく、イゴンソイ家のご令嬢も同時期に消えているというのが...」
ヤブラは真顔で少しだけ首を傾げる。
「駆け落ち?」
オーネスは二、三回瞬きをした。
「いや、その、君は大丈夫なのか?」
「割り切った関係ですから」
ヤブラは小さな笑顔でそう答える。
「まぁそれならいいが...」
「とにかく分からないことだらけですね」
オーネスは椅子から立ち上がりながら話す。
「全くだよ。ただ、分かってるのは今この国は重大な戦力不足だということだ。さっきも言ったが魔族2人にあそこまでやられた上に、王国から召喚師が1人消えた。状況はかなり悪い」
「何か策でも?」
「魔術院では召喚師を育成し、増やそうとしている」
「そんなことができるんですか?」
「さぁ。増やせたとしてもそれじゃあ遅すぎる。召喚師の育成を待ってる暇なんてこの国にはない」
静かに聴いているヤブラを見て、オーネスは続ける。
「奴をキントから魔術院に呼び戻そうと思ってる。レドバドが今の地位を築くまでは最強だった男だ。強さは申し分ない」
「...上手くいきます?それ」
「手はいくつかある」
オーネスの言葉を聞き、ヤブラは納得した表情を浮かべる。
「それでもトーチがいなくなったというのは大きな損失だ。トーチが無事に戻ってくればそれに越したことはないんだが...。どこにいるんだか」
オーネスは困ったような笑顔を浮かべている。
「私はもう行くよ。今日はありがとう」
そう言ってオーネスはその場を去る。
城の外では、分厚い雲の中から唸り声のような低い音が響いていた。




