第26話 開幕
「ショックだよなぁ?あんだけ練習してたのに剣を握る暇さえ与えられないなんて...」
また悪魔か。
そんなことまで知ってるのかよ。
「笑ってればいいだろ」
「悪かったよ。それで、どこに向かってる?」
「戦ってる方」
「はぁ...冗談はやめて欲しいねぇ。負けを認めることも立派なことだろ?」
「でも行かなきゃ」
「あの男に感化されたのか。真面目だねぇ本当。...ん?どうした、立ち止まって」
なんでプルガーさんがここにいるんだ?
それもあんな傷だらけで。
いや、そうじゃない早く助けなきゃ命が危ない。
「プテラノドン」
プテラノドンが、出ない?
「プテラノドン!」
どういうことだ?
「魔力切れだ。助けるなんてぇのは無理だ。諦めろ」
「俺は今日ほとんど魔力なんて使ってない。...使えなかった」
「ハッチがお前さんを川から救った後、お前に回復魔法を使った。回復魔法ってのはな、使う人は魔法陣を展開する分の魔力しか使わねぇんだ。使うのは回復してもらう側の魔力。防御魔法も使えねぇお前さんがあそこまで攻撃食らっちまったんだ。ほぼ瀕死の状態から回復したならそりゃお前さんだって魔力を根こそぎ持ってかれる。ま、それで生き延びれてんだ魔力には感謝だな」
それじゃ、プルガーさんを見殺しにしろって言うのか?
結局俺は何も...。
「何を悲観してんだ?奴は自分の命と引き換えに魔族を殺そうとしてるじゃないか。殺せるかは知らねぇがな」
「それじゃ無駄死にだろ」
「殺せるかもしれないだろ?」
「それでもプルガーさんは...」
俺は何のためにここに来たんだ?
これじゃここに来た意味がない。
「...お前さんに力を貸してやろうか?」
「力?」
「契約だ。お前さんに魔力をやる。その代償として、将来大勢の民の命を貰う」
「そんなことできるのか?」
「お前さんが望めば」
「...なら力を貸して欲しい」
「おいおい、本当にたった1人のために大勢の命を懸けるのか?」
「黙れよ。俺は目の前の命を救うって決めたんだ」
「なるほど、目の前ね」
悪魔は笑みを浮かべたまま俺の背中を叩いた。
魔力が溢れるのを感じる。
俺は強化魔法で足を限界まで強化し、魔法陣に突っ込むプルガーさんを止める。
その拍子にプルガーさんの右手から剣が滑り落ちた。
後ろで爆発音がした直後、強い風が背中を叩く。
「アカシア...」
アカシア?
プルガーさんの目の焦点が定まっていない。
そのままプルガーさんは意識を失った。
「サーベルタイガー」
召喚獣相手なら遠慮せず出してやる。
「ティラノサウルス」
ティラノサウルスとサーベルタイガーがお互い威嚇し合うように吠える中、俺は少し離れた所にいた魔術師達の元にプルガーさんを運んだ。
その後、俺は急いでティラノサウルスの方に向かい命令を出す。
「やれ」
ティラノサウルスはサーベルタイガーの胴体に齧り付く。
ムィレフは一瞬でサーベルタイガーを咥えたティラノサウルスの懐に飛び込むと、ティラノサウルスの腹に右手を当てる。
「炎活」
すると、ムィレフの右手が橙色に輝きだした。
「洒脱」
その瞬間、ティラノサウルスは咥えていたサーベルタイガーごと真っ赤な炎に包まれた。
そして、一瞬にして2体の召喚獣が炎と共に消えた。
召喚獣を一撃で葬ったムィレフがこちらを向いてくる。
「なるほど、君が噂の」
最初に会った時に聞きたかったな。
今になってその言葉を聞くのはちょっと辛い。
あの時は何もできなかったことを痛感するから...。
俺は刀を抜きながら、2体のディノニクスを召喚する。
「ここから立ち去れ」
「私にも立場がある」
ムィレフが魔法の炎を纏った腕でディノニクスを焼き消し、こちらに向かって走りながら炎の魔法を飛ばしてくる。
俺は両手で握った刀でこれを防いだ。
その間にムィレフが目の前まで迫り、接近戦が始まった。
俺の魔力量や召喚魔法を恐れて距離を詰めたのだろう。
俺は攻撃することはなく防御に徹する。
相手は素手で俺は刀。
それでも相手の体が傷付くことはない。
それに鉄と鉄がぶつかるような音もする。
俺はムィレフの攻撃を注意深く見てみた。
なるほど、刀とぶつかる瞬間、その部分だけが石化してるのか。
それでプルガーさんとも素手で...。
魔力量を極限まで節約するにしても、ここまで細かくできるものなのか?
神業だ。
突然ムィレフは攻撃を止め、いきなり刀を素手で掴んできた。
手からは血が流れ落ちている。
魔法で手を石化していない。
「なぜ攻撃しない?」
「他人を傷つけるつもりはない」
ムィレフは黙って目を覗き込んでくる。
「戦争とか正直どうでもいい。ただ人が死ぬのが嫌だからここに来た。殺す気だってさらさらない」
「殺せないだけ。違う?」
「そうだよ。俺には殺せない」
「そんな覚悟でここに...」
ムィレフはさらに力を入れながら刀身を握った。
刀が動かない。
「甘いんだろ?何もかも。そんなこと自分が一番よく分かってる。でも人を守るために力を使うと決めた。決めたことを守って何が悪い」
俺は語気を強めながらムィレフを睨みつけた。
「決めた...ね」
ムィレフは小さくそう呟き、刀から手を離した。
俺は足を強化し飛び退くようにしてその場から距離を取る。
あちらが戦い続けるのならばこっちだって戦い続けてやる。
でも接近戦が続けばこちらが死にかねない。
やはり召喚獣を出すのが無難だ。
でもティラノサウルスとディノニクスが炎の攻撃によって一撃で消えてしまった。
それなら。
「ステゴサウルス!」
背中の棘のようなモノは体温調節の機能があると聞いた。
それならばどんな熱さの炎にも強いだろ。
いや、そう思ってんだから間違いなく俺が召喚したステゴサウルスは炎に強い。
それが召喚魔法だ。
ムィレフはステゴサウルスに向かい炎を纏った腕から炎を放つ。
炎の攻撃を真正面から受けたステゴサウルスだったが、何事もなかったかのように立っている。
俺はステゴサウルスに尻尾で攻撃させた。
ムィレフはステゴサウルスの尻尾の先端にある四つの尖った棘のようなものを見て両腕を交差するように構え、構えた腕の前に岩の盾を出現させる。
しかし、ステゴサウルスの尻尾による攻撃は岩でできた盾ごとムィレフを振り払った。
岩は砕け、後方に飛ばされたムィレフは腕をついて着地する。
その時、凄まじい風と共に魔族の男がムィレフの目の前にやって来た。
「ムィレフ、帰るぞ」
突然現れた魔族の男がそう言った。
「ハムサ?...はぁまた勝手なことを」
そう言いながらもムィレフは少し笑顔になっている。
呆れた感じの笑顔にも見える。
「そもそもこの作戦は最初からただの無茶だったろ。もう充分やったし、これ以上やっても何も得るものはない」
「でも私は...」
「いいから早く帰るぞ」
魔族の男が食い気味にそう言って去ろうとした時、レドバドさんとヤブラがその道を阻んだ。
「まだ続ける気か?ここでこのまま戦えばさらに被害が広がるぞ?」
男の言葉を聞き、レドバドさんは視線を周りに向けてから手に持っていた槍を下ろした。
「戦いはまだ始まったばかり。勝負はこっからだろ」
そう言い残し、ハムサと呼ばれていた魔族は風魔法で砂埃を発生させてからムィレフと共に凄まじい速さで去って行った。
ーーー
ニワーカーブを出たハムサは召喚魔法で馬を召喚した。
「ここまで来たらもうゆっくりでいいだろ」
「私のもお願い。もう魔力が」
ムィレフの肌はピンクではなくなっていた。
「そんだけ魔力使っててまだ戦う気だったのか?本当馬鹿真面目なんだから」
ハムサは軽口を叩きながらムィレフの分の馬も召喚した。
「ありがと」
そう言いながらムィレフは馬具のない馬に跨った。
2頭の馬は2人を落とさないよう歩き始める。
「それで、最近パオットで目撃されてた虎の召喚師はいたか?」
「いなかった」
「そりゃそうだよな。女の魔術師すらいないのがマーロンだからな。あ、でも今日戦ったか。金髪じゃなくて黒髪だったけど」
「それでもマーロンの魔術師の可能性も捨て切れない」
「捨て切れない、ね。まぁでも違う可能性の方が高いことに変わりはないだろ」
ハムサは溜息を吐いて続ける。
「少し面倒なことになるな」
「少し?」
ムィレフは鼻で笑いながらそう言った。
「お前がいるなら少しだろ」
「その程度で何とかなるならいいけど...」




