第24話 楽園と地獄の狭間
ニワーカーブ東北部。
「おいおいこんなもんか?」
ハムサはしゃがみ込んだ。
そこに、王都からニワーカーブの途中で足止めを食らっていた魔術師の一部が援軍として到着する。
「おい近づくなよ?」
そう言うと、ハムサの足元から大量のクラゲが現れ、宙に浮き始めた。
人1人分ほどの大きさがあるクラゲ達は、地面に倒れ込んでいる魔術師達を触手で絡め取りながらその首元に触手を回す。
ハムサは1体のクラゲに座り、上空を浮遊し始めた。
「1歩進めば1人お仲間があの世に行っちまう」
魔術師達は一斉に動きを止めた。
「もちろん攻撃すれば人質を盾にするからそのつもりで」
いつの間にか前後左右、そして上空に大量のクラゲが浮遊する。
どこを見てもクラゲが視界を埋め尽くす。
寒色を中心とした色のクラゲ達が太陽の光を反射し、そこら中が光り輝いて見える。
浮遊するクラゲは水中にいるかのようにゆったりと動き回り、時間の流れもここだけはゆっくりと流れているかのように錯覚させる。
まさに深海の楽園。
立ち止まり固まった魔術師達も次第にクラゲに捕まり始める。
しかし、誰も抵抗しなかった。
クラゲは魔術師に優しく絡みつくと、この楽園の中を浮遊し始める。
痛みも苦しみも一切ない。
戦ってることすら忘れてしまいそうなこの空間で、ハムサは大勢の魔術師の命を掌握する。
しかし、そんな楽園の秩序は一瞬にして崩れ去る。
ヤブラが楽園に足を踏み入れた瞬間、建物の壁を駆け上がり、ハムサが座る空中のクラゲを両手に持った短剣で切り裂く。
レドバドは全てのクラゲが見える位置で右手をかざす。
すると、レドバドが浮かせていた2本の槍がクラゲだけを狙い縦横無尽に飛び回る。クラゲ達が一瞬のうちに泡のように消え、クラゲに絡みつかれていた魔術師達が地面に落ちる。
動けそうにない怪我人が落ちる際には飛び回る小さな短剣がその者の服を突き刺し、吊り下げるようにしてゆっくりと地面に降ろす。
ハムサは困る様子なく着地をする。
それと同時にヤブラも着地。
そして着地した瞬間に両者は動き出す。
速かったのはハムサだった。
短剣を持つヤブラを蹴り飛ばす。
ヤブラは反応が間に合い腕でハムサの蹴りを防ぐ。
蹴った後の隙を狙い、レドバドが操る2本の槍と数本の短剣がハムサを襲う。
レドバドが操作する武器と連携を取りながらヤブラは短剣を使ってハムサと戦う。
ーーー
ニワーカーブ東南部では、朝日が昇る前に現れた2頭のサーベルタイガーが町を蹂躙していた。
魔術師達が一斉に魔法を打ち込むが、当たっても召喚獣が消える気配はない。
リスキーは右の手をサーベルタイガーに向け、岩を生成。
それを勢いよく飛ばし、サーベルタイガーの頭部に当てる。
痛がる素振りも行動の変化も見せないため、召喚獣に攻撃を当ててもどれほど効いているのか確認することができない。
「やってらんねぇな」
リスキーがそう吐き捨てた時、ムィレフが目の前に現れる。
「本当にやってらんねぇな」
リスキーは溜め息混じりにそう呟いてから、後ろを振り向き大声を出す。
「逃げろ!!撤退だ!!」
ムィレフは手のひらを地面に向けながら目線の高さまで右手を上げる。
そして、右手の手のひらの下に橙色に強い光を放つ球体を生成。ムィレフはしゃがみ込み、それを地面に押し付ける。
「紅蓮」
すると、地面に真っ赤な地脈のようなものが現れ、そこから炎が吹き出す。吹き出した炎は真っ赤に燃え上がる。
空が炎に照らされ、唐紅に染まる。
肌が焼けるような熱さの中、人々は逃げ惑う。
ムィレフはそのままもう1頭サーベルタイガーを召喚。
巨大な獣が3頭駆け回る炎の海。
その光景はムィレフの目にもはっきりと映っていた。
ムィレフの瞳の中で炎が燃える。
ムィレフは左手を魔術師達に向け、炎を放出。
炎は全てを飲み込むように燃え広がりながら魔術師達の元に迫る。
魔術師達の中には目を瞑る者も、手を合わせる者もいる。
そんな地獄に、1人の男が一本の剣だけを握りふらっと現れた。
汗みどろな姿で現れた男の名はプルガー・パラディース。
魔術師の時代に珍しい剣士である。
ムィレフの左腕から放たれた炎の熱を感じ、プルガーは右を向いた。
色が無くなったかのような虚な瞳の中で炎が燃える。
プルガーは落ち着いていた。
ゆっくりと目を閉じ、そっと目を開いて目の前まで迫ってくる炎を眺める。
頭の中は静かだったが、感情は激しく燃え上がっていた。
何かを思い出しているわけでも、何かを考えているわけでもない。
いや、全てを思い出し、全てを感じているかも分からない。
ただ一つ分かることは、プルガーの右目から一滴だけ感情が溢れ出したことだけ。
そしてその時、彼から雑念は消えていた。
彼は両手で剣を持ち、糸で操られているかのようにゆっくりと振り上げる。
そして、剣を振り下ろした。
無心に振り下ろされた迷い無き剣は、迫り来る巨大な炎を真っ二つに切り裂く。
炎を切り裂いた直後、彼の全身の毛穴が逆立つ。
彼の目に色が戻る。
町を飲み込むほどの巨大な炎を切ったという事実が、彼の渇ききっていた心を奮い立たせる。
高揚感と全能感に包まれた彼の口角は自然と上がり、目には光が迸る。
プルガー、絶好調となって戦場に立つ。




