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恐竜の召喚師  作者: 南雲一途
第一章 兎角亀毛
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第2話 熊

 ヤブラに連れられて外へ出ると、そこは森の中だった。

 振り返ると家が一つだけ建っている。

 緑豊かな自然に囲まれ、まるで絵本の中から出したかのような雰囲気のある家だ。


「どうかした?」


「いや、良い家だなと思って」


 駆け足でヤブラの元へ向かった。

 ヤブラが歩くのを再開しながら口を開く。


「どこが?」


「なんか森と一体化してるみたいですごい幻想的だと思う。嫌いなの?この家」


「別に私の家じゃないしなんとも思わない」


「そうなんだ。ヤブラはどんな家に住みたいの?」


「大きくて庭のある綺麗な家」


「へぇ」


「そんなことより動物を見た記憶はある?」


「あるけど」


「動いてるところを見たことは?」


「もちろんある」


「なら良かった」


「見てなきゃまずいの?」


「かなりね。召喚魔法に必要だから。その記憶」


「そうなんだ」


 話してる間も足を止めることはない。


「どこまで行くの?」


「もっと遠く。おばさんの隠居生活の邪魔にならないようになるべく離れてるところ」


 それでおばさんは名前を捨てたって言ってたのか。


「おばさんとはどういう関係?」


「死霊使いの師匠。まぁ特に教えてもらった覚えはないけど」


 師弟関係か。

 たしかに親子には見えなかった。

 話してる感じとか。

 それに、ヤブラは外が好きそうな健康的な肌の色をしているのに比べ、おばさんは家の中にこもってそうな白い肌だった。

 健康そうではあったけど。


「貴方は魔法の記憶はあるの?」


「魔法なんて知らないよ。死霊使今とかもよく分からない」


「ごめん、私の風魔法のせいで...」


 案外優しいのか?

 相変わらず表情の変化に乏しいが悪い人ではなさそうだ。

 記憶喪失のふりをするのも彼女に悪い。


「いや、大丈夫だよ。記憶喪失は多分なってないし」


「覚えてるの?名前」


「いや、名前とかは思い出せないというより発音が思い出せないんだよ」


 そう、この言い方が一番しっくりくる。

 覚えてはいる、ただどう発音したかを思い出せない。


「それが記憶喪失だから」


 その通り。

 たしかにその通り。

 何も言い返せない。

 でもなんか違う気がする。

 記憶はある。

 間違いない。

 でも反論はできそうにない。


「でも歳とかは覚えてる」


「何歳?」


「20歳」


「へぇ」


「ヤブラは?あっ」


 あ、聞いてから気づいた。

 女の人に歳を聞くのは良くないよな。

 そんなことなど気にする様子もなくヤブラは答える。


「私も同じ20歳」


「どこか通ってたりするの?」


「通う?何に?」


「その...あれだよ。なんて言うんだっけ勉強する場所。あの...」


「勉強する場所?何それ」


 俺も通ってたのにその言葉が出てこない。


「あの、言語とか数学を学ぶ場所」


「言語?古代語のこと?」


「古代語?」


「昔エルフが使ってた言葉」


「いや、それは知らない」


 それよりエルフもいるのか、この世界。

 絵に描いたような異世界だ。


「ならマーロン語?」


「何それ?」


「今喋ってるのがマーロン語だけど」


「ん?今喋ってる?これ?」


「ごめんなさい。思ってたより重症みたい」


「いやいや本当に違うから。気にしないで」


 マーロン語?

 聞いたことない。

 なのに今喋れてるし理解できてる。

 口にする言葉は全部マーロン語になってるってことは、頭に思い浮かんでいるこの言葉もマーロン語。

 なら文字は?

 いや、駄目だ。

 文字自体思い出せない。

 文字が...分からない?

 そうか、そういうことか。

 俺は名前や地名が思い出せないんじゃなく、前の世界で使ってた言葉を思い出せないのか。

 ならなんで勉強してた場所が思い出せないんだ?


「それより勉強するために若い子供が集まる場所分からない?」


「さっきの続き?何?謎かけ?」


 ないんだ、この世界には。

 この世界にはないから言葉が思い浮かばないってことなんだ。きっと。

 そうなると俺の脳が異世界転移の影響で書き換えられたのか?

 それは随分と都合がいい。

 ならあり得るのは神がこの世界の言語を理解できるようにして俺を転生させたのか?

 神が実在するのか?

 まぁ神のことは置いといてまずは鏡だ。

 鏡を見て自分の顔が変わってるかどうかで転移か、転生かが分かる。

 でも鏡は見当たらないし、顔が反射しそうなものも...見当たらない。


「ねぇさっきから何してるの?」


「僕の顔、涙ぼくろある?」


「ない。それよりさっきの謎かけの答えは?」


「ない」


 ヤブラは一瞬立ち止まり。俺の方を向いた。


「...そう」


 そう言ってヤブラはまた歩き出す。


 当然の反応だ。

 それより問題は涙ぼくろだ。

 唯一とも言える自分の特徴、涙ぼくろが無いなんて。

 やはり転生で決まりだろう。

 ヤブラが気味悪そうにこちらを見ている。

 いや、表情が大きく変わらないがあの目はそうだ。

 どうしよう。

 説明してみようか、記憶喪失だと思わせてるのも悪いし。

 いや待て、そうなると俺は死んだのか?

 あるとしたら急死か。

 いや、今はいい。

 そんなことよりまずヤブラに説明するのが先。考えるのは後だ。


「僕は記憶喪失したわけじゃない。生まれ変わってたんだ」


「根拠は?」


 冷静だ。

 彼女はいつも冷静だ。

「は?」とか「何言ってるの?」とかそういう反応されると思っていた。

 まぁよくよく考えてみれば彼女は元々死者の召喚をしようとしてたわけだし、彼女からしたら納得の答えよりか。


「僕には生前涙ぼくろがあった」


「なるほど。さっきの質問の理由がわかった」


 ヤブラ、頭良いな。

 俺にはこんなすぐに話を飲み込める自信がない。

 ヤブラは続けた。


「でも、自分の名前と生まれ故郷を思い出せないなら記憶喪失に変わりないんじゃない?」


 質問が鋭い。

 淡々とした口調がその鋭さをさらに際立たせている気がする。

 ただ、そんな頭の良い彼女が理解できるように俺は異世界転生を説明できるだろうか。

 やれることはやってみよう。


「この世界とは別の世界で生まれ育ったんだよ。だから、ここの世界の言葉で言い表せない」


「ここの世界の言葉を話してるように聞こえるけど」


 たしかに。

 その通りだ、本当に。

 そもそもなんで俺はここの世界の言葉を喋れるんだ?

 神様のおかげじゃ納得できない自分がいる。

 そもそも異世界転生って神様とか女神様があれこれ準備してやってくれるものだと思い込んでた。

 いやそもそも転生があるなんて信じてすらいなかったけど。

 なんだろ?なんで俺はここの世界の言葉を喋れるんだ?

 そして、なんで分かるんだ?


「そもそも死んだ記憶はあるの?」


「いや、ない。多分急死だったんだと思う」


 なんか自分で自分が死んだことを肯定するのは変な感じがする。

 本当に俺は死んだのか?

 まぁ異世界転移ではないみたいだし、死者を蘇らせるような術で生まれたってことは死んだってことだよな。

 なんか意外と呆気ない。

 その呆気なさが妙に現実的に感じる。

 俺はもう父さんと母さんには会えないんだろうな...。


「家族に会いたいの?」


「...うん。まぁでもあんまりよく分からないんだけどね。両親は2人とも働いてたし、小さい頃からそんなに家族で一緒っていうのは少なかったから...。でも色んな思い出はあるし、やっぱりもう会えないんだろうなってなるとちょっとね。もちろんヤブラは気にしなくていいから。死んだ僕にこんな素晴らしい世界でまた生きる機会をくれたんだから」


 ヤブラは黙っていた。

 2人の足音だけが聞こえる時間がしばらく続く。

 世界に戻れるといいね、とか、また会えるよ、とかそういう言葉を簡単に言わないところに彼女の理解力と優しさがある気がした。


 しばらくして、少し開けた場所でヤブラが立ち止まった。


「それじゃあ始めるよ、トーチ。まず魔法、貴方の世界にはなかったんでしょ?簡単に教えるから」


「え!?理解できたの!?」


「あんな話を聞いて疑うほど、私歪んでない」


 少し歪んでる自覚があるのか。

 まだ出会って間もないけど分かる気はちょっとする。

 いや、失礼だな、俺。

 別に自分も大した人間じゃないんだ。

 人のことなんて言える立場にない。


「別の世界から来たのがなんとなく分かっただけだから。それで、生前の世界じゃ魔法もなかったんでしょ?」


「うん、そうなかったんだよ!魔法はなかった」


「魔力はあったの?」


「無かった」


「人間が持つ魔力、それを使って頭にイメージしたモノや現象を生み出すのが魔法。これを使って戦う者達を魔法使いと呼んでる」


 想像通りだ。


「トーチに覚えてもらう召喚魔法は、少し高度な生き物を生み出す魔法のこと。人間以外の生物を生み出せる」


「え、でもヤブラは僕を召喚しようとしたって...」


「召喚しようとしたのは死者。魔力が流れている生物を召喚するのは不可能だから。召喚魔法で作り出せるのはあくまで魔力の流れていない生物だけ」


 生きてる人間にしか魔力はなく、死んだら魔力はなくなるのか。

 生命力みたいなものだろうか。


「人間にだけ魔力が流れてるの?」


「人間以外だと昔は竜が魔力を持っていたらしいけど実在したかどうかは怪しい。竜を信仰している人達もいるけど実際に見たって話は聞かないし。魔力が流れる植物はあるけどね」


「なるほど」


 ドラゴンはこの世でも空想上の生き物っぽいな。

 それでこの世界では人間と一部の植物にしか魔力は流れていないと。

 全ての生物に流れてないのなら生命力ってわけではなさそうだ。

 魔力というのは独立した特殊な力なのだろう。


「それじゃ召喚魔法の魔法陣から始める。いい?」


「ちょっとその前に質問してもいい?」


「どうぞ」


「魔法も知らない僕に少し高度な召喚魔法から教えるのはちょっと早くないかなぁ。最初は簡単な死霊術とか簡単な魔法からとかじゃないの?」


「召喚魔法さえ覚えれば召喚師を名乗れるから」


 ヤブラ続ける。


「簡単な魔法を一つ覚えたところで役には立たない。色々な魔法を覚えなければ魔法使いとは認められないし、色々な魔法を覚えるのは楽じゃない。それに時間もかかる。その点、召喚師は召喚魔法さえできればいい。召喚魔法が少し高度でも、覚える魔法は一つだけだから一人前の魔法使いになるのよりも簡単に一人前になれる」


「死霊使いは?」


「死霊使いなんてに今の時代なろうとする人はいない。時代遅れ」


 彼女、本当に死霊使いなんだよな?

 そんなに死霊使いを酷く言わなくても。


「熊」


 ヤブラが突然そう言った。


「熊?熊から召喚するんですか?」


 最初は熊か。

 なんかそれこそ怪物とかそういうのを召喚するんだと思っていた。


「いや違う。熊がこっちを見てる」


「み、見てる!!??」


 咄嗟に振り返ると熊が少し遠くからこちらを見ていた。

 口調が変わらないから紛らわしい!

 危機感が微塵も感じられない!

 でもこんな状況でも冷静なのは少し安心する。

 自分も少し落ち着くため、呼吸をして息を整えた後、熊から目は逸らさずにゆっくりと後退した。

 熊は涎を垂らしてこちらを見てる。

 食べようとしてるようにしか見えない。

 後退を続け、ヤブラの隣まで来た時に囁くような声で彼女に聞いてみた。


「大丈夫、平気そう?」


「いや、多分あの熊は人間の味を知ってる。襲ってくるかも」


「え...」


 ヤブラは冷静だ。

 俺は混乱してる。

 人間の味知っちゃってるの?

 もう既に人間を食べたことあるってこと?

 再度深呼吸をして、落ち着く努力をしてみる。

 熊が一歩近づいた。

 深呼吸が少し早くなる。

 さらに一歩、もう一歩と近づいてくる度、俺の深呼吸は大きくなっていく。

 隣でヤブラがゆっくりと後退するのに合わせて自分も後退する。

 それでも熊は少しずつテンポを早めながら近づいてくる。

 食べる気満々の熊と会ったらどうすればいいんだ?

 熊の口から涎が糸を引いて地面に落ちる。

 あ、でもヤブラって魔法が使えるのでは?

 少し心が楽になった。


「どうすればいいの?魔法でなんとかなるの?」


「それは無理。私の魔法そんなに強くないから」


「え、でも僕気絶したって」


「転んだ時の打ち所が悪かったんじゃない?私が全力で魔法を放っても熊を怒らせるので精一杯。怒らせたいならやるけど?」


 なんでそんな冷静なんだ?

 慣れてるのか?こういうこと。

 いや、でも魔法強くないとか言ってるし...。

 そうだ。


「炎魔法は使える?」


「簡単なのなら」


「炎を手に出すとかは?」


「できるけど」


「獣は炎を怖がるって聞いたことあるんだけど...」


「逃がすの?」


「そう!逃がす」


 ヤブラが右腕を熊に向けて伸ばし、手のひらを上に向ける。

 すると手の上に焚き火のような炎が現れた。

 熊はそれを見て少し固まったが、また歩き始める。だんだんとスピードが出始め、僕の方を見て襲ってきた。


 駄目なんだ。

 あ、死ぬ。


「ごめん!ヤブラ!」


 右手から炎が消え、手のひらを熊に向けたヤブラ。


「飛んで」


 彼女がそう言うと、熊が何か大きな物にぶつかったかのように大きく仰け反った。

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