第19話 挑戦者
時折吹く風は暖かくて柔らかい。青い空の所々に真っ白い雲がある。そんな天気の日。
王位継承権第三位の王叔であるシュブルは、護衛にバトリーと数人の兵を連れ、たくさんの人々で賑わうキントの町の中を散策していた。
働く女性で賑わう町、キント。
淫らな町などと呼ばれてはいるが、娼館のようなものは一つもない。
シュブルはたまに大きな欠伸をし、見事に肥えたお腹を摩りながら馬に乗る。
バトリーはシュブルが乗る馬の手綱を持ちながら歩き、その周りを7人の兵が取り囲んでいる。
そんなシュブル達の目の前で、長いローブを身に纏った人物が固まるようにして立ち止まった。
異変に気付いたバトリーは馬を止め、ローブを着た人物に警戒する。
シュブルの口から出かかっていた欠伸が止まった。
ローブを着た人物がフードをそっと取ると、それを見た町の人々は一目散に逃げ始める。
魔族だ。
ロンカ霊廟で暴れた魔族、通称キントの悪魔。
今まで町中でほとんど顔を見せなかった彼が、初めて人前で姿を現した。
魔族が呟く。
「人間最強...」
その瞬間、魔族の体から自然と魔力が溢れ出す。
シュブルを囲む兵達はその魔力の量に戦慄した。
「今じゃこの有様、最強なんて程遠い」
バトリーはいつもと変わらない調子でそう答える。
「相変わらず厳しいねぇバトリー。今だって十分最強だと思うぞ!」
「恥ずかしいことを大声で... 」
シュブルはどこが楽しそうだが、それに対するバトリーの反応は冷たい。
しかし、そんなやり取りなどお構いなく、魔族は左手から炎の塊を放った。
バトリーは右手伸ばし、風魔法で炎の塊を中心から飛散させるようにして消し去る。
「立ち去れ。今ならまだ見逃してやる」
「逃げるつもりはねぇ」
魔族はやる気に満ちた笑顔を浮かべる。
「本気で勝てると?」
「そんな言葉で止まれるほど、俺は利口じゃなくて」
再度魔族の男は両手で炎を放つ。
バトリーが右手をかざし、地面から氷の壁を出現させて炎を防ぐ。
「はぁ...」
バトリーは溜め息を吐いてから護衛の兵達に命令を出す。
「シュブル様を急いで城までお送りしろ」
「おい、そりゃないだろ?」
「ついでに黙らせろ」
バトリーがそう言った瞬間、氷の壁が砕け散り、そこから氷を殴り砕いた魔族が笑顔で現れる。
「そんな必要はないですよ」
「それが俺の仕事だ」
バトリーが指を鳴らすと、魔族は水でできた巨大な球体に閉じ込められた。
水越しに、バトリーと魔族の目が合う。
魔族は大胆不敵な笑みを浮かべると、体全体から風魔法を放った。魔族の風魔法の影響で水が飛び散る。
しかし、飛び散ったはずの水は空中で静止。そして、飛散した水飛沫は互いにくっつき始めた。
「凍てつけ」
バトリーがそう発すると、先ほど魔族が飛散させた水が氷でてきた無数の刃に変わり、魔族を取り囲んだ。
「Payris」
すると、無数の氷の刃の先が全て魔族に狙いを定める。
「XXXX」
無数の刃があらゆる角度から魔族を襲う。
魔族は瞬時に風魔法を発動し、氷の刃から身を守る。
爆風が起こり、周囲には爆発音に似た轟音が鳴り響く。
爆風は氷の刃を全て砕き、近くの建物のにはその衝撃でヒビが入る。
爆風が治ると、バトリーはすかさず爆風が起こった中心に飛び込んだ。
その中にある人影めがけ、右手に出現させた氷の刃を突き刺そうとする。
しかし、何かを感じたバトリーは咄嗟に腕を交差させた。
そして次の瞬間、蹴り飛ばされたバトリーは建物の壁に叩きつけられる。
「っ...」
バトリーは立ち上がり周りを見る。しかし、バトリーの目に魔族が入らない。
魔族は建物をよじ登り、上空からバトリーを狙っていた。
バトリーは上を見てはいないが、戦いの経験で魔族がどこにいるのかは分かっていた。
「はぁ...猿が」
吐き捨てるようにそう言うと、バトラーは上空を見上げることなくその場から跳んで離れる。
その瞬間、バトリーが立っていた場所に爆発のような衝撃が起きた。
地面が揺れ、砂埃が舞う。
砂埃の中には少し大きめの人影。
それを見たバトリーは呆れて溜め息すら出なかった。
バトリーの目の前には拳と両足で見事に3点着地したゴリラの姿。
ゴリラは顔を上げ、バトリーを睨みつける。
「ゴリラが」
バトリーの眉間に皺が寄る。
その背後から魔族はバトリーを狙う。
魔族が召喚したゴリラと魔族の挟み撃ち。
バトリーは溜め息を吐き、右手を軽く振った。
すると、背後からバトリーを攻撃しようとしてた魔族が風魔法により建物の壁に叩きつけられた。
しかし、バトリー目の前にはゴリラの拳が迫る。
バトリーは咄嗟に強化魔法で最大限強化した拳をぶつけ、攻撃を防いだ。
体勢を立て直した魔族も乱入したことで、バトリーは同時に魔族とゴリラを相手取ることになる。
ゴリラは魔族が魔法で出した召喚獣。
連携攻撃に一切の乱れがない。
バトリーは両手の手のひらに氷の刃を出現させ、嵐のように襲ってくる攻撃の合間にそれを両者に飛ばす。
魔族はゴリラとの連携に加え、氷の刃を避けることに意識をすり減らす。
その結果、ゴリラ側に向けられた氷の刃のほとんどをゴリラは受け、とうとうゴリラは消えてしまった。
ゴリラが消えた瞬間、魔族はバトリーから距離を空ける。
「あぁ、仕方ない...」
魔族の目つきが変わる。
魔族はほんの一瞬だけ小さな笑みを浮かべた。
バトリーに左手を向け、何かを掴むように握りしめる。
すると、バトリーの両端にある建物同士がバトリーを挟み潰すように倒壊した。
その瓦礫までもがバトリーに吸い寄せられるように動く。
バトリーは風魔法を纏って小さい瓦礫を弾き、魔族との距離を詰めるようにして建物が倒れてくる位置から逃げ出す。
バトリーはさらに加速し、魔族との距離を凄まじい速さで詰める。
腕を伸ばせば手を繋げるほどお互いの距離が近づいた時、互いに右腕を勢いよく伸ばし風魔法を放つ。
「爆ぜろ」
バトリーは魔法を放つ瞬間も表情を一切変えずひそう呟いた。
「どけよ」
バトリーから目を逸らすことなく、魔族はそう言いながら魔法を放つ。
凄まじい風が巻き起こる。
その風の強さは、キント城まで避難していたシュブルの方まで届くほどだった。
風魔法の押し合いの最中、魔族は余裕そうな笑みを浮かべた。
すると、魔族の背後から大量のコウモリが現れ、コウモリの群れは段々と魔族を飲み込む。
魔族を見逃さないよう、すぐさま風魔法の出力を上げてコウモリの群れを吹き飛ばすバトリーだったが、もうそこに魔族の姿は無い。
完全に魔族を見失ったバトリーは、キントの城へと戻る。
ーーー
「それで逃したのか?あの魔族」
「召喚魔法で魔力を空にして、魔力探知から完全に逃げられた。肌の色も戻って町の人間と見分けがつかなくなるんじゃ探しようがない」
シュブルとバトリーが話すところにスィアがやって来る。
「傷、治しましょうか?」
「この程度問題ない。それより、念の為警戒しておいた方がいい」
「怖いこと言うなよぉもぉ」
シュブルはそう言いながら酒を飲む。
「戦いの最中に逃げるなら最初から逃げてる」
「でももうあの魔族に魔力は残ってないんだろ?なら問題ない」
「あの男が魔力を完全に抑えることができる可能性もなくはない」
ーーー
3人が話す様子を、魔族は右手を構えながら眺めていた。
会話が聞こえるような距離ではないが、彼の魔法の射程圏内には入っていた。
しかし、魔族は3人の方に向けていた右手を下ろす。
魔族はローブを羽織り、キント城を背にしてキントの町を後にする。
肌は先ほど戦っていた時のようなピンク色ではない。
フードを被って肌を隠すことも、人目を気にし隠れることもせず彼は歩き出す。




