第18話 Tiger
3日前。
ブラウン城と呼ばれる綺麗な茶色の城がある町リボシンキ。
マーロン王国の国境近いこの町の前に、死んだ馬が引く馬車1台と、誰も引いていない馬車6台が止まった。
町の住人はそれを不安げな表情で見ていたが、先頭の馬車から降りた男を見ると町の住人は歓声を上げた。
マーロン王国最強の魔術師、レドバドの帰還である。
式典が終わった後、王都を出たレドバドはリボシンキにて魔族の侵攻に備えていた。
そして朝、リボシンキ周辺の村で召喚獣による襲撃が起きた。
その報告を受けたレドバド口元に布を巻いて馬の死体に跨って瞬時に現場に駆けつると、村人達を救いながら召喚獣である虎を討伐。
その後、馬車を魔法で動かし救出した村人を町まで運んだ。
馬車から降りた村人達はそのまま町へと入った。
レドバドは全ての人々が降りたのを確認し、死んだ馬を町から遠ざけ、火打石で火を起こす。
そして、馬の死体に火をつけて埋葬した。
虎の襲撃により村の建物は全壊し、怪我人が多数出たが、死者は出なかった。
そして今、魔術院では今回の虎による襲撃を魔族の国パオットからの宣戦布告だと判断することが決定された。
これにより、一時休戦となっていた両国の関係が終わりを迎えることになる。
ーーー
「ようトーチ!!」
「リスキーさん!」
「どうだ?剣の腕は上達したか?」
「いや、まだまだです」
「そっか。まぁまだ訓練を始めてから数日だもんな。あれ、今日は1人で?」
「いや、まぁ剣を教えてくれてるプルガーさんは今日はいないんですけど、1人ではないです...。なんというか、侍女っていうんですかね、その方が一緒です」
「あぁ噂のミモザか」
リスキーさんは笑いながらそう言った。
「知ってるんですか!?」
「イゴンソイ家のミモザだろ?魔術院でもさっきちょっとした話題になってた」
おい、話題って。
ミモザさんと会ったのは昨日剣術の修行を終えてからだぞ?
いくらなんでも噂が広まるの早すぎるだろ。
「まさかあの結婚嫌いがね。男が嫌いなのかと思ってたけど違うみたいだな」
「結婚嫌い?」
「そうだよ。婚約破棄は日常茶飯事。政略結婚だろうがなんだろうが全部断る名家の1人娘。裏では男泣かせって呼ばれてる」
「そうなんですか?良い人そうですけど...」
明るくて良い人だと思ってたんだけど違うのか?
いや、明るくて良い人だけど誰も釣り合わないみたいな感じなのか?
「ただのお転婆の間違えだろ?それが侍女なんてな」
「...」
「トーチ?どうした?」
「なんの話?」
ミモザさんが屈託のない笑顔で話に入ってきた。
リスキーさんは固まった。
おつかれ、リスキー。
「...はい。えぇリスキーです。トーチ君に色々な常識というものをですね、教えてました」
「あ、そうなんですか?」
ミモザさんはこっちを見ながらそう言った。
俺は少し首傾げる。
いや、違いますよ。
なんて言えるわけがない。
「そんなことより、侍女になるなんてどんな風の吹き回しだ?皆んな思ってるぞ、あのミモザが何を企んでるんだ?って。大人しく侍女をし続けるつもりはないんだろ?」
「父上の命令なんだから私にはどうすることもできないでしょ」
「今までそれに散々反抗してきてるだろ」
「でも今回は話の重さが違う」
そう言ってミモザさんは俺の方を見てきた。
それに合わせるようにリスキーさんもこちらを向く。
「まぁ、たしかに」
「えっ、僕ですか?」
飛び火もいいとこだ。
ミモザさんが答える。
「どの名家もトーチさんとの関係を築こうと躍起になってるんですよ」
「そうだぞ。これからは色んな奴が近付いてくる。ちゃんと見極めなきゃ駄目だぞ?俺はそこが1番心配だね」
「気をつけます」
大変そうだな...。
「それでまぁ本題なんだけど、さっき魔術院で、3日前の襲撃をパオットからの宣戦布告とみなすことが決まった。近いうちにマーロン王国とパオットの戦争がまた始まる」
「えっ...。ちょっと待って、あれはパオット側の仕業だったってこと?」
リスキーさんはミモザさんの質問に答える。
「召喚獣が使われた点から見てもパオットの仕業で間違いないだろうって」
「パオット?」
「魔族の国の名前ですよ」
「魔族の国...」
「戦争になればお前にも声が必ず掛かる。覚悟しとけよ」
「それを伝えるためにわざわざここに?」
「オーネスさんからトーチには早めに伝えておいてくれって頼まれてな」
「オーネスさんが。わざわざありがとうございます」
「いいよ別に。そんじゃあな。伝えることは伝えたから」
「それじゃあまた」
俺がそう言うと、リスキーさんは手を振って去っていった。
「リスキー君と仲良いんですね」
「そうですか?」
「珍しいですよ。リスキー君があんなに無駄話してるの。大抵は要件だけ済ませてすぐどっか行っちゃいますから」
たしかに今までもそんな感じだったな。
あれで無駄話してる方だとしたら相当だな。
「リスキーさんとは知り合いなんですか?」
「私の親もリスキー君の親も魔術院の魔術師なんです。それで度々顔を合わせてて。私が2つ歳上なんですけど、小さい時は親同士が会うと遊んだりもしてたんですよ」
「そうだったんですね」
魔術院ってこの国の中心だもんな。
リスキーさんもかなり高貴な生まれってことか。
「あ、すみません喋りすぎちゃって...」
「え?いや全然そんなことないと思いますけど」
ミモザさんは少し驚いた表情をした。
「お優しいんですね」
「そうですか?」
「普通だったら、女は黙ってろとか、静かに隣に立ってるだけでいいんだとか言うものでしょう?なんせ私はトーチさんの侍女ですし」
「気にしすぎじゃないですか?」
ミモザさんが目を見開いた。
そして、少し笑いながら話し始める。
「トーチさんってちょっと変わってますよね」
「え?」
「私にも言葉遣いが丁寧ですし、昨日はトーチ様って呼ぶのはやめて欲しいって仰ってましたし」
トーチ様は気が引けるし、そう呼ばれると背中がむず痒くなる。
「ミザって気軽に呼び捨てにしていただいて構わないんですよ?」
「じゃあこれからはミザさんって呼びます」
「...別に嫌ならわざわざ変えなくてもいいんですからね?」
「ミザさんはどっちで呼ばれるのがいいんですか?」
「それはトーチさんが好きに決めるもので、私に選択権はないですから」
「いやいや、そんな」
「でも、私は女ですから...」
「気にしないでくださいよ。せめて僕の前だけでは、女だからなんて言葉使わなくていいですから。ありのままのミザさんでいていいんで」
まだそういうのがあるのか、この世界は...。
こういうのは前の世界の方がやっぱ進んでたんだな。
ミザさんが笑う。
「やっぱりトーチさんは変わってますね。そんなことを仰る方は中々いないですよ」
「まぁそういうところで育っ...。いや、なんでもないです」
あぶね。
今俺は記憶喪失だもんな。
「じゃ、ごめん座っていい?あ、少し腰を下ろしてもよろし」
「いや、わざわざ言い換えなくていいですから」
俺は食い気味にそう言った。
「...優しいなぁ本当」
「それやめてくださいよ。照れ臭いんで」
「え、照れてる?照れてるの?」
ミザさんが悪そうな笑みを浮かべながら肘で脇腹を突いてくる。
「あぁもう」
俺はため息混じりにそう言った。
「あ、拗ねた」
ミザさんは笑いながら段差に座って両足を伸ばし、後ろに突いた両手に体重を乗せる。
俺は膝を抱えるようにして座った。
「剣の訓練してるんだっけ」
「最近始めたばかりなのでまだまだですけど」
「ちょっとその木の剣貸してよ」
俺はミザさんに木の剣を手渡した。
ミザさんは身を起こして座り直し、木の剣を右手だけで持つ。
そして、ゆっくりと剣を突き刺すようにして右腕を伸ばした。
それと同時にまた両足を伸ばし、再度後ろに突いた左腕に体重を乗せる。
ミザさんは剣の先の方を見ていた。
剣の先には城の屋根と、それに隠れた太陽がある。
きっとミザさんはそれに合わせるようにして木の剣を伸ばしているのだろう。
横から見てると中々様になってる...ような気がする。
「木の剣って案外重いんだね」
ミザさんは剣を下ろし、柄の部分をこちら側に向けて返してくれた。
「ありがとね」
「剣に興味があるんですか?」
「無いよ」
ないのかよ。
「あ、でも剣を使えるようにはなりたいかな」
「なんでです?」
「なんだろう。うーん...なんかね、私には見えない何かが、剣を持って戦う人には見えてるような気がするんだよね。剣を持って戦う人にしか見えないもの、それを私も見てみたい」
「あぁ〜」
分かるような気はする。
「明日から剣の練習一緒に来ます?」
俺は笑顔でそう言いながら木の剣の柄をミザさんの方に向けた。
「やめてよ。私は侍女を全うするんだから」
「別に片手間でやってもいいんじゃないですか?」
「もう1回親に怒られてるんだからね、私」
「え、怒られてるんですか?」
俺は笑いながらそう言った。
「そうだよ!本当は5日前くらいにトーチ君のところに行く予定だったのに4日も遅れちゃって。その上、剣を振り回し始めたなんて知ったらもうどうなることだか」
俺は笑った。




