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恐竜の召喚師  作者: 南雲一途
第一章 兎角亀毛
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第14話 さんかくしかく

 トーチは予感していた。王国中に知れ渡るような形で魔術師になれば、今まで想像することもなかったような様々なことに巻き込まれるのだろうと。

 しかし、それが大きな間違いであることを彼は知らない。

 彼はもうすでに巻き込まれている。




 ーーー




 トーチ達がロンカ霊廟で魔族と遭遇した丁度その頃、敵国パオットを退けたという朗報がマーロン王国王都に届いた。

 ロンカ霊廟での一件とパオットとの戦争の一時的な勝利。

 その2つを大々的に祝う式典を明日に控え、王都リマウンクージュは久方ぶりの盛り上がりを見せる。

 何かに託けてお祭り騒ぎをすることで、国民の戦争に対するやる気を保つ。

 魔術院では珍しく早急に話がまとまり、国が一体となって盛り上げる。

 そのため、式典の前日にも関わらず大通りにはびっしりと出店が並び、色々な料理の匂いが充満していた。

 空を雲が半分くらい占領しているが、天気は晴れ。

 雨が降りそうな気配はないお出かけ日和。

 海外へ行ったことがなかったトーチは、海外旅行の気分で食べ歩きを楽しんでいる。


 出掛ける前、トーチは気前のいいオーネスからお金を少しばかり貰っていた。

 そのお金を麻でできた小袋に詰め、色々な店を眺めながら歩く。

 その途中、焼けた肉の匂いに惹かれて串に刺さった肉を買った。

 この世界で初めて食べる出店の料理。トーチは胸を躍らせながら肉に齧り付く。

 しかし、その肉に味はなかった。

 正確に言うならば味がないわけではなく、肉の味しかしない。

 肉の臭さも残っており、期待に胸を膨らませていたトーチはその分落胆した。


 庶民には手が届かない、という程のものではないが、香辛料は高級品。

 トーチが今まで食べてきた宮廷料理にはふんだんに使われていたが、出店で出される料理にはほとんど使われることはない。

 出店で出す料理では香りの強い香草を使うのが関の山である。

 トーチが口にした肉は臭みが少ないのを売りにしており、香草も使われていない。

 王都では行列ができるほどの人気があるのだが、トーチの肥えすぎてしまった舌には敵わなかった。


 当たり外れがあるのもまた食べ歩きの醍醐味。トーチは無表情で肉を食べながら、王都の散策を続ける。


 太陽が頭の真上に位置する頃、人の往来が激しさを増した。

 方々の店からは威勢のいい声が飛び交い、出店を楽しむ子供から大人達の話し声がどこからともなく聞こえてくる。

 人々の声のせいで足音も聞こえないくらいだ。


 だからトーチにも聞こえるわけがなかった。

 自分の身に忍び寄る危険な足音に。


 人混みの中、外套を羽織り顔を隠す男にぶつかられたトーチ。

 次の瞬間、腹部に違和感を感じる。

 視線を落とすと、腹にナイフを刺されていた。

 ナイフからは血が滴り落ちている。

 刺されたことを認識したトーチは激しい痛みを感じ始め、咄嗟に右手で腹部に刺さるナイフを握る。

 しかし、右手の手のひらから突然痛みが走り、手を離してしまう。

 トーチの右手には切り傷ができていた。

 刃の部分が上を向いており、刺されたナイフを上から手で抑えた時に手が切れるようになっていたのである。

 ナイフを刺した男は傷口を広げるようにナイフを回転させながら抜き、再度トーチにナイフを刺す。


 トーチの口から嗚咽に似た声が溢れ出た。

 この時、異変に気づき始めた周囲の人間が叫び声を上げ始める。

 賑やかで明るかった雰囲気から一転。その叫び声を皮切りに大勢の人々がどよめき始め、一瞬でその場は混乱の渦に呑まれていった。


「トリ...」


 トーチがトリケラトプスを召喚しようと苦しみながら声を発したその瞬間、それを読んでいたかのように男はナイフを抜いてトーチを蹴り飛ばす。



「来い」


 男が静かにそう言い放つと、突如大きな角の生えた獣がトーチ目掛けて突進しながら現れた。

 獣はトーチごと出店に突っ込み、その勢いのまま建物の壁をぶち抜く。

 石でできた壁が崩れる音と共に砂埃が舞う。


 混乱していた人々はさらに混乱し、その場から一歩でも遠ざかろうと走り出す。

 店の店主も店頭から身を乗り出して大通り飛び出し、親子で来ていた人達は子供の手を必死になって掴んだ。

 子供もまた親から離れまいと必死にしがみつく。

 大勢の人間が無造作に動き、押し合いになりながらその場を離れようとする。

 混乱は止まらない。


 召喚獣の突進で建物の中に飛ばされたトーチ。

 その攻撃の影響で、ナイフを刺された2箇所の傷口からはさらに血が流れる。

 トーチは息を荒くしながらその痛みを堪えるが、立ち上がることはできずにいた。

 痛みで表情が歪む中、トーチは砂埃の先に大きな獣の影を見つける。

 早く逃げなければまた攻撃がくると直感するが、肝心の体が動かない。

 そしてその直後、トーチは背後に視線を感じた。

 上半身をなんとか持ち上げて左後ろを向くと、この建物に元々住んでいたであろう住人が目に入った。

 2人の小さい兄妹、そしてその両親であろう2人が部屋の隅で身を寄せ合っている。


「あ、あの大丈夫ですか?」


 その家の父親は家族を背に隠してトーチに話しかけた。

 母親は2人の怯えている子供を強く抱き寄せている。


「逃げて...早く逃げて」


 言葉を絞り出すように発するトーチ。


「でもその怪我、君も」


 言葉を遮り、トーチは続ける。


「もう僕は死んでる。だから...だから逃げて」


 それでも食い下がろうとする父親に、トーチは声を荒げた。


「いいから早く!!!」


 そのトーチの鬼気迫る表情に気圧され、4人は今にも崩れそうな建物から外に出た。

 父親は苦虫を噛み潰したような顔をし、母親は申し訳なさそうな表情を浮かべて。


 逃げる4人を見届けたトーチの表情は少しだけ和らいだ。

 ただ、トーチに余裕がないことは変わらない。

 突進を受けた体は言うことを聞かず、腹部からは常に激痛が走る。

 トーチがいる建物の中では逃げ惑う人々の音が遠くに聞こえていた。

 しかし、その程度の音が今のトーチの耳に届くことはない。

 トーチには自分の呼吸の音と崩れ遅れた石が落ちる音だけが聞こえるだけ。

 耳が身の周りの音しか拾わないのである。

 そんな静けさの中、地面を響かせながら近づく足音が振動と共に聞こえてくる。

 先程突進してきた獣が追撃にきた。


「出ろ、トリケラ」


 トーチではない男の声と共に魔法陣が出現し、そこからトリケラトプスが姿を現す。

 その瞬間、砂埃の中からさっき突進してきた獣が顔を出す。

 鼻付近から伸びる大きな角。そして、その上にはそれよりも小さい角がもう一本生えている。ケブカサイだ。

 ケブカサイの突進に真正面からぶつかる形でトリケラトプスが突進する。

 2匹の召喚獣がぶつかった衝撃音と共に、砂埃が再び巻き起こった。


「礼には及ばねぇよ」


 トーチは咄嗟に声の主を探そうとしたが、砂埃のせいでその姿を見ることは敵わない。

 しかし、その声にトーチは聞き覚えがあった。

 シュブルの城で突然現れては消えた男。

 悪魔だ。

 なぜ悪魔がここにいるのか、なぜトリケラトプスを悪魔が出せるのか。色々な疑問がトーチの頭の中に浮かんだが、それを考える余裕も質問してる暇もありはしない。


 悪魔が出したトリケラトプスはケブカサイを簡単に突き飛ばし、突き飛ばされて宙に浮いたケブカサイは通りの向こう側にある建物に勢いよく叩きつけられた。

 その光景に最も驚いていたのは紛れもなくトーチを刺した男だったことは言うまでもない。

 瀕死の男にトドメを刺そうとした巨大な召喚獣が砂埃から吹っ飛んできた。そんなことは常識的に考えてありえない。

 それでも男が取り乱すことはなかった。

 男は後ろを向き、ケブカサイが激突した建物の場所を見るがそこにケブカサイの姿はなかった。

 これはトリケラトプスとぶつかった衝撃と、建物にぶつかった衝撃、その2つの衝撃だけで召喚獣は消えてしまったことを意味する。

 中でも前者による損傷が大きいことは召喚師である男にはよく分かっていた。


 トーチを刺した男は、ゆっくりと視線をケブカサイが飛んで来た方へ戻す。

 砂埃の中からは人影が1つ。

 それは立っているのも辛そうなトーチの姿だった。

 傷口を左手で抑え、腰に帯びていた刀を杖のようにして体を支えている。


 男は外套のフードを取ってトーチを睨みつける。

 薄いピンクの肌に白目部分が黒くなった眼、魔族の特徴そのものだった。

 無精髭を生やしている若めの男。

 想定外の事態にも関わらず男の顔に焦る様子はない。

 その立ち姿、表情から数々の修羅場を潜り抜けたであろうこまが簡単に予想できる。


 魔族の男は右手を握り締め、もう一度ケブカサイを出現させて突進させる。

 ケブカサイが走る振動で、トーチが先程出てきた建物が音を立てながら完全に崩れ落ちた。

 しかし、トーチに後ろを振り向く余裕はない。

 立っているだけで精一杯だった。

 無意識のうちに立ち上がり、崩れそうな建物から出ただけ。

 視界もボヤけている。

 相手が召喚した獣を見て、トーチも咄嗟に召喚魔法を使おうと右手をあげようとしたその時、2本の大きな槍を浮かせたレドバドが屋根から飛び降りてきた。

 浮かせた槍を操り、交差するようにケブカサイに突き刺すレドバド。

 槍は召喚獣を貫通して地面に突き刺さり、ケブカサイの動きを封じた。


「レ、レドバド...さん」


「そうだ。よく耐えた」


 レドバドはそう言いながらトーチの傷口に右手を当て、回復魔法の魔法陣を展開した。

 傷口はジュワジュワと音を立てながら塞がっていく。


「毒か...」


 魔族のナイフには毒が塗られていた。レドバドの高度な回復魔法は有毒な物質を体から排出し、傷口を塞ぐ。

 通常の回復魔法で傷を塞いでいたら、毒を抜くことは困難を極めていたことだろう。


 傷が塞がり、痛みが和らいだトーチは少しだけ元気になっていた。

 表情が明らかに軽くなっている。


「ありがとうございます」


 その瞬間、魔族が短剣を抜いて襲いかかってきた。

 その距離を詰める速さは人の速さではない。

 レドバドは瞬時に剣を抜き、それを防ぐ。

 魔族の凄まじい攻撃を表情一つ崩さず受け切るレドバドもまた化け物じみている。

 レドバドはこんな状況でも冷静さを欠くことなく淡々と話しを続ける。


「傷を塞いだだけだ。早く逃げろ」


「は、はい!」


 指示通りトーチは逃げようとした。

 傷口は塞がっても痛みは多少残っている。

 お腹を手で抑えながら、トーチはその場を走り去る。


 しかし、槍で動きが封じられていたケブカサイが力任せに動き出し、槍を引きずりながらトーチ目掛けて突進を始める。

 それに気がついたトーチは後ろを振り向き、右手を伸ばした。

 ケブカサイの方へと伸ばした手から魔法陣を出し、痛みを我慢しながらトーチは声を出す。


「はぁ...トリケラ」


 ケブカサイと魔法陣から出現したトリケラトプスが真っ向からぶつかった。

 悪魔が召喚した時とは違い、トリケラトプスとケブカサイはほぼ互角といった具合で押し合っていた。

 トーチは刀を抜きながら走って近づき、ケブカサイの横腹に力を振り絞るようにして刀を突き刺す。

 しかし、ケブカサイに変わった様子がない。

 痛みを感じる素振りも見せず、トリケラトプスと押し合いを続けていた。


「ん?」


 疑問に思ったトーチは咄嗟に刺した刀を引き抜く。

 ケブカサイから抜いた刀には一滴も血がついていない。

 それどころか、ケブカサイに傷がついている様子もない。

 それを見たトーチは小さくフッと笑い、天を仰いだ。

 空にあったはずの雲ははいつの間にか無くなっている。

 その後、トーチは剣を鞘に納めてからケブカサイにそっと手を当てた。

 手を離すと、トーチはその場から数歩後ろへ下がる。


「思いっきりぶっ飛ばしちまおう」


 トーチは笑みを浮かべながらそう呟くと、トリケラトプスはケブカサイを凄まじい勢いで押し込み、首を激しく振ってケブカサイを吹っ飛ばした。

 ケブカサイは剣を交わせているレドバドと魔族の頭上を通り越す。

 レドバドと魔族も戦いの最中、そのケブカサイの姿を目で追ってしまっていた。

 そして、音を立ててケブカサイは地面に落ちる。


「冗談だろ」


 攻撃の手を止めた魔族は思わずそう呟いていた。

 その間にレドバドは右手を倒れたケブカサイの方に向ける。

 すると、刺さった2本の槍が勝手にケブカサイから抜けた。

 槍が抜けてもケブカサイの姿が消えることはない。

 それどころじか、何事もなかったかのように立ち上がり始めていた。

 そこへ容赦なく突進するトリケラトプス。

 トリケラトプスは凄まじい速さで魔族とレドバドが戦う後ろを走り去り、立ち上がろうとしているケブカサイを突き飛ばした。

 ケブカサイの姿は蜃気楼のようにゆらゆらと消えていく。


 レドバドが魔法を使って抜いた2本の槍は空中でくるりと回り、魔族の方へ狙いを定める。

 レドバドが右手を力強く握りしめると、槍はそれに応えるように魔族目掛けて風を切るように飛んだ。

 魔族は即座に反応し、その場から後ろに飛び退く。


 その瞬間、トーチは指を鳴らす素振りをした。

 もちろん指は鳴っていない。


「トリケラ」


 飛び退いて地面から足が離れた魔族の目の前に魔法陣が現れ、そこから勢いよくトリケラトプスが顔を出す。

 その刹那、魔族は敗北を悟った。

 トリケラトプスは魔族ごと建物の壁に突進した。

 建物は轟音と共に崩れ、辺りには砂煙が舞い広がる。

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