第12話 夜が堕ちれば
「ヤブラ!!!」
トーチが叫んだ。
しかし、叫んだ時には動き出した金属の骸骨によってトーチの視界は遮られていた。
ハッチは金属の骸骨達に掴まれながら、辛うじて墓跡を振り回す。
トーチが出した恐竜達は骸骨の数に押され、骸骨達に身動きを封じられてしまっている。
炎が全てを飲み込んで燃え上がるように、骸骨の大群は激しさを増しながらあらゆるものを飲み込んでいく。
トーチは金属の骸骨達に襲われる。
骸骨達の力は強く、トーチに成す術はない。
骸骨に群がられていたその時、墓を荒らしていた少年がトーチの視界に入った。
トーチの背後にいた少年の場所には、まだ金属の骸骨がたどり着いていなかった。
トーチは少年を守るため、揉みくちゃにされながらも右腕を伸ばし、少年の周りにディノニクスを5匹召喚した。
少年はその行動に驚いた様子でトーチを見た。
しかし、瞬く間に少年の目の前でトーチは金属の骸骨達に飲み込まれていく。
トーチが魔法陣を出すために伸ばした手は、骸骨の大群に飲まれる最後の最後まで少年の方を向いていた。
ディノニクスは、跳ねたり、噛みついたり、蹴っ飛ばしたりしながら少年を襲おうとする金属の骸骨達を壊す。
しかし、金属の骸骨は壊しては戻り、壊しては戻るを繰り返す。
やがて5匹のディノニクスでは捌けない量の骸骨が少年を襲い、少年も骸骨の大群に飲み込まれてしまった。
その時、霊廟に1人の男が現れる。
黒髪で短髪の男だ。
男は慌てる様子など一切なく、淡々と言葉を唱え始める。
「Black than black」
男はそう唱えながら右手を空に向かって上げた。
すると、コウモリが舞う霊廟の上空がさらに暗くなっていく。
「天をも喰らい、夜よ...」
男は空に向かって上げた手を振り下ろし、地面につける。
「堕ちろ」
その瞬間、霊廟上空の薄暗さが地上に落ちた。
黒いモヤや、雲が落ちたのとはまるで違う。
薄暗い雰囲気だけが地上に落ちた。
そして、全ての骸骨の動きは止まった。
金属の骸骨も人骨も余すことなく全て。
「うわっ」
思わず呆れたような声が魔族の口から発せられる。
全ての骸骨は同時に魔族がいる方向を向き、一斉に瓦礫の上の魔族に向かって襲い掛かろうと動き出す。
魔族はゆっくりと息を吸う。
そして、吸った息をゆっくりと吐き出しながら全ての魔力を使い、足元から自分が隠れられるくらい大量のコウモリを一気に召喚した。
金属の骸骨達から解放されたハッチは瞬時に墓石を手放して両手を構える。
「穿て」
ハッチは魔族が立っていた場所に向けて炎の塊を飛ばした。
彼の今出せるであろう全ての魔力を使って出した魔法だ。
勢いよく飛んだ炎がコウモリの群れを貫く。
魔族を隠していたコウモリ達は、炎が通った場所を避けるように散る。
しかし、そこにもう魔族の姿はなかった。
ハッチは小さく息を吐いた。
「怪我はしてないか?」
そう言って白髪混じりの男性がトーチに向かって手を差し伸べる。
優しそうな雰囲気の中年男性だ。
トーチに掛けた言葉に威圧感は全く感じられない。
その声から、トーチはこの人が自分達を助けてくれた魔術師ではないことが瞬時に分かった。
骸骨に襲われている時、微かに聞こえた魔法を唱える声とは明らかに違った。
「大丈夫です」
トーチはそう答えながら男の手を掴んで立ち上がる。
「なら良かった」
「貴方は...」
「私はオーネス。オーネス・エンビネル。君が噂のトーチ君かな?」
「なんで僕の名前を?」
「君は知らないかもしれないが、最近の魔術院では君の話題で持ちきりなんだよ。そこの少年は君の知り合いかな?」
オーネスの目線の先には、墓を荒らしていた少年が立っていた。
「いや、知り合いではないです」
「そうか」
「あの、他の人達は無事ですか?」
「見ての通り少年は無事だし、ハッチも無事だ」
「えっ、あの、女の人は見なかったですか?」
「女の人?」
ヤブラのことを見ていないかのようなオーネスの反応。
それはトーチを不安にさせるのには充分だった。
「黒髪で、僕と同じくらいの年齢の...。弓矢を持ってて、ちょっとその、無愛想っていうか、なんていうか...」
「それって私のこと?」
そう言いながらダチョウに乗ったヤブラがトーチとオーネスの元にやって来た。
ヤブラはダチョウから飛び降りる。
「ヤブラ!...でも、なんでダチョウ?」
「鉄の骸骨が動き出した時、行きに乗ってた鳥が骸骨の中から急に飛び出して来たの。それで、この子に乗って骸骨の群れから抜け出した。骸骨達の間を突っ切ってね」
トーチはホッとしたように息を大きく吸った。
「そうだったんだ。良かった」
トーチの表情が柔らぐ。
一安心といった具合だ。
その時、1人の男が近づいて来た。
黒髪で短髪の若い男。
トーチ達を救った男だ。
人当たりの良さそうなオーネスと違い、男はその場を支配するかのような重い空気を醸し出す。
若い男は非常に落ち着いた声で話し始める。
「私はレドバド。この召喚獣達は全部君が出したのか?」
地上にはアンキロサウルスが2匹にトリケラトプスが1匹、ディノニクスが5匹。そして、空中にはプテラノドンがいる。
空を埋め尽くすほどの大量のコウモリはすで消えている。
「は、はい。僕が出しました」
それを聞いたオーネスは呆れたように半笑いをしている。
「お前がトーチか」
「そ、そうです」
トーチはレドバドに終始圧倒されていた。
その時、瓦礫の方からさらにもう1人の男が走ってきた。
トーチと同い年くらいの長髪の男だ。
男はレドバドに向かって状況を報告する。
「魔族は見つかりませんでした」
「分かった。3人を霊廟の入り口まで連れて行ってあげろ」
「分かりました」
「君達は少し休むといい。近くに綺麗な小川が流れてる」
オーネスがトーチ達に向かってそう伝えると、レドバドの命令を聞いた長髪の男がトーチ達3人を連れて霊廟の入り口の方へと歩き出した。
トーチは歩き出す前に右手で指を鳴らし、召喚したダチョウと恐竜達を全部消す。
しかし、トーチがしたのは指を鳴らす素振りであって音は全く出ていない。
トーチとハッチは目が合った。
それでもトーチは顔色ひとつ変えずに入り口へと歩き始める。
何事もなかったかのように。
そう、何もなかったのだ。
長髪の男が先頭を歩き、それに着いて行くようにトーチ達が入り口に向かう。
それを見届けたレドバドは右手の人差し指をくるりと回し、骸骨を動かしていた魔法を解いた。
骨が音を立てながら崩れ落ちる。
それを見てからオーネスがレドバトに話し掛ける。
「さて、どうしようか。目撃者が少ないのは不幸中の幸いだが...」
「町の魔術師を総動員して町の警戒と、逃げた魔族の捜索に当たらせましょう」
「そんなことをすれば民が怯える」
「もっと危機感を持たせるべきです。魔族は日に日に力を増している。いつこの国が滅ぼされても不思議じゃない」
オーネスは溜め息をついた。
「分かった。そうしよう」
オーネスは辺りに散らばる人骨に視線を向け、話を続ける。
「それにしても死霊使いの魔族なんて聞いたことがない」
「彼、ハムサ・サンクエルだと名乗ってましたよ」
そんなことを口にしながら、ハッチはオーネスとレドバドの元に合流した。
「5属性の魔法を使えるとも言ってましたね。実際に風属性と火属性の魔法は使ってました」
「ハムサの成りすましか?」
オーネスの質問答えるハッチ。
「成りすましではないでしょう。出まかせを言ってるような感じだったので。神殿を壊したのも謝ってましたし」
「なんだ、てっきりお前さんが壊したのかと思ってた」
「やめてくださいよ」
ハッチとオーネスは笑っている。
「ハッチさんはあの魔族をご存知で?」
「最近キントに出没してた魔族です。それ以上は何も」
「死霊使い繋がりか......。それより、ハッチ。お前さんここに着くのが早すぎるだろ。予定では今日の夕方のはず」
「いやぁ、すみません。トーチさんの召喚獣が速くって」
「あの入り口にいた大きい鳥ですか。さっきヤブラが乗っていた」
「そうです。ダチョウって言うらしいですよ」
「早く着いても我々抜きで霊廟に入るな」
「オーネスさんはそんなに2人を疑っているんですか?」
「警戒はしておくべきだろう」
「大丈夫ですよ。もし何かあっても私があの2人に殺されることはないですから。そんな話より、今聞きたいのはあの金属でできた骸骨です。なんですかあれは」
ハッチとオーネスの視線がレドバドに集まる。
「私も初めて見ました。ただ、霊廟に置いてあったということは死霊使いの仕業で間違いないでしょう。なぜそれを魔族が使っていたのかが気になりますが...」
「まぁアレはお前さんが使えばいい。どうせ他の者が持っていても何の役にも立ちはしない」
「そうします」
レドバドはそう言ってから金属の骸骨を再び動かし始める。
ーーー
霊廟の入り口に向かう途中、頭の中でレドバドという名前がずっと離れなかった。
どっかで聞いたことあったよな、レドバドって。
なんだっけなぁ。
レドバド、レドバド、レドバ...あ!
リスキーさんが言ってた今最強の魔術師だ。
骸骨から助けてくれたあの魔法を唱えてた声もレドバドさんの声だったし、間違いないだろう。
魔法を出す時に言ってる言葉で、すごそうな魔法だってことが分かったし、実際本当にすごい魔法だった。
そういえば、バトリーさんも強力な魔法を使う時に何か言ってた気がする。
俺はあんな呪文みたいなのって唱えたことってないな。
召喚する恐竜とか動物の名前を言ったことはあるけど...。
「あのさ、魔法使う時に言ってる呪文みたいなのって召喚魔法にはないの?」
隣に歩いていたヤブラに聞いてみた。
「召喚魔法で言ってるのは聞いたことない」
「そっかないのか...」
「なんで?」
「いや、なんか良いなって......ズルくない?」
「面倒なだけでしょ」
「あぁ、たしかに...」
あぁ友達が恋しい。
名前は思い出せないけど、前の世界の友達は元気にしてるかなぁ。
「ありがとう。助けてくれて」
ヤブラが突然そんなことを言い出した。
「いや、別にいいよ。ダチョウがやっただけだから」
「召喚獣に意思はないから。貴方のおかげ」
「まぁお互い様だよ」
そうこうしている間に、霊廟の入り口に着いた。
3頭の木に括り付けられた馬が地面に生えた草を食べている。
俺は近くに流れる小川で顔を洗い、水を飲む。
生き返るようだ。
ヤブラは水筒のようなものに水を入れてから水を飲んでいた。
少年は俺と同じように顔を洗って水を飲む。
「僕はトーチ。名前は?」
隣にいた少年に話しかけてみた。
少年は鋭い目つきで俺の目を見てから答えた。
「...」
「怪我はない?」
「舐めてんじゃねぇよ」
少年は俺のことを睨みつけながらぶっきらぼうにそう答え、森の奥の方へ走り去る。
「え、ちょっ...」
その時、長髪の男が跳ぶようにしてその場に生えていた大きな木の幹に両足を揃えた。
男の体は地面と平行になっている。
見る角度を変えれば、その姿は木の幹を地面にしてしゃがみ込んでいるようだ。
次の瞬間、長髪の男は木の幹を蹴り飛ばし、あっという間に走り去った少年に追いついた。
勢いそのままに長髪の男は少年を地面に抑えつけた。
叩きつけた、と言っても大差はないが...。
少年は長髪の男から逃れようと必死に踠いている。
「おい!離せよ!」
「黙れ」
「ふざけんな!さっさと離せ!」
「離してやれ、ウェニー」
レドバドさんが霊廟の方から歩いて来た。
その後ろにはハッチさんとオーネスさんもいる。
「レドバド様。でもコイツすぐ逃げますよ」
レドバドさんは抑えつけられている少年に近付き、しゃがみ込んだ。
「家は?」
「ない」
「なら一緒に来い。魔術師として実力を示せば金が手に入る」
「レドバド様、流石にそれは」
長髪のウェニーと呼ばれていた男は、レドバドさんの提案に乗り気ではないようだ。
「お前は見た目や身分だけで人を判断するのか?」
「いや、私は...」
言い淀むウェニーを他所に、レドバドは少年に問いかける。
「どうする?」
「魔法は使えない」
「学ぶ機会をお前にやる」
「...なら、着いていく」
「名前は?」
「ドルー・トガバンキ」
「おい、ウェニー離してやれ」
「分かりました」
ウェニーは渋々立ち上がり、ドルーを開放した。
「それじゃあ取り敢えずロンカに向かおう。話はそれからだ」
オーネスさんの指示を聞き、俺はダチョウをまた3羽出した。
俺とヤブラとハッチさんがダチョウに乗った瞬間、ダチョウは走り出す。
オーネスさん達を置き去りにして。
「ちょっ、止まって!」
俺がそう言うと、ダチョウは急停止した。
「あの、ゆっくり進んで」
俺がそう言うと、ダチョウはまた全速力で進み始めた。
「え、ちょっ!」
そうか、このダチョウも賢くはないのか。
俺の中のダチョウ像がそのまま反映されているんだな。
だから言葉でする指示をちゃんと理解してくれないんだ。
頭の中の想像通りに召喚獣は動く。
俺はダチョウのスピードを落とすため、ゆっくり走るダチョウの想像をする。
しかし、それが今は上手くできない。
とてつもないスピードで走るダチョウに無我夢中でしがみつき、強い風を全身で感じている。
できるわけがない。
「すみませぇん!!!」
そう叫びながら後ろを振り向くが、オーネスさん達の姿はもう見えなくなっていた。
ダチョウは止まることなく森を駆け抜ける。




