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恐竜の召喚師  作者: 南雲一途
第一章 兎角亀毛
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第1話 転生の女神?

 目を覚ますと、ベットの上にいた。

 変な夢で目覚めたせいか、どこかいつも通りの朝という感じがしない。


 夢は妙に生々しく、少し変わったものだった。

 眩しい光に包まれたと思った瞬間、見知らぬ女の人の前に全裸で立っている。そんな夢だ。

 目の前に立っていた女性は、肩甲骨の辺りまで伸びた真っ黒な髪を風に靡かせ、死人の目のような冷たい目でこちらを見つめていた。

 無表情だったが、どこか驚いていたようにも思える。そんな様子だ。


 自分が全裸であることに慌てた俺は、その場に落ちていた布を急いで拾い上げた。

 手に取ると、それが裾の長い服だと分かり急いで着用。

 俺は目の前の女性に背を向け、その場を去ろうと走り出す。

 その瞬間、背中に大きな衝撃を受けた。

 呼吸が止まるような強い衝撃。

 そして、それと同時に夢から目が覚めた。


 夢を一通り思い出した後、掛け布団を捲り上げてベットから出る。


 え、ベット?

 布団じゃ...ない?

 それに部屋の中も見覚えがないものばかり。

 リスやネズミ、キツネからオコジョ。様々な動物の剥製が棚にびっしり並んでいる。

 ここはどこだ?


 まず、自分の家ではないことは分かる。

 そもそも家に動物の剥製なんてない。

 家に限らず、小動物の剥製がびっしり並んでいる棚なんて見た覚えもない。


 そんな時、段々部屋に近づいてくる足音が聞こえた。

 足音の主が扉を開ける瞬間、俺はベットに戻り掛け布団の中に身を隠す。

 考える前に体が動いていた。

 だって怖いもん。

 何が来るか分からないし...。


 部屋に入って来たのが誰なのか確認するため、俺はそっと布団から顔を出してみた。


「え?」


 そう口にしたのは、扉を開けた白髪混じりのおばさんだった。


「おはよう...ございます」


 なんとなくそう答えた。

 その瞬間、おばさんは僕から視線を逸らすことなく、指をパチンと鳴らし「ヤブラ!」と叫んだ。

 両脇の棚にある全ての剥製の顔が、一斉にこちらを向いてきた。

 何が起きているのかさっぱり分からない。

 背後にも何か気配を感じ、首筋に寒気が走る。

 恐る恐る後ろを確認しようとしたその時、首に何かが巻き付いた。

 蛇だ。

 その蛇は首を締め付けることはなく、首の周りをゆっくりと移動しながら顔を舐めてきた。

 蛇が苦手なわけではないが、今は怖い。呼吸は自然と小刻みになっていた。

 鼻から吸う空気が臭く感じるのは多分この蛇の匂いだろう。

 棚に並ぶ小動物達は体までこちらを向き、こちらを警戒するように身構えている。


 その時、1人の若い女性が部屋に入ってきた。

 慌てている様子は一切ない。

 真っ黒な髪に、生気が感じられない目。

 そうそう、夢に出てきた女の人もこんな感じだっ...。

 え?


 1人で勝手に困惑している僕を余所に、部屋に入ってきた女性はおばさんと話し始める。


「どういうこと?」


「それは私が聞きたい。なんで動いてる」


 おばさんはこちらから目を逸らすことなく質問に答えた。


 動いてる?

 俺が動けないのが当然かのような言い草だ。


 おばさんが続ける。


「それより早く命令しな。気味が悪い。アンタのなんでしょ?」


 アンタの?

 俺が?


「寝て」


 女性がそう言った。

 そうは言われても、首にはまだ蛇が巻き付いている。


「え、蛇が...」


 僕がそう言うと、彼女は少し驚いた表情をした。

 驚いたとは言っても表情にほとんど差はないが...。


「喋ってる...」


「さっきなんかは挨拶もしてた


 え...


 死人が蘇るなんて聞いたことないけど」


「死人かは分からない。いきなり現れたから」


 死人?

 いきなり現れた?

 話に全くついていけない。

 そんな時、おばさんに声をかけられた。


「アンタ、名前は?」


「...」


 あれ?

 答えようとして口を開けたものの、何を言い出せばいいかが分からない。

 自分の名前が思い出せない。


「その...」


 言い淀む僕に、助け舟を出したのはおばさんだった。


「お腹は?空いてる?」


 名前を言い出せない僕を気遣ってくれたのだろうか?

 警戒心が露わだった先程とは打って変わり、おばさんの口調はどこか優しく感じた。


「空いてます...」


 本当にお腹が空いているわけではないが、断るなんて無粋な真似はしない。


「さっき用意したスープとパン持ってきてくれる?」


「分かった」


 おばさんに言われ、後から部屋に入ってきた女性が食べ物を取りに行った。


「悪かったね。不快な思いをさせて」


 そう言っておばさんは壁に寄りかかると、俺の首元から蛇が降り、棚にある他の剥製も一斉に固まった。

 こちらを向いているのは変わらないが、動きそうな気配がない。

 変な話だが、さっきまでは剥製が命を持っているかのようだった。


 あの、今のは何ですか?


「今の?あぁ死霊術(しりょうじゅつ)だよ。死霊使い(ネクロマンサー)が使う術」


 死霊使い?

 改めて混乱した。

 魔法...なんだろうか。

 始めは警戒心剥き出しの剥製達に恐怖してそれどころではなかったのだが、冷静になった今になって思い返すと意味が分からない。

 剥製が動き出す?どういう原理だ?


 この場所、状況、起きたことの全てが意味不明。

 しかし、ある一つの言葉が頭をよぎった。

 異世界転生だ。

 俺もよく見てたし、転生できたらな、なんて考えたこともあった。

 それでも流石にそんなことはありえない。

 ...ありえない...のか?

 実際の状況とさっき起きたことを考ると、逆に異世界転生してない方がおかしいかもしれない。


 掛け布団で隠れている右足の腿を抓ってみる。

 痛い。

 夢ではない。

 えっ、やっぱりそうなのか!?

 少し心躍る自分がいる。

 でも死んだ覚えはないような。

 異世界転移というやつだろうか。


 そんなことを考えていたら、先程部屋を出た女性が料理を持って戻って来た。

 湯気が出ている温かそうなスープと手のひらサイズのパンを渡された。


「ありがとう」


 そう言って俺は食べ物を受け取った。

 台にできそうなものがないのでパンは掛け布団の上に置いた。

 ベットの上で食事をするのは新鮮だった。

 今まで布団で育ってきたので、ベットの上で起き上がって何かを食べるのには少し憧れていた。


「スープに手を突っ込んで」


 ...


 はい?

 料理を持って来た女性から出た予想外の一言は、ただでさえ混乱している俺の頭に追い打ちをかけた。

 人間が人間に言う言葉とは思えない。

 少なくとも自分はそんなことを人に言った覚えはない。


「え、ここに?」


 とりあえず聞き返した。

 しかし、彼女は無反応だ。

 無反応に見えたが、おそらく彼女は俺の反応を観察していたのだろう。

 いや、驚いていた可能性もある。


「そこに」


「え...。嫌だよ...」


 その様子を見ていたおばさんが口を挟んだ。


「いいから食べな」


「ありがとうございます」


 俺は気を取り直し、食べることに集中した。

 野菜がたっぷり入っているとろみのないスープに、少し硬めで噛みごたえのあるパン。

 どちらも食べたことのない味ではあったが、今まで食べてきた物とそこまで差はない。

 野菜がたくさん入った温かいスープは、初めて食べた味なのに懐かしさを感じる。

 あっという間に完食し、「ありがとうございました」という言葉と共にお椀とスプーンを料理を持ってきてくれた女性に返した。


「口に合ったみたいで良かったよ」


 おばさんはそう言っていた。

 名乗ることもしなかった僕に食べ物まで恵んでくれた。

 悪い人ではなさそうだ。


「ちょっと椅子を2つ持ってきてくれる?」


 お椀を片付けに行った女性が、椅子を2つ持って戻って来た。

 背もたれのない木で組み立てられた椅子を2つ部屋に置くと、そこに2人は座った。


「私にもう一度昨日あったことを教えてくれない?」


 おばさんがそう言うと、もう1人の女性は淡々とした口調で話し始めた。


「禁術を使ったら彼がいきなり現れた。そしたら彼が逃げようとするから魔法を撃った。それで気絶した彼をここに運んできた」


 えっ魔法!?

 いや、魔法という言葉に驚いている場合じゃない。

 彼女は淡々と物騒なことを言ってた。

 現れた、逃げようした、だから撃った、気絶した、だから運んだ。

 なんだそれ。

 魔法を撃った?それもいきなり??

 もう一度掛け布団の下で右腿を抓ってみたが、どうやら現実らしい。

 扱いが酷い。

 ここでは逃げようとした人にいきなり魔法を撃つのは日常的なことなのか?


 おばさんは質問を続ける。


「禁術っていうのは?」


「死者の復活」


 やっぱり俺は死んでたってことか?

 まぁ要するに彼女は俺を異世界転生させた元凶ってわけだ。

 まだよく分からないことだらけだが、とりあえず話の流れを止めたくないので2人の会話を黙って聞いた。


「死者の復活?」


「死者の霊魂を呼び寄せる禁術と召喚魔法を組み合わせたんだと思う。私にも詳しくは分からない」


「それで死者が蘇ったと?」


「可能性は高い。少なくとも言葉が話せるから生まれたてとは考えにくい」


 たしかにその通りかもしれない。

 いや、待てよ。俺はなんで2人と会話ができているんだ?

 2人の言葉が理解できるし、使うことできてる。

 ここの世界の言葉が使えている?


「アンタは死んだの?」


 おばさんが質問して来た。


「いや、分かりません」


 死んだ記憶はない。


「記憶喪失?アンタが風魔法で吹っ飛ばしたから...。取り敢えず誤りな」


「ごめんなさい」


 些細な変化だが、口調に謝罪の気持ちがあるのを感じた。

 しかし、やはり俺を復活させたとかいう女性の方は、表情や口調の変化が乏しく感情が読みづらい。


「いやいいよ、覚えてないし」


 あ、覚えてないしってのはいらなかったかな。

 記憶喪失にしたことも含めて謝られたのに、皮肉を言ってるみたいになっちゃったかも...。


「何か覚えてることは?」


 おばさんが優しく質問してきた。

 覚えてることか。

 なんでも覚えてるな。

 いざ聞かれると何を答えればいいのか分からない。


「色々覚えてますよ。僕3人家族なんですけど、両親の顔も覚えてますし、飼ってた猫も覚えてます。名前は...」


 あれ、どんな名前だったっけ。


「親の名前は?」


「...」


 あれ?

 顔は出てる、家族の姿も思い出せる。

 でも名前が分からない。

 名前の文字も、発音も思い浮かばない。

 名前のリズムは覚えてるのに...。


「生まれは思い出せる?」


「生まれは...」


 ...地名も出てこない。頭の中で地図は出てくるのに...。


 ただ、ここはおそらく異世界だ。

 正直に他の世界から来たと言えばいいのだろうか。

 いや、言ったとしてもそんなことを信じてくれるとも思えない。

 どちらにせよ記憶喪失ということにしておいた方が楽なのは明らかだ。

 名前や地名が出ないのは本当に記憶喪失かもしれないし...。


「なるほど。まぁアンタが死者で生き返ったってのは濃厚そうだね」


「そうなんですか?」


「召喚魔法は召喚とは言っても魔力で生物を形作ってるだけだからね。食べ物は食べないし、召喚した主の命令を背くこともない。それにそもそも人間は作り出せないから...。生き返るってのもにわかには信じられない話だけど...」


 生き返る可能性がある世界なのか?ここは。


「アンタが禁術を使ってた時、偶然その場にいたこの子が紛れ込んだだけって可能性は?」


 おばさんが若い女性の方に話を振る。


「裸で霊廟を彷徨ってたってこと?」


 2人がこちらを見てきた。

 俺は慌てて横に首を振る。


 裸で人前に現れる変態になるのはごめんだ。

 いや、全裸だったのは本当だから変態か?

 ...。

 夢であって欲しいと思いたいが、事実なんだろう。

 転生も碌なもんじゃない。


「もういいでしょ。これ以上話しても何も分からないみたいだし」


 若い女性は早く話を切り上げたいようだ。


「アンタはこの子をどうする気?」


 若い女性は黙ったまま椅子から立ち上がり、こちらに近づいて来た。


「帰るところは?」


「...ない」


「どこか行くあては?」


「ない」


「なら私と来て、そしたら生活は保証する」


「僕は何を?」


「召喚師になってもらう」


 何も知らないこの世界でいきなり1人生き抜くことは難しいだろう。

 俺はこの提案を受け入れることにした。


「分かった。なるよ召喚師に。その前に聞きたいんだけど...」


「何?」


「名前はなんて言うの?」


「私はヤブラ」


「悪いね、自己紹介が遅れて。私は名前を捨てたから名乗る名前はないんだ」


 おばさんはそう言った。


「捨てた?」


「捨てた方が楽なこともあるんだよ。アンタにもきっといつか分かる。まぁ呼び方はおばさんでもおばあさんでも好きに呼んでくれていい。ヤブラからはおばさんって呼ばれてる」


「なるほど...」


 名前を捨てる?

 どういうことなのかとても聞きたかったが、質問をすることはできなかった。


 おばさんは続ける。


「それでアンタのことはなんて呼べばいい?」


 名前か、どうしよう。

 名前はないと呼びづらいよな。でも名前がどうにも思い出せない。

 異世界に来たんだし、いっそのことなんか新しい名前にしてもいいかもしれない。

 ここの環境にあった悪目立ちしないような名前。


「よくある名前とかありますか?」


「よくある?なんだろうねぇ。まぁ思い出せないなら無理しないでいいよ。お兄さんって呼ぶから」


「いや、もう思い出せそうもないんで新しい名前を名乗ろうと思って」


「何だいそれ...。まぁアンタがそれでいいないいけど...。ヤブラ、なんか考えてあげな。元はアンタが原因なんだから」


「トーチ」


「それアンタが飼ってた猟犬の名前だろ」


 ペットの名前なのか。

 まぁでもトーチって名前は悪くないな。

 最悪変えればいいし。


「いや、トーチにします」


「いいのかい?」


「僕も覚えやすいですし。ヤブラさんが良ければですけど」


「もう死んでるから気にしないで。私はどんな名前でも構わない」


 死んだ犬の名前か...。

 まぁ別にいいか。


「ならトーチにします」


「そしたら決まりだね。これからよろしく、トーチ」


「よろしくお願いします」


 おばさんと握手をした。

 握手はどんな世界でも共通なのかもしれない。


「よろしく」


「よろしくお願いします」


 俺は握手を求めるように手を差し出した。


「そんな畏まらなくていいから。握手も必要ない」


 俺は手を引っ込めた。


「それより早くベットから降りて」


 俺は言われた通りベットから出た。

 そして、自分が身につけている服を改めて確認した。

 どこかの司祭が来てそうな裾の長い服。

 それは、夢の中で自分が身につけた服だった。

 今日見た夢は夢じゃなかった。


「目立つから、これに着替えて」


 そう言って彼女は服を渡すと、おばさんと一緒に椅子を持って部屋を出た。

 俺は2人が出た後に部屋の扉を閉める。

 前の世界の物と比べたら綺麗な物ではないが、汚れがないのを見るにおそらく新品だ。

 少し大きめだが問題はない。

 着替え終わった俺はゆっくりと部屋から出た。

 家の扉を開け、外に出ようとしているヤブラが声をかけてきた。


「もう行くよ」


「え、どこに?」


「外。召喚魔法を覚えないと」

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