決闘(ルミレーナ)
僅かに、ルミレーナは目を丸くした。
そして薄く笑う。
「そうか、ならばそれでいこう」
「はい、お互いの合意を確認しました。ルールはどうしますか?」
賭ける望みの次は、ルールを決めなければならない。
ポピュラーなルールとしては、先に攻撃を当てたほうの勝ちとなる一撃決着がある。
が、それは今回選べない。
「五分だ」
ルミレーナが細くしなやかな指を五本立てた。
「五分...?」
「ああ。五分間で君の攻撃が私に届けば君の勝ちでいい。もちろん、私は君を攻撃しない」
それは、俺にとって願ってもない申し出だった。
この手の決闘に多く用いられる一撃決着...そのルールならば、俺が勝つのは不可能と言っていい。
ここでレベル差による違いを少し説明するが、レベルが一つ違うと能力値は最低でも倍違うと思っていい。
今のレベル差は三つ。
つまり、ルナンとルミレーナの能力値は八倍以上離れているということだ。
公平なルールでは万に一つの勝ち目もない。
ルミレーナもそこはわかっているため、ハンデとして先の提案をしたのだろう。
少なくとも、ルナンを一方的に叩きのめそうという気ではないらしい。
「ありがとうございます。それでお願いします」
「よし、決まりだな。でははじめよう」
「ではお二人とも、これをつけてください」
開始位置につこうとすると、ミリィから、先端に緑色の魔石が埋め込まれた首飾りが渡される。
「これは?」
「守りの護符というものです。一度だけ、どんな攻撃からも身を守ってくれます。...まあ、今お渡ししたのは贋作で、訓練場の中だけでしか効果がないんですけどね」
「なるほど、決闘にもってこいってことですね」
「そういうことです。さあ、位置についてください」
★★★★★★★★★★★★
「ではこれより、ルナンさん対ルミレーナさんの決闘を開始します。準備はいいですか?」
ミリィが中央に立ち、両者が開始位置に立ったのを確認する。
「ああ」
「大丈夫です」
「それでは...はじめ!!」
「【敏捷上昇】【敏捷上昇】【敏捷上昇】...付与!」
五分もいらない、不意打ちで最速で決着をつける。
開幕から【敏捷上昇】の三重掛け。
攻撃を当てればいいだけだから【筋力上昇】はいらない。
速度に全振りだ。
ルミレーナとの間にあった空間が一瞬で消失する。
「...ほう」
その声は、殴りかかった俺の真横から聞こえた。
避けられた...!?
素の身体能力の三倍超。
今の俺には制御できない速度で、地面を削りながら無理やり停止する。
「支援魔術の重ね掛け...器用なことをするな。君は支援魔術士としての才能があるらしい。だが、それだけだ。私との圧倒的な能力値差を埋めるにはまだ遠い」
「【敏捷上昇】【敏捷上昇】、付与」
ゴブリンリーダーに反応することすら許さなかった五重掛け。
レベルの向上で素の身体能力も上昇しており、その速度はその時の比ではない。
比喩じゃなく、地面が爆ぜた。
その速度、実に元の七.五倍。
ギインッという音が響き、俺の持った短剣とルミレーナの剣が激突、火花を散らす。
「驚いたな...まだ上がるのか。剣を抜く気はなかったのだが...。今の速さは私より少し遅いぐらい...。すごいな、君は」
本当に驚いたらしく、ルミレーナは目を丸くしていた。
すぐ近くにルミレーナの顔があるのに、その距離は果てしなく遠い。
「これでも、届かない...」
「いや、今のは結構危うかったぞ」
ルミレーナの剣に短剣を押し付けるようにして、反動で距離を取り、再び突貫する。
超速の中で、ルミレーナと目が合った。
動きが捉えられてる...!?
先ほどよりも完璧に防がれた。
巻き取られるように、短剣が弾き飛ばされる。
その衝撃で俺は尻もちをついた。
「くそッ!!」
転がった短剣を拾い上げ、向きを変え、狙う場所を変え、俺は何度も攻撃を試みる。
しかし、その悉くをその場から動かすことすらできずに防がれた。
「その速度に慣れていないな、君は。動きが単調すぎる。今のままであれば、君の攻撃が私に届くことはないだろう」
「あと一分です!」
ミリィの声が訓練場に響く。
どうやらもう四分も経過してしまったらしい。
地面に仰向けに転がった状態で、俺は肩で大きく息をしていた。
五重掛けは身体への負担が大きすぎる。
途中からは五重掛けをキープできず、三重掛けが何とかという有様だった。
もう終わった。
誰が見てもそう思う状況だろう。
そう考えると少し笑えた。
出し惜しみをしている場合じゃないな。
「ルミレーナさん。一つ約束していただけますか?」
「ん?なにをだ?」
「今から見たことを、口外しないでほしいんです」
「...ほう?まだ何か奥の手があるのか?」
「ええ、とびっきりのやつが」
「...面白い。約束するから見せてみろ」
俺は立ち上がり、一つ息を吐く。
もう時間もない。
これが最後の攻防になるだろう。
「【敏捷上昇】【敏捷上昇】【敏捷上昇】【敏捷上昇】【敏捷上昇】...付与。そして...【敏捷下降】、付与ッッ!!!!」
後から聞いた話だが、ルミレーナはこの時、体中に重りを巻き付けられたように感じたらしい。
素の身体能力の七.五倍。
そして、ルミレーナのスピードを半減。
圧倒的な能力値の差が、今この一瞬だけひっくり返る。
「...く、舐めるなッ!」
俺のほうが速いというのに、俺の渾身の一撃はルミレーナによって弾かれた。
「悪かったな、私と君では戦闘経験が違う!もう一つ奥の手でもない限り、私には届かない!」
俺はもう一度、攻撃を仕掛ける。
極限の集中状態に入ると、物事がスローに見えるらしい。
どうやら俺も今その状態のようだ。
改めて見てもすごい技術だと思う。
速度だけでみれば明らかに俺のほうが速いのに、防御が少しの差で間に合う。
でも...俺は負けられない。負けるわけにはいかない。
「【耐久下降】、付与ォッッ!!!」
パキンッと乾いた金属音が響いた。
何かが折れたような音。
ルミレーナの剣が、短剣を受け止めた場所を中心に上下に分かたれた音。
はっと息をのんだのは誰だったか。
障害の無くなった俺の短剣は、ルミレーナの首元へと吸い込まれ、守りの護符を叩き割った。