決意
心地よい温かさに身体が包まれている。
どうやら、死後の世界というのは思ったよりも安らかなものであるらしい。
死んでいるのに思考ができているというのもおかしな話だが。
後悔はない。
単独でフロアボスの討伐に成功しただなんて、1ヶ月前の自分が聞いても信じないだろう。
ダンジョンで死ぬなんて、冒険者にとって本望中の本望に違いない。
だからこれでよかったはずだ。
それなのに、この気持ちの良いまどろみに永遠に浸っていたいはずなのに、いつまでも俺の意識は解れない。
............んッ!
.....ナンさんッ!!
...ルナンさんッ!!!
無性に、返事をしなければいけない気がした。
★★★★★★★★★★★★★★
「ん...うん...」
初めに飛び込んできたのは、見覚えのある天井。
そして、泣いている女の子の顔だ。
「ルナンさん!...よかったぁ...!」
「...ミリィさん...ここは...?」
「...冒険者ギルドの医務室です。昨日ルナンさんがフロアボス部屋で倒れているところをシードさんが運んでくれて...。ルナンさん、丸一日寝てたんですよ?」
「おーう、起きたのか坊主。治癒術士の話じゃあ生死の境をさまよってるって聞いてたが、案外大丈夫そうだな。根性あるじゃねえか」
ようやく頭が回りだしてきた。
どうやら、ゴブリンリーダーを倒した後にその場でぶっ倒れていた俺を、シードが連れ帰ってくれたってことか。
でも、なんでレベルⅢであるシードが5階層にいたのだろうか?
シードの普段潜る階層は20階層以上のはずだ。
一度でも到達したことがある階層にワープできるダンジョンで、シードが5階層に来る意味がない。
「なんで俺が5階層にいたのか聞きたそうな顔をしているな。まあ、泣いてる可愛い女の子にあんな一生懸命頼まれちゃあ、男は断れねえよ」
「ちょ、ちょっとシードさん!?」
ボンっと音が聞こえてきそうなほど、ミリィの顔が一瞬にして赤くなる。
シードの暴露に対して怒りを表しながら、ちらりと俺に視線を向けたミリィは、コホンと一つ咳払いをして居住まいをただした。
「ルナンさんが心配だったから...私の声も届かず走って行っちゃうし、一人でダンジョンに潜ったっていう報告まで来て...無事で...よかった...」
「...ごめん、ミリィさん。心配かけて、ごめん。...ありがとう」
「本当ですよ!今度何か奢ってください!」
目に涙を浮かべながら、それでも晴れやかに笑うミリィは、とても可憐だった。
「せっかく連れ帰ってきた俺としても、お前が目覚めてよかった。...で、これからルナンはどうすんだ?治癒術士が、生死の境目を彷徨っていたお前が目覚めるかどうかはルナンの生きたいという思いがどれだけ強いかだと言っていた。で、お前は目を覚ました。何かあるんだろ?生きたいと思った理由が」
「そうですね...あります、俺のやり残したこと。俺にしかできないこと」
俺は仰向けの状態から体を起こして、二人のほうを向く。
「俺は、金色の双翼を復活させます。そして戦力を揃えて、エラリスさんたちを探しに行く」
「...エラリスは最強の冒険者の一角だった。無論その他のメンバーもだ。そんなあいつらでさえできなかったことをお前はやろうってのか?」
「はい。俺が、最強の冒険者になります」
自分で口に出した瞬間、目の前に道が開けた気がした。
なんで、エラリス達の攻略失敗の知らせを聞いて、すぐにダンジョンに潜りに行ったのか。
最初は死に場所を求めたんだと思った。
自分の心がわからなかったから。
でも、違った。
こうして死に損なって、ようやく気付けた。
俺はみんなにもう一度会いたいのだ。
どうしようもない俺に、家族のように接してくれたみんなに。
エラリスは俺から見ても最強の冒険者だった。
憧れだった。
そして今、憧れは、超えるべき目標に変わった。