ダンジョン
支援術士を不遇職たらしめる最たる理由として、戦闘力の低さがある。
冒険者は、教会で冒険の神に祈りを捧げ、職業を得ることができる。
職業を得ると様々な恩恵があり、能力値の向上や固有スキルもその一つだ。
支援術士の固有スキルは【付与魔法】。
支援術士たる所以であり、人間の能力値を強化することができるスキルだ。
自身に付与することもでき、足りない能力を補うことができる。
ただ、元の能力値が貧弱であるため、戦闘で活躍する機会はないに等しい。
まあ何が言いたいかというと、支援術士は戦闘に不向きな職業であるということだ。
「ぐぅ...ッ!?」
三匹のゴブリンに囲まれた俺は、こん棒を短剣でガードするが、威力を抑えきれず横腹にめり込む。
強制的に肺から空気が押し出される。
そのまま転倒しそうになるが、足に力をこめ、踏みとどまる。
「【筋力上昇】...付与!」
痛みをこらえつつ、腕力だけでゴブリンの首目掛け短剣をふるう。
体重の乗らない攻撃であったが、【筋力上昇】の効果でゴブリンの首を跳ね飛ばすことに成功する。
「...後二体」
耳障りな奇声を上げながら、残りのゴブリンが突貫してくる。
「【敏捷上昇】、付与」
顔面直撃コースのこん棒に対して、スライディングするように下を潜り抜ける。
そしてすれ違いざまに足の腱を切り裂いた。
「グギャッ!?」
急に足に力が入らなくなったゴブリンは受け身も取れず転倒する。
その後ろから迫ってきていたもう一体のゴブリンは、前を走っていたゴブリンが転倒したのを見て一瞬動きを止める。
【敏捷上昇】中の俺にとっては十分以上の隙だ。
ゴブリンの股下まで這うように接近し、跳ね上がりながら短剣を斬り上げる。
まだ【筋力上昇】の効果も残っていたため、ゴブリンの体は真っ二つに切り裂かれ、粒子となって霧散した。
俺は振り返り、立ち上がれずもがいている最後の一体にもとどめを刺した。
「はあ...はあ...いてーなちくしょう」
こん棒を受けた脇腹...だけでなく、腕や足、体全体が悲鳴を上げていた。
支援術士が戦闘に不向きだとしても、複数人で潜ることがセオリーのダンジョン攻略においては十分に活躍の機会があるのではないかという疑問があることだろう。
それを否定するのが、今ルナンが感じている痛みだ。
支援術士は、確かに実力以上の能力を引き出すことができる。
しかし、身の丈に合わない力は自身を傷つける刃にもなりえる。
魔法の効果が長ければ長いほど、体にかかる負荷は大きい。
筋肉痛で済めばいいほうで、筋肉の断裂や損傷、骨折など、リスクも大きいのだ。
さらに、いつもの感覚より身体が動きすぎることから、かえって動きを制限してしまうことも多く、固定パーティであっても支援術士を採用することは少ない。
悲しい事実である。
魔力の使い過ぎで、頭がずきずきと痛む。
まとまらない思考の中で、硬い岩壁に手をつき、ずるずると足を引きずりながらも歩を進める。
すると、やがて身長の倍以上もある大きな扉にたどり着いた。
「いつの間にかこんなところまで来ていたのか」
5階層のボス部屋だ。
実物を見るのは初めてだった。
何せ、ルナンは今まで3階層までしか潜ったことがなかったから、5階層ごとに存在しているというボス部屋まで来たことがなかったのだ。
「そういや、ゴブリンとはいえ、複数体のモンスターに囲まれたのは初めてだったな」
5階層のボス部屋を攻略することは、初心者から半人前への登竜門だとされている。
今の俺は、冒険者もどきという訳だ。
俺はためらいもなく、扉に手をかけた。
その重厚さからは想像できないほど軽い感触とともに、扉は開かれていく。
完全に扉が開かれると、俺は一歩、中へと足を踏み入れる。
そこは円形の広い空間だった。
ぼっと淡い青色の光が中央の魔法陣をなぞるように彩っていき、壁面までたどり着くと備え付けられた松明に明かりを灯していく。
中央には一体の魔物が鎮座していた。
周囲の松明の光を受け、中央には折り重なるように影ができる。
影の主、5階層のフロアボス、ゴブリンリーダー。
「グギャァァァァッッッ!!!!」
侵入者の姿を認識した、ゴブリンリーダーが吠えるように奇声を上げると、どこに潜んでいたのか、五体のゴブリンがゴブリンリーダーの周りを囲んだ。
その様子に注目していると、背後からバタンと扉の閉じられる音がした。
「フロアボスの部屋は一度入ったら、ボスを倒すまで出られないから、もし挑戦するときは準備を万全にしてから挑むこと!」
昔、【金色の双翼】のパーティメンバーのひとり、弓使いのアーリアから言われたことを思い出す。
今の自分の装備は、道中で使ったため残り二本の初級回復薬に投擲用のナイフ五本、そして愛用の短剣。
とてもじゃないが、フロアボスに挑むような装備じゃなかった。
そもそも、フロアボスとは単独で挑むような相手ではないのだ。
だけど...どうしてだろう。
絶体絶命な状況にあるはずなのに
冷静な頭はそれを理解しているのに
どうしようもなく...笑えた。