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時渡りと甘美な誘惑

作者: 下菊みこと

「貴方の為に祈ります」


「…」


「それがたとえ、意味がないとしても」


「…」


「おやすみなさい、良い夢を」


血溜まりに沈む貴方に、最期のお別れを済ませた。


「…時を渡る魔法はあれど、過去を変えてもこの世界が消えるわけではない。ただの並行世界が一つ増えるだけ。それでも、貴方を救うことができるなら」


魔法陣を描く。


「時を渡っても過去の私に戻れるわけじゃない。そこには既に過去の私がいて、だから私は名前も家族も友達も…貴方も失うことになる」


魔法陣に自らの血を垂らした。


「それでも、きっとそちらの世界の私が貴方に寄り添って貴方を幸せにすると信じる」


だから私がするべきことは。


「反王家過激派が革命軍を作り上げる前に、皆殺しにする。愛しい人。王太子殿下。貴方への敬愛は、いつまでもこの胸に」


そして私は『過去』に飛んだ。














反王家過激派の主要メンバーの顔は覚えている。一人目は繁華街を歩いている無防備なところを、すれ違いざまに刺し殺した。二人目は延焼を心配するような家は近くに無い、田舎での一人暮らしだったので家に火を放った。三人目は酒が好きだと聞いたので身体で誘惑して家に入り、ワインに毒を盛った。四人目は酔っ払って夜道を歩いているところを鈍器で殴りつけた。五人目は釣りをしているところを荒れた海に突き落とした。


「手に染み付いた血の匂いが、落ちない…けど、これで貴方を守れた…!」


全員、間違いなく殺した。結果、革命軍が組織されることはなかった。王家は健在で、王太子殿下はこちらの世界の『私』と結婚して子宝に恵まれ、幸せそうに暮らしている。


「あの『私』に向ける笑顔も、あの『私』が向ける笑顔も本物。あの『私』と貴方は、幸せなのですね。ならば後は、隠れて見守りつつあちらの『貴方』へ祈りを捧げましょう」


国は、経済的には緩やかな成長を続けている。本当なら作物の不作と流行病が同時期に起こり、そこから転落していくはずだった経済。私が『寿命』を対価に魔法を行使して、作物の不作を防いで流行病を根絶したので今は順調だ。


国内の政治的もバランスが保たれており、外交も今のところ問題ない。反王家派で過激になっている者は今のところ見当たらないし、反王家派自体規模が縮小している。平民達も貴族達も、王家を支持している。


私は隠れて国の動向を見守りつつ、毎日教会で祈りを捧げる。貴方が死んだ、あの廃墟と化した教会。こちらでも、あの教会は人に捨てられて廃墟となっていた。ここなら思う存分貴方の為に祈れる。隠れ家として、使ってきた。


「…あちらの世界から持ってきた、宝石もこれで最後。今まではこれを売って生活費を稼いで食いつないでいたけれど。これからはどうしようかしら」


国は安泰。飢え死にするのも、悪くないか。


「…誰!?」


突然の人の気配に思わず振り向いた。この廃教会に用がある人間なんていない。用があるとするなら、それは。


「お嬢さん、アンタ凄腕の殺し屋らしいな」


「…はぁ?」


名乗ることもせず意味のわからないことを言う男に警戒心が募る。


「反王家過激派の主要メンバーを全員暗殺しただろ?」


「…何が目的?」


「思うに、お前さんには王家への忠誠心がある。…王家の『影』の役割を、こなしてみないか」


…驚いた。王家の影、か。エリートばかりの隠密部隊。あちらの世界では、役に立たなかったけれど。


「…いいわ。私が貴方達を鍛え直してあげる」


使えないなら、よく研いで使えるようにすれば良い。


「勝気なお嬢さんだ。顔を見せてくれるかい?」


「ええ」


こちらの世界に来てからは、顔を魔法で変えた。化粧ではなく、整形。だから、こちらの『私』に迷惑はかからない。


「地味な顔だな」


「暗殺には役立つわ」


前回の人生では、顔を褒められるのが当たり前だったから新鮮。


「さあ、行こうか」


「よろしくね」


「そうだ、どれだけ調べてもアンタの出生が分からなかった。アンタ名前は?」


「…パールよ。貴方は?」


「イレネー」


パールはもちろん、こちらの世界での偽名。彼も多分、本名ではない。


「イレネー、これからよろしくね」


「…アンタ、やらかしたことの割にまともだな」


「なによ、文句ある?」


「いんや、そういうお嬢さんも好きだぜ」


「気持ち悪いわね…」


「酷くない?」













私は王家の影として抜擢された。魔法が得意なため、後は…前回の人生での王妃としての修行である程度鍛錬を重ねていたため、修行期間は設けず即戦力にされた。それを見てさすがのイレネーもドン引きしていた。


「お嬢さん、アンタ即戦力ってすごいな…」


「貴方達を鍛え直してあげると言ったでしょう」


「いやはや、エメラルダ様を思い出す強さだ」


どきりと心臓が跳ねた。こちらの私は強いらしい。それなら王太子殿下の隣を安心して任せられる。私は結局…あちらの王太子殿下の最期に、間に合わなかった無能だから。どうか私より強くあって欲しい。まあそもそも、そんなことを防ぐのが『影』の仕事だけど。


「じゃあ、早速初仕事として…貴方達の、特訓の相手をしてあげるわ。どこからでもかかってきなさい?」


「最初から教官レベルとか末恐ろしいな」


「言っておくけど私に教わるレベルではダメよ。王家の最強の盾でなくてはいけないのだから」


「はいはい、じゃあやりますかっと!!!」













その後、イレネーを含めた影の人間達はより強くなった。教えることもなくなった。なので、今後は私も普通に『お仕事』をする。バディーは何故かイレネー。


「お嬢さんと一緒に仕事かぁ。感慨深いなぁ」


「…そもそも私、もうお嬢さんなんて歳じゃないわよ。老けないだけで」


時渡りをした代償に、肉体はこれ以上『成長』しない。


「えー?本当かあ?」


「貴方より年上かもね?」


「それはないだろう?」


ケラケラ笑うイレネー。


「にしても今日の仕事、マジで手口が鮮やかだったぜ。アンタすげぇな」


「亀の甲より年の功よ」


「年寄りかよ」


年寄りよ。


「それでな、パール」


「なに」


「好きだ。付き合ってくれねぇか?」


「…」


…正直、イレネーが私を何故か慕っているのは知っていた。強いから?反王家過激派の悉くを殺したから?でも、私の答えは決まっている。


「…ごめんなさい。愛する人がいるの」


「そうか。…でも、いつでも待ってる」


「え?」


「俺の隣は空いてるから、寂しくなったら来ればいいさ」


たまに、イレネーは『どこまで』私のことを知っているのか疑わしく思う。けれどイレネーの気持ちが本物だと、それも知っている。


「…気が向いたらね」


「待ってるぜ」


私には愛する人がいる。あちらの王太子殿下を今でも愛してる。寿命は魔法の対価に使ってしまったので、身体は普通に動くけど正直余命は幾ばくもない。もうすぐきっと、貴方に会える。


だけど、孤独を埋め合える人を見つけてしまった。私は寿命が来るまで、この甘美な誘惑に耐えられるだろうか。


私の浮気を、貴方は許してくれるだろうか。

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