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人間は強欲なものである

いつもより饒舌に言葉にしたあまねが立ち去った後、リオンは破かれた図鑑を拾った。

人間が制作したものだからか人間についての記述がない。

人間は多種族に比べて特異な能力を持たない。

能力と別に、天使の血のような特異な能力がある。それを族能力という。

人間からしてみれば能力を二つ持っているようなものだ。

人間には翼もなければ牙もない。

変形するわけでもなければ丈夫な体なわけでもない。

完全なる劣等種の烙印。

人間は島国に住むことが多い。外敵が少ないから。逃げ場もなければ攻め入る場所もないから。

リオンは破かれた本を一ページずつ順に開く。

どこにも魔女の記述はなかった。

存在が知られていない種族なのか。

管理人としての肩書きのようなものなのか。

リオンに聞く勇気はなかったが、あまねが人間でないことは確かだ。

翼がなくても浮くことができる。

時間を操作できる。

海を凍り付かせることもできるがこれは時間が関係しているらしい。

あまりにもあまねのことを知らないことに気がついてリオンは天井を見上げた。

(あいつは一体なんなんだ。)

考えても答えが出るはずもない。

目をつぶってあまねの姿を思い起こしてみても想像できるのは返り血を浴びることなく殺戮をなんとも思わず実行する見た目は人間の少女だけ。

リオンは諦めて次の本を手に取った。


今のあまねの拠点即ち廃墟と化した教会である。

あまねはひとつの椅子に座り、所々砕けたシスターの石像を眺めた。

長い特徴的な耳をしたシスター。

胸の前で手を組み、こちらを見下ろすように祈っている。

ひとつ、またひとつと欠片がパラパラと散り、見る度にシスターは姿が変わっていくのだった。

そもそもの話だが今回の問題はそう簡単ではない。

武力の問題を解決したとして、

仮に奴隷解放戦争に勝利したとして、

その次は?

食料はどうする。

住処は

仕事は

国の貿易は

政治は

この戦いに未来は存在しない。共倒れの未来しかないのだ。救いようのない国にあまねは手を差し出した。

(あぁ、さっさと死ねばいいのに。)

解決策はある。

ひとつ、リーダーを立てる。

ひとつ、住むにはちょうどいい場所に心当たりがある。

ひとつ、政治ができるものをリーダーとすればいい。

つまりは、『時間を掛けずに最短で』これに尽きるわけである。

「私はあなたが適任だと思うんだけど?」

あまねは1番前の席に座っている男に声を掛けた。

奴隷であるがために名前はない。男は奴隷たちの現リーダーである。

統率者と言っていい。今までなんの反乱もなく一味がいられるのは実際のところこの男の存在が大きい。

「俺にはリーダーは無理だ。」

「いいえ?あなたがいいわ。あなたしかいない。何が不安なの?何ができないの?」

「俺には何も無い。何も、出来ない。力も知恵もない。みんなを引っ張れるだけの根拠がないんだ。」

「……じゃあ、名前をあげるわ。それだけでも魔女の恩恵を受けられるはずよ。」

あまねは男に近づき、頭を撫でた。

背に隠れて見えなかったが随分と変わった格好をした男だ。シスターの服を身にまとい、行儀悪く足を組んでいる。

あまねは表情を変えずに男に名を与えた。

『末々』(すえまつ)


時を同じくしてシオンも任務に従事する。

シオンの任務はこの国の武力制圧。

できる限り武力を抑えること。それがシオンのすることである。

(そうは言ってもどうすればいいのか。)

訓練場にて木剣を振りながらぼんやりと考えた。

「考え事とは!随分と余裕だなぁ!」

木剣を打ち込めば当然帰ってくる。

相手は軍隊の小隊長。そこそこ腕の立つ傭兵のようだがシオンは考え事をする余裕があるどころかよそ見する余裕すら感じている。

(木剣だけでも配給できれば……いや、真剣には敵わない。武器庫の鍵はどこにあるのだろうか。いや、忍び込まなくても全ての鍵を処分してしまえば……扉が破られておしまい、か。)

小隊長が深くしゃがみこみ、シオンの懐に向かって大きく踏み出し、剣を持った右手をシオンの目に向かって突き出した。

心の読めるシオンには大したものではない。飛び上がってつま先で剣先に乗り、後ろへ開店して木剣を弾き返した。

着地すると同時に大きく振りかぶり、相手の首を跳ねようと振り下ろした。

「そこまで!」

観客の一人が手を挙げ、二人の仲裁に入る。

(いけない。思わず首をもいでしまうところだった。)

木剣と言ってもタダでは済まなかっただろう。

心を読めると戦略上は強いが気が抜けやすい。

(相手の心が全てでは無い。無意識なものはわからない。)

シオンは持論を反芻し、汗を袖で拭った。

小隊長は一度伸びをしてシオンの肩を叩いた。

「いやぁ!すげぇな!能力者!全く当たる気がしない!それを抜きにしても見事な剣裁きだ。心を読めなくても十分通用する技術だ。」

「恐縮です。」

「これでは時期に主戦力としてお声もかかるだろうなぁ!」

「そんな、とんでもございません。僕なんて先日入隊したばかりの駆け出し者ですから。隊長こそ軍曹のお声が掛かっているとか。軍曹と言うと国内に三人の指揮と出陣をどちらもこなすエリートではないですか。僕もまだまだ精進しなければなりませんね。」

気分を良くした小隊長はにまにまと笑いながらシオンの肩をさらに強く叩いた。

普通に痛い。

苦笑いをするシオンに野次馬の一人が声をかけた。

「何かあっても大丈夫さ!俺らには天使様がいるんだからな。」

「天使様、ですか。」

「あぁ、天使様がいれば俺らに負けはない。最近奴隷共の反逆の噂が出回っているが相手にもならんな。天使様がいれば俺たちゃ不滅なんだからな!」

(随分と喋る口だな。)

2つの声が重なって聞こえるシオンには少々苦痛なものだ。うるさい口が2つ。よく喋る舌が2枚。

邪魔な奴らが2人。

2人が喋る物はシオンにとって聞き心地のいい物ではない。むしろ不快と言える。

シオンは木剣を強く握りしめた。

2人は天使を信じている。信仰とまで言えるほどに。しかし天使の生態を知ってしまえば人間が天使を犠牲にしてより下の者を押さえつけているようにしか聞こえなかった。

天使という犠牲を考えていない。

結局人間は己の為に他を犠牲にする種族なのだ。

人間に長けるものが無いのも頷ける。ずる賢い人間は他種族の長所を自分の物のように扱うのだ。

「どうした?シオン顔色が悪いぞ?」

シオンはパッと顔を上げて笑った。

「いえ、天使様に僕も早く会いたいです!」


小隊長の話では天使がいるのは城の地下。一番奥の座敷牢だという。

自分で座敷牢であると言いながら信仰の対象のその扱いに疑問すら持っていない。

(あぁ、まるで呪いだな。)

訓練用の木剣を片手にシオンは階段を降りていく。

石でできた冷たい壁、冷たい階段。一歩一歩確かめるように歩いていく。

次第に嗅ぎ付ける血の匂い。

生臭い、腐っていない、新鮮な血の匂い。

正体はすぐに分かった。

壁に掛けられた血液パック。

採血機やチューブ。

それに繋がれた幼い体躯。

ピンク色の翼を汐らしく垂らし、石を幾つも積み上げては崩しを繰り返していた。

「天使様、ですか。」

「?」

セミロングの髪を揺らしてゆっくりとこちらを振り返る天使様。

その顔は絶望に満ちている

というより普通だった。少々青白い位でとくに思い詰めた様子は感じない。

「天使様、お助けに上がりました。」

「?あなた、だぁれ?」

「名をシオンと申します。この国の信仰の対象である天使様と同じく、信仰の対象である魔女様に仕える者でございます。」

天使は目を丸くして格子に寄ってきた。

格子を握り、シオンをじっと覗き込むように頭を下げた。

白い髪に、赤い瞳でシオンの視界は埋まる。

天使がこちらに寝返ってくれれば御の字。

といいつつ、寝返ってくれるのは確実だと思っていた。苦痛を感じていれば、少しでもチャンスを伺ってくれていれば。

必ずシオンの手を取るだろうとそう、踏んでいたのだ。もし天使が寝返れば形成は逆転する。

不滅の軍団はただの人間に堕ち、奴隷という不滅の軍団が新たに誕生する。数では勝てるのだ。ならば死ななければいい。

そうシオンは考えた。

「私を助けに?どうして?」

「どうして、と言いますと…?」

「?」

「とにかく、逃げましょう。貴方をここに置いていくことは出来ません」

「だから、どうして?」

(は?)

ここで初めてシオンは気がついた。

目の前のコイツは、自身が置かれている状況を理解出来ていない。

血を抜かれても、なお、理解出来ていないのだ。

もはや天使が寝返るなど有り得ない。

自身の血が人を救っていると信じて疑わないのだから。コイツにはここを出る理由がないのだから。

シオンは木剣を振り上げ、一度格子に叩き付けた。

天使は一度ビクリと肩をはね上げ、シオンを見上げた。

(あぁ、そうだ。)

もう、天使はいい。寝返らなくていい。

代わりに大量にストックされたこの血をどうにか出来れば。

シオンは壁中に掛けられた血液パックを引きちぎり床に叩き付けた。

「!やめて!何をするの!その血があれば皆を救えるのよ!」

「はは」

皆、とは一体誰か。

天使に縋り甘い汁だけを啜る貴族か?

天使がいるからと大した実力もないのに高い地位にいる軍員か?

まさか、天使の副産物の奴隷ではあるまいな?

シオンは笑いが込み上げてきた。

目の前の天使があまりに滑稽で、哀れで愛おしくてそれと同時に憎かった。

シオンは木剣を振りかざし、血液パックを、叩き割る。ピシャリと赤い液体が辺りに広がり、奇跡の血は、救いの雫は、願いの思いは、石の床に広がって砕けた。

呆然とする天使を横目にシオンは踵を返す。

天使を助けようとしたのがいけなかった。

やはり、自分はあまねについていく。

あまねしかいない。

あまねだけがシオンの代弁者なのだ。

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