人間とは間抜けなものである
教会の中で一番派手な髪をしたシスターがあまねの前に膝をつき、祈った。
「魔女様、どうか我々をお救い下さい。」
あまねは嫌そうに顔を歪め、周囲に集まっているこの国で身分の低いもの達を見渡した。
「どうしてこうなった」
リオンは苦笑いした。
親子を殺し、傷を治した下りを見ていた者がそれなりにいたがその中にこのシスターがいたようだ。
その場を離れようとしたあまねたちを引き止め、教会に案内した。
最初は首を振ったあまねだが、貴重な献上物があるとあまねを誘ったのである。
それに乗ったあまねは教会に赴き、今に至る。
「貴重な献上物……?」
シオンは首を傾げ、シスターを見た。
シスターは跪き下を向いたまま口を開いた。
「ここにいる者たちは皆この国の奴隷です。魔女様、どうか我々を救い、自由にしてください。」
あまねは顎に手を添え少し上を向き考えてからシスターに顔を寄せた。
「……つまり、あなた達は私に奴隷解放の戦争を起こせと、そう言っているの?」
シスターは答えなかった。
無言は肯定。
あまねは前髪をかき揚げ、シスターを睨みつけた。
「……そうは言ってもね、奴隷の数なんて国民の六割を超えるでしょう?無理よ。」
「でも、数に利があるのでは?」
確かに、ざっくりと数でいえば六割対四割なのだから数に利がある。
城下町を織り成す者達が四割だとすれば、二割の差はかなり大きなものになる。
シオンには大きな問題に思えず首を傾げた。
「武器は?何で戦うと言うの?この火薬の発達した時代に。斧?鍬?笑わせないで。」
あまねは頭を抱えた。
確かに奴隷の数が多い中で反乱対策を取っていないとは考えにくい。
銃火器相手に素手で戦うものも出てくるだろう。数が多いと言っても女子供を差し引けば数も変わってくる。
「あと、能力者の数は?分かってるの?奴隷の中に能力者はいないのでしょう?」
特定の原理を利用する能力者。シオンも能力者の一人である。皆能力を持っているというが一生開花しない者がほとんどで開花するのは1パーセントにも満たない。
当然奴隷の中に能力者がいれば密告対象になるうえに貴族に昇格することも有り得る話なのだ。
「そんな不確定要素しかない話に私が乗ると思う?」
あまねは腕を組んでそっぽを向いた。
完全に断るムーブをかましているあまね。
シオンは上目遣いにあまねを見上げどうにかしてやりたいと思っていることが伺えた。
シスターは頭を下げたまま口を開いた。
「献上物でしたら、ございます。」
「献上物?」
「はい。この国は、天使を飼っています。」
「よぉし、まずは情報収集ね。」
あまねがドレスを着替えながら言った。
天使を飼っている、という言葉がなんなのかは分からないが、それを聞いたあまねは唇をかみ締め、綺麗な顔を歪めながらシスターの首をはねた。
瞬く間の出来事だったが周囲の人間にはそれがよくわかったようで全員が膝を付き祈った。
そしてあまねが言った言葉が先程のそれである。
「ねぇ、貴族の情報が一番集まる場所、わかる?」
「は?……図書館、とか?」
「………………カジノ、ですね。」
あまねは無視して二人にスーツを渡した。
着替えろ、ということらしい。無言は肯定。
カジノに潜入するということか、とあまねを見上げると目立つ銀髪をフォーマルに纏めあげ、左右で異なる色の瞳の右目を前髪で隠した。
「軍資金は……これぐらいでどう?」
あまねはスーツケースを一つずつシオンとリオンに渡した。
床にケースを置いて中を確認して二人は悲鳴を上げた。
カジノにおける必勝法の一つにマーチンゲール法というものがある。
確率が二分の一であるゲームに負ける度、倍額を賭け、勝つまで額を上げていくだけである。
しかしこれは莫大な資金がある事が条件である上にチマチマとしたやり取りになるためあまり見かけない。
資金はあまねに預けられた資金で充分にあった。
金額にして、城が一つ建つ金額である。
チマチマやり取りについては、リオンの頭脳を持ってすれば何でもなかった。
二分の一の計算。カードカウンティングをし、確率を計算する。二分の一であれば大した計算にはならない。
手持ち金が1.5倍になったころ、こんなものかとシオンを探しにふらりと歩いていた。
結果は上々。
シオンの周りにはチップの山、山、山。
シオンの参加しているゲームはポーカー。
ポーカーにおいてシオンに勝てる人間がいるとは思えなかった。
「買ってるみたいだな。」
「あ、兄上。うーん、ざっと3倍かな?皆ノリが悪くなってきちゃったからそろそろ卓を変えたいんだけど……」
シオンが三つほど先にある卓を覗いた。
同じくポーカーの卓であるがそこの風景もまさに異常。チップの山どころではない。
土地の権利書、カジノの契約書、建造物の管理書などなど様々な書類も共に積み上げられている。
その真ん中であまねがふんぞり返ってカードで口元を隠し、笑っていた。
相手のディーラーは冷汗をかき、ガタガタと震えている。
「もう勘弁、してください」
「ん〜?未だ賭けれる物、あるよ?ほら、次は勝てるかも?んふふふ、ほら。例えば…この国の国家機密とか♪」
あまりにもストレート過ぎる話にリオンは心臓を掴まれるようだった。
ディーラーの後ろには裸にされた男が何人か正座している。
過去のディーラー達なのだろう。
そしてあまねの周辺に積み上げられているチップはここのカジノの運営資金であることは容易に想像できた。
であれば今対峙しているディーラーはオーナーに当たる人物の筈だ。
重々しくディーラーは口を開いた。
「勘弁してください、ここに、そんなに重要な、機密は……」
「あ、そう?じゃあ……ここの従業員、でどう?」
「は」
「カジノだけ貰っても運営出来ないしねー、人もついでに貰っていくよ♡」
情報が、天秤に乗らないのなら情報を持っている者を天秤に乗せろ、というのだ。あまねの笑顔にディーラーの背筋は凍り付く。
「掛け金はこれぜーんぶ♡これで従業員全員を賭け金にできるよね?」
ディーラーは震える手で契約書に拇印を押した。
勝てば負けは無くなる。
負ければ未来はない。
この勝負にディーラーは乗った。
カードが配られ、あまねはカードを交換せず、ディーラーは2枚交換を行った。
「うーん、まぁまぁかな。そっちは?」
「…………」
「だんまりか。まぁいいけどね。形にはなった?あ、そう。絵札とか?あ、違う?んー、スリーカード当たりかな?」
ディーラーの顔が青くなっていく。
あまねはカードを交換していない。
勝負するのは危険すぎるがもう後には引けないとディーラーはカードを机に叩きつけた。
あまねもひらりとカードを開示する。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
ディーラーの手札はあまねの言う通り6のスリーカード。
あまねの完勝である。
カード交換無しでロイヤルストレートフラッシュ。
とんでもない確率だがありえない話ではない。
あまねは卓を立ち、シオンとリオンを連れて管理人室へ歩き出す。
「あら。シオン思ってたよりも勝ってるのねぇ。二人ともギャンブルは得意なの?」
「得意なゲームを選んだだけだ。シオンには能力があるから。」
「ふーん。ギャンブル使える能力か。いいね。私の能力じゃ難しいなぁ。」
「なんであんなに勝てるんだよ。カードカウンティングも意味ないし…マーチンゲール法を使えるゲームじゃないだろ?」
あまねがリオンに向かっておもむろに手を差し出した。手を差し出すとそこに服の袖からバラバラとトランプが落ちる。
めぼしいカードを抜き取り隠し持っていた。
イカサマである。
唖然とする二人を他所にあまねは子供のように笑った。
「騙される方が悪いのさ。」




