花は華を散らせる。
土人形に囲まれた4人。
真人は短刀を使うことをそうそうに諦め、手榴弾とワイヤーで応戦する。
手持ちの武器がない彼岸は真人の影に隠れるばかりでもどかしい思いをしていた。
「彼岸、月の華花魁のところへ行くんでしょ。ほら、兵士共、道開けな。」
あまねが城を真っ直ぐ指さすと十人の軍人は呼応するように飛び出して行った。
土人形に手足をもがれても動きを止めることはなく、瞬時にちぎれた手足を拾って修復する。
吸血鬼の回復力は凄まじかった。
「六花、吸血鬼1、2を真人の応援に回して。残りは周囲の土人形の相手を。彼岸、六花を抱えて。土人形はいくらでも再生するから私達が時間稼ぎをする。早く行きなさい。」
あまねに六花を押し付けられ、あまねは氷の大鎌を生成し、土人形の手足を切り落としていく。
彼岸は腕の中に押し込められた六花を見つめた。
吸血鬼の軍人たちを操っている吸血鬼の親玉。
見た目は真人よりも小さな少年だ。
否、少年と言うにしても幼すぎる。
六花は終始目を瞑って動かない。
吸血鬼たちの操作に集中しているのだろう。
本体が無防備になり、動かなくなるからあまねは六花を抱えていた。このまま城へ迎えというのか。
子供を抱えて?
彼岸は頭を振ってその考えを振り切った。
見た目は子供でも彼岸よりも力のある戦士だ。
実際、六花がいなければ城へ向かう前に潰されるだろう。
彼岸は六花を抱え直し、しっかりと抱きしめて全力で走り出した。
あまねはそれを見送る。
「んふふふ、凍らせるのは簡単だけど……ちょっと大きすぎるよね。全体が凍る前に砕かれちゃう。脳もないから干渉も出来ないし、こっちの空間では権限も発動できない。たぁのしぃじゃなぁい。で?村人の意識ってのは、頭にあるの?体にあるの?痛みは感じてる?苦しい?土人形関係なく再生しているから、手足が本体じゃないわね。やっぱり頭かしら。切り落としてあげる。それでダメなら潰してみるわ。それでもダメならそうね、輪切りにしてみましょう♪」
真人は聞こえなかった振りをした。
いい趣味とは言えないし、何より試す必要もなければ無力化する必要もない。ことが済むまで時間を稼げばいいだけだ。
元より真人に殺人の意思はない。だから仮に村人の意識が残っていたとして、一番可能性の高い頭は狙わない。
ワイヤーよりこちらには近づいて来れないのでそれに合わせてワイヤーを動かし手足を切断、銅を切断。
もし突破してくれば手榴弾を投げて木っ端微塵にし、場所を移動してワイヤーを張り直す。
龍やあまねは効率が悪いと嫌いそうな方法だが、意識がある土人形を完全に破壊して閉まったらどうなるのか想像が着く。
リスクは避けるべきだ。
残虐なのはあまねだけでいい。
あまねが大鎌を振るい、一撃で首を落とした。
土人形は落ちていく首を拾って頭に戻そうとするためその腕もあまねが一撃で切り落とす。
すると頭を戻してくれないと察したのかあまねを踏みつぶそうと足に土を集めて高らかにあげる。
動作が遅く、あまねは少し眺めてから大鎌再び振るい、足を切断した。
土人形は倒れ、動かなくなったが地面と同化し再び新しい頭と共に形を成した。
「早いな。じゃ次はこれね。」
大鎌を再形成し、巨大なハンマーを生成する。
振るう度に強風が巻き起こる程のハンマーだ。
頭から垂直に振り下ろし、砂の山のようにぐしゃりと潰れて形が崩れた。
あまねは顔に着いた砂を舐め、ペッ吐き出して砂を払う。
土人形は再び形を成してあまねに襲いかかる。
「学ばないな。ワンパターン。面白くない。動きが遅い。これじゃあ小バエだってやられないよ。」
また大鎌に形を戻し、頭上でぐるぐると回して飛び上がる。
土人形の目線まで来ると全身を使って回転し、宣言通り輪切りにした。
すぐに形は無くなってまた新しい体となってあまねに襲いかかる。
徐々にあまねに襲いかかる個体が増え、あまねも嫌気を指してきたのだろう。
眉をひそめながら土人形を睨みつけた。
「ねぇ、もうそれは飽きたんだけど。」
彼岸は走った。
城に近づかない気がするのは道が確かに遠のき、新たに土人形が形成されていくからである。
月の華花魁からの拒絶。
こっちに来るなと言う、明らかな、初めての拒絶。
天狐の子を孕んだと判明した直後ですら鬼灯は彼岸と親しかった。
外に出ることを嫌がるようになり、食べ物が食べられなくなっても、鬼灯は彼岸を拒絶しなかった。
顔を出す度に招き入れ、茶を入れてお菓子を出してもてなしてくれる。
「あぁ、そうだ。私が拒絶したんだ。」
他でもない、彼岸が。
食事も喉を通らず、徐々に膨れていく腹を撫でる鬼灯。いつしか月の華花魁と呼ばれ、この村の、この空間の象徴として祭り上げられた。
彼岸の前では無理をして笑っているように見えて、彼岸は、そんな兄妹を見たくなくて、逃げた。
城を飛び出して転々とした。
時折顔を出してはやつれていく頬と対照的に膨れていく腹を見てられなかった。
聞く勇気がなかった。
これでいいのかと、腹に宿るその狐の子を産むのかと、産みたいのかと聞く勇気が持てなかった。
それでも月の華花魁は折れなかった。
彼岸がいる限りは折れなかった。
しかし彼岸はあまねの元へ付き、月の華花魁を拒絶し、今なお、月の華花魁のあるべき姿を奪おうとしている。
片割れがそれを察していないはずがない。
村を守るために自分を犠牲にする。
それが鬼灯の正義なら。
彼岸も己の正義に従うとしよう。
彼岸は足を止めない。
ただひたすらに城を目指す。
走ることをやめない彼岸に対して焦りを覚えたのか一際大きな土人形が立ちはだかった。
数が多くて手を貸してくれる吸血鬼はいない。
「どいて!私は、鬼灯のところへ行く!」
彼岸の叫び声に呼応するように、六花が赤い双眸をカッと見開き、彼岸の腕から逃れるように土人形に向かって身を乗り出した。
そして大きな口を開けて息を吐き出す。
超音波のような、衝撃波。
思わず耳を塞ぎたくなったが落ちそうになる六花をしっかりと抱え直した。
数秒、衝撃波を食らった土人形は形を保てず崩れ落ちる。
六花はすかさず自身の指を噛んで血を出し、この血を辺り一帯に降るってぶちまける。
大した量ではないがその血液は星が点を成すように繋がり、網目になり、形が戻り始めた土人形を拘束した。
縛り上げるような拘束ではなく、ちぎらない程度の緩い拘束。
これでは無理やり外に出ることは出来ない。
六花はその様子を眺めて満足そうにまた目を閉じた。
「え、あ、え。六花って、こんなにすごい吸血鬼だったわけ?確かに、太陽の下でも何ともなさそうだけど……あ、着物で覆っておいた方がいいの、かな。」
袖を六花の頭に被せて日差しから守ろうとするが勢いよく六花に弾かれ、嫌がられた。
「日光は平気ってこと?」
彼岸が悩んでいると六花がまた目を開き、鋭い爪を首に突き立て、睨んだ。
はやくすすめ。
そういうように足をばたつかせる。
彼岸も我に返り、土人形の間を通って走り出した。
「六花は吸血鬼の中でも上位種だ。吸血鬼の中にもその特色は様々で、太陽を克服するもの、蝙蝠に変身するもの、血液を必要としないもの。六花は太陽を克服する吸血鬼だ。数少ない、上位種の吸血鬼。」
あまねは大鎌を振るいながら真人に話しかける。
真人も答える余裕はないが、話を聞いてはいた。
六花は確かに稀有な存在だと思ってはいた。
しかしまだ幼体故に眷属と視界、脳を共有すると自身の動きは著しく緩慢になる。
六花が操ることができる眷属の数は10人が限度。
だが、国に残してきた眷属の数は数千にも上る。
国中に六花は眷属という目をばら撒き、監視の役割を果たしている。
警察よりも有能な故に六花率いる吸血鬼軍、「花雲騎士団」は国の治安全てを担っている。
「六花自身も力の強い吸血鬼だから戦場に出すには十分。軍人を彼岸の護衛に付けなくても六花を抱えて走ればいい話なのさ。並大抵の奴は六花の前で立つどころか意識を保つことも難しいよ。」
「では、俺らがするべきことは、時間稼ぎ、でいいんだな。」
あまねは左手で大鎌を振るい、空いた右手で丸を作って見せた。
真人が必死になって土人形数体を相手しているのにあまねの余裕さを見て少々腹が立った。
真人は残された瓦礫や家屋を走り抜け、土人形の背中を蹴って飛び上がり、土人形が囲う中心へと降り立った。
そして両手を引き締め、ぐっ、と自身ごと回転する。
張り巡らされたワイヤーがうねり、周囲の土人形をばらばらに引き裂いた。
あまねは察して飛び上がり、安全圏へと逃げた。
バラバラになった土人形を見て、これ幸いと地面に氷を巡らせる。
地面ごと凍らせて仕舞えば戻るスピードも遅くなる。
「ちょっとちょっと、私まで巻き込むつもりだったでしょう。不敬じゃない?不敬だよ。不敬だー!!」
真人に文句を言うが当人は素知らぬ顔で反省の色を示さない。
「あんたは死なないだろ。嫌ならもっと威厳のある行動を取るんだね。女帝陛下。」
ここで頷かないのがあまねである。
むぅと頬を膨らませてあまねは巨大な氷の檻を生成する。
なるべく固く、なるべく大きく。
土人形を囲うように。1個体に檻を1つ。
余裕を持って完成させると今度は格子の間をまた氷で覆っていく。
中が完全に見えなくなるとあまねはようやく腕を下ろして大鎌からも手を離した。
手を開いて閉じてを繰り返し、大鎌の重さに狂った感覚を戻す。
「これで、檻の中の土は削がれたわけですか。」
「そ。別空間とは言え地盤がある以上使える土には限度がある。家屋の素材も使って装備もしてくるし、力は削ぐに越したことはないよね。にしてもおかしいね。」
「?あぁ、そうですね。」
人が全くいない。
否侍共は軍と戦ってはいるが一般人が一切いない。
家屋を巻き込まれ、土地が歪んでいると言うのに巻き込まれていない家屋から人が出てくる気配がない。
逃げ惑ったあとのようなものもない。
あまね達が来てから土地は変形した。
にも関わらず避難する者たちがいなかった。
「既に避難済みってことでしょうか。」
「んー、龍がいればなぁ。」
「無茶言わないでください。魔女の力で飛べないんですか。」
「それこそ無茶だよー、私には飛行機能などころか浮遊機能すらないんだから。魔女だからって種族の定義は変えられない。私達が来る前に避難したのかな……でもどこに?私がどこから来るかわからないはずでしょう?全員を避難させられる、絶対安全の場所なんて……」
ふと、土人形を見つめ、それから揺れる地面を凝視する。
「あぁ、そうか。下か。」
ぽんと納得がいったように景気いい音を立てて土人形を殴り飛ばした。
とはいっても地面を抉るほどの威力の技をあまねは持ち合わせていないし、それは真人も同じことである。
そもそもそんなことをする余裕もない。
「てか、地面を抉らない限り誰にも危害を加えたことにはならないってことでしょう、これ。あっはっはっはっは!!」
あまねは大声上げて思い切り足を地面に打ち付けた。
一瞬あまねの瞳が怪しげに光り、辺り一面に氷を張り巡らせる。
建物にも霜が降り、氷柱が出来てあっという間に世界は変わった。
土人形は氷を取り込みながらさらに体を大きくする。
あまねは大鎌を振るって氷を生成し、刃を土人形に突き立て、放つ。
土人形には脳がない。
脳に鑑賞するあまねの能力は使い物にならないわけである。
しかしあまねの種族能力、特性を利用する事で氷での攻撃を可能にする。
巻き込まれかけた真人はワイヤーを上手く操作して無事な屋根に飛び乗り、あまねによるあまねのための殺戮を眺めた。
「誰も、いないの?」
城に辿り着いた彼岸。
しかし人の気配がない。
六花が扉を蹴破ったにも関わらず誰一人として寄ってくる者はいなかった。
「鬼灯」
城に何度も来ていたお陰で中の構造は把握している。
鬼灯の部屋へと真っ直ぐに走っていく。
いつしか、土人形が彼岸を追うことはなかった。
ふと、いよいよ最後の階段に差し掛かった時、六花は彼岸を軽く蹴って飛び降りた。
階段の下でちょこんと座って彼岸をちらりと見ると六花はその場で目を瞑る。
「ここで待ってるってこと?」
六花から返事はない。
しかし動かないのだからそういうことだろうと彼岸は階段を一気に駆け上がった。
「鬼灯!」
「やぁ、いらっしゃい。彼岸。」
鬼灯は部屋の窓辺に座っていた。
慌てる様子も、憤る様子もなく、ただ落ち着いて彼岸を見据えていた。
「安心して。村の人たちは地下に囲っている。土人形を動かすのに意識を借りている人もいるし、侍さん達は頑張ってもらっているけれど、大丈夫。魔女様にお願いしたんだ。私以外には危害を加えないで、って。彼岸がここまで来れるとは思っていなかったけど、力強い味方がいたんだね。」
「鬼灯、以外?自分を勘定に入れないのね。」
「ずっとこうしてきた。これが私の使命だ。それで皆が無事なら安いものだろう?この世界には三厄災がある。懸念すべきことはそれだけじゃない。こんな小さな村はいつか食い物にされておしまいだ。だから、私たちだけで完結させなくてはならない。他と張り合えることがないんだから。」
鬼灯は膨れた腹を撫でた。たまに眉をひそめながら、腹を撫でる。
腹が痛むのだろう。
時期に産まれるのだと彼岸はわかった。
「黙って。大丈夫。全部上手くいく。目が覚めたら……目が覚めたら、全部終わってる。そう、上手くいくんだ。」
彼岸は自分を言い聞かせるようにして、何度も繰り返した。
鬼灯が動けないのをいいことにゆっくりと近づいた。
「待って、彼岸、何?どういうこと。彼岸?彼岸!!」
鬼灯に触れた瞬間、彼岸の意識は遠のいて行った。
薄れる意識の中で鬼灯の悲鳴のような叫び声が聞こえた気がした。




