花と華は美しさを競わない
それからのあまねの行動は早かった。
早々に立ち上がり、真人と彼岸に支度をするように指示をした。
今すぐにでも向かおうとするあまねを真人が引き止めて、明日の朝、国を立つことで決着した。
彼岸は与えられた部屋に戻ろうとしたが広い城内に迷った挙句にあまねの部屋に戻ってきてしまった。
あまねはキョトンとしたあと大きな口を開けて笑った。
恥ずかしくて耳まで血が上るのを感じた。
結局呆れ顔の真人に案内されて今に至る。
「はぁ。」
「仕方ないでしょ、ここ広すぎるんだから。」
「違う。俺が呆れてるのはあまね様に、だ。あの人は俺達と感覚が違うからな。まともに相手するだけ無駄だ。」
「随分な言い草ね。あなたの主人じゃないの。……ねぇ、龍は?一緒じゃないの?」
「それは、今ここでって意味か?それとも一緒に支度をしていたんじゃないのかって意味か?後者なら龍はあの現場には戻らない。行くのは俺と、彼岸と、あまね様の3人だ。」
「え、行かないの。」
「あそこは龍には刺激が強い。あいつに無理を強いたくないんだよ。あいつの役割はあまね様がいれば足りる。俺も行かなくてもいいくらいだが、ここで新しい奴をお付きで付けるより現場を知ってる俺が行く方がいい。」
「あなた、龍に甘すぎじゃない?幼い感じはあるけど、見た感じ年は一緒くらいよね。過保護な気もするわ。あなた達の業界では都合悪いでしょう。」
真人はピタリと足を止めた。
前を歩く真人は振り返ることはしないが、俯き気味で少し停止する。
彼岸は不安になった。
急に口も足も止められては自分が何か失言をしたのではないかと思えてくる。
じっと真人の動きを待つと数分して真人は振り返って彼岸を見た。
「お前には、そう見えてんだな。」
「なに?どういう意味。」
「守ってんのは俺じゃない。俺が龍に守られてる。俺が俺でいられるのは龍が守ってくれてるからなんだよ。」
彼岸の返事を待たず真人は顔を戻して歩き始めた。
突き当たりの階段を登り始めたところで彼岸は我に返り、真人を追う。
2階分階段を上がると見覚えのある廊下に出た。
あとは分かるだろと言いたげに真人は指を指し、踵を返して階段を降りていく。
お礼を言いそびれてしまった。
次会った時にでも言おうか。あぁ、内線電話があったと彼岸は部屋に入り、枕元に置かれた電話を手繰り寄せる。
「番号…ないじゃない。」
書かれている番号の繋がる先はよく分からない。
あまねの部屋に繋がるものもないし、真人や龍、蓮の名前も記されていない。
どれかしらが繋がるのかもしれないが、知らない奴が出ても困る。
顎に手を当てて考えてみるも別の結論が出た。
「捕虜の部屋からボスと幹部に繋がるわけないか。」
良くて拷問係とかだろう。
あまねの譲歩によって丁重に扱われているだけなのだ。
その辺を履き違えてはいけない。
クローゼットを開けるとそこの部分にくすんだピンク色の浴衣が置かれていた。
寝巻きとして使ってもいいのだろうか。
手に取って広げてみるとサイズも問題なさそうである。
埃っぽい着物を脱ぎ捨てて浴衣の袖を通し、緩く前で帯を締める。
ふと、クローゼットの隣に小さなクローゼットのようなものがある。
開けるも中からヒンヤリとした冷気が流れ出てきて冷蔵庫だとわかった。
自分に自分は捕虜だと言い聞かせた。
言い聞かせないと勘違いをしてしまいそうだった。
冷蔵庫の中にはいちごのホールケーキが丸ごとひとつ収まっており、あまねの文字でメモが添えられている。
『甘いものはお好き?』
もしかして本当に自分は捕虜では無いのではないか。
窓に鉄格子が嵌められている以外全くもって束縛感を感じない。
「調子狂うなぁ。」
眠気が襲ってくる時点で自分のきは緩み始めているのだろうと思われた。
クローゼットの中を一瞥し、タンスを開ける。
和服はタンスに入っているようだ。
どこで手に入れたのか着替える前の彼岸の着物と全く同じ物が着物独特の匂いと共に収まっていた。
翌朝、彼岸は驚くほど快適な朝を迎えた。
鉄格子を嵌められて、カーテンの付いていない窓からの朝日を浴びて起床である。
ゴソゴソと布団から這い出でると三回ノックがされた。
返事をしようか迷っているともう一度三回ノックがされたので一応はい、と返事をしてみる。
音もなく扉が開かれて、現れたのは狼の仮面を被った侍女である。
昨日案内してくれた侍女と服は同じで、城内ではこの服装を装った侍女が多く見られた。
言葉を発することなく狼面の侍女は桶を持ってスカートを揺らすことなく入ってくる。
一度床に置いて、椅子をベッドのそばに運び、そこに桶を乗せる。
どうしていいのか分からず狼面の侍女と桶を代わる代わる見ていると狼面の侍女はタオルを手に取って広げて見せた。
拭う用か?
水を?
いや、顔を洗えと言っているのか。
恐る恐る水に手を入れると暑すぎずぬるすぎず、気持ちのいい水温だ。
少量とって顔を洗う。3度繰り返すと狼面の侍女はタオルを差し出してきた。
桶を回収し音もなく部屋を出ていく。
タオルから顔を分けるとまた狼面の侍女が顔を出し、テーブルにお盆を置く。
紅茶と暖かいパンの匂い。
匂いにつられてテーブルに近づくとハムとレタスがはみ出たホットサンドイッチが二切れ置かれていた。
この匂いはアップルティーだ。
食器を並べると狼面の侍女は部屋を出ていく。
我慢できずにサンドイッチに手をつけた。
サクッと音を立てて熱が伝わる前のハムがヒンヤリと美味しい。
紅茶も啜ると甘い林檎の風味がまた美味しい。
なんだ、これは。
最高の朝ではないか。
ぷるるるるるるるるる
例の内線が鳴ったことで彼岸は現実に引き戻された。
慌てて受話器を手に取り、耳に当てる。
「も、もしもし。」
『彼岸、準備できた?侍女が用意してくれただろ?狼の面を被ったやつ。』
「え、ええ。大丈夫。今着替えるところ。あの侍女は何?どう反応すればいいのかわからなかったわ。」
『何って普通の侍女だよ。』
真人の声だった。
朝発する予定だったので彼岸が起きる頃を見越して次女を寄越したのだろう。
当たり前のように話されても困ると彼岸は言いそうになったが真人が冗談を言うタイプではないため言葉を飲み込んだ。
「3人じゃなかったっけ?」
「あぁ、3人だ。少なくとも昨日の夜までは。」
真人はもう諦めたように遠い目をしていた。
ステップでも踏むようにあまねはくるくると回転する。
その度にスカートの裾が広がって華やかだ。
今回は蓮が拵えた服ではなく、自身が選んだ服だと言う。
真っ白なブラウスにくすんだグリーンのロングパニエスカート。
編み上げブーツを履いて髪は梳かしただけで後ろに流す。
どうせ汚れるからと蓮も何も言わなかった。
異様なのはその背後に跪いた大人の男たちが10人程控えていること。
どれも質のいい軍服に身を包んでおり、明らかに戦闘部員である。
その傍では黒髪に赤い瞳が印象的な子供がねむそうに目を擦っていた。
「さぁさぁさぁ!!いざ出陣!」
ノリノリで手を掲げるあまねに真人はもうどうにでもなれと完全に諦めた。
「くそ、なんで一晩で一軍動かすんだよ……!」
真人のうめき声は聞こえなかったことにした。
あまねはどうやって空間を破り、あの異空間に侵入したのか。
答え、物理。
魔女としてどうなんだ、それは。
廃村に着くとあまねはぺたぺたと空を触り、1箇所を探り当てた。
傍から見るとパントマイムであるがあまねにしか触れないものがあると真人は言う。
そこからぐいって両手で空を文字通り破った。
ビッと音がして空が裂け、向こう側に変わらない風景が広がるが、明らかに廃村ではない村が姿を表した。
あまねは子供を抱えて向こう側へ渡る。
一斉に軍人達も飛び込み、各々散って行く。
「はぁっはぁ!!定義の元成すものであれば、この約束の魔女、アマネ・ラッカーシャに、看破できぬ定理は、ない!!!」
子供を抱えたままあまねは高らかに笑った。
直ぐに村の侍が応戦するが、軍人に苦戦していることがわかる。
あまねは子供の目元を撫でて、慈しんだ。
「六花、戦意のないものを殺してはダメだよ。そういう契約だからね。」
恍惚とした笑みを浮かべ、死んでいく侍を嘲笑うようにあまねは屍の上を何もないかのように歩く。
血の海の真ん中であまねは一度立ち止まり、彼岸を見た。
彼岸は頷き、あまねもそれに応える。
彼岸が一歩踏み出したところで地面が揺らいだ。
大きく波打ち、みるみるうちに形を変え、渦を描き、街を全く違う姿へと変えていく。
建物を形を変え、不自然なところで繋がり、やがて人の形を成す。
真人は見覚えがあった。
彼岸が連れていたパパとママだ。
しかし今回は瓦を鎧のように装備しているし、大きさも数も段違いだ。
真人は素早く着物の袖を脱ぐとインナーに下半身は着物という奇妙な格好になった。
着物ではあまりに戦闘に不向きすぎる。
腰の帯に手を突っ込み、短刀とワイヤー、小型の手榴弾を取り出し、戦闘態勢を取る。
いくら軍がいても、侍の相手をしながら土人形を相手にするのは困難だ。
「安心して。あの土人形に意識は宿っていない。あれは、私の能力だから。」
「てことは、俺らは彼岸の能力に掛かり、意識を失ったってことか?あの土人形を、操ることが神通力の正体?」
「神通力ってのは、神に通ずる力と書くけれど、所詮は紛い物。神の力を名乗るほどのものもない。神通力ってのは、見た目だけなら神の力のごときって話なの。」
応えたのはあまねだ。
相変わらず六花を抱いて前を見据え、楽しそうに笑っている。
このまま踊り出しそうだ。
「私って、戦争だーいすき。特に人間との戦争。人間の数を効率的に減らせるから!」
「最低ね。魔女。」
「ほんと、全くもってその通り。あまね様なら戦争を起こさなくても十分人間の数を減らせるだろ。」
あまねはきょとんと真人を見つめた。
首を傾げて可笑しそうに、六花に笑いかける。
同意を求めるように上機嫌に。
六花はよく分かっていないものの取り敢えずと言わんばかりの顔でおずおずと頷いている。
軍人を操る六花の脳ではあまねの話に付き合うリソースが足りないらしい。
六花は吸血鬼である。
軍人も吸血鬼である。
六花と視界、思考を共有し、六花の思うままに動く。十人の吸血鬼を操ることは六花であっても流石にしんどいものがあるようで歩けなることを見越したあまねが抱えている訳である。
お陰で六花は軍人を、操ることに専念できている。
あまねはついに踊り出し、くるくると回って真人の方向を見て止まる。
それから髪をなびかせて、服を揺らしてこう言った。
「それじゃあ直ぐに片が着いてしまうじゃない。」




