花は咲く場所を選ばない
おぞましいものを見た。
理解していた。
多は1人に勝ると。
一人の犠牲で何百人もが生きられるのならそちらを選ぶべきなのだと。
私だってそう思う。
だからこれは私の我儘だ。
口にするべきでは無い、ただの我儘。
誰も、私に同意はしてくれない。
きっと誰だって立場が変われば同じなくせに。
本音では心底安心しているくせに。
誰も口にしないのは皆どこかで他人事だからだ。
自分は関係ない。
一人で多人数が救われるのならそれが正しい。
そう。
それが正しい。
受け入れなければならない。
でも、誰が納得できる?
私の我儘一つで他を困らせてはならない。
だから、私は現実から目を逸らした。
せめて忘れていられるようにと尽くす。
私は、心のどこかで皆死ねばいいと思っている。
一人を犠牲にして生きながらえるだけならば、どうせ長くは持たない。
いつか途絶える命なら。
いっその事一人と一緒に…と思ってた。
彼岸は布団で目を覚ます。
薄い布団もここでは最高級品だ。
真人はちゃんと魔女と話をしてくれるだろうか。
布団から出て、寝巻きのまま布団を畳んで襖の奥に押し込む。
反対側の襖から適当に着物を引っ張り出し、帯もバラバラの物を巻き付けた。
誰かしらにまたどやされるだろうが洒落たものに興味が無い。
この場でできる贅沢も、実際はおまけに過ぎないのだからその贅沢の上に胡座をかくようなことは彼岸にはできなかった。
髪は櫛で梳いて、真っ直ぐにした後後ろで縛り、丸めて団子を作る。
また適当な簪を刺して、廊下に運ばれた桶の水で顔を洗い、歯を磨けば身支度は完了だ。
真人がここを出て半日。
これといった騒ぎもなく町の時間は動いていく。
今日は魔女を探しに行こうと決めて彼岸は朝餉の用意に取り掛かった。
一言言えば朝餉くらいは用意してくれるが人が用意した物を食べる気にはなれず、毎朝握り飯を握ることが日課になった。
いくつかを窓辺に並べ、しばらくすると雀が飛んできてつつく。
特に止める理由もないので放っておいているが一人で食事をする気にもなれないのでちょうどいいと思っていた。
食事を終えて立ち上がると両の頬をぱぁんと一度勢いよく叩いた。
「よし。今日も頑張るぞー!!」
窓から外へ向かって叫ぶと音が反響する。
魔女を探しに行こうと草履を履いて外へと出た。
賑わう露天商、華やかな人並木、目の眩むような色の町。
窓から客引きの声。
唯一の娯楽は裏話。
魔女が来たんだってさ。
この町も終わりかなぁ。
大丈夫よ。神様が守ってくれるもの。
月の華花魁がいるんだから大丈夫。
魔女を見た事がある?
とっても綺麗なんですってよ。
楽しい楽しい噂話。どこまで本当なのかはどうでもいいのだ。
話のネタが欲しいだけ。
魔女が来たというのも平民には噂でしかない。
彼らには魔女と人間の区別がつかない。
昨日はちらりと魔女を見た。
見た瞬間に理解する。
あれは、人ではない。なにか別のものだと。
子供二人を引連れた魔女。
何故、奪う者が奪う物を連れている?
到底理解できなかった。
触れれば火傷をしてしまうような、不用意に触ることを拒否するような威圧感。
背筋が凍るとはまさにこの事だと思った。
あれの傍にいる子供は平気なのか、なぜ平然としていられるのか。
話してみれば普通の子供だった。
多少警戒心は強いものの、真人は龍を大事にしていて、大人しい龍はそんな真人に甘えている。
兄弟なのかと思ったが全く顔が似ていない。
所作にも育ちの違いが見て取れた。
「私は二人のことが理解できない。」
その当人、二人の前で立ち止まり、そう零す。
驚いた顔で振り返る真人と龍。
そんな2人に笑顔で声を掛けた。
「どう?魔女は見つかった?」
「いや、思ってたよりも人が多くてな…あの人は時間感覚がズレているから夜になれば、と思ったんだが見つからなくて…龍の体力が先に限界が来たからその辺の屋根で休ませてもらった。」
「休めてるの?それ。」
「十分だ。熟睡出来ないくらいでちょうどいい。」
真人は眠そうに目を擦る龍の手を取って擦るのを止めさせる。
少し赤くなった目で龍は真人を半分閉じた目で睨みつけた。
「二人は兄弟なの?」
「……それは、さっきのと関係があるのか?」
「何が?」
一応惚けてみる。
じっと訝しげに睨んでくるので無駄だと分かってはいたがやっぱり無駄だったと彼岸は笑った。
惚けた時点でそれは答えのようなものだ。真人ならそれを察するだろう。
「兄弟じゃない。でも兄弟みたいなものだ。」
「僕がおにいちゃん。」
「……」
真人も自分が兄だと思っているのだなと分かりやすかった。
急に主張し始めた龍を彼岸は笑った。
不機嫌そうに睨んでいるが眠そうな目をしているこたもあり、なにも怖くない。
「今日は私も手伝うよ。この町に詳しいのは私だからね。」
二人の手を引いてズンズン進む。
「おばちゃーん!いつものお団子ー!」
表に正方形の椅子を出した、典型的な甘味処。
まるまると太った女がのれん越しに顔を出して豪快に笑う。
「あんらあんら彼岸様!まーた抜け出してきはったんですか?あまり困らせてはいけませんよ!」
エセ関西弁で腹を抱えて笑った。
彼岸もそれに笑顔を返す。
甘味処のおばちゃんは真人と龍を見つけて不思議そうに首を傾げた。
「あんら、彼岸様、お友達ですか?ちょいとお待ちくださいね。」
1度奥へと消えて団子を三本持って戻ってきた。
彼岸は真人達を椅子に座るように促して団子を受け取る。
「ありがとー!!」
2本を真人達に渡して自分も頬張った。
何か言っているが何を言っているのかわからなかったので真人もとりあえずひとつ頬張ることにする。
何か混ぜ物をしている味とかなり大きめの団子だ。
1つで口の中はいっぱいになってしまった。
それを見て龍も一口で頬張ろうとするが口に入らなかったのか諦めて半分ほど噛み切って咀嚼する。
「ね!おいしいでしょ?」
「ん、確かに美味い。何が混ざってるんだ?」
「あんらあんたさんもわかるのかい?この団子にはね薬を混ぜてるんだよ。」
「薬?」
「体にいいものばかりだよ。変なもんじゃないから安心してお食べよ。」
店の奥からおばちゃんを呼ぶ声がして一つ返事をして戻っていく。
「薬…」
確かに薬味のような味がする気がしてきた。
苦くはないが甘くもない。味付け程度に練り込んでいるのだろう。
薬に体制のある真人には効果は無いだろうが、味はする。
「にしても、なんで団子なんだ?あまね様を探しに行くんだろ?」
「ほら、腹が減っては戦はできぬってね。」
彼岸は最後の1つを食べ終えると串を懐にしまった。
真人も最後の1つを放り込み串をしまう。
龍は2つ目に差し掛かったところで二人が食べ終えたことに気がつき、焦ったように口を倍速です動かし始めた。
「焦るな。詰まらかすぞ。」
「ほんとに仲良いねー。ねね、二人はどうして一緒にいるの?」
「それ、答える必要あるのか?」
「ただの興味本位だよ。」
「じゃあ言わない。」
「えーケチ。」
「知るか。」
「ふふふ、いやさ、ほんとに、仲良いよね。羨ましいよ。ねぇ、真人、龍か、魔女、どっちかしか助けられないならどっちを取る?」
「龍。なんだよおかしなこと聞くなよ。」
少し赤くして真人は顔の前で顔を隠すように手を振った。
誰だってあまねと比較すれば優先順位は上がる。
あまねは殺したって死なない。
例え崖であまねともう一人全く知らない人がぶら下がっていたって知らない人を取る。
「じゃあ、龍と一般人多数なら?」
「さっきからどういうつもりだ?」
返事をくれない真人に返事をするつもりもなく、龍が食べ終わったのを確認して椅子から立ち上がる。
「僕は真人を取るよ。」
龍は真っ直ぐに彼岸を見つめて答えた。




