花は自身が散ることをまだ知らない
「まずはあまね様と合流するべきかな。」
「そうだな……いや、俺達をどうして拉致したの分からないからな。そっちの調査のが先だろう。このまま合流しても置いてかれた身だし。邪魔になるだけだ。」
なにか有益な情報を掴んでからでないとあまねとの合流は難しい。
自分たちは拉致する理由はあまねと無関係というわけではないだろう。
まずはあの、黒髪の少女を探すこと。
真人はそっと地下牢の鍵がかかった扉に触れた。
「ま、その前にここから出ないとならない訳だが。」
木製の扉であれば壊すことなど造作もない。
鍵があれば証拠が残らないようこじ開けることも可能だが、地下牢に内鍵なんてあるはずもなくトゲトゲとした装飾品がついているだけだ。
龍は着物を変形させて両手に鋭い爪を装着し、勢いよく扉に振るった。
湿気で脆くなった扉は一撃で粉々になる。
埃っぽい風に真人は顔を顰めた。
「もっと静かにやれよ。」
「近くに人はいないもん。」
人気は感じないが、音が聞こえるかもしれない。
ちゃっかりと口元を変形させた布で覆っている龍は散らばった破片を端に蹴りつつ地下牢から出ていった。
目の前の埃を払いながら真人もあとに続く。
龍は耳が異常発達している。
人の心音が聞こえるほどに発達してしまった龍にとって周囲の音で人がいるのかいないのか、その距離は、音の反響で建物1つの内情を探ることも容易い。
人の多いところや音の多いところは苦手なもののあまねが開発したノイキャンイヤホンで事なきを得ている状況だ。
「おい、イヤホンつけとけよ。」
「?なんで?今はつけない方がいいでしょ?」
「いいから。俺もいるからさ。お前もしんどいだろ?何かあったら俺が」
「それはダメ。それは絶対にダメ。」
「……」
真人の言葉を遮って龍はじっと真人の目を見つめた。
真人もぐっ、と押し黙ってしまうが負けじと睨み返した。
「……イヤホン、付けるから。だから、ダメ。」
渋々と龍は懐から小さなイヤホンケースを取り出すと両耳にイヤホンをつけた。
有名な電気会社のロゴの入ったそれはあまねが開発したものではない。
一般のノイキャンイヤホンでようやく一般人のなかでも耳がいい部類レベルになる龍の耳。
本当はあまね開発のものにしてもらいたいがここらが潮時だろうと真人は何も言わなかった。
「俺はが先に行くから。」
龍も黙って道を譲る。
暗い階段を上り続け、ようやくあかりが見えたと思うと和風な廊下に出た。
真人の故郷と似た造りをしているが、それよりも幾分か新しい雰囲気だ。
外から見た感じ立派な城のような建物も多かった。
待っていても迎えは来なかったろうなと龍と視線を交わす。
「人の気配はないな。」
強いていえば妙な気配はある。
人と何かが混ざったような気配が。
「……人がいないのも困る。誰か探さないとな。」
拉致するのもいいが解放出来なくなるのも困る。
変装しようにも道具もない。
龍がちょんちょんと真人の肩をつつくので振り返って見ると龍がパクパクと口を動かしている。
音が聞こえず周囲の様子が分からないのだと理解した。
「なんだ?」
「……あまね様に電話した方がいい?」
「そうだな…いやダメだ。あの人通話ボタンが分からない。」
あまねは機械の扱いが絶望的だ。
あまねが開発したしたものは大抵が設計のみで組み立ては技術者が作っている。
技術者曰く設計はかなり無茶苦茶らしい。
意地で完成させてはいるもののあの無茶苦茶な設計から完成するのも癪に障るとボヤいていた。
さらにあまねは携帯をよく無くす。
真人があまねに拾われた時は玄関マットの下から出てきたし、あまね自身が踏みつけたことによって画面はバキバキだったことを覚えている。
真人は頭を振って額に手を当てた。
なんとか合流しなければならないが難しいだろう。
自分たちを置いていかないといいが……
龍がぐいっと服を引いて重心がぐらつく。
はっと顔を上げると着物姿の女が目の前に立っているではないか。
気が付かなかった。
全く。
気配を感じる取る自信はあった。
しかし目の前にいる少女。
髪を綺麗に結い上げているものの前髪を上げて顕になった瞳は間違いなく自分たちを拉致したあの少女だ。
「そんなに警戒しないでよ。どうやって出てきたのかな。」
そう言って真人達が出てきた廊下を覗く。
「え、粉々じゃん。古いとはいえ粉砕って何したわけ?」
少女は龍を見るとこっちこっちと手招きをした。
動くことの無い二人に少女は笑って言う。
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。こっちにも事情ってのがあってさー。でも鎖を溶接しても脱出されちゃうなら何をやっても捕まえておけないじゃない?だから説明して納得してもらおうかなーって。」
ね、と笑う少女は敵意を感じさせない。
動かない真人の手を引いて龍は少女の後を追った。
真人は抵抗するが龍の力には勝てず、半ば引きずられるようにして廊下を進むこととなった。
やがて一つの部屋の前で少女の足は止まる。
10畳程の部屋に決して物は多くない部屋。
少女は襖から座布団を3枚引っ張り出すとテーブルの周りに雑に投げた。
「座って座って。美味しい茶菓子はどう?あ、羊羹がある。甘いのは苦手?一応お煎餅も出しておくね。」
お茶と菓子を机に並べて座り、羊羹に手を伸ばす。
「……座ったら?」
「不要だ。長居するつもりは無い。」
「えー」
不服そうに頬を膨らませる少女。
龍も流石に座る気はないようで真人の隣でじっと少女を睨んでいる。
「私はゆっくり話したいんだけどなぁ。」
少女がじっと龍を見つめると突然龍の体がふらりとよろめいた。
「!龍!」
慌てて体を支えると顔色が悪く、焦点が定まっていない。
真人は少女を睨んだ。
「何をした。」
「その子、体調悪そうだよ?ほら、座らせてあげなよ。」
今度は煎餅を齧りながらそれぞれ座布団を指さした。
仕方なく真人は龍を座らせてその隣に座布団を持ってきて龍の体を支えながら座る。
恐らくは少女の目だ。
何か能力に掛かったであろう龍は少女と目が合った瞬間に不調を訴えだした。
真人は少女の目を見ないように眉間に集中する。
「貴方達、あの女、魔女の連れでしょ?」
「……」
「黙秘ってわけね。いいけどね。こっちの事情も分かってよ。魔女って三厄災の一つじゃない?こっちも大慌て。私の役目は魔女の調査とあわよくば帰ってもらう事。」
三厄災。
生命の形を着た大災害の総称だ。
魔女、悪魔、魔人。
魔の文字を持つこれらは国を滅ぼす力を持つ不可避な大災害。
確かにそのうちの一つ、魔女が来たとなれば慌てるのも当然で、その連れである真人達と接触を図るのも頷ける。
「俺達を人質にしようって言うのか。」
「いやいや、魔女が貴方達をどう扱ってるのか分からないしさ。魔女の連れだよ?得体のしれない存在じゃない?でも見てみたら魔女はもう人とは違う生物って感じがするわりに貴方達は変な感じはするけどまだ人って感じがするから。魔女ほどでは無いんだろうなって思ってね。接触を図ろうとしたわけ。」
「その結果が拉致とは。魔女の怒りを買うとは思わなかったのか?」
「まぁね。だから手荒な真似はしたくなかったし、怒りを買ったら、そのときは人質として使えるかなって。」
話し方は適当なように喋るが割と慎重なようだ。
度胸がある、とでも言えるか。
少女は真人に茶菓子を進めるように皿を押し出す。
しかしそれに手を伸ばすことは無い。
そんなものに手を付けるほど不用心ではない。
真人はじっと少女の眉間を睨み続けた。
「事情はわかった。それで、俺たちを解放してくれるのか?」
「まだここにいて欲しいかな。話した感じ話が通じないわけじゃなさそうだしね。出来れば魔女に帰ってもらうように説得して欲しいところだけど。」
「………やってみてもいいが…」
「え!いいの!?」
「多分話は聞かないな。」
「だよねー。」
少女はガックリと項垂れた。
あまねと話ができるかと言えば難しい。
あまねも魔女の仕事できているわけで、目的を達成しなければ帰ることは無いだろう。
目的を達成するまでは殺戮に出ることはないだろうが……
それを伝えてもいいものかと少女を見る。
「…………こちらの話も聞く気はあるか?」
「え!あるある!ちょーある!」
ガバッと顔を上げるとキラキラと目を輝かせて真人に詰め寄った。
顔を押し返して少女を座らせると咳払いをした。
「俺達も目的があってきている。あまね様もそれを達成するまでは帰らないだろう。説得してみてもいいが何も解決にはならないから最高の結果で一時帰宅だな。」
「魔女って、あまねって名前なんだね。んー、目的達成を手伝えば、帰ってくれるってこと?」
「実際、あまね様がこの町に手を出すとすればその後だな。目的の物すら消し飛ばしてしまうんだから。」
「じゃあ妨害するべき、なのかな?でも痺れを切らしたら結局消し飛ばすよね。丁重に帰ってもらうことは出来ないかな?」
「悪いがそれは俺にもわからない。あまね様の目的は俺たちにもよくわからない。」
命の数が合わない、本に齟齬が出た、とか言っていたがその本質はわからない。
「まだ誰も殺されてないのか?」
「ん?うん。まだそういう話は聞かないね。見張りをつけているけど…」
「直ぐにその見張りを離れさせろ。いいか、今俺達がここに来て半日近い。まだ誰も死んでないっていうのはすごく運がいいことだ。先に言っておくが、あまね様の目的達成には犠牲者ゼロは無理だ。結果この町が無くなるかもしれないが、そこまでは俺達にも分からない。」
「……なんで町の人達が殺されなきゃならないのよ。」
「お前が言ったんだろ。あれは厄災。厄災は大災害の総称だ。大災害が人を殺めるのに理由なんか要らないんだよ。」
ぐ、と少女は言葉を詰まらせた。
少女の目にはあまねは台風や地震と同じに映っている。
だからこそ備えようとしている。
しかしそれは無意味だ。
備えて何とかなるのは災害程度までで、あまねはそのレベルには収まらない。
真人は黙って龍の頭を撫でる。
少し顔色が戻ってきた。
本人も落ち着いたのか煎餅に手を伸ばそうとしている。しかし真人に手をはたかれてしゅんと手を引っこめた。
「こちらの条件を飲むならあまね様を説得してもいい。」
「えほんと?」
「あぁ、でも約束はできないぞ。」
「それでもいい。なるべく犠牲者が少ない方向性で行きたい。」
「条件を聞かなくてもいいのか?」
「なんだってやるよ。それが私の役目だから。」
真っ直ぐに少女は真人を見た。
少女の瞳を見ても体調不良は訪れない。
純粋に手を組もうと誘われているのだと真人は受け取り、煎餅を手に取った。
龍から冷たい視線があったが無視して話を進める。
「名前を教えろよ。」
「彼岸」
真人は頷くと煎餅を1枚とって龍に渡してやる。
煎餅に飛びつき頬張る龍はもう体調は悪くなさそうだ。
頬をいっぱいにして頬張る龍の頬をつついてやるとむっと真人を睨んで手の中にある煎餅を隠すように真人からそっぽを向いた。
いや、取らねぇよ。
「彼岸、話が聞きたい。ここは、どう言った空間なんだ?」
「この町のこと?この町は神様の空間にあるんだよ。10年前、神様が降臨してこの町見守ってくれるって言ったんだ。それからこんな感じになった。」
真人はそれはおかしいと首を傾げる。
神様の仕業ならあまねが出向くことは無い。
いくらあまねでも神様の支配下にあり、管理人の仕事もその指示に基づくからである。
あえてその事は言わずに質問を続けることにした。
「術者じゃなくて?」
「うん。」
「でもなにか中心になるものはあるはずだ。」
「あぁ、この空間の核の話?それなら最深部の城があるの。そこにいる月の華花魁がそうだよ。」
「月の華、花魁?」
「そう。この町で一番高貴なお方。政治的な意味じゃなくてこの町のシンボルみたいなもの。あのお方が神様と交渉してこの空間を授けて頂いたの。当時私は9歳だったけどよーく覚えてるよ。」
「月の華花魁には会えるのか?」
「んーん、会えない。滅多に人前に出ないんだ。城の中は花魁の居住地だから、私たちのその中には特別な許可がないと入れないし。」
彼岸は羊羹を一つ口に放り込む。
甘い匂いがして真人は思わず煎餅にかぶりついた。
甘いものは嫌いでは無いが今は集中力を削がれてしまう。
有益な情報を聞けた。
恐らくは月の華花魁が鍵を握っている。
あまねは恐らくそのことをまだ知らない。これで合流する理由ができたわけだ。
最後の欠片を口に放り込むと真人は立ち上がった。
「月の華花魁は人間か?いや、その前に人か?」
「?人間だよ。当たり前じゃん。」
それは当たり前でもなんでもないが、月の華花魁が不老不死という訳ではなさそうだと真人は理解した。
町の人達を欺いている可能性も捨てきれないが、10年騙し続けるのは至難の業。10年もあれば人の風貌は変わる。
眠そうに目を擦る龍を立たせ、彼岸に一言断ってから部屋を出る。
「もういいの?いつでも来てよ。だから、そっちも約束守ってよね。」
ヒラヒラと手を振る彼岸を振り返ることもせず真人は部屋を後にした。
あまねはすっごい機械音痴で、電話を取る事ができません。
なのでいつも電波ジャック能力者に携帯を操作してもらっています。




