人間は考えるものである
「Au clair de la lune,
Mon ami Pierrot,
Prête-moi ta plume
Pour écrire un mot.
Ma chandelle est morte,
Je n'ai plus de feu ;
Ouvre-moi ta porte,
Pour l'amour de Dieu」
城の屋根の上、月明かりに照らされてあまねは歌を歌った。
心地よい風が頬を撫でた。
「騒がしい夜になりそうだなぁ、さっさと片付けよっと。」
ふわりと屋根から飛び降りてゆっくり、ゆっくりと地面へと降りていく。
地下牢への扉を氷で突き破り、先へと進む。
石造りの床を進むが見張りは誰もいない。
「静かすぎるな。」
「あーれー?お客さん?」
「ん?」
突き当たりの影から細身の影がひょっこりと顔を出した。
真っ黒なローブを身に纏い、はみ出した長い髪を揺らしたそばかす顔の女があまねを見て不気味に笑った。
「わー!かわいい女の子だ!あれー?でも入口には鍵掛けた気がするー。」
松明の火を壁に掛けながら女は妙にのほほんとした雰囲気であまねを一瞥する。
「んー、んんん?あー、あれでしょ君。ほらー、王様がーなんか探してるって言うー、魔女!えーと……確か……」
「それで合ってるわ。貴方は?見張りが少なすぎない?」
「んー、十分だからね。使えない見張りがいたところで邪魔だよー。あはは。あー、私も自己紹介しないとね。」
女は朗らかに笑ったあとあまねの方を向き、ローブを翻して恭しく頭を下げた。
「初めまして、本物の魔女殿。私はこの国で魔女と呼ばれる女、ライアーですわ。」
「魔女…?」
あまねの眉が釣り上がる。
一気に不機嫌になってしまったが、へらへらと笑う女に妙に力が抜けるのも事実。
テンポの遅さに少々苛立ってきているものの、女は気にせずにあまねに向き直った。
両手を広げてまた笑う。
「話にならない。どいて。」
「それ以上こっち来ない方がいいよー。」
「む、」
押し退けてやろうと前に進むと不思議とあまねは後ろへと下がってしまった。
前に出ようとするとまた後ろに下がる。
腕も上がらない。
「……なるほど。あんたが能力者の一人ってわけね。」
「ピンポーン。今なら命は助けてあげるからさー、どっか行っちゃってよ。その辺は私の能力範囲外だしさー。」
ヒラヒラとこちらに手を振ってくる女、ライアーに苛立ち、あまねは脚を開いて姿勢を低くし、冷たい冷気を身に纏った。
一際冷たい風が吹いたかと思うとあまねの足先から凍りついていく。
床や壁を伝ってライアーを囲うように凍らせると氷の壁から氷柱を生成し、ライアーへと差し向けた。
「口ほどにもない。触らない方がいいわよ。皮膚が取れちゃうから。」
「わー、すごーい。」
心にもなさそうなことを言いながらライアーはこちらにボウガンを向けた。
能力者にのみ与えられる飛び道具。確かに通路の狭さからしても避けるのは難しい。ただ、連射はできない。一発目を躱すことが出来れば一気に距離を詰めて叩ける。
あまねにしてみれば氷を使えばいいのであまり関係はないが。
氷柱を発射しようと手に力を込めるとライアーはこちらへと歩き出した。
「反則級の力だよねー、それ、能力?それとも種族の固有能力?そもそも人間なのかなー?」
ライアーがこちらへ向かうと氷は自然と溶けていく。
あまねが氷柱へ力を込めるのをやめると氷はその形を変える事もやめた。
「あー、なるほど。あんたが反転能力者か。」
反転とはなんだと思ってはいたがこういうことらしい。前に進もうとするから後ろへ下がる。
凍らせようとするから溶ける。
腕をあげようとすれば元々下がっている腕は動かない。
「ざーんねんでしたー。」
ライアーは途中で足を止めてボウガンをあまねに向けて発射した。
一発目は正確に額を狙ってきていた為、左に避けようが右に避けようが回避することができた。
あまねは右に飛んで矢を躱す。
ライアーは素早く次の矢を取り出しセットする。
あまねは距離を詰めようと前へ出るもやはり後ろへ下がってしまう。
「っ」
そうしているうちに装填が終わったボウガンを再びあまねに向けて発射した。
右に寄せられたあまねは左に避けるために飛ぶが反転能力により身体は右側の壁にぶつかってしまう。
「ぐ、」
「あはは、らくしょーじゃーん」
壁にぶつかるあまねの額に矢が刺さった。
そのまま後ろへ倒れて行き、どさりと音を立てて仰向けにあまねは倒れた。
あまねが教会を出て約一日。
シオンは机の上に紙とチェスの駒を広げてポーンの1つを小突いていた。
大方、キングが末々とポリクスでクイーンがあまねと天使、ナイトが能力者とシオン、と言ったところだろう。
「魔女様が攻めるまでに攻めるのが最適解……今夜にでも攻め込むだろうなぁ」
「銃が足りないな。」
剣などの鉄を銃に改造してしまったため残りも少ない。
複製する者も一人であり、その数はどんなに頑張っても今500が限界だった。
2万の軍勢に精鋭に持たせたとしても500では全く足りない。
木剣を持たせたところで歯が立たないことは容易に想像が出来る。
そして無謀な策略は反感を買う。
裏切られてお終いだ。
かといってもあまねの生存がバレていないうちに攻めたい。
リオンは人数の都合で色が混ざったポーンの一つを小突いてこかせる。
「天使はどうにかするとあいつも言っていただろう。天使の心配はいらないんじゃないのか。」
「でも、再生能力に長けた天使を殺せるのかな?」
「能力の根源が血なら失血死はするんじゃないのか。」
「再生するのに失血できるのかな。」
傷口が塞がらないように刃物を刺しておけば問題はないがそれでは失血する前に反撃される。
腕を落としても首を落としても元に戻るというのだから厄介なものだ。
あまねはどうにかすると言ったのだからそれを信じるしかないが、不安要素はどうしても頭を過ぎる。
リオンは文献で読んだ天使の記述を思い出す。
「……天使は個体数は変わらないらしい。死んだら人間の中からランダムに選ばれて天使になる、と記述があった。」
「絶滅危惧種なのに?矛盾してるよ、それ。でもそうだ、絶滅危惧種なら殺す方法はあるんだ。でもなぁ、あれを引っ張り出すのは大変だよ。自分の状況を分かってないんだ。日の当たらない地下に閉じ込められてるくせに自分は愛されてる、必要とされていると信じている。」
リオンはシオンの向かい側に座り、腕を組んで天井を仰いだ。
シオンはリオンがこかしたポーンを元に戻す。
最終目的はポリクスの首だ。
どんなに無茶をしてもそれさえ果たせればこちらの勝ち。
だがあまねはそれを叶えない。
あまねの目的は天使の解放にあり、この戦争に手を貸すのはその過程でしかないからだ。
目的を果たせばあまねはこの国を去るかもしれないし、引き続き力を貸してくれるかもしれない。
シオンとリオンは揃って溜息をついた。
あまねは今夜にでも攻め込むだろう。
こちらの気も知らずに。
見張りをつけたかったが見つかれば殺されると分かっている以上、動き回ろうとするあまねが異常なのは明らかだ。
シオンは白色のクイーンを指の先で弾いてやる。
それは軽い音を立てて机から落ちた。
「はぁ、もうこれは少しずつ削るしかないよね。」
「そもそもだが、それは俺らが決めることじゃないだろう。考えるのはいいが、リーダー様に黙って俺らの一存で決めたものでは反感を買うぞ。」
「それもそうだ。」
1度立ってグッと伸びをする。
リオンもそろそろ頭を冷やすべきかと思い始めていた事もあり、飲み物をとって来ようと席を立った。
その時、コツコツと軽い足音がして、布を引きずる音も一緒に近づいてくることに気がついた。
ゆっくりと近づいてくるそれを凝視するように見つめると、奥の部屋へと通じる通路から顔色の悪い末々が現れた。
「あ、リーダー。相変わらず顔色悪いですね。」
「そんなに気負う必要は無いだろ。」
「うるせぇよ……気負うだろうよ、俺らにとっちゃここで負けたら死ぬも同然なんだ。この先もずっとこの待遇を受けるならマシだけど、まず間違いなく半数以上は殺される。」
机までのそのそと歩いてくると紙の上に並べられた駒を見つめて何か考え込む。
邪魔しない方がいいだろうとリオンは席を立ったまま、飲み物を取りに奥へと消え、シオンは末々を眺めていた。
「……お前はどう思う。」
「?……んー、少数で乗り込んで、ちょっとずつ数を削るしかないと思うんだけど……」
「銃を使うとしてもか?それなりに有利に戦えるだろう。」
「知ってる?使い慣れてない武器って危ないんだよ。銃は反動もあるから女子供には厳しい。それに、音も大きいから直ぐにバレちゃう。」
「…音、か。爆発を利用してるんだったな、火薬の量を減らすとどうなる?」
「威力が下がる。」
「小型化は?」
「無理かな。元々魔女様が作ったものだから仕組みがよくわからない。小型はちょっと考えてみて、分解まではしたんだけど…」
シオンは首をすくめた。
結果は貴重な銃が1つ無駄になっただけのようだ。
元々見たことがないものを使おうとしているのだからそううまくは行かない。
小型化ができれば劇的に戦略が広がるのだが難しい。
分解したとしてもそこから仕組みを理解し、小型化のための設計をしてトライアンドエラーで改良していく他ない。
リオンが座っていた場所に末々は腰を下ろし、また駒と睨めっこをする。
考えることに疲れてしまったのかシオンは椅子をカタカタと後ろに揺すりながら天井を仰いだ。
「どうだ、何か進んだか?」
お盆にコップを3つ乗せたリオンが帰ってきた。
シオンの隣に別の椅子を用意して座り、末々とシオンのまでにコップを置く。
末々は気づいているのかいないのか、コップに手を伸ばさずに駒達を見つめ、シオンはコップを受け取るなり一息に飲み干してしまった。
常温の水が喉を潤して心地よい。
「兄様、この戦争を生き残ったらどうしたい?」
「……お前、それ死亡フラグだぞ。」
「大丈夫だよ。きっと生き残れるよ。だって魔女様が助けてくれるもの。」
「俺らの国を滅ぼしたのもその魔女だって忘れてないよな?」
「うん。僕らだけが、生き残った。」
「お前の目にはあいつが神のように見えているのかもしれない。でもな、俺にはあいつがそんないいものには思えない。」
「神は信じるものであって試すものじゃないよ。聖書にもそう書いてある。」
「聖書なんて読んだことあるのか?」
「ないね。」
ペロッと舌を出して悪戯っぽく笑った。
シオンは机にコップを置くと駒を眺めた。
リオンもつられて駒に目をやる。
「……指揮は、俺が執るんだよな。俺がやれって言ったら皆そう動くんだよな。」
ふと、溢れでた声に二人は反応できなかった。
少し間を置いて、口をぽかんと開けて顔を見合わせてからもう一度少し間を置いて弾けるような笑顔で末々に飛び掛かった。
勢い余って末々は座っている椅子ごと後ろへと押し倒される。
「痛てぇよ。」
「「もちろん!」」
子犬のような二人は末々がぶつけた頭をさするのを気にもせずしっぽを振って食ってかかった。
それをいなしながら末々は椅子を起こして座る。
指先でトントンと机を叩くと二人は大慌てで向かい側に椅子を運んでちょんと座った。
末々は駒を規則正しい場所へと並べていく。
「本来、戦争ってのはチェスと同じだ。でも今回は違う。」
「数が違うからだな。」
リオンの答えに末々は一度頷いた。
「あぁ、能力者の存在もでかい。天使と魔女サマの存在もある。俺の考えじゃあ天使では魔女サマ相手ではどうにもならんと思う。」
「「同感。」」
「問題はそこからだ。魔女サマの目的は天使。それ以降は正直なところどっちに転んでも五分だろうな。どうにかして魔女サマをこちらに引きずり込み、戦力をかさ増ししたかった。」
リオンは末々に厳しい視線を向ける。
言いたいことは最もだ、とシオンも理解しているつもりだ。
「それは難しいな。アイツは生物として逸脱している。あれは国を滅ぼす厄災。味方につけるとなると諸刃の剣でしかない。分かるだろ。」
人として扱うことは難しい。
あまねにはあまねの目的がありそれ以外に干渉することは避けようとするだろう。
あまり深入りするとあまねは自身の首を締めることになる。
生物として称するより、歩く厄災そのものだと考える方が扱いやすい。
「分かってるさ。まず不可能だと考えてる。でも可能性があるなら試してみてもいいだろ?」
「何か策があるの?」
「無いわけじゃない。でもそれに頼るのは博打だ。だから、こうしたい。」
並べ終わったチェスの駒たちのうち敵陣に置いてある白い駒のいくつかを黒い駒の陣地へと寄せ、反対を向かせる。
「寝返り……?」
末々は黙って頷いた。
「これ以上増やしても変わらないんじゃないか?裏切りによって吸い寄せられた兵士は裏切りの種だろ。」
「忘れちゃいけない。ここの国の根本を。」
「この国の根本……」
「なるほどな。確かにそれなら魔女を引き込めなかったとしたら第三勢力が生まれる。その第三勢力の頭を誰にするか、か。」
「でも問題もある。魔女サマは天使をそんなことに使うだろうか。」
「断言する。アイツはやるね、絶対。いや、どうにかするってのがそういう意味なら、だが。」
「ねー!僕を置いてかないでよ!」
漸く追いつけないと悟ったシオンが音を上げた。
末々はシオンの頭を撫でてやる。
リオンはシオンに呆れてしまい、白い目を向けた。
体を動かすのが好きなシオンにとって理解できない作戦は中々に苦痛だったのだろう。
机に顎を乗せ、頬を膨らませてぶすくれている。
「ともかく、持久戦といったところか。もちろん、うまくいくなら、の話だが。」
「それだけに頼る訳にはいかない。魔女サマが味方にならざるを得なくなるのが理想だが、そうとも限らない。人の枠にはまらない方なのはよくわかった。もし、そうならなかったとしても違う意味での第三勢力は生まれるだろうが……何とか上手くやりたいね。そうならなくなった場合でも同じように動けるように。」
「あー、何となくわかってきたかも。」
「「は?」」
シオンに教えるつもりはなかったのだが、ぶすくれているうちに何か理解している様子のシオンを見て二人は揃って目を丸くした。
ただのホラ吹きのようにも思えるが、シオンは頬を机にくっつけたまま二人を交互に目だけを動かしてみた。
驚く二人の様子に多少気を良くしたのか、口元を緩めて笑う。
「ようは、魔女様が味方になってくれるように仕向ければいいんでしょ。その材料、その確信、根拠が欲しいんでしょ。」
それはずっと言っていることだが、ようはそういうことだ。
シオンは自分にならそれが出来ると漸く顔を上げて言い放った。
右の頬に丸い赤い机の跡がなければかっこよかったと思う。




