34.イツモオ・コッテル国王「」
騎士マックスが国王の元に戻ったのは夕暮れ時になったときだ。
すでに国王の執務は終わっていたらしく、大臣や貴族、数人の上位騎士がおり、誰もが穏やかな表情で世間話をしていた。
「ただいま戻りました」
騎士マックスが言うと、国王たちはマックスを見た。
「して、馬どもの答えは?」
国王が聞くと、貴族や上位騎士はクスクスと笑った。
「マックス殿も大変でしたな」
「まるで罰ゲームですな」
「言葉が通じるやつがそもそもいたのか?」
国王が咳ばらいをすると、全員が口を閉じた。
「申し上げます。一角獣シャムシールから返書を預かってきました」
「ほう……字を書けるウマがいたとはな。内容次第では乗ってやってもいいぞ」
コッテル国王が言うと、家臣たちは再びクスクスと笑い声を漏らした。
唯一笑っていないマックスから書状を受け取ると、国王は余裕の笑みを浮かべながら書を開いた。
「…………」
まず、国王の表情から笑みが消えた。
「…………」
次に、表情が引きつり指先が震えた。
「…………」
3番目に、額にジワリと汗がにじみ出て、足元では貧乏ゆすりを始めている。
「な、何が書かれていたのですか……陛下?」
そう言われると、コッテル国王は慌てて書状を畳んで懐に閉まった。
「い、いや……う、ウマのくせに達筆な奴じゃ……褒めて遣わす! あっはっはっはっは……た、タオルを持て」
「は、はは……」
近衛騎士がタオルを出すと、王は震える手で額や首筋の汗を拭っていた。
貴族たちは不思議そうな顔をしたまま国王を眺めた。
「して、ダークユニコーンは何と?」
「いやなに、他愛もない恋文を書いていただけじゃ……ただ、わ、いや……余はとてもシャムシールのことが好きになった……あははははは」
その態度を見ていたマックスは呆然としていたが、ハッとした様子で言った。
「そういえば、騎士団長殿とチンバンー大臣殿あてに手紙を預かっています」
騎士団長たちは半信半疑の様子で手紙を受け取り、それぞれが手紙を広げると、徐々に表情が強張った。そして、ほぼ同時に手紙を素早く自分の懐に収めると誤魔化すように笑っている。
「ほ、本当に達筆でございますな……ユニコーン殿はぁ!」
「さ、左様でございますな。上手すぎて少々見ずらいくらいです!!」
チンバンー大臣は、服の袖やハンカチで冷や汗を拭き取ると国王を見た。
「陛下……ユニコーンの森を攻めるのは危険です。陛下や王女殿下の仰る通り、この国の畑や町を潤している水源を失われる恐れがあります」
騎士団長も、歪に笑いながら言った。
「わ、私も大臣殿に賛成です。疫病が流行りはじめている今……ユニコーンとは共存共栄の道を探りましょう」
国王と大臣たちのやり取りを、僕はシャムシールの映し出した水鏡から眺めていた。
しかし、騎士団長とチンバンー大臣は、一角獣討伐派の筆頭だったはずだ。どうして急に融和を口にするような行動に出たのだろう。
疑問に思っていると、父カッツバルゲルも息子シャムシールに質問をした。
「一体、騎士団長と大臣には何を書いたんだ?」
シャムシールは水面を眺めながら答えた。
「チンバンー大臣には、王国の進めてる一大プロジェクトでの不正着服の具体的な金額と、行った日時を記しておいたんだ。騎士団長には武器業者と牧場業者から受け取ったワイロの金額と、ついでに闇商人に横流しした武器一覧」
その言葉を聞いたカッツバルゲルは表情を変えた。
「どこでどうやって調べたのかは知らんが、そんなことをやっていたら暗殺されるぞ?」
「そうだね。小生の思いもよらない方法で暗殺を試みてくる可能性もあるから、もし殺されたら王国上層部が全員辞職せざるを得なくなるような情報を公開するように仕掛けでもしておこうかな」
「ま、まだ何か彼らの弱みを握っているの!?」
そう質問すると、シャムシールは不敵に笑って軍曹声を出した。
「リックよ。一旦敵を攻める場合は火の如く、敵が戦意を失くすまで攻撃の手を緩めてはならん。中途半端な攻撃なら最初からしない方がいい」
どうやらシャムシールは、王国破壊の情報兵器を温存しているようだ。つーか、どうやったら、そんなに危険な情報を入手できるのだろう。
やっぱり、特技ペネトレーションが関係しているのだろうか……?




