33.国王は悪手を打つ模様
シャムシールやオリヴィアと朝食を取っていると、忙しそうに渡り鳥が飛んできた。
その報告を受けたシャムは、意外そうに驚いた後で「興味深い……」と呟いている。
「どうした?」
「王女さまがおもしろい一手を打とうとしている」
「ほほう……それはどんな手だ?」
「自分自身を人質にして、小生を王宮に招こうとしてる」
「ほうほうって……本当に!?」
そんな案、先日の鳥爆弾テロで先輩の弔い合戦に燃える騎士団や、血の気の多い国王が認めるだろうかと思ったが、シャムの考えは違うようだ。
「この土地は、王国にとっても重要な水源に当たる場所だからね。少しでも内政に明るい者なら、戦火にさらせばどうなるかくらいはわかるよ」
国王も選択肢の一つとして考えている可能性があるということか。
しかし、王国側に旨味があったとしても、カッツバルゲルにとって旨味がないと同盟は意味を成さない。
腕を組むと、シャムシールは不思議そうに言った。
「リックは反対なのかい?」
「なんつーか……ムシが良過ぎると君たちなら思うんじゃないかと思ってさ」
「国同士の駆け引きなんてそんなものだよ」
普通なら突然使者が訪れてから、カッツバルゲル一行は動揺するところのはずだが、前もって話が聞こえて来るから、カッツバルゲルも判断が楽なようだ。
「なるほど……で、お前は動考えているんだ?」
「王女が人質となるのなら行く。こちらに高圧的な態度をとってくるのなら考えがある」
考えという言葉にカッツバルゲルは興味を示した。
「考えとやらを可能な限り聞かせて欲しい」
シャムは目を細めた。
「お父さんは、国王が男色家という話を聞いたことがある?」
「ああ、騎士のひとりに入れ込んでいるそうだな」
「……もし、他の男に手を出したことが明るみになったら?」
少し間を開けてから、カッツバルゲルは苦笑いした。
「確かに国王は嫌がりそうだが、もう少し強烈なものは?」
「では、王が王である3神器の1つを国王が破損させた……というのはどう?」
その話を聞いた僕は、カッツバルゲルのそばにいるエストックと目を合わせていた。
絶賛人気低迷中の国王に、そんなスキャンダルが飛び出したら辞めろの大合唱が国中に響き渡ることは確実だろう。
その壮絶な情報を耳にしたカッツバルゲルも、納得した様子で頷いた。
「なるほど……」
「破損させた品の名前はもちろん、壊した日時や目撃した人間……さらに口止めをされている人もある程度は把握している」
こ、怖すぎです。シャムシールさん。
シャムシールは、王国側の動きを逐一調べており、使者を騎士の誰に任せるかということ、森の党略する日時、更に背後に誰の思惑があるかまで把握していた。
そして、使者である騎士がやってきた時、あえて尻を向けて草を食んでいた。
「おい、馬よ……一角獣……」
「遠路はるばるご苦労様。騎士マックス。小生がシャムシールさ」
そう言いながら振り返ると、シャムシールは青緑色の光を放つ角を見せつけた。
「君は恐らく、吾らに軍門に下れと言おうとしているでしょう」
「よ、よくわかったな……ならば話は早い」
「その返答なら、既に書類に記しているよ。リック」
「ああ」
僕はあらかじめ用意されていた紙を、騎士マックスへと手渡した。
「これを……陛下にお渡しすればいいのか?」
「ええ、それから……これを騎士団長殿に、こっちは強硬派で知られる貴族チンバンー殿に、そしてこれは王女殿下に」
「よ、要するに、名前の書いてある方に届ければいいのだな?」
「その通りです」
次々と手紙が出てくると、騎士マックスは目を白黒とさせていた。国内髄一の豪傑と言われている彼がこのような顔をしているのだから、いかにシャムシールが奇想天外な行動をしているかわかる。
「あ、あいわかった。陛下に届けて来よう」
「道中、気を付けてね」
騎士マックスが立ち去ると、僕はすぐにシャムシールに尋ねた。
「ねえ、もしかして……」
そう言いかけるとシャムシールはにんまりと不敵な笑みを浮かべていた。この表情だと、どう見ても素直に軍門の下るようには見えない。
「あとは、受け取った国王がどんな顔をしているのかゆっくりと眺めよう」
シャムシールの表情を見ていた、彼の母エストックは不安そうに言った。
「あまり変なことを書いて戦争にでもなったらどうするのです?」
「念のために王国軍の倒し方は17プランくらい考えてあるけど……小生たちと争うほど国王は愚かではないと思う」
そう言いながらシャムはゆっくりと歩き、水面に自分の顔を映した。
「もう少ししたら、国王様がどんな顔するか見てみよう」
3種の神器の1つが壊れていることがバレているんだから、さぞや驚くんだろうな。
「僕も見たいな……」
「…………」
そっとエストックママやカッツパパまで来るんだから、怖いもの見たさは人間に限ったものではないのかもしれない。




