3.リックのデビュー戦
僕はそっと枝の上から眺めると、山賊連中が藪の中に潜んでいた。
そして、その視線を追うと馬車が近づいており、こちらの異変には気づいていないようだ。この様子だとお金もちとか貴族が乗っているんだろうなぁ。
シャムシールは視線だけをこちらに向けて、ね? と言いたそうにしている。
ざっと見た感じでも10人近くの賊がいる。幸いにも僕たちには気が付いていないようだが、これ……勝ち目はあるのだろうか?
そう思ったとき、シャムシールの声が脳内に響いた。
『小生が合図をしたら、その場所から姿を現して叫び声を上げて。そうすれば全てうまくいく』
それはつまり、僕が囮になるということか。
ちょっと待ってという間もなく、シャムシールは低木の影に身を隠してしまった。何だか、厄介なことに巻き込まれた……というか首を突っ込んでしまったな。
馬車がだいぶ近づくと、賊のひとりが笑いながら道を塞ぐように樹木を倒した。
馬たちは驚いて止まり、業者も道端へと転倒すると賊は一斉に武器を手に取って馬車を取り囲んでいく。その光景はとても恐ろしく体中にびっしょりと汗が流れ出ている。
その直後にシャムシールの声が響いた。
『短剣を投げる!』
僕の体は全身がビクッとすると同時に、指示された通りに短剣を、賊の足元へと投げつけていた。その勢いは僕自身もびっくりするほどあり、地面深くに突き刺さっている。
「な、なんだテメーは!?」
賊たちが一斉に僕を見上げている。全身に敵意を感じると、何だろう……今までに味わったことのない快感のようなものを味わえた。
シャムシールのテレパシーも聞こえてきた。
『美しい夜には、虫の音色と風の囁きがよく似合う。貴様らのような下賤な輩は、穴倉にでも籠って大人しくしているべきだ』
シャムの奴は勝手に僕の口を動かしていた。似合ってねえセリフだと思っていたら……賊一行も「はぁ?」と言いながら僕を睨んで来た。
「言うじゃねえか。煙と何とかは高いところが好きってか!」
ゲラゲラと賊一行が笑い声を上げると、更にシャムシールの声が脳裏に響いた。
『私は悪党を狩る夜闇の鷹。貴様たちこそ煙を自負するなら、吾と同じ土俵くらい上がって来る意地を見せてみるがいい!』
な、なんてこと言わせるんだシャムぅ! メチャクチャ恥ずかしいセリフじゃないかぁ!!
「おい、あのバカを黙らせろ!」
賊の手下たちの何人かは大急ぎで走って来ると、木の枝を伝いながら少しずつ登ってきた。さて、数は減ったけどこれでどうするんだシャムシール?
そう思ったとき、馬車の背後から影が見えると飛び出したシャムシールが角を光らせながら、賊のリーダーに角での一撃を見舞っていた。
「お、俺様を……背後から……だ……と?」
「う、うわ……不吉なウマだ!」
「ひいっ!」
賊一行が騒然としている今がチャンスだろう。僕も一気に飛び降りると、ちょうど着地点にいた賊1人を踏み倒し、間髪入れずに2人目を殴り飛ばした。
「て、てめ……」
3人目の賊が剣を振り上げるよりも前に、回し蹴りを見舞って気絶させると、4人目は腰が抜けたらしく尻もちをついていた。
『容赦せずに蹴飛ばして』
もちろんと思いながら蹴りを見舞おうとすると、その賊は武器を放り投げ、四つん這いになりながら逃げだした。
僕は、賊が使っていた剣や弓を戦利品として奪うと、シャムシールも賊を残らず片付けて僕の方に歩いて来た。
その直後に馬車のドアが開き、中からは美しいドレスを身に着けた少女が現れた。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます」
『顔を見られたくないのなら背を向けて』
僕はもちろんと思いながらドレスの少女に背を向けた。
『美しい君には、屈託のない微笑みこそよく似合う。夜の独り歩きはやめなさい。父君の元へと帰られるがいい』
後ろを向いていて良かったと思った。こんな恥ずかしいセリフは僕自身じゃ絶対に言えないよ。姿を消そうとしたら、そのドレスの少女は叫んだ。
「お待ちください! せめて……お名前を!」
「我が主のことは、夜闇の鷹と呼んでください。では……」
シャムシールもドレスの少女に言い残すと、翼を広げて夜空へと飛び去っていった。その後姿を見守るドレスの少女は、両手を祈るように握ったまま目をつぶっている。
あのー、もしよろしければ今夜のことはすぐに忘れて頂けませんか? 僕としてはすっげー恥ずかしい罰ゲームのようなひと時だったので……