26.怪物登場
戦士たちが慌てて門から離れると、門は脆くも破壊された。
姿を見せたのは牛のような生き物だった。頭には鹿のような角を生やし、蛇やトカゲのように鱗に身を包み、足には鋭そうな爪を持っている。
「な、なんだこいつは!?」
僕の脳裏には合成獣という言葉が浮かんだ。故郷に白馬が現れてからガーディアンとして密かに制作していた生き物。複数の獣と人間を魔法で縫い合わせたキメラというべきか。
「弓隊と魔法隊!」
居合わせた弓使い8名、魔導士7名は隊列を組むとキメラを睨んだ。
「よく狙えよ」
「…………」
「…………」
キメラはゆっくりと近づいてくる。恐らく体の縫合が不完全で、この速度でしか歩けないのだろう。弓使いも魔導士も確実に狙いを定める時間があった。
「てぇ―――――――!」
一斉に15名もの冒険者が一斉攻撃を見舞った。個々の実力もBランクと決して腕は悪くないが、放った矢はキメラの鱗に弾き飛ばされて地面に刺さり、炎魔法や風魔法もほとんど効き目はなかった。
「な、なんて固いんだ……」
「も、もう一射するぞ!」
今度は弓使いも魔導士も表情を変えた。
距離もキメラとだいぶ近づいているため威力も高くなるだろう。それぞれが殺意を込めた様子で弓や魔法を準備し、目標を睨んだ。
「……よし、構え」
「…………」
「…………」
リーダーの冒険者もしっかりとキメラを睨みつけた。
「てぇ―――――――!」
無数の魔法や弓矢が鋭く撃ち出されると、全弾がキメラへと命中した。
「…………」
「…………」
「嘘だろ!?」
なんと、キメラは鱗が燃え、矢が突き刺さった状態で平然と前進してくる。
その足がゆっくりと止まると、僕は全身に寒気を感じた。
「退避!!」
その直後に、キメラの全身に魔文字のような模様が浮かび上がった。瞬間的に全滅の危機と感じたとき僕の持つスキル『ご都合主義』がトリガーしたように思えた。
後ろにいたオリヴィアは僕を背中から抱き、額を付けると耳慣れない言葉を小さく呟いた。
目の前には岩壁が防壁のように姿を見せ、キメラの周囲に巻き起こった爆風を遮り、僕、シャム、オリヴィアをはじめとした仲間たちを守った。
そっと頭を上げると、爆発に巻き込まれた冒険者たちは折り重なるように倒れており、門はおろか柵まで崩れ、無事だったのはミカッケ隊長とスグヤール隊くらいになっていた。
そして、キメラは目を血走らせたままこちらを目指してゆっくりと歩みを進めてくる。
「くそ……無事なのは我々だけか!」
スグヤールや仲間たちは剣を構えたが、この人数で勝てるとは思えない。どうしたものかと思ったとき、シャムシールが翼を実体化させた。
「一陣の風よ!」
シャムシールの巻き起こした風は、透明な大鎌のように飛び出すとキメラの前脚を斬り飛ばした。
「す、すごい威力……」
スグヤール隊のレイナが言うと、キメラの体からしたたり落ちた血が手のように伸びて斬り飛ばされた体から流れ出た血と合体し、キメラの前脚の場所へと戻っていく。
「な、なんだ……今のは!?」
ミカッケ隊長が一歩身を引くとキメラの速度が少し早くなった。どうやらスキルの効果が弱まったようだ。
シャムシールはキメラを睨むと、先ほどの風の大鎌を3連続で飛ばした。
キメラの両前脚と首を斬り飛ばしたが、結果は変わらなかった。血が手のように伸びてお互いに握り合おうとしたときに、再びシャムシールは風の刃を飛ばして合体を妨害したが、血にダメージはなく、また手を握り合うだけである。
いや、それどころか、折り重なっている冒険者に向けて赤々とした血が手を伸ばし、自分の体へと取り込んでいく。
「あるべき場所に還れっ!」
僕はその惨すぎる光景に激高し、持っていた投げナイフをキメラの眼球に向けて投げつけた。
すると、僕の右腕にも文字のような模様が浮かび上がり、キメラの眼球に刺さったナイフの周囲にも魔文字のような模様が浮かび上がっていた。
怪物は断末魔のような叫び声を上げて崩れ落ちていく。
確かに眼球は急所だ。それはわかるんだけど、首を落とされても死ななかった怪物がどうして僕の一撃で倒れたのだろう。
そう思いながら、自分の腕を見るとびっしりと魔文字が浮かび上がっていた。
その様子を見ていた修道士レイナは、恐ろしいものを目にした様子で僕を眺めている。
「これは、ダークエルフの刻印!」
彼女の言葉を聞いたマーチルやグレイスも表情を変えた。
「つまり、悪魔の証か!」
ミカッケ隊長は、厳しい表情で僕を睨んできた。
「すまないがリック。悪魔の眷属であるお前に仕事を依頼することはできない」
スグヤール隊長も言った。
「君たちの働きで僕らの首は繋がった。だから……ここで君たちを討とうとは思わない。だが、君たちをイキリーニに置いておくことはできない」
僕はそうだろうなと思いながら頷いた。
「短い間だけどお世話になったよ。シャム、オリヴィア……行こう」
シャムシールやオリヴィアもまた、かつての仲間たちをじっと眺めてから僕の後に続いた。スグヤール隊長は悔しそうに唇をかみしめていたが仕方ない。
下手に僕のような悪魔と言われる原住民を匿えば、彼らとて無事では済まないのだから……




