18.リチャードの過去
オリヴィアの歓迎会も終わり、ギルドメンバーも行きつけの宿屋や自宅へと帰った後、僕はシャムシールのいる納屋へと足を運んだ。
「……そろそろ、来ることだと思っていたよ」
「シャム。大事な話がある」
シャムシールはしっかりと僕を見据えていた。
「レッドオリーブ同盟のことかい?」
僕は頷いた。
「僕の故郷は、あの同盟と深いかかわりがあるんだ」
「君の故郷は……アンバーヒルと呼ばれている場所かい?」
僕はシャムシールの目をしっかりと見つめると、ポケットから琥珀を出した。
「琥珀は宝石として有名だけど、魔法を使う際にとても役に立つ」
「やはり持っていたんだね。琥珀は独特の匂いがするからすぐにわかったよ」
「レッドオリーブ同盟が近年、急速に勢力を広げているのは……この琥珀があるかと言っても過言じゃない」
シャムシールは目を細めた。
「レッドオリーブって……どんな団体なの?」
僕は言葉を選ぶことに苦労した。
幼いころから身近にあった組織だけあって、すぐに説明しろと言われても簡単に頭の中が整理できるものではない。
「元々は、自然を守って皆で幸せに暮らしましょうという……ごくごくありふれた団体だった」
シャムシールは頷いた。
「だけどある日。故郷に1頭の角の生えた白馬がやってきたんだ。考えてみれば、それから全てが狂って行ったように感じる」
白馬という言葉を聞いた瞬間に、シャムシールは警戒するように険しい表情をし歯を見せた。
「それは、牝馬かい?」
「うん。僕自身が子供だったせいもあるんだろうけど、見た瞬間に馬の皮を被った悪魔に見えた」
「いったい、何を君たちに吹き込んだんだい?」
僕は過去を思い返しながらシャムシールと話した。
白馬は最初のうち、旅の一角獣として無償でけが人や病人の治療を行っていた。特に重体の人間が出ると、真夜中でも側に寄り添って治療を施していたのだから、僕自身も彼女が悪魔に見えたことに罪悪感を覚えるほどだった。
そして十分に村人たちの信頼を勝ち取ると、白馬はレッドオリーブの理念を褒めたたえた。特に自然保護の理念が気に入ったらしく、何か植物の話になると必ずレッドオリーブを褒めるようになっていた。
元々村にとって神獣である一角獣に、ここまで褒められて嫌な気になる関係者はいない。間もなく彼女はレッドオリーブへゲストとして招かれ、熱心に出席していくうちに、白馬が会議に出席するのは当たり前のようになった。
「そして、僕が12になったとき……レッドオリーブの関係者だった父が引っかかることを言ってたんだ」
「それは、どんなこと?」
「森にガーディアンを作る」
シャムシールは険しい表情をした。
その日を境に、村人や立ち寄った旅人が行方不明になることが続いた。
不審に思った僕は、そっと父親の後を付けてみると、そこには先日に行方不明になった村人とレッドオリーブの連中、それに父もいた。
そこに現れた白馬は、行方不明になった村人を動物の死骸の上に座らせ、禁術を用いたんだ。
話を聞いていたシャムシールは、そっと口を開いた。
「もしかして、君が故郷を捨てたのって……」
「後で父親を問い詰めて、口論になって魔法で……」
「…………」
険しい顔をした後、シャムシールはそっと言った。
「君たちの運命を狂わせた白馬は、もうこの世にはいないよ。僕の父……カッツバルゲルが討ち果たしたから」
その言葉を聞いた僕は、ほんの少しだけ救われた気がした。
そろそろ部屋へと戻ろうとしたとき、シャムシールの納屋に渡り鳥が止まっていることに気が付いた。
「シャム、お客さんが来ているようだ」
「うん、報告を聞いてみるよ」
シャムシールは、渡り鳥のさえずりを聞きながら頷き、やがて仔馬に話しかけるように鳴き声を上げた。
こんな優しい声から、軍曹声まで出せるのだからシャムシールの声は実に表現豊かだと思う。




