1.不採用の冒険者
面接を担当した騎士は、馬鹿にしたように笑いながら僕を眺めていた。
「リチャード君……まあ、真面目そうでいいと思うんだけどさぁ……」
言いたいことはよくわかる。恐らく騎士様はなんの特徴もない若者だと言いたいのだろう。
僕ことリチャードは寒村出身の冒険者だ。身長は170センチ弱でやせ型という、この辺りではありふれた体格で、これと言った強みもない。
隣にいた騎士も、つまらなそうに僕を見た。
「冒険者として2年も生き延びているのは頑張っていると思うよ。だけどさ、5人の兵士の求人枠にね……63人も応募が来ているんだ。体格の一番いい戦士は190センチメートルだ。他にも名門冒険者ギルドの精鋭パーティーの副隊長とか、激レアと言われる治癒術の使い手もいる」
治癒術という言葉を聞いて僕は驚愕した。そんなにレアなスキルを持つ者は老舗冒険者ギルドでも1人いればいいほうである。
「はっきり言って、君程度の使い手が入り込む余地はないんだよね」
先ほどまで馬鹿にしたような目をしていた騎士は、僕の経歴の書かれた紙を見て鼻で笑った。
「ほほう……君は主人公補正というスキルがあるのか。これはいい。もし君が入隊すれば我が軍の主人公は1035人になるということだ!」
隣でつまらなそうにしていた騎士も、さすがに怪訝な顔をして笑っている騎士に言った。
「ホエズラー! 自分の立場をわきまえろ……俺たちだって下っ端だということを忘れるな」
「はいはい。マイル殿はお優しいですな」
注意した騎士は、僕を見て言った。
「主人公補正程度のスキルなら、いちいち書かない方がいいよ。取り立てて何の能もありませんと言っているようなものだ」
「そうですか……ありがとうございます」
僕が深々と頭を下げると、騎士は書類を纏めながら言った。
「このまま冒険者を続けていても未来がないと言っていたね。正直、僕も元々は冒険者だったからよくわかるよ。どうしても兵士になりたいのなら、こういう競争の激しい場所じゃなくて田舎の自警団あたりに相談してみたらどうかな?」
「アドバイス、ありがとうございます」
この人は善意で言ってくれているのだろうけど、僕にとっては故郷に戻るという選択と、魔法を使うという選択はあり得ないと思いながら事務所を出た。
しばらく歩くと、慰霊碑の前へと立った。
これは魔境探索で犠牲になった、多くの冒険者たちの魂を鎮めるために立てられたものだ。最初に僕とチームを組んだ時の隊長さんや先輩、更に一緒に釜の飯を食んだ同期や後輩たちもここに眠っている。
「残念ながら不採用だったよ」
そう語り掛けたが、慰霊碑は何も言ってはくれない。まあ当然だ。
慰霊碑の横にあるベンチで休むと、川原へと向かった。そこで修業をするのは、もはや日課となっている。
戦士の修業と聞けば、普通は素振りとか仲間との試合を思い浮かべるかもしれないが、まず行うべきは基礎修行だ。走り込みや筋力トレーニングはもちろん、懸垂なども行わないと武器に振り回される体になってしまう。
だけど、寒稽古を進めていくと、自分はもうこれ以上は強くなれないという気分になった。体中には戦士らしく筋肉はあるけれど、厳しく自分を苛め抜いても昔のように飛躍的に強くなることもなくなってしまった。
いや単純な強さだけではない。足を棒のようにして限られた予算で見込みのありそうな新人を見つけても、少し強くなれば強力なパーティーに引き抜かれてしまう。
それでもその新人が大成すれば、まだ僕の頑張りも無駄ではなかったと思えるのだが、大抵の場合は悪い冒険者チームのしんがりにされて使い潰されるのがオチなのである。
これでは、何のために冒険者になったのかわからないと思えた。強い冒険者チームを喜ばせるためだけに飼い殺しにされるくらいなら、寒村にでも行って村の人たちをモンスターから守るための戦いをした方がいい。
もう、僕のパーティーに仲間は誰一人としていないのだから、それが一番かもしれない。
トレーニングを終えて草むらの上へと横になると、日もすっかりと傾いていた。
あと30分もすれば、この川原も闇に包まれるだろう。もう少しだけ休んだら行きつけの安宿にでも行った方がいい。
呼吸を整えていると、森の中で不自然な光を見た。
「……!」
何だろう。冒険者の松明だろうか。いや、鬼火の類ということもあり得る。
僕は剣に手を当てて警戒した。なるべく早く消耗しきった体力を戻し、いつでも戦えるコンディションに戻さないと命がないかもしれない。
光は少しずつ僕に近づいてくる。その姿が見えた。
「ユニコーン!?」
それは、緑色に近い青色を角から放つ青毛馬(毛並みが青みを帯びた黒毛の馬)だった。
顔立ちは精悍で、腰や脚周りにはたっぷりとした筋肉があり、尻尾だけが白いという印象に残る姿をしている。
ユニコーンは僕の前までやってくると、角で十字を切った。
同じように十字と敬礼を返すとユニコーンは満足した様子で笑っていた。が、僕は緊張で体中が強張った。相手はユニコーンだ。こんな若造に何の用がある?
「小生はシャムシール。君の名は?」
「リチャードと言います。お会いできて光栄です!」
僕の心の中には高揚感と焦りが混ざり合っていた。
僕の故郷ではユニコーンは神獣だ。彼らの守る場所は聖域と言われ、そこに居てもらうだけで村は豊作が続き、疫病や悪魔も寄せ付けないと固く信じられている。
しかし、冒険者にとってユニコーンは暴力と高慢の象徴だ。特に黒毛や青毛のユニコーンを見た者には死が訪れるとさえ言われ、信心深いギルドではただの黒毛や青毛の馬さえ縁起が悪いと毛嫌いするほどだ。
一角獣シャムシールは、僕を眺めると言った。
「リチャード、君はパーティーリーダーかい?」
「え、ええ……Dランクパーティーのリーダーをしています」
「単刀直入に言うよ。小生を仲間に入れて欲しい」
その言葉は、僕を仰天させるには十分すぎた。
確かにDランクと言ったよなと、自分自身のセリフを思い出すと僕は何だか不安になってきた。
「ほ、本当にいいんですか? 僕のチームって冒険者パーティーとは名ばかりで、全く機能していないチームです。先日までは3人パーティーでしたが、2人が同じギルドのCランクパーティーに引き抜かれたばかりですから」
早口で言うと、シャムシールはますます上機嫌で頷いた。
「小生のような縁起の悪いウマにピッタリなチームだね」
どうやら、シャムシールは自分が冒険者街では嫌われる存在だということを理解しているようだ。
「ひとつ……大事なことを聞いていいでしょうか?」
「なんだい?」
「どうして僕を選んだのです? 恥ずかしい話だけど……貴方ならもっと優れた使い手を選ぶこともできると思うんです」
そう質問すると、シャムシールは視線を上げた。
「月並みな言い方をすれば天啓を得た……となるんだけど、君は何か先天的にスキルを持っていたりする?」
先ほどの面接を思い出すと、気が引けたが一応言ってみることにした。
「鑑定できる人に調べてもらったら、主人公補正と……」
そう答えると、ユニコーンは「本当!?」と言いながら身を乗り出した。
「ならば是非、小生を仲間に入れて欲しいな。スキル同士の相性がいいんだ!」
こんなショボい能力でも、ここまで喜んでくれるのなら僕としても嬉しいものだ。
「わかった。じゃあ……これからは部下として接する」
シャムシールが頷くと角が消えた。正確に言えば隠したという印象を受ける。
「今の、魔法!?」
「幻術の応用だよ」
凄い仲間がやってきたと感じた。
明日にも冒険者を引退するつもりだったが、彼がチームを抜けるまでと改めるのもいいかもしれない。
「まずは、ギルドで君のことを登録しよう」
【作者からのお願い】
ここまで読んで下さりありがとうございます。本作は『ヲッサン馬、パーティー追放され回復の泉の守り手に! 善人に限り、手厚い支援を行うダンジョンマスターになる模様』の3年後の世界になります。
気に入って頂けたら【ブックマーク】や広告バーナー下の【☆☆☆☆☆】に評価をよろしくお願いします。
また、★ひとつをブックマーク代わりに挟むことも歓迎しています。お気軽に、評価欄の星に色を付けてください。