第1話 囚人先生と刑務官生徒
登場人物紹介です
①主人公 刑務官:セント
scent Judah fragrance
(セント=ユダ=フレグランス)
日本人とアメリカ人のハーフ
②弟 刑務官:ミカ
aroma michael fragrance
(アロマ=マイケル=フレグランス)
aromi mika fragrance
(アロミ=ミカ=フレグランス)フィンランド語での名前。ここからニックネームをミカとしています。
アメリカ人とフィンランド人のハーフ(異母兄弟)
③囚人中尉 :クリード
Creed sacred faith
(クリード=セイクレッド=フェイス)
④中尉の元恋人:ミニィ
Minister martyris Apostlo
(ミニステル=マルティリス=アポストロ)
とある作戦に参加後死亡
⑤少佐 ミニィに執心。
ミニィをとある作戦に参加させた張本人
※名前をつなぐ記号…・、=どちらでも良いらしいですが、=は、多くは聖人名を足した名前の時に聖人名と自分の名前をつなぐ場合に使うらしいですが、個人的に好きなので=で統一させていただいておりますm(__)m
それは、主の定めた運命だったのかもしれない…
「…壱〇〇〇号、入ります。」
1人奥の窓辺に腰掛け、聖書を片手にたたずむ彼。
およそ死刑囚とは思えないその佇まいは手にする聖書も手伝って
宗教画に描かれた聖人にすら見える。
「―以上。何か質問は?」
「では、一つだけ。私でも悔い改めれば主は許されるか?」
この場所に不釣合いな愛くるしい表情を携えた彼は、少しだけ思案しながら答える。
「自らの行いを悔い改め反省しようとするものは、きっと主の御許へ導かれます」
目に輝きを宿し安堵のため息を付いて彼は答える。
「…やっと私のヲモヒに答えてくれるものがいたか。…ありがとう。」
喜びの笑みを一瞬浮かべたが、すぐさま元の無表情に戻りゆっくりと窓辺へ戻っていく。
…思えばこのとき既に主の導きにより運命の糸は紡がれていたのかも知れない…
この時から彼と「聖書」についてのやり取りが始まった。
彼…クリード=セイクレッド=フェイスの実家フェイス家は元々牧師の家系で、
代々教会を営んでいたらしい。
彼もまた牧師になるはずだったのに、何の因果か軍隊に入り、
兵士になってしまったようだ。
彼については「上官殺し」「逮捕されるときに全く抵抗していなかった」
とだけしか聞いていない。
いくつかの聖書談義を重ね、そんなに悪い人じゃない気がしていた。
ボクもクリスチャンだからだろうか?主を信ずるものに悪人はいない、
いて欲しくないと思ってしまうのかもしれない。
「三位一体とは?」
「主なる父と御子と聖霊のことです。
そしてそれは同一であるとも説かれております」
「では何のために3つに分かれているのだろう?」
「…その方が、人々を救いやすいのかな?」
「…フッ、次回までの宿題だ…」
話していて常々思う。
彼の知識はここで読んでいる聖書から得たレベルではない。
牧師か、下手したら神学者のレベルな気がする。
ボクも自分では信心深く生きているほうだと思っていたけど…
どうやら甘かったようだ。
「…兄さん、またあの死刑囚とお話していたの?」
ひょこっと机の下から顔を出したのは子供の様に見えるが立派な刑務官。
純真無垢な赤子のような目をしてこちらをまっすぐ見つめている。
この目に見つめられると誰でも己を恥じてしまうような突き抜けたまっすぐさ。
嫌いじゃないし寧ろ好きなのだが、ボクは…自分の汚い部分が…
暴かれる感じがして見つめられるとちょっと辛い。
きっとここにいる囚人たちも同様の気持ちになっていることだろう。
それゆえの採用なのだ。
彼に見つめられて観念したり改心するものも少なくない。
そんな彼らにボクと違って自分から率先して「癒し」を提供していたりもする。
そう、この監獄内でボク等だけがその様な「癒し」の特権を持っている。
上官たちの中にはその事で職権乱用して言い寄ってくる輩もいる。
そこも規定にはあるが、ボク等の人権保護も考慮され拒否権も与えられている。
…下心だけのやつなんかと誰が!
その辺りは弟の方がよほど仕事熱心かもしれない。
いや、彼は素直に相手の気持ちに応えているだけなのだろう。
それこそ慈愛といえるのかもしれない…
「…何々…なるほど…う~ん、この”聖霊”わかりづらいな…」
大体の内容がつかめたので早速訪れてみる。
「三位一体とは…主なる全能の神の3つの側面を表したもの!」
「ではその3つの側面とは?」
「うっ…」
少し微笑みながら彼は口を開く。
「万物の創造主たる父、真理の伝道者である子、真理と奇跡の顕現たる聖霊」
「それら全てで一つの主なる全能神でありまた父であり子であり聖霊である」
「この世の全てを創りたもうたのも人の姿形にて教えを説いたのも…
数々の奇跡と守護を顕したのも全て同一の存在の御業であると言う事だ。
それら全てでGODとなる。」
「あ、有難うございます。」
思わず手を合わせ言葉が自然と口から漏れてしまった。
「はは、死刑囚に手を合わせる刑務官がいるとはな。」
「いえ、詳細な経緯は判りかねますが…
あなたが尊敬に値する方なのはわかります!」
「刑も…きっと何かの間違いのはず…!」
「しかし実際こうやって服役しているのが現実であり事実だ。」
「でも…!」
外で待機している他の官が呼ぶ声が聞こえる。
「セント=ユダ=フレグランス刑務官、退出の時間です。」
「…また来ます!」
一礼して彼の部屋を後にする。
しばらく様々なやり取り(聖書の内容ばかりだが)を交わす日々が続き、
執行の日が一月に迫ったある日のやり取りのことであった。
「…ソドムとゴモラについてはどれくらい知っているか?」
思わず顔を赤らめてしまい、自分の狼狽に逆切れ気味にキッと睨み返し、
「…なんだ!やっぱりそっちが本命か!」
投げつけるように言い放ってしまった。
「…ロトの元に来た二人の天使を…町中の男が襲いたいから出せって言って
街ごと滅ぼされた話だろ!」
「Sodomyの語源じゃんか!」(※1)
「…他には?」
ちょっと肩透かしを食らったようになり少しだけ我に返る。
「他ってほかに何が…?」
「それが今回の宿題だ。」
…なんか良くわからないままはぐらかされたような…?
「…聖書だけではなく、エゼキエル書(※2)とユダの手紙(※3)も
良く読み込んでみる事だ。」
殆ど先生と生徒のやり取りになってきた気もするが…
今回のは特に気になるから調べてみる。
「…エゼキエル書…16章…ここか。」
目からうろこだった!元々の意味は”外界からの来訪者への残酷さや、
もてなしの心(何時の隣人を愛せに代表される)の欠如”を咎めていたのだ!
ユダの手紙…6-7…えぇ!?求めたのは天使の方という説もあるのか!
では…元々この二つの説があり、その後に良く知られている説が出来た…?
「…兄さんたら随分と浮かれて出かけて行ったなぁ…
まるでデートの待ち合わせみたい♪」
調べて理解した事を一所懸命彼に伝えてみた。
傍から見たらそれは恋人に自分の気持ちを打ち明けているようにも見えたかなと
後になってからは思えなくもない。
一通り伝え終えたあと彼に顔色を伺う様にチラッと目をやる、すると…
「…良く調べ良く学んだな。一つ加えるとしたら…同性愛禁忌は紀元前2世紀頃の
同性愛許容文化を持っていた古代ギリシアを批判する為に生まれたものであると
伝えられている。…13世紀頃には紋切り型の言説になってしまったようだ…」
そう、伝え終わるとポン、と手を頭に置かれ微笑まれながら軽くなでられた。
とても誇らしげな気持ちと共に無性に鼓動が高鳴るのを感じた。
「君たちの職務の上で今までの一連の理解があるとないとでは…
きっと心情も成果も違うだろう。」
「同様の境遇おかれた同胞の為にも、何より君たちの為に伝えられて良かったと
思っている。最後まで付き合ってくれて有難う。」
最後…!そう、だった…。もう、執行の日まで一月もないんだった…
その貴重な時間をボクのここでの職務の助けの為に割いてくれていたなんて…。
…!!!
しゅるしゅる…。ネクタイを外す音。
ふぁさっ。ブレザーを脱ぎ捨て、しゅるるっ。ベルトを抜いて…
その行為を遮る様に声が静かに挟まれた。
「…すまないが私は職務や哀れみでその様な行為はしないんだ。」
心臓をわしづかみにされたように締め付けられ、羞恥心に苛まされた。
そう…確かにボクは今、哀れみや同情から行為に至ろうとしていた!
尊敬も人間としての好意の念も、どうやらそれ以上の気持ちもあるみたいだけど、
時間を割いてくれたことに対する”お詫びとお礼と…同情”で動いたのだった。
ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。止まる事を知らず流れ落ちる。
「ご、ごめんなさぁい…っ!」あふれる涙と嗚咽。
立っていられなくなりその場に崩れ落ちるように座り込む。
それでも嗚咽は止まることなく、後悔の念も止む事もなくただ、申し訳なくて、
苦しくて辛かった。
苦しさと辛さが限界に達しようとした直前、何かがボクを覆い始めた。
力強くたくましい胸と腕に物凄く気を使われ優しく囲まれているのを感じた。
「…その気持ちを悔いているのであれば、私は少し嬉しい。
だから自責の念に駆られるのはもう終わりでいい…」
「…主は己の罪を認め悔い改めるものをすべからく救う、だろう?」
心がすぅっと軽くなり温かさに満たされていくのを感じた。
「…暖かい…」
「ボクは、ボクの中に一番大事な心があるのに…
それ以外の気持ちで向き合おうとしてしまったみたい。」
意を決して言葉を振り絞る。
「また次来る時に…、あの、その…」
熟れた禁断の果実の様に頬を赤らめて言葉につまってしまった。
「それなら歓迎だ。それは姦淫ではなく、尊い愛の語らいだから。」
顔から火が吹き出そうだ!
この人にこんな事をこの声で言われたらボク、もう…!
腕に抱かれながらくるっと向き直り、首に腕を絡めてぎゅっとしながら唇を重ね
即座に飛び退いてそそくさと彼の部屋を後にした。
「…今度!お願いしますっ」
※1ソドミー(英語: Sodomy、発音: [ˈsɒdəmi])とは、「不自然」な性行動を意味する法学において使われる用語で、具体的にはオーラルセックス、肛門性交など非生殖器と生殖器での性交を指す。同性間・異性間、対象が人間・動物の区別はない。
※2エゼキエル書16章抜粋
・彼らの手段にただ従ってもなく、恥ずべきことを真似たのでもない、しかし彼らのしたことが些細に思えるほど、あなたのしたことは彼らよりも堕落したことだ。(性的なことではなく行動の罪深さ全般)(Ezekiel 16.47 New American Standard Bible)
・見よ、これがソドムのしたことだ。ソドムや街の女達は傲慢で、食べ物に溢れて怠惰な生き方をしているのに、貧しいものに手を差し伸べない。よって私の面前にいる彼らは、傲慢で恥ずべきものだ。(Ezekiel 16.49–50)(もてなしの欠如)
※3ユダの手紙
・「神に対する重大な侵犯」として人間との不法な関係を求めて天使が神に背いたとするもの(ユダの手紙6-7)