第93話 賢者の森11
結論から言って、フレアグリズリーが寝床にしていた巨木の洞にはゴブリンたちはいなかった。それどころか、ここに立ち入った形跡すらないのはなぜだろうか。
「ウホウホ(全く荒らされてもいないし、ゴブリンたちはこちらに来るつもりすらなかったってことなのかな?)」
「キーキー(そうかもしれぬが、貴様のねぐらにはゴブリンがおったのであろう?であれば、そう考えることは出来ぬであろうな。聞く限りでは貴様とフレアグリズリーが賢者の森の支配者層であったのは間違いないであろうし、その拠点を抑えるのは新支配者としてはまずやらねばならぬことであるのだから。)」
エリックが言う様に元々の支配者がいなくなったら、新しい支配者はその棲み処を占有して、形だけでも追いやったという風に見せなくてはならない。そうでなければ、自分の配下以外が認めない可能性が高いからだ。支配者の棲み処に自分の配下が留まるのは、自分の方が前支配者よりも上であることを示しているという訳である。
「ウホ(じゃあ、どうしてここは手つかずのまま放置されているの?)」
「キーキー(我には分からぬ。が、仮説は立てることが出来るぞ。そのヒントはこの巨木にある。)」
エリックは洞の外に出て巨木を見上げるとそう言った。どうやらただの樹木ではないらしい。ボクには何のことやらと言った感じだが、ひとまずエリックの話を聞くとしよう。
「キーキー(最初に見た時より感じていたが、中に入って確信に変わった。この木はおそらくだが、世界樹に近しい種類だ。わずかながら神聖な空気を感じる。そうであろう?)」
「ウホウホ(いや、そんなことないけれど。)」
ボクがそう言うと、エリックはがっくりと肩を落とす。そこまでショックを受けるようなことを言っただろうか?
「キーキー(貴様はどこまで鈍感なんだ。普通、階位が上がればこの手の気配にも敏感になるはずなのであるがな。・・・まぁ良い。つまり貴様は世界樹についても知らぬということであるな?)」
「ウホ。」
ボクが首肯するとエリックはため息を吐いて説明してくれる。
「キーキー(はぁ、世界樹というのはな、この世界において最も巨大とされる樹木のことを言う。さらに、世界樹には浄化という役目を与えられた神の使い、という側面を持つ。我ら魔物も発生に関しては似たようなものだが、神の手を離れた我らと違い、世界樹は今もなお、神のために働き続ける者なのだ。)」
「ウホウホ(へぇ、神ねぇ。いろいろと処理しきれないけれど、神がいるのは事実なんだね?)」
色々と聞きたいことはあるが、一番確認すべきはこれだろう。なぜなら、ボクがこうなった原因を知っているかもしれないのが唯一、神なのだからね。
気付けばゴリラになっていました、っていうのは、超常現象以外の何物でもないし、いるなら話を聞かせてほしい。もちろん拳骨付きで。
「キーキー(事実ではあるが、どうしてそう、こぶしを握るのだ?・・・まぁ良いか。さて、これらは一般に知られた事実である。ここで、先ほどの話に戻すとこの巨木は世界樹の子や孫と言った存在なのだ。世界樹ほどではないが、神聖な空気を感じる。これでは魔物は入り込むのは難しいであろう。)」
エリックによる世界樹講義はまとめるとこんなんだったけど、聞き捨てならないのは最後の部分だ。魔物が入り込むのは難しいって?!それなら熊の棲み処である説明が付かない。
「ウホウホ(でも、フレアグリズリーは魔物でしょ?棲み処がここなのは間違いないし、どういうことなの?)」
「キーキー(だから、フレアグリズリーは貴様と互角に戦ったのであろ?ならば階位は5以上、世界樹の近縁種の洞で過ごすことも可能だ。まぁ、世界樹本体では不可能であろうがな。我やベルーガならば別だが、普通の魔物では難しい。)」
エリックがそう言うならそうなんだろう。ボクはもう一度洞の中に戻って見まわす。そこには熊自身が用意したのだろう寝藁や食料の備蓄が存在する。食料に関しては流石に腐りかけているが、まだ食べることは出来そうだ。これも浄化作用のある巨木の恩恵なのだろうね。
「キーキー(これでは手がかりも何もないだろう。ゴブリンの一匹でも捉えれば情報が得られると期待したが、残念だったな。どうする?もう少し見回っていくか?)」
「ウホウホ(うん。そうだね。でも、大丈夫、ちょっと待ってようよ。果報は寝て待てってね。)」
エリックはすぐにでも移動をしようと提案してくれたが、ボクはそれに待ったをかける。なぜなら、ボクらがこの巨木に入ってからずっとこちらを窺う気配が存在するのに気が付いていたから。
おそらく、エリックよりもボクの方が気配に関する感知能力は上なんだろうね。気付いていないみたいだし。
「キーキー(ふむ。何かが来るのか?待つというのであればそうなのだろう。我は手は出さんぞ。魔力も有限であるし、今は頭脳労働担当なんだからな。)」
「ウホウホ(分かってる。)」
ボクはエリックが巨木を背もたれに腰を下ろしたのを見届けて来訪者が現れるのを待った。
そして・・・
「ゲハハハ、マサカコンナ所デ、コンナ大物ニ出会エルトハナ。昼間ノ雑魚ノ言ハ事実デアッタカ。」
そう言って笑いながら出てきたのは、ゴブリンを10匹引き連れた大きなゴブリンだった。
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