第85話 賢者の森3
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「グギャァ・・・。」
「・・・。」
「・・・あぁ、うん。」
ボクのねぐらだった洞窟の中から出てきた、推定進化個体のゴブリンとの戦いは大きなケガもなく終わった。
もちろん、掠り傷程度には攻撃を受けることはしたが、それも僕だけだ。魔導士であるエレーナを最前に立たせるわけにもいかないので、盾代わりになったのだからね。
ゴブリンは今、目の前で腹部を抑えて倒れている。
戦い自体は、学園で学んだように、前に立つ僕が敵の攻撃を受けて隙を作り、そこにエレーナが魔法を撃ちこむ、というオーソドックスなものだった。しかし、ここで誤算だったのはボクの腕力だろうか。
最初こそ、セオリー通りの展開だったのだけど、ボクは気づいてしまったんだよね。進化した個体とはいえ、所詮はゴブリンの力。その程度、ボクなら片腕で止めることが出来るんだよ。
そこでボクは、ソレが振り下ろすこん棒を左手で受け止めると空いた右手を隙だらけの腹部にめり込ませたわけ。
まぁ、クリーンヒットってこういうのを言うんだろうなぁ。なんて感想を持てるくらいには気持ちが良く入ったそれは、ゴブリンを悶絶させて、先ほどまでは辛うじて分かる程度には言葉を操っていたのに、今はその他のゴブリンと同程度だよ。
「少し釈然としないが、よくやった、マツ。」
「ウホ・・・ウホ。(うん。・・・うん。)」
何とも言えない空気が漂うが、結果としては悪くないので、気持ちを切り替えて目的を果たすとしようじゃないか。
「さて、このゴブリンの口が軽いと助かるんだがな。」
「ウホ(そうだね。きっと、此奴にもボクの言葉は通じないと思うし、文字もダメだろうから、任せるよ。)」
ボクはゴブリンに対して言葉を通わせることは不可能だ。人間相手であれば文字という手段があったが、野蛮を地で行くゴブリンにそんな期待はできないのである。
「任せてくれ。まずはこのゴブリンがどんな立場なのかを明確にしようか。気になることも言っていたわけだしな。」
「ウホ。」
そうだ。このゴブリンは洞窟から出てきた時に気になることを言っていた。確か、「王より賜りし部下」だったかな?これはどう考えてもボクらが考えていた自体よりを上回るかもしれない。
「おい。抵抗するんじゃないぞ?今ここには拘束具なんてないからこのまま話させてもらうが、貴様の命はこちらが握っていることを忘れるな?マツ。」
「ウホ(了解。)」
ボクはエレーナに呼ばれた意味を理解してゴブリンの首を後ろ側から掴んで少しだけ、本当にすこぉ~しだけ力を込めて握る。
それだけで、ゴブリンは余計に大人しくなる。さっきの腹パンの威力から考えて、シャレにならないことは理解できるんだろうね。
「ヒィ!ワカッタ!抵抗シナイ!ダカラ助ケテ!」
「良し。では質問をさせてもらうぞ。お前は何者だ?」
「ナニ・・・モノ・・・?オデハゴブリン。」
エレーナの質問は少し漠然とし過ぎていたのか、ゴブリンには理解ができずなかったらしい。しかし、これは想定内だったのか、エレーナはすぐに質問を変える。もしかしたら、ゴブリンの知能を測る意味合いもあるのかもしれない。
いくつか質問をしながら、ゴブリンが答えられるところまで落としていく。結局、ゴブリンが明確に答えることが出来たのは、一番下の質問だけだった。
「では、質問を変える。お前は王にとってどんなゴブリンなのだ?」
「オデハ王ヨリ部下、8匹ヲ与エラレタ、ゴブリンダ。」
もはや答えが分かった上での質問は、質問というよりも確認に近い。それに答えるのがやっとというので、ゴブリンが喋れるだけで賢くはないことが分かる。
「ウホウホ(これが分かっても大した意味はないね。)」
「ああ。しかし、小隊ともいえるチームを率いるリーダーがこの程度だとすると、さらに上もあまり賢くはないかもしれない。まぁ、このゴブリンの上が直接、その“王”とやらならだが。」
そうか。確かにゴブリンとしては8匹の群れは小さい。となると王様直属という訳でもないかもしれないのか。
「ゴブリンよ。貴様の上位者は王だけか?」
「グギャ・・・チガウ。王以外ニモイル。」
「それは何体いるのだ?そいつらの種族は分かるか?」
「グ、グギャァ・・・ソレハ・・・。」
ゴブリンが言葉にするのをためらったので、ボクは握力を少しだけ強くすると、ゴブリンは驚いて勢いよく言葉を紡ぐ。
「グギャ!?ワカッタ!話ス!王以外ニハ将軍ガ4匹ト大隊長10匹、中隊長ガイッパイイル!王ハ将軍ヲ“グンダンチョウ”ト言ッテタ!」
正確な数こそ分からずとも、このゴブリンが大した地位を持たないことは分かった。つまり、王と呼ばれるゴブリンの下には、将軍が4体、大隊長が10体、中隊長というのがたくさんいるらしい。
ここで問題なのは、大隊の規模だね。これが人間と同レベルであれば異常な数になる。大隊って、一般的には400から500、中隊は100くらいかな。
きっと、このゴブリンの立場は逆算して小隊長。であれば、ゴブリンのいっぱいという感覚は分からないが、中隊長が数匹ということはないだろう。
このことから、ゴブリンの総数は少なく見積もっても4000は越える。それに役職を加えてプラスαってところかな。
「ウホ(冒険者ギルドで話を聞いて想像したよりも数が多くないかい?)」
「ああ。4分の1くらいを想定していたのだが、これはまずいかもしれないな。今の時点では賢者の森を出るのは下っ端程度だろう。しかし、さらに数が増える事態になれば、賢者の森だけでは食料を賄うことはできなくなりかねない。
オークを殲滅したことで天敵が減り、短い期間でここまで数を増やすとは誰も思わなかっただろうな。
世間的に忌み嫌われるオークでも絶滅させることのデメリットをこういった形で理解することになるとは思いもしなかったよ。」
エレーナは冷静にそう言ったが、ボクは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ボクとしては降りかかった火の粉を払っただけなのだけど、結果としてエレーナに迷惑をかけているわけだしね。
そんな風に落ち込んでいると、そんなボクに気が付いたエレーナが慰めてくれる。
「ん?あ・・・えと・・・マツが悪いと言っているわけじゃないぞ?!賢者の森はもともと冒険者などが通う森だ。つまりオーク被害も多かったんだ。それが無くなったことは喜ばしいことに違いない。
それに、いくらマツでも絶滅はさせていないだろう。奴らも種の存続くらいは考える魔物だ。繁殖できる程度には数が残っていることだろう。
いくら強くてもゴブリンが群がったところで勝てる魔物でもないしな。」
そっか。そうだよね。ゴブリンはオークに勝てない。それは事実だ。なら、数を減らしても、いずれ増えてくるよね。
ボクが少しだけ安心してホッと息を吐こうとした瞬間に気が緩んだのか、今まで黙っていたゴブリンがボクの手から脱出して距離を取った。
「ウホ?!」
ボクは驚いて言葉にもならない声が出てしまった。ゴブリンは脱兎のごとくその場を離れていく。厄介な捨て台詞を吐いて。
「中隊長ハオデラト変ワラナイケド!大隊長タチハオークナンカニハ負ケナイゾ!オマエラナンテ、将軍ニヤラレテシマエ!」
「クソッ!〈ファイアアロー〉!」
「グギャァ!!!」
森の中へと入って行ったゴブリンにエレーナの魔法が当たる。森の中での火魔法は危険だが、火事にもならずにあたったようで何よりだ。
「ウホウホ(ごめんね。ありがとう。)」
「ああ。大丈夫だ。当たったみたいだしな。それに聞きたいことは聞けた。最後に敵の首魁のおおよその見当もついたことだし。」
エレーナは先ほどの問答で何か分かったらしいけど、今回ボクがミスをしたのは事実で、それも気を抜いてしまうというあってはならないことが原因だ。
2度はないと思うけど、気を引き締めなきゃね。
「さて、一応ゴブリンの死体を見ておこうか。」
「ウホ。」
ボクはエレーナに従って、森の中、茂みを掻き分けて道を作る。そして目的のゴブリンの死体があるべきところに行く。
するとそこには予定とは違うものがあった。
「これは・・・。」
「ウホ(血だまりと・・・腕?)」
そこにあったのは尋常ではないほどの血と肩より下の腕だった。あのゴブリンの腕で間違いないだろう。
そこにゴブリンはいなかったが、これほどの大けがで逃げたのだろうか。足があるのだから動けるとは思うけど、そう遠くまではいけないだろう。普通に失血死、待ったなし、である。
「ふむ、狙いを少しずれてしまったみたいだな。しかし、これでは長く生きることは不可能であろう。目的は達したな。」
エレーナは特に不安視しないようで、ボクも安心した。しかし、気は抜かないように周囲を警戒する。
このゴブリンが移動する気配は感じなかったけど、死にかけだったからかもなぁ。
「さて、一度戻ろうか。いろいろと分かったことをまとめておこう。男爵が来るまでには説明をできるようにしておきたい。」
「ウホ。(そうだね。)」
ボクたちは拠点への帰路に就く。一応、ボクのねぐらの中を確認したけど、残された物はなく、ボクが出て行った状態のまま、奴らが休憩場所として使ったいただけみたいだ。
帰りの道すがらモンストル先生に話す内容を確認していた僕らの頭の片隅にも、仕留めそこなったゴブリンの存在は薄くなり始めていた。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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