第74話 魔物学の課外授業⑭
学園長は学生たちに笑いかけながら答え合わせをしていく。
「君たちが持った疑問はすべてこちらで用意したものじゃ。すべてがすべてというわけではないが、ほぼすべてなのですべてでいいじゃろう。」
学園長の遠い言い回しに何を言っているかわからなくなりそうな僕はどうにか理解して次の言葉を持つ。
三人が挙げた疑問を学園長が用意したって、どういうことかな?
一個目が大岩を設置したことでしょ。次に道中で魔物が襲撃してきたこと。最後が牧場での活動が以前よりも大変になっていることだね。
どれも用意した意味があるよね。
「まず、シルヴィア君が言う道中の魔物じゃが、あれは儂らが君たち学生に小さな苦労をさせるように周囲の魔物をけしかけたのじゃ。
これまでの学生の課外授業では遠出するにしても安全な街道を冒険者などで厳重に警備をしていた。しかしのぅ、それだとこれからの時代、教育が足りなくなってしまう可能性が出てきたのじゃ。
そもそも安全な街道など、ほとんど存在しない。盗賊なり魔物なりが出る可能士が高い所ばかりじゃ。今日の道中で、安全な街道が幻想であると少しは理解してくれたじゃろ?」
「ふむ、なるほど。ということは?」
なるほど、そういう意図があって魔物をけしかけたのか。ボクはただ納得しただけだったけれど、学園長の口ぶりからエレーナは何かを感じ取ったらしい。納得した後に別のことを考えている。
「そして次にエレーナ君の牧場での調教されていない魔物の世話についてじゃな。これは魔物というモノの恐ろしさを身をもって体験してもらいたいと思ってのことじゃ。
儂らが普通に生活している上で魔物と相対することはめったにないがいるところにはいる。しかし、今日の道中で見ただけですべてを知ったつもりになるというのも危険じゃ。そこで、牧場では調教していない魔物を育てて、学生に魔物本来の気性というものを体験してもらいたかったのじゃ。
実際、恐ろしい思いをしたものもおるかもしれぬが、得難い体験であったと納得してくれぬかのぅ。」
「た、確かに始めて恐怖を感じたな。僕は普段、守られる立場だから、こういうことには慣れていないし。いい経験にはなった。」
ジャック君がつぶやいている。どうやら護衛が普段はついているみたいだ。危険に近づくことはそうないだろうね。
でも、そう言うことなら、僕が魔牛を大人しくさせてしまったのはまずかったかもしれない。学園長の考えとは真逆だよね。
「まぁ、グループによっては魔物を押さえつけることが出来てしまったところもあるみたいじゃが、これも経験じゃし、気にするでないよ。ほっほっほ。」
「ウホゥ」
ボクは学園長の言葉に安堵する。よく見るとエレーナたち以外にも綺麗な格好の人たちはいるから、特別というわけでもないんだね。あーよかった。思わずホッとしてため息が出たよ。
「最後はジャック君が言った大岩の件じゃな。あれに関しては正直やりすぎたと思うとったが、意外にも突破したので、驚いておる。
あの場にあれを破壊できる従魔を持つ学生がいるとはのぅ。さすがの儂も想定外じゃった。
本来はあれを迂回して森の中に入り、魔物の縄張りに入ることの危険性について学んでもらいたかったのじゃがな。」
「あれには僕は最初から反対だったんですよ。学園長先生が言う様に魔物の縄張りに入る危険性を教えるのは賛成ですが、グランウルフとなると話は別です。
大規模な群れのうわさもあるあの森ではやるべきじゃないと何度も言いましたし、実力行使をさせてもらっただけです。」
どうやら最後の大岩についてだけ、モンストル先生は反対をしていたみたいだ。グランウルフってどんな魔物か知らないけれど、大規模な群れってことはエリックでも捌ききれない厄介な魔物ってことだと思う。それだけ数が多いのかな?
とにかく、先生が学園長の案を却下してボクに大岩の破壊を頼んだんだね。
「じゃから、悪かったって言っておるじゃろ。その情報はどういうわけか儂のもとに届いておらんかったのじゃ。何にしても危険を排除してくれたようで感謝するぞ。モンストル先生。」
「いえ。それについても調査はしますよ。」
どうやら何かしらのトラブルで情報が共有されていなかったみたいだ。まぁ、なんにしも結果が出てるからいいけどさ。
僕が納得していると学生の中から一人が手を挙げて質問をする。エレーナたち以外の綺麗な格好をした男の子だ。黒髪を短く刈り込んだ青い目の青年は疲れを見せずに直立で挙手している。
「すいません。質問よろしいでしょうか。」
「ん?うむ、ええよ。答えられることならのぅ。」
「ありがとうございます。今回の課外授業で俺たちに降りかかった困難が用意されたものだったと聞いて安心したのですが、だとしたらあの大岩はどうやってあそこに配置したのですか?
街道のあの場所は森と崖に挟まれた場所で森はあの大岩よりも低い木しかなく、崖上には似たような大きさの岩は見えませんでした。となるとどこからか運んできた可能性が一番高いのですが、それを可能にすることが不可能だと思います。」
その学生はどうやらあの時、周囲をしっかりと確認していたようで、ボクと同じ結論に至ったみたいだ。ボクも運んでくる以外にはあそこに大岩を配置するのは難しいと思う。もし、崖上にあった岩を落としても森まで到達していなかったのはおかしいしね。
学園長はその質問を聞いて何度か頷くと、その学生の名前を訪ねる。エレーナやジャック君、シルヴィアは高位貴族の子供だし、把握していたんだろうけど、彼はそうじゃないのかもね。
「ふむ。君、名は何という?」
「ブラスト=ザイムと言います。」
短く答えたブラスト君は手を降ろして頭を軽く下げる。その仕草から筋力が発達しており、体幹も強いことが分かる。
彼の名前を聞いたボクはどこかで聞いた気がするなぁと思いながらも答えが出てこないまま状況を見守る。
「おぉ、ザイム男爵の。儂も彼には何度か世話になっておる。道場にもたまに顔を出しておるが、ノース先生を紹介してくれて感謝しておるよ。ありがとう。」
「いえ、あれはノース師の実力です。が、その言葉、父に伝えます。」
ボクは道場という言葉で思い出した。どこかで聞いたことがあったと思えば、従魔連合だ!そう言えばオーガのムサシの主人がそんな名前だった気がする。今日、従魔は自由参加なのでいなくてわからなかった。
ふーん、ムサシが言う様に強そうだ。
学園長からのお礼の言葉を素直に受け取ったブラスト君は自分の質問の答えを待つ。学園長はこの後の予定でもあるのか、時計を気にしながらも答えてくれるようだ。
「頼むぞい。して、質問の答えじゃが、見てもらった方が早かろう。ベルーガ!降りてきてくれぃ!」
学園長が叫ぶとボクらの上に影が差す。どうやらはるか上空から急降下しているようだ。その正体にボクは心当たりがあったので、久しぶりに会えて感動だ。
ぎゅんと降りてきたソレは空中で静止するとボクたちを見下ろして口を開いた。
「グラァアア(久しぶりじゃのう、金毛の。元気にしとったかの?)」
先生はボクを見つけてそう言った。いつもより威厳のある声を出しているからか、学生たちはその一声でおびえてしまっているのが分かるが、ボクにとっては気の良いおじいちゃん先生だから怖くないよ。
「この通り。儂の相棒。スカイドラゴンのベルーガじゃ。此奴に大岩を運んでもらったんじゃな。ブラスト君、良い着眼点と推察じゃ!」
あー、学園長がほめているけど、ブラスト君はそれよりも先生の迫力に驚いて口がふさがらないみたいよ?
どれだけ強くても急にドラゴンが出てくれば、こうなってもおかしくないよね。
ボクは驚く学生の反応を見て笑いを抑えながらも先生に挨拶を返す。
「ウホウホ(久しぶり。魔素を取り込むことが出来るようになったんだ!また今度見ておくれよ!)」
ボクののんきな返事があたりに響く。
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