第72話 魔物学の課外授業⑫
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「はぁはぁはぁ。」
「ふぅ。」
「何とか終わったな。私たちの班は成績の面では優秀な者たちではあるが、実技面では不明なところがあった。それでもこうしてやり切れたのだから、今後は自信を持って活動できそうだ!」
「わたくしたちはエレーナが言う通りだけど、あなたはそうじゃないですわよね。実技でも不安はないじゃない。領地の森でも活動してるんでしょ?」
シルヴィアはまだマシみたいだけど、マキノー姉妹は息をするだけで精一杯らしい。彼女たちの実家は牧畜が盛んだけど、普通の家畜で魔物ではないからここまで大変ではないみたい。
彼女たちは小柄なのでボクが連れて行ってもいいのだけど、さすがにまずいかな?一応貴族の令嬢だしさ。
「あぁ。しかし私も十分、疲労は蓄積しているぞ?この状態で動くことに慣れているだけだ。シルヴィアも慣れておくと楽だぞ。魔力が無くなっても気力で戦える。」
「あのねぇ、どこの貴族令嬢が魔力切れした後も戦い続けるのよ!わたくしたちはそんな状況になることすらあり得ないわ!」
疲れ切っているのにそんなことを言ったエレーナにシルヴィアが怒る。エレーナは辺境伯の娘としていつでも戦闘できるような心構えだから、一般の令嬢とはちょっと違うかもね。
ま、そうじゃないとボクと出会うことすらなかったかもしれないから、文句はないけれど。
強い口調で言われたエレーナが少しだけしょぼんとしたが、すぐに立ち直ると職員の指示を仰ぐ。これで作業がすべて終わったので、一度集合してから学園に帰るのだろうね。
「さ、これで魔牛たちの世話は終了さ。今回はすべてを君たちだけでやることはできなかったけど、僕らの想定の150%をやってくれたから十分さ。お土産も渡すから学校に戻ったら飲んでね?」
職員は茶目っ気を出してウィンクする。どうやらもっとできないと思われていたみたいだ。それよりもまだ終わってない作業って何だろうか。
そう思ったところで、最初の言葉を思い出した。乳しぼりがまだだったね。でも、想定より50%も高いなら、そもそも想定じゃ掃除すら完了しなかったのかもしれない。
ということで、職員が時間を見つけて乳しぼりをしてくれたんだろう。ボクも掃除を手伝っていたし、そこまで確認していなかったよ。
「「「「ありがとうございます。」」」」
4人が礼を言うと、ちょっぴり驚いたような表情をしてにっこりと笑う職員。去年はそれすらもされなかったのかもね。エレーナたちは良い子だから礼儀を欠かない(ドヤァ)。
さて、ボクのどや顔が決まったところで、ボクらは集合場所へと移動する時間だ。移動を開始する。
ミラとメラの移動はボクが担当することになった。はじめは担ごうかと思ったのだけど、さすがにそれはまずいからって職員がリヤカーを貸してくれたんだよね。それを僕が押していく感じだよ。
***
ガラガラとリヤカーを押して最初の場所まで戻ってくると、そこにはいくらか元気の残っている学生と、疲れ果てて動けなくなっている学生が混在して休憩していた。
中にはどうやったらそんなことになるのかと言わざるを得ないようなほどに汚れ切った学生もいた。頭だけがでろでろだったり、腰から下が泥だらけ、なんてのもいるよ。
その点、エレーナたちの班はなかなかに綺麗な状態を保って戻ってこれたね。それもボクが魔牛を威圧した結果かもしれないのは気のせいではない。
「さ、これで牧場での課外学習は終わりになるだろう。みんなは安全に学べたが他の班は悲惨だったところが多そうだな。」
「そうね。わたくしたちは比較的楽だったのかもね。」
「そうだねぇ。まっちゃんのおかげだよぉ!」
「あたしもそう思う!まっちゃんありがとう~!」
エレーナがまるで総評のようなことを言うとシルヴィアが肯定した。さらにそれをボクの功績だというリヤカーから降りたマキノー姉妹。言われてうれしくないわけではないが、あまり目立つ発言は避けてほしい。
ほら、目をつけられたよ。
ボクの視線の先にはこちらに寄ってくる麦わら帽子に青いオーバーオールの白髭。牧場主アルセイヌはこちらへとやってくるとボクを見下ろして言った。その後ろにあるリヤカーに視線を一瞬だけ寄越したけど、すぐに戻ってきた。
うん、ボクに用事があるのかな?そんなわけないよね。
「おい、嬢ちゃんとこのゴリ松よぉ。お前さん、気性の荒い魔牛を制したんだってな。」
はぁ、やっぱりボクだった。誰かが言ったのかな。ああ、あの職員だろうね。何となくそんな気がする。
学生と話す時とは口調が違うけど、こちらが本当の口調なんだろうね。何となく田舎の牧場長って感じがするよ。
ボクの考えていることなんて関係なくアルセイヌは続ける。
「何を考えてるんだかわからねぇが、うちで働かねぇか?」
「ウホ?!」
「なんだって?!」
なんと!勧誘されてしまった。驚いたのはボクだけじゃなくてエレーナもだ。まぁ、自分の従魔が勧誘されたら驚くのも無理ないか。
でも、手放すとは思いたくないな。
「アルセイヌ殿。さすがにそれは無礼ではないか?私は学生である間はグラディスバルト辺境伯家の一員であることを極力示すつもりはないが、これは流石に見過ごせないぞ。」
エレーナは貴族として、鋭い視線でアルセイヌに問いかける。どうやら家のメンツなんかが掛かっているのかもしれない。とりあえず、エレーナがボクを手放すつもりがないようで安心したよ。
エレーナが実家の名前を出したことで焦ったのはアルセイヌだ。他の班員や学生は目を丸くして驚いている。エレーナが言った様に彼女は基本的に実家の権力を使わない。それを使ってでもボクを守ろうというのに驚いたのかな?
「い、いや、そこまでの話じゃないんだ。ただ、魔牛を制したってだけの話を聞いて急いできちまったからな。あっ、来てしまったのですよ。それで先走りました。」
焦ったことでエレーナに対しても口調を改め忘れたアルセイヌは途中で気づいて丁寧な語り口に代わる。もう遅いけどね。エレーナももう戻さなくていいと言った。
「口調は別に畏まる必要はない。しかし、それではこの話は終わりで良いな?我がグラディスバルトはゴリ松を手放す意思はない!それだけははっきりさせておく。」
強調した口調でエレーナは言い切った。僕としてはうれしい限りだけど、周囲は少し怖がっているかもしれない。シーンと音が消えていったようだ。
しかし、すぐに周りの学生たちがざわめき始めたことで事態が変わる。エレーナとしてはこれで終わりの話だっただろうに、新たな登場人物によってそうもいけなくなった。
「これは何の騒ぎかな?儂にもわかるように話してほしいんじゃが。」
現れたのはローブを気て杖を突く、the魔法使い、というような姿のおじいさんだった。この人はアルセイヌよりも髭が長い。もっさもさだ。その傍らにはモンストル先生もいる。
「あ、いや・・・すんません。儂が先走っちまっただけでさぁ。今謝るところで。すまんな、嬢ちゃん。」
「謝ってもらえばそれ以上はこちらとしても文句はない。しかし、そうか、それならつじつまが合う。」
エレーナは気にしていないとばかりに手を振ってこたえた。そして何かに納得したようにうなづいた。ボクはさっぱりだけど、なんだろ?
「ミラ、メラ。わたくしたちは少し下がりますわよ。万が一は無くしましょう。」
シルヴィアが小さな声でそう言うと彼女たちは僕らから少しだけ距離を取る。どうやら目の前の爺さんは直接的に関わるべきではない存在らしい。
「ほっほっほ。残念じゃ。しかし、アルセイヌよ。おぬしは少し周りの意見を聞いて動けと言っておろう。儂の庇護下の学生に無体を働くではないぞ?」
「は、はい。もちろんでさぁ。次はありません!」
アルセイヌは畏まってそう言った。よほど怖いのだろか玉のような汗はこれでもかと額から落ちる。
そんなアルセイヌに助け舟を出したのはモンストル先生だった。正確にはエリックだけど。モンストル先生はエリックの言葉に静かに頷いて従っただけだ。
「キーキー(これ、下僕。そこな白髭の爺が哀れだ。貴様が助けてやるがいい。)」
「先生。それくらいで。もう時間もないのですから。・・・さっ!これで課外授業が終わりになるけど、最後に特別ゲストのお話があります。言わなくても分かるだろうけど、こちらの方です!」
アルセイヌがホッとして下がると、爺さんが白髭を撫でながら口を開いた。
「紹介された儂が、君らの学び舎の学園長だ。気楽におじいちゃんと呼ぶがよい!」
朗らかな笑顔と共にそう言った爺さんは、なんとエレーナが通うベルナ王立学園の学園長先生だった。
驚いたボクは顎が落ちんばかりに口を開いて塞がらない。
こんなハチャメチャな爺さんが学園のトップなのか!
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