第70話 魔物学の課外授業⑩
ボクはまずは牛の観察をした。一番強そうな魔牛を探して特定をすることが目的だ。魔牛に限らず、魔物の群れでは一番が群れを率いるリーダーの場合が多い。
この“一番”というのも『強い』だけが一番ではない。一番賢いであったり、一番俊足だったりといろいろとある。中には一番大食いなんていうのもあるらしいんだよね。
しかし、この魔牛の群れのリーダーは単純明快。一番強い魔牛が群れのリーダーになるらしい。これは誰かに聞いたわけではなくて、ボクが観察した結果、リーダーのように他の魔牛に指示?を飛ばしている魔牛が一番強そうだったからだ。
もしかしたら一番賢いパターンもあるかもしれないけれど、まぁ、どちらでも一緒だ。
「ウホウホ(牛さんたちよ。あまりボクのご主人を困らせてはいけないよ。ここは自然界ではない。けどね、確かに弱肉強食というのは存在するんだから。
君たちは今、境界線の上を歩いているのを自覚して行動したほうが良い。うん?まだ突っかかってくるつもりなのか。仕方がないね。)」
ボクはリーダーを中心に魔牛たちに話しかける。モォモォと鳴いているからボクの言葉を聞いているかわからないけど、伝わらないのであれば別の方法もある。
「マ、マツ?何を言っているんだ?私は大丈夫だぞ?」
エレーナはそう言うが、これはボクの従魔としてやらなくてはならないものだ。ぶっちゃけ他者の従魔に舐められたままではいられないのだ。
そのことをエレーナに伝えたところ、彼女は驚いたように顔をした。そこで僕はふと思い出す。この世界では家畜なんかは従魔っていう認識がないんだったっけ?
この世界じゃ、魔物と契約することで従魔となるわけだが、日常的に接する機会の多い馬や犬、牛などの家畜も生活している上で契約が成立することがある。それによるお互いのメリットはないけれど、そういう関係は良くある話なのだ。
「じゃ、じゃあ、従魔って結構ザラにいるのか。」
ショックを受けるエレーナにボクは反応しないで牛に向き直る。ボクの言葉は響かなかったみたいだし、別の方法にしようかな。
エレーナはシルヴィアに支えられて一時的に下がる。彼女はエレーナの言葉からボクの話に見当がついたのかもしれない。彼女もすでに従魔を得ているはずだからね。そのうち従魔連合に来るかもしれない。
「ウホウホ(話を聞いた様子はないし、次は実力行使にするよ。)」
ボクは魔牛共の中心まで二足で歩いて行くと拳を作り息を吸い、膨らんだ胸を叩き始める。トォントォンと緩やかに速度を速めていき、だんだんと威力も上げていく。この姿だと体重が軽いからか衝撃波は出ない。
トォントォン
トンットンッ
ドンッドンッ
音が大きくなると、職員たちもなんだなんだと騒ぎ出す。そんなの気にせずにドラミングをすると魔牛たちがだんだんと落ち着かなくなっていった。
ドラミングの音はすなわち拳の威力だ。それをボス牛は理解して恐怖を感じ始めたのだろう。その恐怖が群れに伝搬したことで、群れ全体が落ち着かない。
ボクがドラミングを続けて1分ほどで魔牛たちが静かになる。今度は敵意を感じない。これで、エレーナたちに危害を加えることはないだろう。
「ウホ(よし!)」
満足したボクが腰に手を当てて振り返ると、職員をはじめとしてそこにいた面々がボクを見ていた。
「ウホ?」
訳も分からずに首をかしげるとエレーナが代表して言った。
「マツ!何をしたんだ!?すごい音だったし、音が止まったら魔牛は大人しくなった。これはどういうことなんだ?」
ボクがやったことまでは分かっていないみたいだけど、エレーナには伝えておこうか。他のみんなに伝わるとあまり良くない印象を与えるかもしれないし。
「ウホウホ(うー、えっとね。ちょっと威圧して大人しくするように説得しただけ。従魔の世界は舐められたらおしまいだからね。)」
「は?なるほど。これは他のみんなには言えないな。うまくごまかしておくしかないか。」
特に誤魔化すつもりのないボクに呆れながらも、エレーナが何とかしてくれるみたいだ。ボクは安心した。これ以上はボクが何かをしようとするだけで邪魔になるかもしれないから少し外れておこうかな。
***
エレーナの話が終わり、みんなが作業に戻る。エレーナとシルヴィア、ミラとメラの二組で一頭ずつの魔牛を移動させるみたいだ。
そんな作業中の彼女たちを観察していると職員がボクに話しかけてきた。さっき文字を使っているところを見られていたみたいだ。
「ゴリ松君はずいぶん賢いみたいだね。まさか、あそこまで魔牛が暴れるとは思わなかったから助かったよ。」
〔うん、礼には及ばないよ。エレーナの安全第一だからね。〕
ボクが文字で返答すると職員は頷いた後に今度はため息を吐く。
「うん。はぁー、でも、どうしようかな。これじゃ、苦労させるっていう目的が達成できないよ。自分が持てる手段で暴れる魔牛を制御させるっていうさ。」
やっぱりあれも仕込みだったんだね。まぁ、そりゃそうか。王国貴族の子供を預かっている以上、安全性は第一だ。あんなアクシデント普通はあり得ないだろ。
誰の指示であんなアクシデントを用意したのかわからないけど、きっと他の班も似たような危機に陥っているかもね。
ま、でも、職員が心配することにはならないと思うよ。だって、『自分が持てる手段』だからね。
迷惑を被ったわけだし教えてやる義理もないけど、いっか。
〔ボクは従魔だよ。大丈夫。〕
ボクは短くそう書いたが、職員がきづくのには少しだけ時間がかかった。その間にもエレーナやシルヴィアたちは魔牛を外へと出していく。
最後の魔牛が外へと移動させられたところで、職員は掌を打ってボクの方を見る。どうやら分かったみたい。
「そっか。従魔も考えようによっては学生が使える手段だもんね。」
「ウホ(〔そういうこと。モンストル先生もこういうことは考えていなかったわけじゃないと思うよ。〕ま、さすがにやりすぎたと思うけど。)」
最後の言葉は書き足さない。まぁ、この人が怒られないなら良いだろう。
「それならよかった。じゃあ、次の作業の指示を出さないといけないから行くよ。」
職員はそう言って牛舎の外へと向かう。ボクもそれについて行く。牛舎の中の掃除はマキノー姉妹の仕事だし、ここにいても手伝えることはない。なら、魔牛たちのところで抑止力代わりに置物になるのもいいかな。
それからの作業はすべてが順調に進んだ。これもボクの威嚇が効きすぎたせいかもね。
少しだけ反省しつつも置物として黙っていることにした。
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