第69話 魔物学の課外授業⑨
「最初は一頭ずつ外に出していこうか。」
そう言った職員の視線の先には20頭以上の魔牛がこちらにガンつけながら牧草を食べていた。
気性が悪いのは納得できるが、ずいぶんと敵意があるのには納得はできない。エレーナたちはこんな奴らを安全に外に出すことはできるのだろうか。
「魔牛はあまり視力が良くない。だから、目を細めて少しでもはっきりと周囲を確認しようとするんだ。」
「へぇ、だからこんなに目つきが悪いのね。わたくし嫌われているのかと思いましたわ。これなら簡単に外へ出られそうですわね。」
シルヴィアはのんきにもそんなことを言ったが、ボクは違うと思う。確かに、職員が言う様に視力という問題があるのだろうが、それだけなわけがない。ボクは魔牛たちからの敵意を間違いなく感じるのだから。
「ウホウホ(ねぇ、エレーナ?そんなに楽観視しない方が良いよ。きっとシルヴィアが言う様にはならない。敵意を感じるもん。)」
「なに?それは本当か?まぁ、ゴリ松が言うことだし、分かった。・・・シルヴィア!あまり楽観視しない方が良い。ゴリ松が敵意を感じるそうだ。」
エレーナがボクの忠告に素直に従ってシルヴィアに忠告すると、彼女は真剣な表情をして職員の方を見る。他の班員も同じだ。
ボクも含めて5組の視線が職員に集中すると職員はハハハと小さく笑って手をたたく。魔牛に配慮して小さい音もならない無音の拍手だったが、合格だったのかな?
「クククッ、いや失礼。そちらのゴリ松くん?の言う通り。彼らは非常に人見知りでね。僕らにはそんなことないんだけど、初めての人にはこうして敵意を込めてにらみつけるんだ。
知らないまま世話を始めて普通の動物とは違う魔物の家畜に対する恐怖というものを体験してもらうつもりだったんだけど、残念だよ。」
職員は本当に残念そうに言うが、融和そうな見た目に反して意外に腹黒い笑い方だ。職員の情報を更新しておこう。
職員の言葉を聞いた班員のみんなはボクを褒めて撫でまわす。牧畜が盛んなマキノー姉妹はボクに対してもずいぶんフレンドリーだね。
「おぉー!まっちゃんは利口だねぇ~!よくできました!撫でちゃる!うりうりぃ~。」
「わたしもまっちゃん撫でる!うりうりぃ~。」
「ウホッホホホ(頭がぁ取れそぅだぁ~)」
まっちゃんと呼ばれたのが初めてで、なんだか不思議な気分だけど、相性というのもいいね。エレーナは僕のことをゴリ松と呼ぶけどさ。小さい頃は良く「マツ」なんて呼ばれたな。大きくなったらそんなことなくなったけど。
「ま、まっちゃん、だと・・・?くっ、私もまだ愛称で呼んでいないのに・・・。」
「エレーナはあの子たちは他者との距離感が近いのを知っているでしょ?気にしないで自分のペースで、ね?」
撫でまわされている間にエレーナとシルヴィアが何か話していたようだけど、ボクは頭がぐるんぐるんと撫でまわされて聞こえなかった。
「さ、企みが失敗して残念だけど、早く作業に入ろうか!時間もあまりないしね。」
職員の声でマキノー姉妹のかわいがりも収まりボクは解放される。エレーナの方へと戻っていくと、声をかけられた。彼女はどこか緊張しているようだったけど、少し待ってみるとすぐに声をかけてくれた。
「マ、マツ。今回はよくやったな!次は私たちの番だ!見ていてくれ!」
突然そう呼ばれたボクは年甲斐もなく驚愕に固まってしまったが、そんなボクを放置して作業に行ったエレーナはどこか開放感があるように見えた。
固まる僕に話しかけてきたのは、今度はシルヴィアだった。そう言えば何かを話していたね。事情を知っているかな?
「ゴリ松さんだったかしら?エレーナもあなたを愛称で呼びたかったのよ。彼女はあなたのパートナーですからね。普段はカッコいいけど、かわいいところもあるの。あなたには彼女を良く支えてあげてほしいわ。」
なんと!エレーナはボクを愛称で呼びたかったそうだ。ボクとしてもわざわざ『ゴリ』をつける意味は感じないのでそれでいいし、そうしてくれた方がうれしい。
ボクはシルヴィアに文字で返答する。
〔そうなんだね。分かったよ。ボクもうれしいし、支えるさ。〕
「!そうね。よろしくお願い。」
文字で答えたことに少しだけ反応したシルヴィアは、それ以上は驚かずに短くお願いしてエレーナの後を追った。
エレーナの班はみんな気持ちのいい人物ばかりで従魔のボクも気持ちがいいや。魔物学の授業ではこの班、というわけじゃなくて、授業全般がこの班だから今後も安泰だよ。
ボクはエレーナに追いつくと、彼女たちはこれから魔牛を外に出すところだったみたいだ。マキノー姉妹の姉ミラと妹メラが一頭の魔牛と面と向かって対峙している。
「ほら、見ているだけじゃ終わらないよ?この子たちの気性は荒いけど、力はそこまで強くないから、身体強化できれば問題なく動かせるさ。」
「そうは言っても、迫力がぁ」
「迫力がぁ~」
どうやらこの牧場の職員は身体強化できる人ばかりみたいだね。さっきの口ぶりからして必須の技術なんだろう。でも、マキノー姉妹が言う様に、でかい牛に睨みつけられているだけで、十分に恐怖の対処だろう。
魔牛は150cmくらいの体高の牛で、それに対するマキノー姉妹も150cmほどと差がない。この場合は同じ大きさ以上だと十分にでかいと感じるだろうね。
ま、ボクはもっと小さいから余計に大きく感じるけど、前にボクよりもでかい熊を見ているし、そこまでの感情はない。エレーナも似たようなものだろうね。
「ミラ、メラ。まずは私からやってみよう。何、ここには24頭の魔牛がいる。段々慣れればいいさ。」
「うぅ~ありがとね、エーちゃん。」
「ありがと~、エーちゃん。」
「では、わたくしが手伝いますわ。」
ふたりはエレーナに任せて退いた。それに合わせてシルヴィアが一歩前に出る。ボクも手伝った方が良いかな?
ボクが悩んでいるとエレーナはコチラに手をかざして制止する。どうやら手助けは要らないらしい。
でも、少しは口出ししてもいいよね。
ボクは24頭の魔牛の中から敵意の少ないのを選んでそれをエレーナに推薦する。
「ウホ〔エレーナ、シルヴィア。あっちの左側3番目の魔牛が良いと思うよ。敵意が少ないから。〕」
「ん?そうか。ありがとうな。」
「ありがとうね。ゴリ松さん。」
二人に礼を言われてご満悦なボク。感謝されるのは気持ちが良いね。さて、ここからはいつでも対応できる位置に移動しよう。
「それでは、行くぞ!」
「ええ!」
ボクが移動している間にも二人が魔牛の首に巻かれた二本の赤い縄|(職員が事前に巻いた)を両サイドから挟み込むように掴むと、先導するように歩き出そうとした。
しかし、そこで職員から不穏な声が漏れる。
「あ、やべ。」
その声を聞き逃さなかったのが、ボクのファインプレーだと思う。その声を聴いた次の瞬間にはエレーナの方へと飛び出せたからだ。
ブモォオオオオ
魔牛は引かれた縄が気に障ったのか首を振って暴れだしたので、それを掴んでいたエレーナとシルヴィアは振り回されて投げ飛ばされる。
もちろん予測できていたボクが二人を受け止めるよ?でも、危険であったことには変わりない。職員をにらみつけてやった。
「ふぅ、ありがとうねゴリ松君。でも、誰がこんな縄を巻いたのかな?魔牛は赤色に反応して暴れだすんだ。やったやつを見つけて減俸だな。」
そんな反省は勝手に後でやってくれ。ボクは二人を安全に降ろすとケガがないかを確認する。無事だったことで初めて胸をなでおろした。
「ウホ(無事でよかった。)」
「ありがとうな。しかし、赤色がダメなのは初めて知ったな。次は気を付けてやろう。」
「そうね。気を引き締めなきゃ。」
二人がこれであきらめなくてよかったけど、ボクがあの魔牛を勧めたのは責任を感じた。職員をにらみつけはしたけれど、それ以上に自責の念も強い。
「ウホ」
ボクは自分が中途半端な対応をしようとしたことが許せないので、今度はそんなことにならないように対策を講じることにした。
さて、覚悟しろよ?バカ牛が・・・。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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