第64話 魔物学の課外授業④
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結果から言ってボクらが追い付いたころには学生たちは先生に追いついていた。他の学生に聞いたところ、どうやらさすがに学生を置き去りにするつもりはないようで、ゆっくりとしたペースで走っているところに追いつけたみたい。
エレーナは分かっていたみたいだけど、先に教えてよ、と思っちゃった。まぁ、追いつけたし、後は軽い護衛をするくらいで、無事に牧場に到着するといいな。
とりあえず、警戒をしながら街道を進む。ボクの警戒範囲は間違いなくこの場にいる学生たちより数段上だ。そのボクが警戒しているのだから、未然に危険は察知できる。
「ウホ(エレーナ、右の森からゴブリンの群れ5体。30秒後。)」
「わかった。みんな!右の森からゴブリンが5体だ!すぐに出てくるから気を付けてくれ!魔法で牽制しつつ、斬りかかれ!」
「「「了解!」」」
ボクがエレーナに伝えると、それを瞬時に学生たちに知らせて指揮を執る。どうやら彼女はこういったことに向いているのか、すぐにコツを掴んで集団のリーダーになった。モンストル先生も予想していなかっただろう一体感が学生の中に広がっている。
学生たちはおもむろに武器を構えるとエレーナが言った方向に向かって詠唱を始める。騎士志望の学生だろう人は剣を中段に構えて何が来ても対処できるように集中し身体強化の準備、魔法使い志望の学生は杖を構えて小声での詠唱だ。
グギャギャギャ
ゲッゲッゲ
ギィギャギャ
ガギャギャ
ゴギャゴギャ
そうこうしているうちに森の中から甲高いけど汚い声が5つ、まるで話し合っているかのように出現する。
まぁ、実際に話し合いながらこの場まで来てしまったのだろうけど、ゴブリンの知能ではそれがいかに間抜けなことなのかは理解していないだろう。
「今だ!!」
エレーナがそこですかさず号令をかける。学生たちはすぐに準備していた魔法を発動させてゴブリンに攻撃をする。
ゴブリンが背中に森を背負っていることから、火の系統の魔法は控えているようだけど、それ以外の属性、水や土、風などの魔法がゴブリンを襲う。
ゴギャペッ
ギィイィ
魔法によって仕留めることができたのは2体。それ以外は無傷とはいかないまでもかすり傷で切り抜け、攻撃をしてきた学生の方へとギラついた視線を向ける。
グギャァアアア
ゲゲェ
ガギャァア
怒ったゴブリンの声は魔法使いの学生たちに一瞬の隙を作る。いくら低級の魔物とは言っても危険であることに変わりなく、あまり魔物とのかかわりのなかった学生には恐怖を感じさせるに十分だった。
「うぁ、あ、ああぁ」
「ひぃー」
しかし、そんな学生たちを守ろうとしたのは彼らの従魔や騎士志望の学生たちだ。従魔は余程の温室育ちでもなければ自然界にいた魔物ばかりだ。ゴブリン程度に恐れるわけがない。また、騎士志望の学生は武術の授業で魔物との戦闘も数をこなしているため、ゴブリン程度、雑魚同然であった。
「グァウ!」
「ここは俺に任せろ!」
オオカミ系の従魔がゴブリンに襲い掛かり、騎士志望の学生が剣を振ってゴブリンを遠ざける。そのまま喉を嚙み切り、突き刺して戦闘終了だ。ゴブリンたちは断末魔を上げることもなく、散っていく。
そして最後に残ったゴブリンだ。そのゴブリンは逃げるか立ち向かうかの選択を誤った。逃げればいいものを一発逆転の目を出そうと、敵方のボス、つまりはリーダーを狙う。
魔物の世界においても集団のリーダーを狙うのは定石である。司令塔がいなくなればあとは烏合の衆。それからはいくらでもやりようがあるし、大体にしてリーダーってのは一番強い。そういうのが死ねば集団は瓦解するのだ。
かくいうボクも賢者の森にいたことは率先してボスを狙っていた。ゴブリンにしろオークにしろ、集団のボスは偉そうにしゃべっていたので、見分けるのも簡単だ。あれは今にして思えば指示を出していたのだと分かる。
そして、今、この集団のボスは誰かと言えば、それはエレーナに他ならない。学生たちに指示を出していたわけだし、最初の合図を出したのはゴブリンも確認している。
ゴブリンはエレーナに向かって一直線に向かう。このゴブリンたちはみな武器を持ってはいなかったが、それでも鋭い爪や牙を持つので、侮れない。エレーナに向かうゴブリンも爪で攻撃するつもりだろう。
でもさ、ボクは知っている。この集団で一番強いエレーナは魔法だけが取り柄のか弱い女性ではないことを。彼女が武術の授業で騎士志望の学生と十分以上にやりあっていたことを。
グギャアアア
「こちらに来ても結果は同じだぞ?《エンチャント:フレイム》ハァアアアアアアア」
実はエレーナはこの課外授業の前にボクに剣を用意しておくように言っていた。いつものように杖じゃないのかと思ったんだけど、彼女が剣も使えることは武術の授業で知っていた。
だからボクは出発前に彼女に剣を渡していたんだけど、意外に速く使うことになったのは驚いている。ボクが蹴散らしてもいいけど、これは彼女の勉強になるからね。まぁ、辺境伯の令嬢が剣で戦う未来はそうないと思うけど。
エレーナは剣に火を付与してゴブリンに振るう。その剣は高熱でゴブリンを抵抗する間もなく一刀両断して仕留める。
これでゴブリンの群れの駆除が完了した。
「よし!みんな!よくやった!この調子で目的の場所まで急ごう!」
「「「「「「はい!」」」」」」
うん、みんないい返事。従魔のみんなも学生のみんなも特に疲れた様子もないし、この後の魔物の群れが来ても大丈夫そうだね。でも、一応提案はしようかな。
ということで、エレーナに知らせよう。
「ウホ(エレーナ、連続で悪いけど、あっちの方にゴブリンより小さな気配が7つくらいあるよ。まだこちらには気が付いていないけど、どうしよう?ボクが行ってこようか?)」
「なに?連続か。私は良くても他のみんなは少々きついかもしれん。ゴリ松。何の魔物かわかるか?」
「ウホウホ(うーん、初めて見る魔物なんだよね。でもゴブリンよりは弱そうかな?)」
「ふむ、わからないか。でも対処できそうなんだろ?じゃあ、お願いしていいか?それとも私も行ったほうが良いかな?」
エレーナはボクと一緒に行ってもいいと思っているみたいだけど、学生の集団のリーダーの彼女が抜けるのはあまりよくないと思う。先ほど活躍した騎士志望の学生に任せてもいいけど、名前も知らないし、ちょっと不安だ。
それならボクだけでいいだろう。それが一番危険がない。こうしている間にもモンストル先生は離れて行ってる。せっかく追いついたのに魔物が出たらおいて行くんだからめちゃくちゃだよね。
「ウホウホ(ボク一人で行くよ。先に行っていて。すぐに追いつけると思う。警戒してね?あ、そうそう、従魔の方が索敵範囲は格段に広いと思うし、そういう人たちと協力するのがいいよ。)」
ボクはこれまでで感じたことを伝える。ボクが魔物の位置を発見した時に少し遅れて反応した魔物が数匹いた。そちらをリストアップして口頭でエレーナに伝える。それを参考にしてもらおう。
「わかった。無茶はするなよ。お前なら大丈夫だとは思うが、万が一があってはならないからな。」
「ウホ」
ボクは頷いてから集団を離れる。エレーナはボクが言ったことをすぐに実行に移すのか伝えた従魔の主人を呼び寄せる。
これなら大丈夫そうだとボクは一人で集団を離れることにした。
さぁ、どんな魔物なのかな。弱いと言っても数は多い。何か、少しだけ不思議な気配なんだけど、楽しみだね。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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