第59話 エリックの提案①
今年は気温が安定しませんね。
僕らがエレーナの長期休暇に領地に戻ってゴブリン狩りをすることになった数日後、エレーナと共に受けることができる授業がない水の日。
僕は毎週恒例となりつつある従魔連合の会合に参加していた。今日は最初の時にいた幹部連中はおらず、いるのは言葉による意思の疎通ができない程度の魔物と従魔連合のボスであるエリックだけだった。
僕はエリックに長期休暇の予定を話すと意外にもエリックは興味を示した。彼も自身の下僕と同様、魔物の生態に興味があるのか、これまで話した中でも一番興味を示したかもしれない。
「キーキー(なんと!グラディスバルト辺境伯領ではそのようなことが起こっておるのか。我も何度か魔物の異常増殖には遭遇したことがあるが、その原因はだいたい自然現象だ。
地震であったり、飢饉であったり、異常気象であったりと一体の魔物が原因であることなど聞いたことはないぞ。このことは下僕には伝えたのか?」
「ウホウホ(そんなに珍しいことなんだぁ。僕には想像ができないね。モンストル先生にはまだ言っていないよ。魔物学は明日だからね。エレーナが言うとは思うけど。)」
「キーキー(ふむ、きっと話せば奴は興味を示すだろう。我もそうすれば現地に行くことができるかもしれぬ。夜にでも伝えるとよう。)」
「ウホウホ(うん、よろしくね。)」
エリックがモンストル先生に伝えてくれるみたいだ。魔物の異常増殖のことを聞くつもりだったから、手間が省けてよかったね。
ただ、こうして話していて気が付いたことがあるんだけど、エリックってモンストル先生にやることを強制することはないんだよね。普段から下僕って言っている割には、その立場はそこまでしたというわけではない。
僕らの従魔契約の形に近い気がするけど、そういえば、エリックの契約の経緯は聞いたことがないな。聞けば教えてくれるってわけでもないだろうね。だって、この間の時に話す機会はいくらでもあったのに話さなかったのだから。
もしかしたら、付き合いが長そうなベルーガ先生だったら知っているかもしれないけれど、あれからベルーガ先生は学園に来ていないので話を聞くことはできない。学園長先生と一緒に忙しくしているんだろう。
つまり、あれから僕が魔法の練習をすることができていないということでも成るんだけど、まぁ、それは別に困っていないからいっか。だって、今のところ、腕力と身体強化くらいで十分だからね。
「キーキー(下僕は間違いなく食いつくだろうが、我は先に少しだけ情報を求めておこう。ゴリ松。貴様はどれほどのオークを狩りつくしたのだ?賢者の森の区域から考えても、小さな数ではないのだろう?)」
「ウホウホ(うーん、正確にはわからないんだよね。冒険者ギルドに持って行ったのは総数から見ると、どれくらいなんだろう。)」
冒険者ギルドに持って行ったオークの死骸は僕が出会ったオークの大半とは言っても、それはエレーナと出会う前を含まない数だ。それ以外のオークは僕が食べない関係上、熊、いや、フレアグリズリーが食べたり、別の魔物が食べたりとしたはずだ。
要は僕が狩りつくしたとは言ってもその総数は数えきれないとしか言えない。そのことをエリックに伝えると、彼はため息をつきつつも目をキラキラさせる。
「キイーキー(ハァアアア。貴様、本当に規格外だな。我も様々な魔物を見てきたが、肉弾戦のみで森の王者ともいえる強さを発揮した者など初めてだ。我やベルーガも似た立場であったこともあるが、それも魔法があるが故だ。つくづく驚くな。)」
「ウホウホ(やっぱり二人はそういう感じなんだね。でもそれがどうしてこの学園にいるんだい?)」
僕は自然な感じでエリックのこの学園に来ることになった経緯を尋ねる。ここで聞くのは不自然にはならないだろう。それになんというか今なら教えてくれそうだ。
エリックは僕の質問に少しためらいながらも答えてくれる。彼はあまり自分のことを騙ることをしないが、それくらいには信頼関係が構築できているのかな。
「キーキー(我がこの学園に来るきっかけになったのは、我が下僕よ。あの時、我はある勝負によって大けがを負い、群れに帰ることができないまま、森の中で行き倒れておったのだ。)」
エリックはなんだか懐かしそうに目を細めて語る。その表情は複雑で、ただ懐かしいというだけではなく、寂しさや悔しさ、怒りなどが入り混じった表情であった。
「キーキー(そんな時、我のもとに現れたのがテス=ペニーという少年だった。当時は爵位を得てもおらず、実家の侯爵家で魔物学者として燻り、学校に行っても変人扱いでな。友達など一人もおらぬ様な少年だったのだ。)」
「ウホウホ(エレーナの実家の隣の領地だよね。)」
「キーキー(うむ。父親には魔物学者などやめろと何度も言われておったらしく、最後のフィールドワークとして頼み込んで我がいた森に来たらしい。テスは我のケガを自身で調合した薬で治療してくれた。)」
モンストル先生は薬学の知識まであるみたいだ。しかし、あの先生が大人しく最後にするとは思えないけどなぁ。
「キーキー(我は今でこそこの姿だが、本来はもっと大きい。テスは我を屋敷まで連れて帰ろうとしたのだが、少年がどれだけ頑張っても我を動かすことは叶わぬ。大人に頼ればいいものをな。)」
「ウホウホ(あまり周囲を信用していなかったんだろうね。何となく想像できるよ。)」
僕も小さいころから『ゴリラ』とか『筋肉男』、『野蛮人』なんて言われて、信頼できる人物はほんの少しだった。ゼロでないだけマシだけど、それでも寂しい思いをした。モンストル先生もそういう経験をしたんだろうね。
「キーキー(そこでテスは我に提案した。我は当時から文字や言葉を認識しておったからな。それが従魔契約であることは理解していた。しかし、我にも王としてのプライドがあったのでな。条件を出したのだ。飽くまでその立場は我が上、とな。)」
「ウホウホ(なるほど。それで、下僕、ね。)」
「キーキー(うむ、テスはその条件を一も二もなく受けおった。テスは当時から従魔の首輪に似た魔道具を持っていてな、契約後、それを我の腕にはめたのだ。)」
エリックは腕についている輪っかを示して揺らす。どうやらこれがエリックが子ザルの姿になっている魔道具のようだ。
僕のスカーフ型の首輪もスタイリッシュではあるけど、腕輪型の魔道具もなかなかかっこいいじゃないか。
「キーキー(と、まぁ、こんなところだ。その後は我がテスを教え導くことで父親を出し抜いて論文を提出し、特別待遇で学園に入学後、さらに功績を立てさせ、爵位を得て現在に至る。見た目もボサボサの髪や分厚い眼鏡、汚い服を替えさせて、今みたいにしたのだ。)」
「ウホウホ(へぇ、すごいね。)」
僕のこの話を聞いた感想は、それだけだった。だってもう、それくらいしか言えないでしょ。すごすぎ、これに尽きる。
今、モンストル先生がある理由はほぼエリックってことだもん。
エリックも口では下僕、なんて言っているけど、しっかりとした信頼関係があるんだね。僕も、そんな関係にエレーナとなれるように頑張ろう。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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