第58話 再びの冒険者ギルド②
僕らは冒険者ギルドの副マスタークイクに案内されて、彼の執務室へと移動する。エレーナは何のことかわかっているのかな?
カツカツと歩く副マスターは、僕らの様子を気にかけることなくずんずん進む。そんな彼において行かれないように僕らも急いで歩くせいで、おちおち相談もできやしない。
まぁ、やりようはあるけど。僕の声は副マスターには聞こえないだろうから、堂々と質問をする。
「ウホウホ(エレーナは何の用かわかるかい?僕にはさっぱりなんだよ。この人は僕の方を見ていたし、僕に用があるんだと思うんだけど。あ、答えは口に出さないでいいよ。わかってるなら頷いてくれるだけでいいさ。)」
僕の言葉にエレーナはうなづく。つまり、エレーナは副マスターの用事について思い当たることがあるようだ。
エレーナが分かるってことは僕も知っていることなのかもしれない。ま、考えてもわからないし、エレーナがうまいこと対処してくれるかもしれない。
執務室に到着すると、副マスターがドアを開けて僕らを中に招いてくれた。貴族であるエレーナに対しても姿勢を変えない彼だけど、意外にも紳士的な男性のようだ。
「どうぞ、グラディスバルト嬢。少々狭いですが。」
「ありがとう、イグラス殿。狭いなんてとんでもない。それでは失礼して。」
「そちらにおかけください。ゴリ松殿はその隣に。」
僕らが案内されたとおりにソファに座ると、副マスターは執務机の上にあった書類を手に取ってその正面に座る。
その書類はかなり厚く、一瞬だけ本かと誤認しかけたけど、どうやら紙の束みたいだ。
「さて、わざわざお越しいただき、まずは感謝します。あと、受付での態度は謝罪します。これでも副マスターで、冒険者に舐められるわけにはいかないのでね。」
副マスターが最初にしたのは感謝と謝罪だった。感謝に関してはどうでもいいけど、謝罪は意外だった。あの態度にそういう意図があるとは思わなかったからね。ただ、言われれば理解できる。ドンがギルドマスターとして前面に出ていないのなら、矢面に出るのはこの人だ。たとえ貴族を相手にしても引かない姿勢を冒険者に見せる必要があるんだね。
エレーナもわかっているからあの場では指摘をしなかったし、この場でもすぐに受け入れた。
「ああ、承知している。立場というのは時に厳しさを求められるからな。」
「ご理解いただき、重ねて感謝します。それで早速だが、本題に入らせていただくが構いませんか?」
もう一度礼を言うと、副マスターはすぐに本題に入る。どうやら、忙しい人のようで、あまり時間が取れないのかもしれない。エレーナも気にしない性格なので、了承して本題に入る。
「もちろん。で、ここに呼ばれたということは、あまり表に出せない話なのだろう?」
「ええ、その通りです。グラディスバルト辺境伯領の冒険者ギルド支部からもらった情報で、お嬢様に確認したいことがありましてね。冒険者に聞かれると、後々問題になりかねませんので、こちらに移動させていただきました。」
「ふむ、我が領の冒険者ギルドが...。私は面識がないが、父との関係は良好だったはずだ。そちらには話は通したのか?」
エレーナは領主一族として当たり前の質問をする。自分の領地で起きた出来事を領主の頭を飛び越えて、他所の冒険者ギルドに話されたらさすがに問題だからね。
しかし、エレーナの心配は杞憂だったようで、副マスターは大丈夫だというと状況を説明してくれる。
「大丈夫です。もちろん、辺境伯様にはしっかりとお話ししております。その辺境伯様よりお嬢様にもお話しすべきとご指示をいただき、今お話しさせていただくことにしたのです。そうでなければ、失礼ながら寮まで訪問させていただくつもりでした。」
「なるほど、であれば私が何か言うことはないか。しかし、父上がそこまでするとは、余程私が関係している話なんだろう。」
エレーナは納得するように言ったが、副マスターは少し困った顔だ。そして、そんな顔で僕の方を見ているものだから、僕は首をかしげるしかない。エレーナもその様子に気が付いたらしい。
「む?私ではなくゴリ松か。ふむ、なんだろうな。」
「失礼。しかし、そうなのです。そちらのゴリ松殿が関係していると私は考えておりますので、少々不躾な視線を送ってしまいました。」
「ウホウホ(気にしてないよ。)」
僕がどうしてそんな目で見られたのかはこれから説明されるんだろうけど、気にしない旨を副マスターに伝える。でも、もちろん言葉は通じないので、エレーナが通訳してくれる。
と、そこで思いつく。今日は持参していないものの僕専用のノートを携帯しようかな。魔法鞄に入れておけば荷物にもならないし、それがいいね。とりあえず今日はノートを借りようか。
「ウホウホ(エレーナ、イグラスさんにノートか紙、それとペンを借りれないか聞いてくれる?)」
「ん?ああ、そうか。わかった。イグラス殿。今後の話がゴリ松に関係するのであれば、紙とペンを貸してくれないか?それだけで、話し合いはスムーズに動くはずだ。」
「え?紙とペン、ですか?承知しました。こちらを。」
「ありがとう。ホラ、ゴリ松。これを使え。」
「ウホウホ(ありがとう。〔イグラスさんもありがとうね。〕っと。)」
もらった紙に礼を書くと、副マスターは驚いた顔をして、下がった眼鏡を持ち上げる。そして納得したように呟く。
「ドンが言っていたのはこういうことか。魔物にしては賢すぎるな。」
「それで?どういった話なんだ?」
エレーナの言葉に副マスターはハッとしたように目を開くと、エレーナに向き合って話し始めた。
「そうですね。まず、グラディスバルト支部で上がってきた情報なのですが、賢者の森付近の魔物の分布に変化があったようです。」
「ほう?どの魔物だ?あの辺りは亜人型や獣型が多いと思うが、中でも多岐にわたる。」
「ええ、そうです。報告があったのは亜人型、中でも、ゴブリンの数が急上昇しているらしいのです。」
ゴブリンはあの森でも入り口近くに多く生息していた魔物で、見た目は緑色の肌をした人間の子供サイズの魔物だ。醜悪な顔をしたソレは百害あって一利なしと全人類に嫌われる、そんな存在だ。
奴らもオーク同様に、他種族に同族を孕ませることもできる魔物で、特に女性には嫌われているらしい。オークは食べられるから、それすらできないゴブリンは忌み嫌われている。
繁殖力も強いので、冒険者ギルドは討伐報酬を用意して駆除を募っている。また領主もそれには協力的で、定期的に騎士を巡回させるなど対策を怠っていないんだって。
そんなゴブリンが急速に上昇しているというのは大問題だ。エレーナもそう思ったのか、詳しい説明を求める。
「原因はわかっているのか?それ次第では大変な事態だぞ?」
「ええ、私共も他家の謀略かとも思いましたが、情報がなく、判断ができておりませんでした。しかし、そこで現れたのがお嬢様たちでした。」
「私たち?」
副マスターが言うと、僕とエレーナを見て神妙な面持ちで告げる。
「ええ。倉庫で見たオークの山を見てもしやと思いました。グラディスバルトのお嬢様が持ってきたというのは聞いていたのですが、まさかこれほどの量とは、それを見て思ったのです。ゴブリンの増殖には、これが理由なのではないかと。」
副マスターが言った言葉を飲み込むと、僕はあることを思い出す。賢者の森で過ごしていた頃のことだ。
確か、僕が住んでいた森の奥の方は基本的にゴブリンはいない。代わりにオークがたくさんいた。
オークたちはきっと、僕や熊がいるところでは狩られる対象だったけど、浅いところでは逆に狩る側だったのかもしれない。
実際、オークがゴブリンを襲っているところに何度も遭遇しているし、容赦なく殺戮しているところも見たことがある。
そこでわかってしまったのが、ゴブリンが急速に増えた理由だ。
〔もしかして、ゴブリンを、捕食を含めて殺していたオークがいなくなったことが原因かい?〕
僕が文字で質問すると、副マスターは驚いたみたいだけど、すぐに気を取り直した。
「正解です。今思うと、辺境伯様はご存じだったかもしれませんね。騎士様を動かすのも迅速だったようです。あちらの支部長によるとまるで知っていたかのようだったとのことです。」
まぁ、僕がオークをたくさん狩ったことは御父上も知っているし、あの森でのゴブリンとオークの関係を知っていれば、予想できるよね。
「なるほど。ゴリ松が森を出るまでにしたことの影響か。父上が私たちに話を振った理由もわかるな。
しかし、私は学生の身だ。あまり領地に戻って居続けるわけにはいかないぞ?」
エレーナは御父上がこちらに話を振った理由を正確に把握するとそう言った。御父上は原因となった僕らにゴブリンの駆除をさせたいんだね。
うーん、僕だけ行ってもいいけど、あまりエレーナと離れるのはなぁ。
僕が悩んでいると、副マスターが名案を伝える。僕をちらりと見てから言うもんだから、何事かと思ったけど、内容を聞いて理解できた。
「それでしたら、次の長期休暇にでも戻ればいかがですか?進級のための課題はすでにクリアできるでしょう?」
なるほど、つまり、従魔を得る課題のことだね。確かにエレーナは僕がいるからクリアは確定だ。
うん、これは反論の余地がないね。エレーナも納得をしてしまったようで、これ以上の問答はないだろう。
こうして僕らの長期休暇に領地に戻ってのゴブリン退治が決定した。
あ、今のところは騎士団と冒険者で抑え込めているから、数週間後の長期休暇までは問題ないらしいよ。冒険者に至っては、低ランクの冒険者の収入になるから歓迎されているんだってさ。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
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