第40話 魔法学講義①
今の授業ってどんなのが一般的なんでしょうね。
エレーナに抱えられる形で移動している際、ほかの学生の視線を感じて、少々恥ずかしい思いをしたもののどうにか羞恥に耐えて到着した。
教室と聞いていたので、その部屋の様子に意外に思ってしまったが、魔法学は座学の次に実技があるというその授業の特性上、広い場所が必要なんだと納得する。
魔法学の教室は、武術の時と似たような感じで、走り回っても余裕があるくらいには広く、違いといえば、周囲を囲む壁が特殊な素材っぽいのと魔法を放つための的と思われる案山子があるくらいか。
まあ、それが大きな違いであるのだろうけどね。
「ウホウホ(なんだか、殺風景なところに案山子は目立つね。)」
「そうだな。あの案山子は魔法を放つとその威力を減衰させて受け止める機構になっているんだ。あれを壊せる魔法使いはめったにいないらしいぞ。」
「ウホゥ(ふぅん。)」
僕はそれを聞いても特に何も思うことはない。だって、魔法は減衰するとしても物理的には何の強化もされていないのだから、壊すことに苦労はしなさそうだもん。
エレーナは僕が考えていたことに気が付いたのか苦笑気味だ。
「ハハハ、ゴリ松は純粋にパワーだけで壊せそうだな。逆に物理的な威力を減衰させるタイプの案山子もあるんだぞ?グラディスバルトの領兵の訓練にはそちらを使っている。」
「ウホウホ(へぇ。そっちは少し興味があるね。今度、戻ったら少し試してみたいな。)」
「それはいいが、次に戻るのは当分先になるぞ。私が次の学年になる春にある長期休みだから、およそ半年かな。」
そっか。今は秋くらいだから、まだまだ先になるってことか。それは少し残念だけど、楽しみがあるってことだし、良いにしよう。
それよりも、そろそろ授業が始まる。僕は昨日から魔法の練習をしているので、実は魔法学には結構興味が湧いてきたんだ。
先生が来ないので、待っている間の時間を利用してエレーナが教室の説明を続ける。
「あの案山子の説明は他にはないが、この部屋の壁や床、天井もすごいんだぞ。」
「ウホ?(すごいって?)」
「あれには魔力を発散させる効果がある。魔法があの壁に触れたら即座に魔力を発散させて心置きなく魔法が撃てるんだ。」
エレーナはそれはもう楽しそうに語る。彼女は魔法学が楽しくてしょうがないと言ってはいたが、それ以上に魔法を撃つことが好きなんだろうね。
なんていうか、僕にはわからない感覚だ。僕も魔法を使えるようになれば少しは気持ちを理解できるようになるのかな。
僕がそんな疑問を思っていると、僕たちが入ってきた出入り口からほかの学生がぞろぞろと入室してきた。
「ちぃーす。あ~、魔法学とかだるいな~。」
「本当に面倒だ。」
「騎士になるのに必須だから受けてるけど、本当だったら武術に回したいよなぁ。」
そんなことをあほみたいにでかい声でしゃべりながら入ってきた彼らは、その体格からして騎士志望の学生ってところなんだろう。
学年は言わずもがな、エレーナと同じなんだろうけど、どうも品性ってもんが足りない気がする。
「ゴリ松。あれは騎士志望の学友だ。毎度文句を言っているが、必修科目なものでしぶしぶ来ているらしい。」
エレーナは彼らに聞かれないように僕に耳打ちするようにこっそりと教えてくれた。エレーナは領主を目指しているから、選択授業は経営学なんだけど、彼らはそこに武術が入るらしい。
なんていうか見るからに脳筋って感じだもんね。
「ウホウホ?(でも、戦闘って魔法が使えた方が効率がいいよね?)」
「ああ、そもそも彼らを含めて騎士がよく使う身体強化も考えようによっては魔法だ。学者の中には無属性の魔法、無魔法なんていう人もいる。
彼らのようにそれも知らない学生が多いのは少々残念だな。」
エレーナは僕の質問に本当に残念そうに答える。身体強化は体に魔力を巡らせることで発動する技術だ。
「魔法というには少しばかり地味だが、この国では魔力を使うことを総じて魔法としているからな。」
「ウホゥ(なるほどね。じゃあ、僕も魔法を少し使えるってことなんだ。)」
僕は身体強化はできる。熊との戦いのときもそれを含めて力が上まったってところもあるし、大いにお世話になっている。
そんなこともあって、彼らとはあまりお近づきにはなりたくないね。そもそも授業って先達に教えを乞う場であるわけで、そんなところであんな態度はよくないよ。
なんていうか前世のバックレた部下を思い出すし。
「ウホウホ(あまりかかわらないようにしたいね。ああいうのには。)」
僕が珍しく拒否反応を示したことに不思議に思ったのかエレーナが首をかしげる。
「ああいった対応が苦手なのか?」
「ウホウホ(そうだね。まあ、そうかかわることはないでしょ?授業だって的に撃つだけだろうし。)」
「いや......まあ、いいか。」
エレーナは何かを言おうとしたみたいだけど、言わずに口を閉じたので大事なことではなさそうだ。
僕としても気になるといっても聞き返すほどではないので、そのままスルーする。そうしている位置に、部屋にどんどんと学生が入室して、用意されていた机といすがいっぱいになる。僕はエレーナの隣の地べたに座り込んでいる。
部屋で実技を行うのにその真横に机を並べているのは危険ではないのかなぁ、と思うけど、それですでに半年以上、授業をやっているのだから大丈夫なんだろうね。
そうして学生が時間通りに席について待っていると、すぐに入り口がガラガラと開いてまた人が入ってくる。
その人はぶかぶかのローブを着て、ぼさぼさの頭、髭も剃っていないような男性だった。怪しい魔法使いの代表みたいな格好だけど、おそらく彼が先生なんだろう。
「あれが魔法学の教諭、マトル先生だ。あー見えて優秀な魔導士なんだぞ。二つ名もある。」
「ウホウホ?(へぇ、あれが優秀なんだ。ところで二つ名って?)」
僕は聞きなれないものを聞く。二つ名ってイメージだと、あれだろ?鋼の○○とか、焔の○○とか、そういうのってことでしょ。
あのぼさぼさな男性にそんな大層なものがあると思えないけどねぇ。
「その者を示す称号のようなものだ。冒険者ギルドや魔法ギルド、国が認めた人物に与えられるんだ。その条件も様々だけがな。
彼は『熔解の魔導士』という二つ名を魔法ギルドから与えられている。」
ふぅん。『熔解の魔導士』ねぇ。魔導士ってことは属性を二つ使えるんだろうけど、火ともう一つってことかな。
エレーナもそのうち二つ名をもらえるかもしれないね。同じ魔導士だし。
僕がエレーナの未来に希望を描いていると、学生たちの前に設置された教卓のと黒板の間に立った先生が話し始めた。
「諸君。今日も楽しく魔法を勉強しよう。いつも言っていることだけど、魔法とは便利であるが危険な力でもある。
座学の間は気を抜いていてもいいけど、実技で気を抜くと尻に火が付くかもね?」
マトル先生がそういうと学生たちからドッと笑いが起こる。どこに笑いのポイントがあったのかわからないのだけど、それで笑わなかった者がいたので、それ関係だろう。
笑わなかったのは、さっきの騎士志望たちだった。
うーん、何かあったのかもね。
「最初の授業で調子に乗って尻に火が付いた学生がいたんだよ。」
やっぱり、彼らがそうなんだね。半年以上前の失敗を今もからかわれてたんじゃ、授業が嫌になるのもしょうがないかも。
まあ、だからって彼らの態度はよくないけど。
あのマトル先生って、見た目に反して意外と曲者なのかもしれないね。
「ああ、今日からグラディスバルト嬢の従魔も授業に参加するので、皆さんもよろしくお願いしますね。また、従魔を手に入れた人は魔法の素養がありそうなら、授業に連れてきても良いですよ。」
マトル先生がそういったことで、僕に学生の視線が集中する。武術といい魔法学といい、生徒に注目されるのは勘弁してほしいね。
僕は手を振ってその視線に応えると、視線がなくなるまで手を振り続ける。その時に騎士志望の三人に睨まれた気がするけど、どうしてかな。
「じゃ、まずは座学から。先週は何をやったっけ?グラディスバルト嬢。」
マトル先生がエレーナを示する。それと同時に学生たちはいっせいに教科書を開く。
「はい。先週は魔法の相反しない属性の相性を学び、実技ではその実験を行いました。」
「なるほど。そうだったね。ありがとう。」
マトル先生はそう言って自分の教科書を開く。どこまでやったかを確認したのは生徒を試したのかもね。
こうして、僕の初めての魔法学の授業が開始した。
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