第28話 武術講義③
今年の年越しはさみしく感じましたね。ガキ使がないからですかね。なので、少し長くなってしまいました。
「ウホァ!!(痛い!!)」
先生の初撃は、上から振り下ろした僕の腕をガードした上での正拳突きによるカウンターであった。
僕は真正面から強襲を仕掛けたのだからガードされることは予想していたけど、そこからさらにカウンターまでされるとまでは予測できず、モロに食らう結果となってしまったよ。
「初っ端に飛び上がって振り下ろしとはさすがに驚いたが、カウンターまでは思いつかなかったみたいだな。
しかし、本当にお前さんはアームコングか?成体であっても賢いぞ。しかもパワーも申し分ない。見ろよ、コレ。」
先生は自分の足元にできた蜘蛛の巣状の亀裂を示しながら呟いている。どうやら先生の想定よりは僕は身体能力が高いみたいだ。
まあ、先生に褒められたわけだけど、僕はそんなことよりも、僕の全力の振り下ろしを余裕で防がれてしまったことに驚きが止まらない。たとえ僕が小さくなっているのに加えて地に足ついていない状態ということも加味しても。
驚きで固まる僕を放置して先生は解説を続ける。
「ここまでの地面の亀裂を作るには相当なパワーを持ってなきゃ出来ないし、空中という足場がしっかりしていない場所ではもっと難しい。まあ、足さえついてりゃ、できることではあるがな。
例えば、こんな風にしっかりと足を踏ん張っていれば...オラァ!っと、こんな感じで地面を崩すことも可能だ。これをやれってわけじゃないがな。」
先生は解説をしながらも、腕を地面へと振り下ろし、僕の攻撃を防いだ時にできた亀裂と同程度の亀裂が完成する。
ドゴンという音にびっくりしつつも学生たちは、腕力に定評がある魔物である僕と同じことをやってのけた先生に若干引いている。
まあ、危険な魔物と同じことをする先生って傍から見たら、普通に危険人物だよね。僕は魔物という大枠にいるから、これだけのことをしても改めて恐れられるということも無いけど、人間の先生はそうはいかないだろうな。
さて、先生が解説している間に気を取り戻した僕は次の攻撃に移る。解説している間も攻撃をしてはいけないという理由は無いのだ。
「...ウホゥ!!!」
先生の後ろから近づいて、足を払うように腕を横薙ぎする。先生は学生への解説に夢中でこちらへと注意を割いてはいないから絶好のチャンスだ。
「先程は受けた力をそのまま地面に、うぉッ!?」
僕の目論見は完全に決まって先生の足を払うことに成功した。先生は足を払われて反時計回りに頭が回り、地面へと倒れる。今度は地に足付いての一撃なので相応の威力だからね。
たぶんさっきはガードして生じた衝撃をそのまま地面に流したことで、亀裂が生じたんだね。今まさにその解説をしようとしたところで足を払ってしまったから中途半端になっちゃった。
追撃をするために僕は腕を振り上げる。先生は転倒した時に頭を僕の方へと倒してしまったので、僕にとってちょうどいい場所に頭があるんだ。
「うわぁ、ちょ、ちょいま、ぐふぅ!!」
先生がせめてもの抵抗に頭を両腕をクロスすることでガードしようとしたので、僕は狙いを腹に変更して振り下ろす。
シタビーのように連続で振り下ろすわけではなくて、一撃だけなのはこれが死合ではなく試合だからだ。
「ウホァ!!(止め!!)」
「さ、せるか、よぉ!!」
僕が力を込めて振り下ろした腕は先生が転がって移動することで回避され、立ちあがってしまった。まあ、そもそも当たるとも思ってないので、狙いは別にあるんだけど。
僕が振り下ろした手は握りしめた拳ではなくて、開いた張り手である。それが何を狙ってかというと、地面を揺らすことだ。
地面に対して行使された張り手は、それなりの威力を持って地面を揺らす。それだけで、回避して立ち上がったはずの先生は、不安定な足場で次の行動には移れず、一瞬の隙ができる。そこをすかさず腹部に一撃。所謂「腹パン」だ。
「ウホ!」
「しまっ...ぐほぁ」
先生はその一撃を見事に受けて、体を『く』の字に曲げて吹き飛んで運動場の壁へとぶつかって土煙をあげる。
その様子は学生たちもしっかりと見ているため、先生としては立ち上がれないとまずいだろう。主に威厳的な意味で。
まあ、先生は全然答えていないみたいなのは僕にはわかっているんだけどね。ほら、立ちあがってきた。
「くぉぉ、痛ぇな。さすがはアームコングってところか。いやはや、見誤ったってことだろうな。どう考えても2とか3のレベルじゃねぇ。最低でも4、高けりゃもっとってこともあるな。」
先生はぶつぶつとつぶやきながら立ち上がるけど、どこまで小さかろうが僕の耳にははっきりと聞こえる。まあ、実際に僕の階位は6だし、先生も良い読みだと思う。それからもぶつぶつ言っているが思考をまとめているのだろう。
「ウホウホ!(確かに6だよ!)」
良い読みをしたので正直に答えてあげるが、先生には僕の言葉は通じないので、それに反応したのはエレーナだけだ。彼女も他には僕の言葉が通じないことはわかっているし、僕がそれを承知で答えたことも理解しているだろう。だから、小さくため息はついても声に出して注意はしない。
僕がのんびりと先生が復帰するのを待っていると思考がまとまった先生がこちらへと腕を回しつつ腰をほぐしつつ戻ってくる。
「よし、お前さんの階位を低く見積もりすぎた俺のミスだったってことで納得した。正直、どんなもんかはもはやわからない。でもな。これでも冒険者としてA級まで上り詰めた自負がある。S級の化け物には及ばなくても、トップ層だからな。」
先生はそんなことを言うけれど、僕には冒険者のことはわからないので反応はできない。ただ、ファンタジー特有の職業、冒険者の階級についての言及があった。
どうやらS級とやらが最高位で、A級が次点の様で、そこには隔絶とした差があるらしいね。
まあ、よくあるファンタジーでもそういう傾向にあるから驚きはしないけど、実際に会ってみないことには何とも言えない。
貴族の最高の階位は8だって噂らしいんだけど、冒険者はどれくらいなのかな。僕と同じ階位6の先生が化け物って言うくらいなんだから、どれほど強いのかな。
「ウホゥ。(強そうだなぁ)」
「ん?冒険者に興味あんのか?...ま、んなわきゃねぇか。良し、続きをやろうか。」
僕がつぶやいたことに反応した先生に、僕はどんな直感をしているのかとどきりとした。ていうか、先生はどんどん口が悪くなっていってないかな。冒険者なんて粗野なものばかりという小説もあるけれど、本当にそうなのかもね。
先生が再びこぶしを構えたので僕も構える。今度は両手をついた状態ではなく、ちょっと不格好だけど、腕を持ち上げてボクシングスタイルだ。軽くシャドーをして威嚇する。
「お!いいな!何か様になっているぞ?今度はこっちから行くぞ?フッ」
先生はそう言って次の瞬間には僕の視界から消えた。次の瞬間には右後方から気配を感じて振り返ると、すぐそこに先生の拳が迫っていた。
もはや避けられないほどに迫っていたその拳は勢いそのままに僕の顔を打とうとしている。
ただ、僕もそのままやられるわけにもいかないので、あがいてやろう。僕はその拳が当たるのに合わせて出来るだけ素早く後ろに頭を振る。少しでも衝撃を逃がしてダメージを逃がすためだ。
先程の先生の拳の威力を考えれば、直撃はさすがの僕でも気を失いかねない。ダメージを追うことは無いかもしれないけれど、頭が揺さぶられれば脳も揺れるし、脳震盪は起こりうるのだ。
「お!そうやって対処するか。本当に魔物かすら怪しくなるな。良いぞ、もっとやろう!」
先生は楽しくなってきたのか拳をさらにつきだす。先ほどの正拳付きよりも型を崩したものではあるが、一撃の重みは増していることは分かる速さだ。
「ウッホ、ウッホ(くっそ、あっぶな)」
拳を回避したり衝撃を逃がしたりととにかく逃げ続ける。正直、先生の膂力や敏捷性もすでに人間とは言えないほどだと思うんだけど、こっちだってもちろん人間じゃない。ゴリラの身体能力を惜しげも無く使う。
小さい身体でもそれに僕の身体能力を駆使すれば、立派に先生とも渡り合える。ていうか、そもそも僕はハンデを負っているんだけど、少しは手加減とかするつもりはないのかな。
「フッ、ハァ!チッ、くらえヤ!」
僕の気持ちとは裏腹に先生のどんどん荒々しい攻めの姿勢が続く。僕も必死に耐えるけれど、さすがにそろそろ面倒になってきた。エレーナとは学園では目立たないようにって決めていたんだけど、もういいかな。
チラリとエレーナの方をみると、僕の方を見ている彼女の口元がわずかに動いた。それは確かに言葉を象っていて、「倒せ」と言っている。
僕はその言葉を聞いて一気呵成に攻め立てることにする。
「ウホウホゥ。ウホホホォ!!!(ご主人様のお許しが出たよ。本気で行くよ?)」
「な!?ちがッ!!」
エレーナが何かを言っている気がしたけど、すでに決めにかかっている僕には内容は届かない。先生に向かって僕は息を大きく吸って胸の筋肉をパンプアップさせる。
「ウホォオオオ!!!」
気合いを入れた雄たけび(というには少し高めの声)を発すると、ドラミングを開始する。ドコドコと胸を叩くとひと叩き毎に衝撃が波となって周囲に広がり、それはもちろん至近距離で僕に襲い掛かっていた先生にも影響を与える。どうにか少しだけ距離を取れた様だ。
「なんだ!?衝撃波だと?アームコングが?!...おもしれぇ!」
それでも先生はどうにか衝撃を一撃一撃耐えて、一歩また一歩と距離を詰める。まあ、その歩みは十分なほど遅くなっているので狙わせてもらう。
衝撃波というのは威力を持った音の波だ。それは運動場とはいえ体育館程度の場所であるのでもちろん反響する。さらに音は先生に無意識ながらに耳をふさぐ動作を取らせ、それは明確な隙となる。
そこに僕が近づけばどうなるかは、誰にだってわかるだろう。
「ウホァ!」
「グフッ」
「ホゥ!!」
「グハッ」
僕は腕を全力で振り回して、上下左右から先生を打ち付ける。なんだかだんだん楽しくなってきたけど、人を痛めつけて楽しい気分になるって、心まで魔物になってきたのかもね。
まあ、前世の記憶が邪魔をしているだけで、そもそもこの世界ではしっかり魔物なので今更どうにもできないけど。
「ウホ、ウホゥ!(今度こそ、止め!)」
「ちょまっ!ぐふぅ!!!」
僕は連打の最後に全力の一撃を繰り出す。狙いは先ほど同様に腹部、拳の軌道は下から振り上げる形だ。
これは完璧に先生の腹に刺さり、先生は勢いよく打ち上げられる。その表情を確認すると完全に意識が飛んでいる様だ。
「ウホ(ふぅ)」
良い運動した、とちょっとだけ移動しつつ額の汗をぬぐい、落ちてきた先生は両手を上げて受け止める。キャッチした時に「グハッ」とか聞こえたけど気にしない。
僕は先生を掲げた状態でエレーナの方に向かうと、褒めてもらおうと先生を差し出す。
「ウホ!ウホゥ!(エレーナ!頑張ったよ!)」
僕としては頑張ったので、労いくらいはされると思ったんだけど、エレーナ及び他の学生たちの反応は少しばかり違かった。
「先生!大丈夫ですか!水魔法か光魔法持ちは回復魔法で応急処置!誰か!保健室の先生を呼んできてくれ!」
エレーナの指示を聞いた学生たちが動き出す。学生たちの中から5人が出てきてそれぞれできる魔法を発動させる。もちろんエレーナも彼らとは別にすでに光魔法で応急処置を開始した。他の生徒が運動場を出て行く。
僕は思っていた反応とは違ったことに驚いて固まってしまったが、そんな僕にエレーナの声がかかる。
「ゴリ松!『守れ』って言ったじゃないか!」
エレーナのその言葉に僕は衝撃を受ける。
ta o se
a o e
ma mo re
ということか!まさか僕の受けていた指示が間違っていたとは。これは少しやってしまったかな。
反省を示すために有効な手段は何かないかな。あ!前世で猿がやってたのをマネしよう。
僕はエレーナの肩に手を置いて、頭を下げる。
「なんだ?」
Oh...エレーナには通じなかった!ていうか普通に話せばいいじゃない。
「ウホ、ウホゥ(うん、ごめんね。)」
素直に謝るとエレーナは若干困りながらも許してくれる。これはエレーナの指示を守れなかった謝罪だ。先生には後で謝ろう。
「しょうがないさ。先生には後で謝ろうな。?!先生!」
「うっ...痛ぇ。って意識が飛んでたな。しくじったぜ。」
先生は応急処置を受けたことで意識が覚醒したらしく、なんだか勝手に反省している。僕は先生に頭を下げて謝る。たぶんそれで伝わるだろうし、エレーナが通訳もしてくれる。
「ん?なんだ?」
「ゴリ松がやりすぎたと謝っているんです。」
エレーナがそういうと先生は盛大に笑って僕の頭に手を置いた。ガシガシと撫でられて少し驚いたけれど、先生は気にしていないみたいだ。
「ハッハッハッハ、こっちから仕掛けたのに許すも何もないさ。不肖A級冒険者ウッド・ノース。それくらいじゃ文句は言わん。お前も気にするな。」
先生の名前を初めて聞いたね。しかし、先生は丈夫なんだね。手加減はしたけれど、応急処置程度で十分なんだから、さすがにだ。
僕が許されたタイミングで、運動場を出て行った学生が保健室の先生を連れてきたみたいだ。エレーナを含めた学生たちはその先生にウッド先生の治療を任せると次の講義に行くように指示される。
指示を受けて時間を確認すると、確かに講義の時間はすでに終了していた。
「ウホ、ウホホゥ(じゃあね、ごめんね)」
僕はもう一度、ウッド先生に謝るとエレーナと共に運動場を後にすることになった。
僕の後ろからはすでに立ちあがれるまでに回復した先生が手を振って「またやろうなー!」と元気に言っている。
出来ればもう二度とやりたくないよ。僕は魔物を相手にしている方が気が楽でいいや。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
「面白い」「続きが読みたい」「人外モノっていいよねb」
と思っていただけたら、ブックマーク,評価、感想をいただけると励みになります.誤字報告もありがたいです。
 




