第27話 武術講義②
2021年はありがとうございました。今年もお願いします。
僕はエレーナ達が素手で組み手をしているあたりから少し離れた場所に移動して準備運動を開始する。先ほどもしたけれど、アレは暇つぶし程度の軽いもので自分が組み手をするということは一切考えていなかった。
とりあえず、準備運動として先ほどエレーナ達がやっていたものを参考に前世のラジオ体操を取り入れてやっておく。その間も情報の整理を行う。
まずは、この講義は武器を使ったものだけではなかったので、先生がどういうつもりでいるかが気になる。
学生の組み手には素手と言っているので、まさか武器を取るということは無いだろうと思っているの。チラリと先生の方をみると、先生は指関節をボキボキと鳴らしながらもこちらを観察するようにじろじろと見ている。
どうやら先生はアームコングという魔物を知っているようで、僕については自分の知識にあるそれよりも少し賢い程度の認識でいるはずだ。賢いというのはそれだけで魔物の危険度を上方修正してしまう要素だ。先生の中でも僕は油断ならない相手のはずだ。
先生は元冒険者だという話だが、冒険者っていうのは賢者の森を時たまうろついていた武器を持った人のことだったはずだ。そんな先生は素手での戦闘にも長けていると見ていいだろう。
先生の魔力は僕が見る限りでは魔法使いということは無いだろう。魔法使いになるためには、相応の魔力を持っている必要がある。人間は確定事項として属性を持つが、それを発揮して魔法を使えるかどうかで、魔法使いになれるかが決まる、らしい。そこから属性の数で魔導士に慣れるかが決まるのだそうだ。
とにかく先生は魔法使いということは無い。まあ、身体強化くらいはあるかもしれない。技能っていうのは人に教えるような物ではないのでエレーナに聞いても分からないと思うけど、使ってるところを見れば分かる。
僕が準備運動を終えて、いざ、と意気込むと、その頃には周囲の学生たちの注目が僕と先生に集中していることに気が付いた。
その中でエレーナはこちらを見つつ、何をしているんだと言うようにため息をついている。
「ウホゥ、ウホホ(うーん、目立っちゃってるね。)」
正直、先生の提案を受け入れてしまったことに今更ながら後悔し始めているが、まあ、もはや避けられないだろう。
やっぱやーめた、などとのたまったところで、先生には通じないだろう。そもそも言葉は通じないしな。まあ、文字で書けばって言う手もあるが、この先生は少し接しただけでも戦闘というものが好きなタイプだと分かるので、文字を書こうとしても先手を打たれてしまいそうだ。
ということで、この組手は素直に受けるが、エレーナにお叱りを受けることになったら素直に謝ってしまうしかないな。
僕としてはこの世界の人間の強さというものを知りたいと思っていたのでちょうどいいとも言えるし。
「さて、そろそろ準備は良いか?学生らの視線に関しては気にするな。」
「ウホ。(うん。)」
「ちょうどいい機会だし、アームコングの戦いってものを見るいいチャンスだ。よーし、お前ら。よぉく見ておけよ。アームコングなんてそうみれるもんじゃないからな。」
先生は周囲の学生にそう言ってから僕から少し離れる。組手の初期位置は少し離れた状態でやるみたいだ。
そして、離れて、さあやるぞ、ってところで、先生が何かに気が付いてエレーナの方を向く。
「あ、そうだ。グラディスバルト!今から従魔と組み手をするが、良いよな?」
「え、ええ。」
先生は許可を取っている様だけど、その実、それを断らせるつもりはないらしい。言い方に強めの圧がある。エレーナも優秀とはいえ学生の身分で先生に逆らおうというつもりは無いみたいなので、これを了承した。
「よぉし、ご主人様の了承は取れた。ここからは俺たちのサシでの勝負だ。準備は良いだろ?」
「ウホ、ウホホウホ(うん、いつでもいいよ。)」
僕は先生にそう言って、手を前に出す。ゴリラとしては戦闘スタイルも何もないが、ナックルウォーキングの状態で構えると効率が良いだろう。距離にして5mはあるので、即座に動ける方が良い。
「よし、それじゃあ、グラディスバルト、このアームコングの名前はなんだ!」
「ゴリ松です。ゴリ松!先生は冒険者の中でも上の方だ。階位も6と高い。お前が森で見ていた冒険者とは別物と考えると良い!」
エレーナは先生に僕の名前を告げると、補足情報としてとんでもないことを教えてくれた。
先生はなんと僕と同じ6階位らしい。こういう学校で教える立場にいる人って、普通はそういう最前線では戦い続けられないような人だと思っていたので、正直驚いた。
僕は先生に対する考えをいったんすべて捨てて、熊と同じレベルで警戒することにした。
「グラディスバルト、余計なことを言うなよ!まあ、いいか。皆!これは首輪の基本作用なので知っているだろうが、このアームコングは首輪の効果で小さくはなっているが、サイズと体重以外は大きい時のままだ。決して弱い魔物じゃないので、十分脅威になる。そう言った魔物の戦い方ってものをよく見ておくんだ。
戦いの場ではいつ何が役に立つか分からないからな。以前見た知識が、ひょんなところで役立つもんだ。よし、やるぞ。グラディスバルト。」
先生は生徒に向けて1つ助言すると、そこからは無言で構える。その構えは空手の様なもので、拳をひとつ前に出して逆の手を胸の前で握っている。どうやら教えているだけあって徒手空拳が得意らしい。
僕はそれに対して地面に手を付けたまま、静かに移動を開始する。初めとは言われてないけど、時間の問題だし、移動はノーカンだろう。
僕が動きだしたことに慌てたのは先生ではなく、エレーナだった。先生に指名されたエレーナは、そこで即座に声を張り上げる。
「はじめェ!」
その瞬間には僕と先生の姿はぶれて、中心でぶつかった。先生は僕に対して正拳を突き出し、僕は上から押し潰すように腕を振り下ろす。
この状態からわかるとは思うけど、僕は始まった直後にジャンプして上からの強襲を掛けることにしたんだ。
どうしても僕と先生ではリーチの差があるからね。それを潰すためにってことさ。
こうして僕と先生の組み手は開始した。最初の一発は僕が一方的に貰うことになってしまったけどね。
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