第21話 馬車の旅
朝起きるのが大変です。
「ウホウホ。(そうなんだ。)」
「ぶるる、ヒヒィーン、ブルル(そうなんですよ。今じゃこうして馬車馬のように働いていますけど、旦那は初めは働きたがらなくてねぇ。)」
「ブルル、グフ(やめろって、お嬢様が来たぞ)」
エレーナの荷物の仕分けも終わってミーシャが二人を呼びに行ったことで、あまりにも暇になった僕は、暇つぶしに今日これからお世話になる馬車を引いてくれる馬たちにお話を聞いていた。
この馬車は2頭引きの中サイズの馬車で、領都でも走っている乗合馬車よりも少しだけ小さい。ついでに言うと、その分だけ馬は少し大きいのだけどね。
彼らは話を聞くに夫婦で、グラディスバルト辺境伯家の所有の様だ。認識こそされていないみたいだけど、御者の兄ちゃんと従魔契約されているみたい。
暇を潰すために聞いていたのだけど、馬にもやっぱり人生、いや、馬生ってあるんだなぁ。と思ったよ。
どうやら辺境伯家で生まれ育ったらしくて、所謂おさななじみってやつなんだって。しかも今では奥さんに尻に敷かれているらしい。
と、そんな話を聞いているエレーナがミーシャと一緒に戻ってきた。
「待たせたな。ゴリ松。」
「ウホ、ウホ?ウホ?(うん、あれ?御父上は?)」
「ああ、父上は「仕事があるって!」...だそうだ。」
エレーナがミーシャに言葉を横取りされて落ち込んでいるが、まあ、気にしなくていいだろう。
ミーシャもまた姉に会えない日々が来ると思って甘えているだけなのだろうからね。
「ウホ、ウホウホ?(じゃあ、そろそろ出発するの?)」
「ああ、この子たちなら、明日の授業に間に合うように王都に着けるだろう。途中いくつか町を抜けるが、休憩はしない。」
エレーナがそう言って馬を撫でると、夫婦は嬉しそうに鳴いた。まあ、裏の声も歓喜に沸いているので良かった良かった。
さて、それじゃあ、出発なんだけど、御者の兄ちゃんとエレーナが話す。
「今日も頼むぞ、トム。」
「ハイです。お嬢様。また来週もこちらへ向かうんで?」
「いや、目的は果たした。スケジュールとしてもきつかったからな。次は年末年始の長期休暇だ。」
「そうですか。でしたら、3ヵ月後ってことですな。分かりました。」
「うむ、では頼むぞ。」
エレーナは目的を果たしたというところで僕の頭をなでる。そしてそれから2、3言話して馬車へと乗り込む。
馬車の外にはミーシャといつの間にやら来たメイドが一人だ。僕はエレーナを追いかけて馬車に乗っているからね。
エレーナは馬車の窓から外に向けて声を掛ける。
「それじゃあ、ミーシャ。父上や家庭教師の言うことを聞いて頑張るんだぞ。」
「うん!お姉ちゃんも気をつけてね。ゴリ松ちゃんも!」
「ああ。もちろんだ。」
「ウホウホ(わかったよ。)」
ミーシャには僕の言葉は伝わらないから、僕も窓から顔と手を出してミーシャにも見えるように手を振ってこたえる。僕としては「じゃあね」って意味で手を出したんだけど、彼女は元気いっぱいだからその手にハイタッチしてくれたよ。
「じゃあ、行くぞ。トム、出してくれ。」
「ハイです。お嬢様。」
こうして僕達の馬車の旅は始まった。といっても一日もかからないけど。
***
領都グランディスを出ると、次にある町も辺境伯領の町で、それほど流行っているというわけではない。
ただ、鉱石や宝石の採掘ができる鉱山を所有しているとかで、そういった力仕事を担う人を募集している関係か、出稼ぎに来る者がいるので、人は多いらしい。
馬車の中ではすることも無いので、エレーナに辺境伯領のことや学園での注意事項を聞いたりしている。
「という感じで、次の町までは特に見る物も無い。我がグラディスバルト辺境伯領は他国との防壁の役割もあるので、華やかさとはほぼ無縁だ。先ほどの鉱山町も軍事物資、剣や槍などのために使われることがほとんどだしな。」
「ウホ。ウホウホ?(ふぅん。次の領地は違うの?)」
「ああ、次は侯爵領だからな。それなりに賑わう町はいくつかある。一番は王都だがな。」
どうせ通り過ぎるだけなので、詳しく知ろうとは思わなかったけど、やっぱり王都が一番賑わっているんだね。
僕の想像でも、王都のような国の中心が賑わっていないはずがないと思っていたから、予想が当たって少し得意気だ。
と、そんな話をしていると侯爵領と思われるところの関所に到着したみたいだ。御者のトムから声がかかる。
「お嬢様、ペニー侯爵領都の領境に到着しました。アカマルです。」
「そうか、引き続き頼む。来たらこちらに振ってくれ。」
エレーナがそういうとトムは御者台に戻っていく。どうも理解できなかったのは〔アカマル〕という言葉だ。何かの合言葉だろうか。
「ウホウホ?(アカマルって何?)」
「ん?ああ、アカマルというのは関所の担当者がある者だということを示しているんだ。ちょっと面倒でな。」
つまりトムは面倒なやつがいるから気をつけろって言ってたんだね。僕もエレーナを守るために本気を出そうかな?
僕が静かに決意をしているとエレーナが僕を抱えて、周囲には聞こえないように耳元で話す。
「ゴリ松は心配しなくていいぞ。こちらは馬車に我が家の家紋がある。まあ、効果があるか分からんが、少し待てば平気だろう。」
「うほぅ(なんだぁ。)」
僕は残念だと思いながらも力なくエレーナに抱きあげられたまま項垂れる。なんて言うか熊と毎日喧嘩をしていたから、運動不足って感じたことが無かったんだけど、王都ではそういう相手もいなさそうだし、最後の運動と思ったんだけど、残念。
でも、一応警戒はしておこうと、周囲に気を配る。
あ、そう言えば、僕には土魔法が使える素養があるらしいし、エレーナに教わろうかな。
「ウホ、ウホウホゥ?(ねぇ、僕も魔法が使えるかな?)」
「そうだな。ギルドカードの裏に土魔法があったし、使えるだろう。ちょっと練習するか?」
「ウホ!(うん!)」
僕は元気よく頷いて、エレーナの指示に従うことにする。
「まずは、魔力を感じることが大事なんだけど、それはできているみたいだな。」
僕は身体強化?ができるので魔力に関しては感じることができる。次は何をすればいいだろうか。
「次は、それを体の中で自在に動かせるようになることだな。これは学園ではなくグラディスバルト流だから少し異端だが、ゴリ松にはこちらの方があっているだろう。」
じゃあ、それに従ってやってみようかな。きっと身体強化を部分的に強化できるようになれば同じことだと思うんだけど。今は全身をって感じだし。
と、そんな感じで、魔法の練習をしようとしたところに、外から声がかかる。どうやらアカマルが声を掛けてきたみたいだ。あからさまにエレーナの声が曇り、御者の兄ちゃんの制止を物ともしない。
「ちょっと!困ります!」
「ええい御者風情が私を誰だと思っている!フール子爵だぞ!」
フール子爵と名乗ったそいつは無作法にもエレーナが乗っている馬車の扉に手を掛けた。直接エレーナに話しかけるつもりのようだね。
しかし、それは僕が許せない。エレーナと扉の前に立って妨害する。詳しくは知らないけど、子爵が辺境伯の令嬢の乗る馬車に礼儀も無く押しかけるのは良くないと思う。
ガチャリと音がして馬車の扉が開くと、勢いよく僕の視界に入ったのは、金色の髪をした豚だった。
「これはこれは、グラディスバルト嬢、お久しぶりにございます。ところで、そちらの魔物は申請されたものですかな?」
金色の豚、いや、フール子爵は、僕を一瞥してから、エレーナを見る。その視線はどうにも気持ちが悪いものだ。
これはオシオキが必要かもしれないね。どうしてこんなのが関所にいるんだろうか。
馬車の中に僕とエレーナのため息が、静かに、そして、虚しく、響いた。
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