第10話 つながり
お読みいただきありがとうございます。
こちらは本日2話目となります。前話がまだの方がいましたらそちらも合わせてお楽しみください。
次話から土日投稿になります。
僕は熊と殴り合う間、確かに自分の中で何かが変化したのに気が付いた。
その変化は決して大きなものではなく、わずかな変化のようだが、それは僕にとっては大事なものに感じたんだ。
それが何かを探るよりも、今は目の前の熊をどうにかするしかない。そうでなければ僕がやられてしまう。戦いながらも体の使い方をさらに覚えていき、熊の攻撃に対処する。
日々の熊との喧嘩もこうして僕が有利になっているが、熊も何らかの手段でさらに強くなる。そんな鼬ごっこの日々だった。
でも、今起きたこの小さな変化は、そんな拮抗状態を打ち砕くものだと僕は感じた。それはきっと僕一人では手に入らない力。これは人との対話がもたらした『つながりの力』かもしれない。
だんだんと余裕を感じて、熊の攻撃をいなしながら、僕の中に流れてきた声に耳を傾ける。それは正しくエレーナの応援の声だった。
耳から聞こえたわけではないけれど、はっきり聞こえるこの声は、僕とエレーナにできた新しいつながりから聞こえたんだろう。
熊は突然動きが良くなって強くなった僕に戸惑いを隠せないみたいだけど、僕だって困惑したんだからお相子だ。
僕とエレーナのつながりが何かは置いておいて、僕はここで熊を倒そうと決意した。いつものように引き分けにはならない。
熊との戦績は今のところ、0勝0敗41分け。日に二回も喧嘩したこともあったけど、どれも決着はついていない。今日で最初の最後。僕が勝ち星をもらって終わる。
僕は体の中から湧き上がる魔力強化とも違う力を制御して力をさらに強化する。熊もそれを感じ取ったのか火を吐いてくるけど、僕の毛皮は存外丈夫なので燃えることはしない。熱いとは感じるけど、今はそれだけだ。今朝はやけどをしたのに不思議だね。
それじゃあ、決着だ。
僕は熊に近寄って両手を組む。それをそのまま振り上げ落とす。僕の身長からして4足歩行の熊の頭にキレイに当たるわけで、その一撃は否が応にも脳を揺らして体の自由を奪う。
これまでの僕の攻撃では熊にそこまでの衝撃を与えることができなかったけど、エレーナとのつながりを得た僕にはそれができる。
「ガァアア」
熊も必死に声を出して威嚇をするけど、もう怖くないよ。
「ウホ(ごめんね)」
でも、これが自然の摂理だからさ。君が弱かったわけじゃない。僕が、僕らが強かったんだ。
じゃあね。
僕は熊にとどめの一撃を加える。すでに虫の息だった熊には悪いけど、魔法鞄の中の毛皮と同様に素材になってもらおう。
ゴキリと音がして熊の首の骨が折れる。これで絶命したはずだ。
***
熊が死んで安全を確かめた後、エレーナの方へと近づいて行く。まずは無事を確認しなければね。
「お、おお、終わったか。ゴリ松。お前はこんなにも強かったんだな。」
「うほ?(そう?)」
「ああ、ゴールドバックが賢く強いことは知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。それに火にも強いとは知らなかったぞ。」
「ウホゥ、ウホウホ。ウホ(そうだね、僕も驚いたよ。なんでだろ?)」
「ゴリ松本人にもわからないのか。それじゃあ、しょうがないな。」
「ウホ、ウホゥ。ウホ、ウホウホ!?(うん、そうだね。って、何故か言葉通じてない!?)」
僕とエレーナは普通過ぎて一瞬見逃してしまったけれど、気付いて驚いた。僕の声がエレーナにしっかりと伝わっていたからだ。文字も書いていないのに伝わっているとなると、エレーナがゴリラ語を覚えたとしか考えられない。
驚いて慌てる僕に対して、エレーナは呆れたようにため息をつくと、ある可能性を教えてくれた。
「はぁ、おそらくだが、私とゴリ松で契約が成立してしまったんだろう。あまりないケースではあるが、魔物と人間の目的や目標など目指すことが同じで協力関係にある場合にこういったことが起こるらしい。
私も聞いた話だが、途中でつながった感覚は無かったか?」
「ウホ(あったね)」
「じゃあ、それだ。きっとその時に魔力でつながってしまったんだろうな。契約も一つの魔法だから。」
なるほど。それは大変なことじゃないのかな?
「ウホウホウホ(確かエレーナは従魔を求めてここに来たって言ってたよね?僕がいても平気なのかな?)」
僕の疑問はエレーナに笑って否定される。
「ハハハ、確かにそうだけどな。私はゴリ松がこのまま従魔になってくれるなら嬉しいぞ?賢いやつは好きだからな。今回の従魔だって、この森では賢い魔物が居なくて契約できなかっただけだしな。」
エレーナは僕でも良いらしい。でも僕はこの森から出たことが無い森の王者で、所詮井の中の蛙だ。森の中のゴリラって言った方が良いのかな?フフフ、冗談はやめとこうか。まあ、とにかく世界を知らないのさ。そんな僕でもいいのかな。
「ウホ?ウホウホウホ?(本当に僕でもいいのかい?僕ってこうして生まれても余計にゴリラだよ?)」
「余計にゴリラかはわからないが、ゴリ松なら大歓迎だ。君は私たち姉妹を助けてくれたし、結果として私とも契約できる程、相性も悪くない。」
「ウホウホウホ?(三食バナナ付きの生活できる?)」
僕の一応の目的は僕がどうしてここにいるのかということだが、それとは別に三食バナナ付きの生活をしたい。
バナナは無くても近い生活をできているけど、やっぱりほしいよなぁ。
「ハハハ、なんだそれは。まあ、でも保障しよう。私の家はこの国の上位貴族だ。それくらいは用意してやるさ。その内実家の力でなくて私だけの力で食わせてやる。だから安心してついて来い!」
エレーナの男前発言は僕の心を動かした。まあ、最初からついて行く気満々だったんだけどね。それに上位貴族ってことは、それだけ情報も集まるはずだ。僕の目的にはちょうどいい。ありがたくその力を使わせてもらおう。
「ウホゥ、ウホ(それじゃあ、お願いしようかな。)」
「そうか!よろしくな。」
僕の頼りない返事にも笑顔で答えてくれた。この日のエレーナの笑顔を僕は一生忘れることはないだろう。
こうして僕はエレーナの従魔になった。それらしき儀式はしていないけど、確かなつながりを感じる。
僕の寝床にはもう何もないし、持っていくものは魔法鞄とその中身、強いて言えばあとは熊だけだ。
「この熊はゴリ松のライバルだったんだろう?戦いの中で聞こえたよ。このクマの素材はゴリ松が服にでもするか?火耐性を持つ優秀な防具になるぞ?」
エレーナは僕にとっての熊という存在をくみ取って提案してくれる。なったばかりだけど、良いご主人様だ。ありがたくそうさせてもらおう。ただ、考えていることが全部筒抜けなのはどうにかしないとね。
「ウホ(ありがとう)」
「いや、気にするな。我が辺境伯家で責任を持ってお前の服を作らせてもらおう。そのためにも、一度、領都の父上の元まで行かねばならないな。母の形見はまたの機会だな。」
あっ、そうだ。せっかくだし魔法鞄の中身を見て貰おう。どうせすぐ仕舞えるし。
「ウホウホウホ(魔法鞄の中身見て。)」
「これがか?魔法鞄って珍しい物を持っているな。どれ。」
エレーナが鞄の中を漁って貴金属やアクセサリーを取りだしていく。中にはペンダントやイヤリング、指輪などがあり...指輪!?
いつ手に入れたのかわからないけどこれがそうじゃないのかな。
指輪を手に取ったエレーナもどこか驚いているので間違いないだろう。しかし、なんで入っているのか分からないけど、一件落着かもな。
「これが母の形見だ。本当に見つけてくれたんだな、ゴリ松。感謝するよ。」
「ウ、ウホ(ま、まあね。)」
正直、なんのこっちゃわからないけど、喜んでくれているならそれで良い。これで何の不安も無くこの森を出ていける。
「ありがとう。じゃあ、そろそろ行こうか。私も学園があるのでな。あまり時間が無い。とりあえずはここから西に3時間ほど行けば領都がある。そこまで行こう。」
「ウホ?(どうやってきたの?)」
それだけの移動距離があるなら、移動手段が必要だ。でも森の外には馬の気配はない。
「もちろん走った。魔導士でも体力は必要だからな。これくらいどうってことないさ。」
エレーナは事もなげに言うが、魔導士ってのも分からないし、3時間走り続ける体力がある貴族の令嬢っていうのも驚きだ。やっぱり辺境伯って強くないといけないのかな。
「でも、今日の帰りはゴリ松が乗せてくれるだろ?もっと早く着くさ。」
「ウホ(もちろん)」
そうだね。僕がエレーナを乗せて走ればそこまで時間はかからないだろう。熊が魔法鞄に入ればだけどさ。
「ほら、この魔法鞄は大きいぞ。熊も入ってしまうからな。さ、行こうか。」
うん、入ったみたい。
じゃあ、そろそろ行こうか。
僕は魔法鞄を掛けたエレーナを抱っこすると森の外へと向かう。
「わっ!」
「ウホ(掴まってて。)」
これからが僕の異世界ライフの始まりだね。
拙作を読んでいただきありがとうございます.
「面白い」「続きが読みたい」「人外モノっていいよねb」
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